「ジョブ型人材マネジメントに基づく人事制度」を導入し、2022年4月には一般社員にも適用
 ――富士通におけるジョブベースの人材マネジメント

企業ヒアリング

富士通は2020年から「ジョブ型人材マネジメントへの変革」を進めており、同年4月からは、グローバルに統一された基準に基づいて、「人」ではなく、より一人ひとりの「ジョブ」(職責)の大きさや重要性などを格付けし、報酬に反映させる「ジョブ型人材マネジメントに基づく人事制度」を取り入れている。前制度までは、「人」基準でコンピテンシーを用いて格付けや昇給を行ってきたが、同制度では、まず、幹部社員ポジションを対象に、Job Description(職務記述書)を作成してジョブを明確化。2022年4月からは、対象を一般社員に拡大。一般社員についても個人が担う職責を即座に報酬に反映させるようにし、より大きな職責にチャレンジする意欲喚起を促している。

パーパス実現のための施策の一環

同社はグループ全体で、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」という「パーパス」(存在意義)を追求するとの考え方を打ち出している。「ジョブ型人材マネジメント」の導入も、パーパスを実現するための施策の一環。

「ジョブ型人材マネジメントへの変革」を進めていくうえで、人事部門はまず、パーパス実現に向けたビジョン(HR Vision)、「社内外の多才な人材が俊敏に集い、社会のいたるところでイノベーションを創出する企業へ」を明示。このHR Visionに基づき、①Challenge(全ての社員が魅力的な仕事に挑戦)②Collaboration(多様・多才な人材がグローバルに協働)③Learning & Growth(全ての社員が常に学び成長し続ける)――という3つの大きな柱を掲げ、その実現に向けて取り組んでいる。

人材マネジメントをフルモデルチェンジ

そのための施策の大きな柱の1つとなっているのが、「人材マネジメントのフルモデルチェンジ」だ(シート1)。

<シート1>
画像:シート1 人材マネジメントのフルモデルチェンジ

(同社提供)

ポイントは、①チャレンジを後押しするジョブ型報酬制度②事業戦略に基づいた組織デザイン③事業部門起点の人材リソースマネジメント④自律的な学び/成長の支援――の4点。

「ジョブ型報酬制度」については、同社の報酬制度はそれまで、コンピテンシーをベースにグレードを決めて、各グレードにいわゆるレンジ給を設けていたが、新たな報酬制度では職責ベースに再設計した。制度の対象は、幹部社員(管理職)と事務技術職の一般社員の約3万5,000人。いわゆるホワイトカラーが対象で、工場に勤務するものづくりオペレーション職(技能職)は別の評価・報酬制度が適用されている。

幹部社員層はシングルレートの報酬体系となっており、例えば『レベル12であれば月俸はいくら』といった形。一般社員層は成長途上でもあり、同じレベルでも職務の幅が大きいことを踏まえ、レンジ給としているが、グレードとレンジ自体は、より上の職責にチャレンジする意欲を促すために、新制度移行を契機に見直しを行い、設定し直した。

詳しくみていくと、シート2にあるような体系となっている。職責ベースのレベル(「FUJITSU Level」という)について、職責の大きさや重要性に応じて、幹部社員については6段階(グローバル共通)に格付けし、グレードに応じて月額報酬の金額(シングルレート)が決まる内容となっている。一般社員は、5段階でレベル別にレンジ幅を設けている。レベルは、シート2では、一般社員は「8」からスタートする図となっているが、実際にはその下に「7」も設定されている。なお、新入社員は、初年度は研修中心の「トレーニー」で、2年目から格付けされる形。

<シート2>
画像:シート2 職責ベースの報酬体制

(同社提供)

戦略・ビジョンありきで人材を当てはめる

報酬制度とともに、人材マネジメントについても、事業戦略に基づいて組織をデザインし、適材をアサインするというグローバル標準のジョブ型マネジメントに見直した(シート3)。

<シート3>
画像:シート3 事業戦略に基づいた組織・ポジションデザインへの見直し

(同社提供)

