グローバル共通のジョブ型人材マネジメントシステムを国内の全社員に導入
 ――シスメックス

企業ヒアリング

シスメックスは、中期経営計画の重点アクションの1つに「グローバル共通のジョブ型人材マネジメントシステムの定着・推進」を掲げ、グローバルで統一した人材マネジメントへの変革を進めている。同システムの導入にあたり、2020年4月から「管理専門職層」に対し、いわゆるジョブ型の人事制度を適用。2021年10月からは「一般社員層」も対象とした。長期雇用を前提とした育成に重きを置いた考え方は継承しつつ、高い成長力の持続に向けた多様な人材が活躍できる基盤の整備に取り組んでいる。

グローバル視点で国内の仕組みを変えなければならない状況に

同社には、グローバルで約1万人、国内は関係会社を含め約4,000人の従業員がおり、海外の従業員が過半数を占める。人事制度は、海外のグループ会社はほとんどがいわゆるジョブ型で、日本にある数社だけが職能型となっている。ただ、グローバル視点で人材育成や人材活躍を考えると、国内の仕組みを変えていく必要があり、また、会社の持続的な成長を考えたときに人材のボーダーレス化は避けて通れないことをふまえると、「一人ひとりのキャリアに寄り添った制度にしていかないと会社としての魅力を維持できない」(同社人事部門)ため、人材マネジメントの変革に乗り出した。

社内にも、変革が必要な背景があった。次世代の経営人材やグローバルにプロジェクトを牽引していくようなグローバルリーダー、AIやデータサイエンスに代表される専門人材の育成・獲得がかなり遅れており、外部から経験者採用をしようとしても、報酬が見合わないという課題が生じた。また、ジョブ型を導入する前は、職種や組織に関係なく職能等級制度で一律に処遇していたため、年収は、同じ役職ならほぼ変わらない水準であり、先端技術を専門とする人にとっては海外企業との年収差が大き過ぎる状況にあった。

制度面では、コアになって欲しい人材にはグローバルに活躍する機会を提供していかなくてはならないが、担って欲しい職務があっても資格等級が低いとの理由で、その職務に就けないこともあった。

このように、社会全体の価値観が大きく変わり、社内でも旧制度での生産性の課題が浮き彫りになってきたこともあり、「コロナ禍で働き方が大きく変わり、以前から議論していたフレキシブルな働き方が大きく進む状況下で、グローバルにリードしていく人ばかりでなく、下支えしていく人も安心して働ける環境を見据えた形で、人事制度を大きく変えていく」(同)ことになった。

その際の方向性は、「グローバルを意識し、『ジョブ型』で進めていくしかない」となり、社員の心理的安全性も念頭に置き、長期雇用を前提とした職能的な要素も残しつつ、日本的なジョブ型のようなことを意識しながら見直しを進めた。

役割や職務内容に基づき職務等級を決める制度を導入

同社が導入したジョブ型人材マネジメントシステムの具体的な内容をみていくと、職能型の人事制度を一新、役割や職務内容に基づき職務等級を決める制度を導入した。

新制度導入前は「人」ベースで報酬を決めて配置してきたが、「職務」ベースに変更。それぞれのポジションの価値を決めて人を配置して、その価値に見合う処遇を行うようにした。

職務評価は年1回、4~5月に見直し、7月から新しい職務等級に反映する。評価は、その職務の重要度や責任・役割の大きさ、そこで受け持つ組織の大きさ・人数などをみる。同じ「部長」でも、組織人員が20人ぐらいの部と100人ぐらいの部では、組織の大きさが異なるため、ポジションの価値が異なってくる。

管理職クラスのグレードは8等級に分かれる

同社では職務等級のことを「ジョブグレード」と称している。ジョブグレードは同じ役職でも異なることがあり、その場合は必然的に報酬も違ってくる。ジョブグレードは、大きく「管理専門職層」と「一般社員層」の2階層に分かれる。「管理専門職層」のジョブグレードは「グローバルグレード」と「ローカルグレード」(LG5~GG6の8等級)、「一般社員層」のジョブグレードは「ローカルグレード」(LG1~4の4等級)で、計12等級ある(シート1)。

<シート1>
画像:シート1
画像:シート1

(同社提供)

「グローバルグレード」の考え方は、グローバルでその職務を担える人材をつくっていくことだと人事部門は説明する。海外の関係会社でも同じ職務であれば同じジョブグレードとすることで、グローバルレベルの人材交流ができるようになることを想定しており、「まだ完全にはできているわけではないが、グローバルで統一する方向で整備を進めている」(同)という。

