個々のポジションごとのジョブディスクリプションを非管理職含む全社員に導入
 ――日立製作所のジョブ型人財マネジメント

企業ヒアリング

日立製作所では、「ジョブ型人財マネジメント」への転換により、国籍・性別・年齢などの属性によらず、従業員一人ひとりの能力や意欲に応じた適所適財の人財配置を実践することで、組織と個人のパフォーマンスの最大化とエンゲージメント向上につなげ、組織・個人双方の成長を実現することを目指している。このための取り組みとして、「職務」と「人財」を「見える化」するためにJob Description(JD、ジョブディスクリプション)を導入し、2022年7月からは個々のポジションごとのJDを非管理職層にも原則導入した。

2011年から高い創造性・生産性発揮に向け人財改革に着手

同社が人財マネジメント改革に大きく舵を切る契機となったのが、2008年のリーマンショックだった。製造業として戦後最大の赤字を出したことを転換点に、様々な経営改革を推進。2010年から、「よい製品を売る」スタンスから「お客様にとって必要な価値やサービスをグローバルに提供する」というスタンスにビジネスの軸足を移した。

こうした転換をふまえ、人財面では、多様な人財のより高い創造性・生産性の発揮を促すことを目的に、2011年から改革に着手。各社・各国ごとに個別最適な人事制度・施策を実施していたものを、2011年度からグループ・グローバル共通の人財マネジメント基盤を構築する方向に大きく切り換えた(シート1)。

<シート1>
画像:シート1

(同社提供)

グループ・グローバル共通人財マネジメント基盤の確立

2012年度には、約25万人規模の人財データベースをグローバルで統一化(シート2)。2013年度には、グローバル共通のものさしとして「日立グローバル・グレード(HGG)」を導入し、全世界のマネージャー以上の5万ポジションを対象にグレード格付けを行った。2014年度からは「グローバル・パフォーマンス・マネジメント(GPM)」の仕組みをグローバル11万2,000人に順次導入。日本では、日立製作所個社の管理職を対象にHGGをベースとした処遇制度への改訂を実施した。また、2015~18年度にかけては、「Hitachi University」という教育プラットフォームをグループ共通で導入するなど、「人財マネジメント統合プラットフォーム」の展開を段階的に行ってきた。

<シート2>
画像:シート2

(同社提供)

HGGは、グループ・グローバル共通の尺度による役割等級で、日立グループのマネージャー以上の全職務について、各職務の役割・職責の大きさをグローバル統一基準で評価し、等級の格付けを行った(シート3)。

<シート3>
画像:シート3

(同社提供)

GPMは、フレームワークは目標管理に近いものの、評価や処遇のための目標管理だけでなく、組織と個人双方の成長をめざすという観点に基づき、業務全体のマネジメントを行っていくための仕組みだ。まず事業の方向性を示す中期経営計画があり、それが年間事業計画や予算、組織目標、個人目標にブレイクダウンされていく。これらの目標に向かって、それぞれのレベルで達成に向けた取り組みを行うことで、その集積・連結を組織と個人双方の成果・成長につなげていくことをめざしている。

2014年度の管理職の処遇制度改訂では、HGGを用いて、日立製作所管理職全員の等級を現在就いているポジションに応じて格付けし直し、「職務に応じたグレード」を処遇の基軸とする制度に変更。改訂後の等級は、HGGに基づき下からF、E、D、C、B、Aの6等級とした。月例賃金(同社では月俸と呼称)はグレードごとに一定のレンジを設定した「グレード給」に一本化し、「仕事(職務)と処遇の連動性」を強化することで、透明性、納得性、多様性対応力のさらなる向上を実現した。

このように、同社は2011年以降、グローバル人財マネジメントへの移行を順次進めてきたが、現在進めているジョブ型人財マネジメントへの転換はその延長線上にあるものであり、2019年頃から取り組みを本格化させた。

ジョブ型により多様な人財の活躍を促す

ジョブ型人財マネジメントについて、同社はこう説明する。「メンバーシップ型とは、通常『職務を限定せずに人に仕事を割り当て、組織の一員としての貢献を期待し、能力に応じて待遇等を決定する仕組み』であり、新卒一括採用や、社内異動によるキャリア形成、無限定なタスク付与、定年制などの特徴がある。しかしながら、日立が進めようとしているビジネスの方向性を考えると、多様な人財の活躍が難しいことや、グローバルでの一体的な人財マネジメントが難しいこと、成長分野への人財のシフトが困難であることなど、様々な課題が顕在化するようになった。そこで、今後はジョブ型の人財マネジメントシステム、すなわち『職務を明確化して、仕事に人をアサインし、その仕事の内容や遂行状況に応じて待遇等を決定する仕組み』に切り換えることが、課題を解決する手段になり得るものと考えている」