従来のマネジメントは適材適所で考えるため、戦略・ビジョンを設定しても、「結局は現有人材を基に組織をつくることになり、組織のパフォーマンスと戦略・ビジョンとでギャップが生じやすかった」(同社人事部門)。そのため、ジョブ型の人材マネジメントに見直すことで、まず各組織の戦略・ビジョンありきで組織をつくって、それに対して必要な人材を定義し人を当てはめていくことにした。そこでギャップが見えた場合に、そこに対して人を育成したり、外部から人を採用したりすることにした。

戦略・ビジョンに基づく組織や職務デザインを実行するため、従業員一人ひとりの職務内容について期待する貢献や責任範囲を記した「Job Description」(いわゆる職務記述書)を作成している。Job Descriptionの作成を通じ、1つひとつのポジションに対し、責任権限・人材要件を明確化。Job Descriptionは、グループのなかでジョブ型人材マネジメントに基づく人事制度の対象となる6万人の社員分作成している。その作成にあたっては、まず「職種×職層」ごとに大くくり化した単位での役割定義書(Role Profile)を定めている。例えば、「ソリューションサービスのレベル14であれば、一般的にはこういう仕事でこういう人が求められる」といったことを定義している。Role Profileは約450作成しており、この一般的なRole Profileを基に、具体的なポジションの職務を明確にしている(シート4)。

<シート4>
画像:シート4 責任権限・人材要件の明確化

(同社提供)

評価制度はグローバル共通に

職責にふさわしいかどうか、どのように評価しているのかについては、パーパスと、各組織のビジョン実現に向けた「インパクト(Impact)」「行動(Behaviours)」「成長(Learning & Growth)」を評価するグローバル共通の評価制度「Connect」を、2021年度から幹部社員に適用。翌2022年度からは一般社員にも展開している。

従前は、幹部社員・一般社員とも2段構えの評価項目を持っており、1つが「コンピテンシー評価」で、年度末の評価を年1回の定期昇給や「グレードの異動(昇降格)」の際に反映させる仕組みだった。それとは別に「成果評価」も行っていた。成果評価は、能力ではなく、その期のアウトプット(成果)に応じて評価するもので、賞与の算出に反映させていた。

「Connect評価」は、幹部社員・一般社員とも、この1本だけで評価する形。評価結果は、幹部社員については月俸がシングルレートで昇給の概念がないため賞与のみに反映。一般社員は昇給と賞与の両方に反映している。「重要なのは、Connectが単純な評価制度といった位置付けではないということ」と同社人事部門は強調する。

「従来は『評価のための評価』になってしまっていた部分が否めず、新制度では、富士通のパーパス実現に向けた社員とのコミュニケーションと、社員個人のパーパスの実現に向けたコミュニケーションを連動させ、それにより最終的に付けられる評価結果を成長支援に用いたり、より大きな職責、成長機会に繋げていくような考え方・コンセプトで実施している」

評価方法は、①Impact②Behaviours③Learning & Growth――の各項目で評価し、最終的には総合評価を5段階で決定する。「評価の高い社員は、大きな貢献が期待できるので、より大きな職責・成長機会につなげていくこともあるし、中味を確認していくなかで『こういうところをもう少し伸ばしていきたい』などとスキル向上支援に役立てていくこともある」と人事部門は言う。

アサインの一番の判断基準は「その仕事を担えるか否か」

上位のレベルの職責にアサインする際の基準は、その仕事が担えるか否かが一番の判断基準だという。現在担っている職務に対して求められる行動や貢献ができていない場合は、半年間の成長支援プログラムを実施し、それでもなお改善が見られない場合は、下位のレベルへのアサインメントも含めて、職務の変更を行うこととしている。ただ、下位Levelに変更することが目的ではなく、社員のチャレンジを促すことが目的であるため、チャレンジ機会も成長支援もしっかり用意して実施し、それでも改善できなかった場合に、下位レベルの職務へ変更している。

1on1ミーティングなどで評価の納得性につなげる

「Connect」とあわせて、期中を通じて上司・部下間での1on1ミーティングを月1回以上実施し、コーチングやフィードバックをタイムリーに実施することで、実績に対する上司・部下の認識のギャップを少なくし、評価の納得性につなげる取り組みも行っている。