役職は実質的に社内であまり意味を持たなくなる

「管理専門職層」の8つの等級は、役職と完全に一致するものではないが、おおむねLG5~GG1が課長クラスで、GG2~4が部長クラス、GG5とGG6が本部長クラスに相当する(シート2)。ただ、実質的には、役職は社内ではあまり意味を持たなくなってきており、現在は対外呼称のような扱いになっているという。仮に同じ『部長』と名乗っていても、グレードではGG2~4の範囲に存在する。

<シート2>
画像:シート2

(同社提供)

組織の名称単位が『部』のため、組織の長は『部長』になるが、組織の規模などが異なるのでグレードも違ってくる。「例えば、東京支店長と仙台支店長は同じ部長職でも、グレードは異なることになる」(同)

「一般社員層」に対応するグレードは、「ローカルグレード」のLG1~4までの4等級。地域、個社、関係会社ごとに、どの職務がどれぐらいのグレードに属するかをそれぞれの会社で決める。なお、「一般社員層」の最上位LG4は係長層のポジションと考えればよい。

一般社員層はチーム単位で業務内容を定義

「管理専門職層」と「係長」は「Job Description(JD)」(職務定義書)に基づき、業務内容をポジション単位で定義する。一方、「一般社員層」(係長除く)は、「Mission Description(MD)」という取り決めに基づき、一定規模のチームを単位とした業務内容を職務記述書の形で定義し、その範囲で複数の社員に業務を割り当てる。なお、リーダーポジションとして定義されるLG4については、「管理専門職層」と同様に、ポジションごとにJDを作成している(シート3)。

<シート3>
画像:シート3

(同社提供)

MDも職務記述書ではあるが、個々のポジションで設定するJDとは異なり、ミッションチームとしての職務記述書の形をとる。例えば、あるチームには「ローカルグレード4が1人、グレード3が2人、グレード2が4人」のようなチーム編成と職務が記述され、誰がどの職務を担うかについては、そのチームに任せられている。これにより、組織変更が起きた場合もチーム単位で動かしていけば、個人ベースでの大きな人事異動が頻繁に起こらないような仕掛けにしている。

JDの数は500以上あり、毎年見直すことになる。ただし、組織構成や所属員の編成、役割に変化がなければ、JDも変わらない。実際には、部を統合・分割したり、新しい組織をつくるなどの動きがあった場合に、JDの中味が見直されることになる。

新制度への移行時にグローバルグレードとローカルグレードの境目にいるような社員への対応について尋ねると、一般社員層の係長クラスで一定の実績を残して昇格要件を満たしていた人でも、新制度では職務基準になるので、上のポジションに空きがなければ昇進できない。

賃金はレンジ給で評価によって金額が上下

月例賃金は、「基本給」一本で、等級ごとに大きく3層に分かれる報酬レンジを設けており、評価に応じて基本給の額を上下させる形。昇格または降格により、グレードの異なる職務に移る際は、移った先のグレードの直近上位に位置付けられる。

「グレードごとに、報酬を定義する2~3の『ポジショングレード』があり、ロー・ミドル・ハイの3層に分けたレンジ給となっている。昇給は一般的によくみられるように傾斜をつけており、同じグレードでも『ロー』に位置付けられる人は低い報酬水準で大きな成果を発揮することになるため昇給幅は大きく、『ミドル』、『ハイ』と上がるにつれて小さくなっていく。『ミドル』のレンジに基準グレードを設定しており、基本給額が基準グレードを上回っている人の場合には、マイナス評価をもらうと降給になる仕組み」

ジョブグレードとはいうものの、ローカルグレードの下位2つのグレード(LG1、2)に限り、職能要素を残した。新制度を労働組合と一緒に構築していくなかで、労組サイドから「ジュニア層の人たちには、能力やスキルの向上により上位職務に上がれる要素を残して欲しい」との強い要望があったからだという。

賞与は全社員が基準グレードをベースに算定

賞与は、「職務に値段を付けている」といった本来の主旨から、全社員に対し「標準的賞与」として基準グレードをベースに算定・支給している。「個々の基本給を算定基礎にするのではなく、本来、その職務で役割を果たしていれば、その職務の標準としている賞与を支給するほうが妥当」との考え方で、当該の職務に就いたばかりでそのグレードの「ロー」の位置で基本給が設定されている社員も、一定の評価を得て「ハイ」のところにいる社員も、「標準賞与」をベースに算定し支給されることになる。

評価の回数を年2回から1回に

評価の構成は、業績目標・評価とコンピテンシー評価の2本立てで、旧制度から変えていない。ただし、各ポジションの役割や必要なスキルが記載された職務記述書に基づいたコンピテンシーについては、項目や要素が変わってきている。評価の回数についても、上期・下期の年2回だったのを年1回に変更した。