こうした考えに至った背景は、同社が社会イノベーション事業の推進・拡大に取り組んでおり、そのためには、日本に限らず世界各国の社会あるいは顧客の近くで現在・将来の課題を探索することが必要であり、製品・システムだけではなくIoT等を活用したサービスを提供することで、そうした課題へのソリューションを提供していくことが求められることにある。事業自体も国を超えた推進が必要であり、様々なプロジェクト等についてグローバルに展開し、国をまたいだ連携を行う必要性も生じている。

「こうした状況で求められるのは、第1に現地のマーケット(社会・顧客)をよく知る人財であり、そうした多様な属性あるいは経験を有する人財が国や場所を越えてOne Teamで業務遂行できる組織体制。さらに、顧客や社会の課題を的確に捉え、それを『自分ごと』として主体的に解決策を考え、ソリューションを提供できるようなプロアクティブで自立した人財と、その文化を持った組織が必要となる」

ジョブ型人財マネジメントの推進計画

現在、シート4で示す推進計画に基づいて、転換の取り組みを進めている。取り組みを「制度・仕組み」の整備と従業員の「意識・行動」変容という2つのカテゴリに分け、前者では主として適所適財の実現に向けた「職務・人財の見える化」を進めてきており、後者では「自律的キャリア形成促進」のための取り組みを行っている。2022年度には、それらをさらに加速させていく観点から、従業員の行動変容の具体化につながる様々な施策・取り組みの導入や検討を進めた。

<シート4>
画像:シート4

(同社提供)

職務と人財の見える化

繰り返すが、同社は、ジョブ型人財マネジメントによって実現したいことは会社と個人双方のさらなる成長であり、その実現のためにはグループ・グローバルで適所適財の人財配置を実現する必要があると考えている。その前提として、「組織のなかにどのような職務があるのか」「その職務を遂行するにあたって、どのようなスキルが必要なのか」「その職務を遂行する人財はどのように確保・育成していく計画なのか」――という「職務」の見える化が必要となる。

一方、従業員個人の側も、「どのような仕事をやりたいのか」「どのようなスキルを持っているのか」「どのようなキャリアプランを考えているのか」などを明確にしていくこと(「人財」の見える化)によって、会社と個人双方の求めていることが明確になる。それを相互にコミュニケーションし、「仕事」をキーとした対等なパートナーとなっていくことで、適所適財の実現、組織・人財のパフォーマンスの最大化につなげていくことができると同社は考えている。

JDで職務の概要や遂行にあたって求められる責任、スキル等を記載

では、具体的にどのような取り組みを行っているのか。

「職務」の見える化の観点では、ジョブ型人財マネジメントの基盤となるJob Description(JD)の導入を進めている。同社のJDは、「職務(ジョブ)」の概要や、その遂行にあたって求められる責任、スキル等の人財要件を記載したもので、「職務遂行上の期待値」の伝達や「キャリア目標の設定」「求人票の作成」などの場で活用されている。また、「職務」が明確になることで、従業員が自身のめざすポジションに向けて自らのキャリアをどう自律的に構築し、アップスキリング・リスキリング等を実行していくかの計画策定にも活用することができる。

JDは、各ポジションの役割・責任と、それを果たすために必要な要件等を定めたものだが、「JDに書かれていないことはやらなくてよい」といった性質のものではない。JDに記載されている役割・責任をふまえ、今期・年度に注力すべき業務の内容はGPMの年度目標として上長-部下間でしっかり議論・合意したうえで、その達成に向けて、1on1ミーティングなど日々のコミュニケーションの場で進捗確認を行っていく。また、JDを活用して現在のポジションや今後めざすポジションに必要なスキル・経験を明確にし、上長・部下で話し合いながら能力開発を行うなど、JD単体ではなく様々な施策と連動させながら進めていくものである。

JDの対象は原則として全ポジション(全従業員)

同社では2種類のJDを作成している。1つは「標準JD」で、職種別・階層別に標準的に求められる責任や経験などを定義している。もう1つは個々のポジションごとに作成する「個別JD」で、標準JDをベースに、担当する市場や顧客、専門分野といった個別ポジションごとの内容をふまえて必要な要件等を追記するものとなっている。

