多様なキャリア・ライフプランの実現を支援するプラットフォーム
 ――双日が設立した「双日プロフェッショナルシェア(SPS)」

企業ヒアリング

双日は、2021年4月に「中期経営計画2023~Start of the Next Decade~」(以下、中計2023)を公表するとともに、2030年での「目指す姿」として「事業や人材を創造し続ける総合商社」を掲げた。中計2023では、変化する環境に適応した「個」の集団を形成(人的資本の最適配置)し続けていくとして、様々な人事施策に取り組んでいる。そうしたなか、2021年3月には35歳以上の希望する社員のやりたいことを支援するキャリアプラットフォームとしてジョブ型雇用の新会社「双日プロフェッショナルシェア」を設立。多様なキャリアの選択肢のためにも①70歳定年②就業時間・場所の制限なし③兼業・副業、起業可能――といった施策を導入して、35歳以上の社員の多様なキャリア・ライフプランの実現を支援している。

双日の役割等級制度

双日の人事制度は、年齢や在籍年数に関わらず、与えられた役割に応じた処遇とすることを基本に、役割の定義、昇格・登用の要件を明確にして、社員のモチベーション喚起を促す「役割等級制度」を導入している。社員の職種は総合職(2,000人強)と事務職(約400人)。総合職は、M職群(ライン長)と新卒入社から育成期間中のP職群、一定の型がつくりあがった状態の一人前の社員が専門性を磨くS職群、海外駐在員や出向者のG職群を設定。事務職はA職群としている。

各役割等級を4レベルにわけてシングルレートの役割給を設定

「M職群は、課長、部長、本部長で区切って大きく3段階の役割等級にわけている。S職群は幅広く14段階にわけているが、実態はブランク状態の等級もある。P職群も14段階で新入社員から入社15年目ぐらいまでのイメージだが、P職群の役割等級は新入社員が属する等級を除き、各4つのレベルにわけ、『3段階×4レベル+1』の13に細かくわかれている。役割給はそれぞれの等級・レベルで全て同一でレンジは設定していない。ただし、その期のパフォーマンスに応じた評価でプラスマイナスは生じるため、月俸はその役割給に対して『プラスマイナス●%』といった形で支給される」(双日人事部門)。

評価は達成度と行動で

評価は、各社員が設定した目標の達成度合いと、中長期的かつ継続的に結果を出し続けるためにとった行動をみる。具体的には達成度評価と行動評価にわけていて、達成度評価は、その期に立てた目標に対するパフォーマンスがどうだったかを評価し、賞与に反映。行動評価は基本的には昇・降格に反映する。なお、昇・降格には一部パフォーマンスも反映されるため、2つの評価は基本的にはわけて考えているものの、行動評価と一部達成度評価をミックスして昇・降格を決める形になっている。また、行動評価は先述の役割給のプラスマイナス分にも反映する。プラスマイナスの幅は職群・段階によって異なり、数%~最大10%ほど。他方、賞与は管理職なら評価でプラスマイナス30%ほどの幅がある。

高評価者は10年強でP職群を卒業

評価はS、A、AB、B、CB、C、Dの7段階。ただし、懲戒等の対象になるD評価はまれで、Sもコンスタントにいるわけではないため、実質的にはA~Cの5段階で行われている。

「昇・降格の要件は、P職群は育成期間中のため、『行動評価が●ポイント上がったら1ランク上がる』『●ポイント以上であれば2ランク上がる』などといった基準を設定。高評価を取り続ける人は、10年強でP職群を卒業できるようになっている。一方、ライン長のM職群と専門性を高めるS職群では、ポイントより『その人が今の役割等級に見合っているか』をチェックして評価し、『満たしていなかったらその役割から外れるべきか』『超えていたら上の役割に行くべきか』などと判断する」

管理職に求められる知識やスキルの把握に課題認識が

双日では、社員が複数の異なるキャリアを経験することで多様な専門知識とスキルを身につけるとともに、組織の活性化を実現するジョブローテーションを実施。所属の部門(専門性)は本人の希望次第で、本人が特に異動を望まなければ長く在籍することも珍しくない。管理職への昇進に難しい縛りを設けていることもなく、海外赴任や出向も含め、普通に働くなかで上がっていく。その一方で、管理職として必要と考えられる知識やスキルセットがどのぐらい満たされているかを把握することに課題認識を持っている。