「Connect」で特に重視しているのは、評価を付け、それが処遇に反映される点というよりも、期初にパーパスや各組織のビジョンについて上司・部下間でしっかり会話して腹落ちすることとあわせて、社員一人ひとりも「自分がどのように成長していくか」を考えることだと人事部門は説明する。そのうえで、組織として目指している方向性に対し必要な仕事と、個人として経験したい仕事・伸ばしていきたいスキルの重なりを見つけながら、今期取り組むテーマを決める。重なる部分をより多くを見つけ、具体的にしていくことで、「社員のパフォーマンスも最大化し、本人の成長にもつなげていきたい」と人事部門は考えている。

社員が手挙げでチャレンジできる環境整備も

社内外から適材をアサインする「適所適材」への転換に向け、ポジションやジョブに対して社員が手挙げでチャレンジできる環境整備を行った。その1つが、ジョブ・ポスティング(社内公募)の大幅拡大だ。

募集件数を大幅に増やすと同時に、幹部社員の登用は全てポスティングで募集する形に見直した。幹部社員の登用は、従来は所属部署の上司が推薦し、役員による面接を経て登用が決まるプロセスだったが、事業部間での人の流動性に乏しく、全社的な最適配置がなかなか進まない課題があったこともあり、変更後は、本人が募集ポジションに手を挙げ、応募先による書類選考・面接に合格すれば登用する形にしている。

ポスティングを拡大した初年度(2020年度)の実績をみると、グループ全体で応募人数は4,299人、合格し異動した人数が1,458人で、かなりの人数がポスティングによって応募し、合格した。実施前は「募集ポジションがどれだけ出てくるか」「応募者がどれぐらいいるか」などと不安な状態でスタートしたが、蓋を開けてみると、募集ポジションも応募人数も合格人数もすべて多かった。特に応募人数が、人事部門の想像以上に多かったという。

「ポスティングへのチャレンジを通じて、改めて自身の経験やスキルを振り返り、これから何をやっていくべきなのかを考える良い機会になったことに加え、自ら応募した仕事なので、より高い意欲とやりがいを持って取り組む効果も出ている」と人事部門はみる。社員向けの満足度調査でも、ポスティング異動者のエンゲージメントスコアは向上していて、特に「やりがい」「機会均等」の項目が大きく上がっているという。「社員のエンゲージメントの向上面でも大きなインパクトのあった施策だと思っている」と人事部門は言う。

なお、応募する際のルールとして、「1つ上のポジションまで」などといったことはなく、年齢制限もなく飛び級も認めており、社内の募集ポジションに自由に応募できる。実際、新卒入社2年目など、20歳代で幹部社員になる人も出てきている。また、若手層だけではなく、従来では幹部社員への新規登用がほとんどなかった50歳代で登用されるケースも出ており、人事部門は「多様な人材のキャリア実現につながった」としている。

自分でどういうキャリアを歩んでいくのかを考えさせる

社員の自律的な学び・成長支援に向けた取り組みについては、「キャリアオーナーシップ」の考え方を打ち出している。「一人ひとりがどのようなキャリアを歩んでいくのか、会社に任せるのではなく、自ら考え、様々な仕事にチャレンジし、成長につなげてもらいたい」からだ。

年代別に、「キャリアカフェ(キャリア研修)」でキャリアを振り返る機会を設けて本人の意識を醸成する取り組みを実施したうえで、ポスティングも含めた様々な機会を提供。機会に挑戦するには自分自身を磨かねばならないことから、教育機会も選択式で受講できるプラットフォームを導入している。とはいえ、社員一人だけで考えるのは難しい面もあるので、「1on1ミーティング」における上司との対話の実施や、専門家(キャリアカウンセラー)による相談窓口の設置など、支援体制も整えている。

教育機会としてはまた、本人が選択・受講できるOn demand型教育を導入・提供。米国Udemy社やLinkedIn社のオンライン動画学習プラットフォームを使用し、自分で選んで動画コンテンツを受講できるようになっている。年代別に利用者をみると、40、50歳代が全体の6割ぐらいを占めているという。「若年層だけではなく、年齢や経験年数に関わらずスキルや専門性を高めたい社員が多く、学びに向けた行動が広がったことは、嬉しい効果だった」と人事部門はいう。