JDの対象は原則として全ポジション(全従業員)となっており、標準JDについては2021年10月から、全職種分が従業員に公開されている。個別JDについては、管理職のポジションは2021年11月から公開を開始し、非管理職のポジションについても、2022年7月以降順次、作成・公開を進めている。

JDの記載項目と作成区分はシート5のとおり。標準JDは、前述の通り職種別・階層別に作成しており、全部で約450(6階層×75職種)種類となっている。A4で1~2枚ほどのボリュームで、職務名称および職務概要、責任、能力、期待行動等について記載されている。

<シート5>
画像:シート5

(同社提供)

個別JDについては、仮に職種および階層が同じでも、担当する市場や顧客、専門分野によって、求められる能力・スキルや経験などは異なるため、個々のポジションごとに必要な能力・スキルや経験などについて、標準JDをベースに必要な加筆・修正を加えて記載している。なお、個別JDについては、社長以下の全ポジションについて人財データベース上で検索・閲覧可能としている。

標準JDは、原則として年1回、事業戦略や市場の技術動向などの変化を反映してメンテナンスを実施していく。個別JDについては、個々のポジションの職務内容に変更があった場合に、各マネージャーがメンテナンスを行う。なお、年度目標やKPI(重要業績評価指標)の設定はGPM(グローバル・パフォーマンス・マネジメント)で議論・設定することとしており、目標の変更に応じてJDを都度書き換えることは行っていないという。

「人財」の見える化ではタレントレビューを導入

「人財」の見える化は、複数の上長による「タレントレビュー(T/R)」の仕組みを導入している。日々の業務遂行の中で、上長と部下が1on1ミーティングの場などを活用し、キャリア志向などについて対話する。これをふまえ、複数の上長が部下一人ひとりの強みや弱み、キャリア志向をふまえた育成や職務のアサインを検討する。このレビュー結果を、具体的な育成やローテーション、登用などの人財配置につなげるなど、適所適財を実現するための1つの仕掛けとして活用している。

「職務」と「人財」をマッチングするにあたっては、こうした見える化の作業を経て、どのように最適配置を実現するかを議論する。その際には、当該ポジションに就いている現職者だけでなく、社内外の候補者や希望者を集め、そのなかから誰を配置するかという議論を行う必要がある。そして、配置にあたっては、「なぜその人を選択するのか」の具体的・客観的な理由を明確にするステップが重要となる。そのためのツールとして、個別JDを活用し、そこに記載されている具体的な職務内容や、求められる要件と照らし合わせながら判断していく。

従来以上に上長-部下間でのコミュニケーションを重視

従業員のキャリア自律を進めるうえでは、事業ニーズによる異動・配置を行う場合、従来以上に上長-部下間でのコミュニケーションが重要となる。従業員が最初は希望と異なると思っても、コミュニケーションをとるなかで「そういう経験も必要」と気付けば、互いのニーズを一致させることができる。このように、社命による配置転換の実施にあたっては、従来以上に丁寧な対応が重要と考えている。

上長-部下間のコミュニケーションの強化策としては、1on1ミーティングのガイドを作成し、全社での活用に向けたプロモーション等を展開している。また、マネージャーに対しても支援を強化しており、2022年度には、①上長として部下のキャリア形成をどう支援していくかを考える機会・スキルの付与を目的とした「ピープルマネジメント力強化研修」の実施②マネージャーが自分自身のキャリアを考えるための「新キャリア研修」の実施③ピープルマネジメントに必要な情報を一元的に提供する「マネージャー専用情報提供サイト」の開設――などを実施した。

意識や行動の変容に向け多数の階層別コミュニケーションを実施

ジョブ型人財マネジメントへの移行に向けては、従業員の意識変革や行動変容も必要不可欠であることから、同社は、様々な角度から従業員に対する働きかけを行っている。

例えば、従業員の意識や行動の変容を促進するため、ビジネスユニット長から組合員層・担当者レベルに至るまで、多数の階層別コミュニケーションを実施してきた。具体的には、同社のジョブ型人財マネジメントがめざす姿や、ジョブ型においてマネージャーに求められる役割などを共有するとともに、担当者層に対しては、ジョブ型人財マネジメントで会社がめざしている方向と、それをふまえたキャリア自律の必要性についてコミュニケーションを重ねている。