「現在は、例えば『経理部在籍時に、Aスキル、Bスキル、Cスキルを習得した』といったキャリアの現在地のようなものを自己申告で登録できる仕組みはある。ただ、これは任意ベースの申告なので、会社として担保されているわけではない。今後、それを客観的・公平な申告にすることで、職務履歴書のようなものが共有できるようにすることを実施できたらと考えている」

異動の自由度を高める社内公募制も

また、本人の自律性を大事にする社内公募制も導入。やる気があって自ら考え行動する人には異動の自由度を高め、社員の育成促進とキャリアの幅を広げる仕組みを設けている。

「具体的には年1回、人材が欲しいと思っている組織が『こういうスキル・スペックの人材が欲しい』と掲示板に掲載。それをみて『やってみたい』と思った人は手を挙げ、募集側と面談して合意すれば、所属部署の上長はそれを否定できない仕組み。2021年度の実績は、募集のあった約60のポストに対し1/3ほどが異動した」

培ってきたスキル・経験を活かせる双日プロフェッショナルシェアの設立

2021年3月に設立した双日プロフェッショナルシェア(SPS)は、双日から同社に移籍する社員が、これまで培ったスキル・経験を社内外で活かして価値を提供することが可能となる仕組みを構築している。ホームページの人材戦略欄には、同社でできることとして、①新しい世界に挑戦できる②自身の専門性や経験、スキルを活かせる③社会との接点を維持し、やりがいを持ち続ける④介護や家族との時間を中心にできる――ことを挙げている(シート)。

<シート>
シート1 事業スキームの全体像

(同社HPから引用)

一定の型ができた人に多様で自律的なキャリアを描ける枠組みを提供

SPSの概要について、同社は以下のように説明する。

「SPSへの転籍対象となるのは、35~55歳までの双日の総合職社員。双日では社員は週5日働くことが求められており、兼業・副業も許可制になっているが、SPSは基本的に自由で、起業も可能。これを双日本体で制度化すると、既存の制度との整合性が難しくなることに加え、若手社員、特に新卒社員はまだ自身の業務・社会人としての型ができる前段階のため、一社会人、一商社マンとしての型をつくる期間として35歳を区切りとした。上限年齢を55歳までとした理由は、60歳定年に向けて55歳で一度、自分のキャリアを考えて欲しいとしたことが大きな理由の1つ」

なお、55歳の上限年齢とした理由には、フリーランチにしないこともあった。その点について双日の人事部門は、「双日本社にいたら60歳で定年を迎え、本人が望んでも最大65歳までの再雇用しかない。そこで60歳まで働いて双日プロフェッショナルシェアに行き、後述する定年70歳まで働けるとなると公平性にやや疑問が残る。そこで制度的には、55歳までに判断して欲しいとなった」と補足する。

家族の反対で転籍時期を再考するケースも

SPSによると、ヒアリング時点で双日からの転籍者は7人。全員が男性で、年代は40代が多く5人、30代と50代が各1人となっている。現状は、「自分のスキルを試したい」「自律して働いていきたい」といった理由で転籍している人が多く、なかには起業する夢を持っている人もいる。その一方で、転籍を希望した社員のなかには、その後、辞退してきた人もいるという。

「会社から断ったことはないが、『自律的に働くことの正しい理解や覚悟が必要』なことを伝えるなかで、『まだ準備不足』との理由で辞退してくるケースはある。また、本人は転籍を希望していても、家族が『子どもが小さいからもう少し待って』『副業で大丈夫なのか』など家庭の事情で転籍時期を再考する社員もいた」

なお、SPSに転籍した人が再度、双日本社に戻ることもできなくはないが、その場合はキャリア採用と同じステップを踏むことになり、転籍者が自由に行き来できるような仕組みはない。