「1on1ミーティング」でも、業務の進捗管理だけでなく、職務の「できていること、できていないこと」のフィードバックや成長に向けてアドバイスを行ったり、一緒に今後のキャリアを考えるなど、将来に向けた対話を中心とすることで、個人のキャリア形成や能力発揮をサポートするよう伝えている。

社員へは丁寧な説明を心がける

「ジョブ型人材マネジメント」への移行にあたって、どのように社員に説明してきたのか。人事部門は、「行動変革につなげるには、まずは社員の理解が重要であり、丁寧な説明・対応を意識してきた」と話す。

「特に制度を運用する立場となる、現場の幹部社員向けの教育プログラムを重点的に実施した。コロナ禍でテレワークが進んだタイミングで、オンラインでの実施が浸透していたことに加え、ブレイクアウトルームなど活用し、受講者と双方向でのワークショップを織り交ぜながら、理解・浸透を図るプログラムを展開した。幹部社員約1万5,000人を対象とした研修を繰り返し実施した」

労組とは日頃のコミュニケーションによって協議前から認識を共有

労働組合との協議はどう進んだのだろうか。「労働組合との協議は直近1年ぐらいで実施してきた。処遇が下がる社員も出る可能性のある施策であり、労組としても簡単に受け入れられるものではない。当社においては、今回に限らず、日常の労使コミュニケーションにおいて、経営方針や事業戦略、厳しいグローバルでのビジネスの環境や見通し等について丁寧に情報共有を行っている。その結果、『会社の成長に向けて、組織マネジメントや、社員の意識・行動において、より一層の変革が必要』という点について、協議前より認識を共有できていたことが大きい。当社の人事制度や労働条件については、労使が互いに切磋琢磨し、双方で知恵を出しながら作り上げてきた経緯がある。今回の新たな人事制度についても、会社が検討したものがベースとなっているが、労使で協議して作ってきた」と振り返る。

特に労働組合との間で話してきたのはキャリアオーナーシップだという。「『社員が自らキャリアを考え、つくっていくことをどう実現していくか』ということについては、労組としても課題認識を持っていて、従来より様々な議論をしてきた。そうしたなか、ポスティングの拡大で、実際に多くの人数が応募し、異動したことで会社としての本気度を示せたし、労組側にとっても『社員が変わり始めていて、チャレンジする人が大勢いる』ことは大きなインパクトとして受け止めていた。これが大きなトリガーにもなり、労使間での前向きな議論が進んだ」と話す。

マネジメントの習熟とビジネスへのインパクトが今後の課題

今後に向けた課題としては2つあるという。1つは、マネジメントの習熟。幹部社員が社員のエンゲージメントを高めたり、人を惹き付けることがしっかりできているかどうか、引き続き研修などを通じて、よりスキルを高めていかねばならないと話す。もう1つは、ビジネスに対するインパクト。『ジョブ型人材マネジメント』が実際のビジネスに良い影響をもたらすことができるかどうかは、これからの運用にかかっている。

「ジョブ型人材マネジメントやWork Life Shift等の取り組みによって、人材の採用上はプラスに働いているとは考えているが、ビジネスの成長につながっているかどうか、定量・定性両面で継続的に把握し取り組んでいく必要がある。ジョブ型人材マネジメントは『OS』。あくまでインフラなので、これを使ってどのようにビジネスを伸ばしていくか、どう活用していくかを個々の職場がワンバイワンで、人事が支援しながら考えていく必要がある」と話す。

(ヒアリング実施日:2022年10月21日)

企業プロフィール

企業名:
富士通株式会社
設立年月日:
1935年6月20日
代表者:
代表取締役社長CEO 時田 隆仁
従業員数:
12万6,400人(連結、2021年3月末)
業種:
電気機器
主な事業内容:
テクノロジーソリューション(2021年度売上収益(連結)の比率82.9%)
ユビキタスソリューション(同9.1%)
デバイスソリューション(同8.0%)