さらに、会社からの情報展開として、2020年度から「ジョブ型eラーニング」を実施しており、毎年約2万7,000人が受講するほか、ジョブ型情報発信サイトの開設とメールマガジンの配信も行っている。サイトには2023年2月末時点で累計40万超のアクセスがあったという。

労組と春季交渉の場でオープンに議論

ジョブ型人財マネジメントへの移行に向けた労働組合との協議については、2017年頃から議論を進め、春季交渉の場では、2020年まではジョブ型人財マネジメントの必要性の認識や意識変革、2021年以降は行動変容の実現に向けた取り組みなどを論点に議論を展開した。これらの議論内容は、2021年度以降の重点取り組み施策にも反映された。

2022年の春季交渉での労使議論でも、意識変革の推進状況やJD、マネージャー支援、リスキルなどに対する組合からの質問・意見に対して、会社側が説明し、従業員の行動変容に向けた必要な取り組みについて労使で議論した。

また、通常の労使交渉の場とは別に、Next100労使委員会(日立の新しい世紀〈次の100年〉を築いていくため、人財関連テーマについて中長期の視点で幅広く労使で議論する場)をこれまで計10回以上実施しており、ジョブ型人財マネジメントの必要性や考え方、具体的な取り組みの方向性などについて議論し、確認を行っている。

アップスキリング、リスキリングを支援するプラットフォームも

ジョブ型においては、個人がより自律的にキャリアを構築するという方向にシフトする必要があると同社では考えている。そのため、従業員個人は、「自分のキャリアを自分でつくる」ことの必要性に気づき、自ら考え、行動する必要があることから、自律的にアップスキリング・リスキリングを行う従業員を支援することを目的に「学習体験プラットフォーム(LXP:Learning Experience Platform)」を2022年10月に導入した。

LXPには、各人が現在のジョブと、関心のあるスキルなどを登録することで、AIがそれぞれのスキルレベルやキャリア志向などに合わせて、1万7,000以上の学習コンテンツ(eラーニング、動画、Web記事等)から最適なコンテンツをリコメンドしてくれる機能が搭載されており、オンラインでいつでも、どこでも手軽に学習することが可能となっている。こうした施策に加えて、社内公募制度の強化拡充などを図り、従業員のより能動的なキャリア開発を促すための取り組みも行っているという。

最終的には人財マネジメントをトータルでジョブ型に変える必要

同社は、ジョブ型人財マネジメントの実現に向けては、人財マネジメントのあり方全体をトータルとしてジョブ型に変えていく必要があると考えている。

例えば、採用・配置については、ジョブを起点として、優秀人財を獲得していく体制・仕組みの構築を進めており、社外から経験者を採用する際は、社内公募の枠組みでも同時に募集を行い、幅広く候補者を募る仕組みへと転換した。新卒採用においても、新たに「ジョブ型インターンシップ」を開始し、JDで実施内容や必要なスキルを明示したうえでインターンシップに参加してもらい、実際の職場の業務を体験してもらうことで、より一層本人のキャリア志向とジョブとのマッチングを図るように取り組んでいる。

また、経験者採用も拡大させており、2024年には新卒と経験者の採用数を1対1程度の比率に持っていくことをめざしている。新卒者についても、技術系については従来からジョブマッチングの仕組みを通じてジョブ型の採用を行ってきたが、事務系についても一部の職種において「職種別採用」を開始し、ジョブを起点とした採用を強化している。

今後のジョブ型への整合に向けて労使議論も開始

これらに加え、従業員の意識・行動変革を加速していく観点から、採用から退職に至る人財マネジメントの仕組み・制度全体について、ジョブ型に整合する形へ見直すことが必要だと同社は考えており、2023~24年度をターゲットとして労使で議論を実施している。

一方で、ジョブ型転換にあたり重要となるのは、単に制度をつくり導入するだけでなく、従業員の意識・行動を実質的に変えることだとして、同社は「引き続き時間をかけて丁寧に取り組んでいく」としている。

(ヒアリング実施日:2022年12月9日)

企業プロフィール

企業名:
株式会社日立製作所
設立年月日:
1920年2月1日(創業 1910年)
代表者:
取締役/代表執行役 執行役社長兼CEO 小島 啓二
従業員数:
2万9,485人(2022年3月末現在)
連結 36万8,247人(2022年3月末時点)
業種:
総合電機
事業内容:
デジタルシステム&サービス、グリーンエナジー&モビリティ、コネクティブインダストリーズの3セクターにおける製品の開発・生産・販売およびサービスの提供