70歳までの継続雇用を先取りする形で定年年齢を設定

SPSでの就労環境をみていくと、まず定年年齢は、双日が60歳で65歳までの再雇用制度を設けているのに対し、SPSは70歳にしている。その背景には、「今後、65歳定年、70歳までの継続雇用の流れができつつあるなか、そこを先取りしていこうと考えたため。人生100年時代といわれているなかで、今後は細く長くという新たな働き方の1つになるとの考え方もあった」。

所属していた部署から切り出した業務を働きたい日数に合わせて決定

実際の業務については、双日本社から転籍する際に、所属していた部署から業務を切り出してもらい、SPSからその部署へ逆出向の形をとる。その際、業務量は転籍時に本人と所属先とで決めることになっている。

「SPSでの業務の下限は週1日で、上限は制度上週5日もあり得る。仮に双日での業務を週3日とした場合、所属していた部署に週3日分の業務を出してもらう。転籍者の仕事のボリュームは業務日数によって変わる。業務内容は、転籍前の業務をベースとすることもあれば、その転籍者の在籍時の役割等級に応じた新たな業務をアサインすることもある。

報酬は元の役割等級をベースに算出、評価はアサインされた業務の達成具合で

報酬は週3日、本社業務を継続する場合は今までの5分の3、週2日なら5分の2といった形で給与を設定。業務の評価は、基本はジョブ型に近い働き方になるため、アサインされた業務ができたか否かでみる。ただし、転籍者は出向先でアサインされた業務(ジョブディスクリプション)以外に、若手の人材育成などで組織に貢献をしていることもある。そうした場合は、1年経過後の業務の振り返り時に、ジョブディスクリプション以外で組織に貢献した部分があればプラスアルファの評価をするように設計している。

副業はリスク判定を行ったうえで承認

転籍者はそれぞれ勤務日数を調整して働いており、なかには副業や起業をしている人もいる。副業は、本人からの申請に基づき、競業避止や一般的な公序良俗違反などのリスクについて外部の「副業リスク診断サービス」も利用しつつ、最終的にはSPSにてリスク判定を行っている。総合商社は様々な業界と関わりがあり、副業・起業しようとしている業界が本社と全く関係ないケースは少ないため、「リスク高」と判断される場合は、本人と所属部署間で十分な話し合いを行うことになる。なお、転籍者が双日の他部署の仕事もする「社内兼業」的なパターンもあるという。

ちなみに、双日本社社員が副業する場合は許可制で、「SPS同様、リスクについてチェックすることに加え、『今、この人には本業に注力してほしい』など、その人の置かれている状況もみる」(双日人事部門)ことになっている。

「週5日働いたうえでの副業は土日や時間外で行うのが前提になるため、過重労働を避けることも考えたらそれほど余地はないのがSPSとの最大の違い。ただ、副業をやっている社員がいないかというとそうでもなく、常時10人ぐらいが週2、3時間~週4、5時間程度、スポットで経営コンサル的なことをしたり家業の手伝いをするなどといった形で副業している」

労組への説明に加えオンライン説明会や個別対応も実施

双日にはユニオンショップ協定を締結する労働組合(双日労働組合)がある。組合員資格は、総合職と事務職(正社員)の一般社員層で、組合員数は約1,300人。全社員に占める組合員の割合は2022年3月期で54%となっている。SPS設立時には社内説明会を丁寧に行うとともに、労組にも「会社がなぜ、こうした取り組みを考えているのか」といった目的を伝えてきた。

それに対して労組の反応は、「対象年齢が35歳以上で、実態として組合員があまりいないこともあり、全体的にそれほど強い関心は示されなかった記憶だが、若手の組合員から『35歳以上の年齢制限をやめて欲しい』『転籍ではなく自由に行き来したい』などの意見はでた。それには、会社の考え方として35歳以下はいまだ一人前になっていない(自律的に働けない)と考えられるために対象としないことを説明し、理解を得た」(双日人事部門)。

「社員への説明会はオンラインで実施したが、それだけではなかなか理解を得られなかったところもあり、アンケート等で意見を聞いたり、あらためて話を聞きたいといった要望には個別に対応した。説明会は動画でいつでも見られるようにしていて、興味がある人の質問には随時受け付けている」(SPS)

役割を基軸とする方向性は労組とも共有

一方、双日では2020年度に初任給を増額したことに加え、昇格要件として求める経験年数を短縮し、従来以上にスピーディーな早期登用を可能にする人事制度改定を行った。このときは、初任給は組合員に大きく影響することもあり、事前に組合に説明して理解を得ている。

「2024年度の制度改定でも、さらなる登用早期化が可能な仕組みとする予定。当該昇格要件の改定は、やる気があって優秀だと会社が思える人材を早期に管理職登用できる仕組み。先述した通り、1つの等級にレベルが4つあって、良い評価だったらより飛び級ができるようにした。これについては、組合からも『是非やって欲しい』という考え方が示され、合意が取れた。組合も『年功序列的な処遇は古い』との考え方を持っていて、『各人に役割があるべきだし、役割に応じた役割給があるべき』といった基本的な考え方・目指す方向性も会社と同じで共有できているため、特に問題はなかった」

上司・部下間の徹底した対話でキャリア自律志向の醸成を

双日では社員一人ひとりの自律的で多様なキャリアパス志向を醸成し、働き方ニーズを実現できる取り組みを展開。みてきたようなSPSの設立や公募制などに加え、徹底した上司・部下の対話も重視している。

「終身雇用前提では、会社に対する甘えの部分がなかなか拭えない。結果、主体的に自分の自律的なキャリアを形成していこうとのマインドセットが難しく、それができる人は例外的になってしまう。そこを変えていかねばならないといった会社の課題観があるなかで、双日では少なくとも年1回は本人と所属長で、1年後、3年後、さらにその先どうありたいのか、どうあるべきかといったキャリアについて議論し、その結果を常時振り返られるような仕組みをつくっている。まず、そこでの徹底的な対話を行ったうえで、公募制というチャンス・機会があるなか、『こういうキャリアを築きたいから、ここにチャレンジしよう』と思うか否かは本人の自覚次第になる。今後はセミナー等の形でキャリア自律の周知徹底の機会を設けていきたい」

SPSでは教育支援制度を充実

ただし、「こうしたマインドセットを進めることには課題もある」という。「キャリア自律を促す一方で、社内でのキャリア選択の解像度も上げていないと、社員の目はどうしても社外に向いてしまう」からだ。

「キャリア自律を推し進めるなら、同時に会社のなかでのキャリアの選択肢があることも示さなければならず、キャリアや業務の可視化の推進が問題になる。なお、リスキリングの費用助成などは、申請があってそれが本人のキャリアおよび会社にとって意味があれば認めてサポートしている(対象は教育訓練給付金が支給される講座の取得費用の最大20%、最大10万円まで)。ここ数年の間に、社内のキャリアの選択肢を本人に合った形で提示できるようになることと自律的なキャリアを本人に考えてもらうことをセットでやれたらと思っている」

一方、SPSでは教育支援制度を充実させていて、「その人のキャリアに役立つと判断されることなら取得費用の80%、最大100万円まで認めている」(SPS)という。

(ヒアリング実施日:2022年10月14日)

企業プロフィール ※2022年4月1日現在

会社名:
双日株式会社
設立年月日:
2003年4月1日
代表者:
代表取締役社長 CEO 藤本 昌義
従業員数:
2,605人(単体)
事業所数:
国内5(本社、支社、支店)、海外79(現地法人、駐在員事務所等)
業種:
卸売業
主な事業内容:
自動車、航空産業・交通プロジェクト、インフラ・ヘルスケア、金属・資源・リサイクル、化学、生活産業・アグリビジネス、リテール・コンシューマーサービスの7つの本部体制で、国内外での多様な製品の製造・販売や輸出入、サービスの提供、各種事業投資などをグローバルに多角的に行っている。
会社名:
双日プロフェッショナルシェア株式会社
設立年月日:
2021年3月
代表者:
平井 龍太郎
従業員数:
11人(事務局と転籍者の合計)
業種:
その他サービス業
主な事業内容:
(1)双日本社業務の受託・出向者派遣
(2)グループ外企業とのジョブ・マッチング支援
(3)キャリアコンサルティング・リカレント教育支援