コンピテンシーには、職務グレードによって大きく2つの要素がある。1つは「管理専門職層」を対象にしたグローバルコンピテンシーで、これをグローバルに各グレード共通のものにした。それ以外に、その職務・グレードに応じて各部門、各社がそれぞれ設定するローカルコンピテンシー(ただし、項目はほぼ同じで、実際にはあまり違いはない)が存在する。

主に業績評価を年間実績で反映させる。「当社は3月決算のため、以前は9月の上期決算をもとに冬季賞与を決めていた。だが、年間でみると下期に様々な動きがあり、次の夏季賞与は実質的に下期の成果しか反映されないようになっていた。こうしたことから、『グローバルに考えた時に、年間実績で賞与に反映していくほうが共通化しやすい』との考え方に至り、評価を年1回に変更した」(同)。

タレントレビューでキャリア開発と後継者育成の進捗を確認

職務型マネジメントの導入で、人材育成の取り組みはどのようになったのだろうか。まず、係長以上の役職者には、年2回のタレントレビューを実施しているという。評価結果も反映しながら、現職での職務遂行状況や適性を判断し、後継人材の育成に資するとともに、ポテンシャルの低下などで他のポジションを検討したほうがよい場合にも、本人の意向を確認しながら2~3年の育成計画を実施したうえで、他部門あるいはグレードの異なる職務への変更を行うなど、人材活性化を促進している。

具体的には、上司との1on1ミーティングを通じて、上司の評価と本人の認識を摺り合わせて、①現在の職務ポジションにおける職務の遂行度合い②必要な知識・スキルの獲得度合い③パフォーマンスの発揮度合い――を総合的に評価し、「今、その人がどういう位置にあるのか」をステータスとして設定。そのステータスが、その職務に期待される能力・スキルの発揮度合いとして不足しているという結果になった人には、指導・育成計画(PIP:Performance Improvement Plan)を策定し、その人の足りない部分を補う育成を行う。あるいは、その職務に適性がないとの判断であれば別の職務への配置転換を考えるのだという。

「サクセッションプラン」で後継者を管理

職務が上がる場合も、年2回のタレントレビュー時に対応することを検討している。こちらは各職務の後継者管理を目的とする「サクセッションプラン」というもので、「直近1~3年の短期間に後継者になり得る人材」と「4~6年の中期の間に次を担える人材」について、それぞれ人材のパイプラインのようなイメージで各本部に考えてもらい、その議論に人事も加わる格好になっている。

「どちらかというと、以前は後継者の育成を考える管理職も、自分でキャリアを考える社員もあまり多くはなかった。だが、今の若い人たちをみると、自分でキャリアを考え自らのキャリアを構築していこうとしている様子がうかがえる。部長の後継者を考える際には、今の係長層ぐらいの社員のなかで将来の部長になれそうな人が誰なのかの共通認識を本部ごとに持ち、仮に直属の社員でなくても、プロジェクト等で関わっていくような少し横にいる人にも、そういう目線でその人に仕事を与えたり、サポートしていって欲しい旨、説明している」

新制度では、管理職・上司の役割として、人材育成・後継者育成がかなりの比重を占めるようになった。以前は、その分野や専門に長けた人がそのまま部門長になっているケースが多かったが、「それだけだと、人を見る力の欠けた人が部門長になってしまいかねない。これからはきちんと人をみることができる人をマネジメントに置くことが必要。専門知識や経験を活かせる人は、本部長や部長をサポートする専門職に配置することで力を発揮してもらえる場がたくさんある。専門職もプロジェクトのリーダーを担ったりもするので、全く人をみないというわけではないが、基本的な考え方としてはマネジメントと専門人材の両輪で組織課題に取り組んでもらう形に変えていく」と人事部門は話す。

社員が自ら将来のキャリアを考える取り組みも

同社はまた、社員が将来の道を考える機会を提供することでキャリア開発を支援している。自ら考える機会の1つが「キャリア申告」。年1回、秋に個人ベースで人事に直接、「将来、どういった道に進みたいか」「当面、どういった仕事に就きたいか」について、申告書を提出してもらう。

もう1つは「グローバルアプレンティス」で、年3回、各部門にポジションの空きや、新たに「こういう人にこういった仕事を任せたい」といったような案件を募ったうえで、社内公募する仕組みを回している。

新入社員のジョブマッチングに向けて、新卒採用は完全に職種別採用に切り替えている。職種ごとに採用策を固め、新規採用者は入社時に希望する職種を明確にしたうえで、配属部門はマッチングシステムで決める形だ。具体的には、まず、配属予定部門がそれぞれプレゼンテーションして自部門の中味を紹介。新入社員に理解してもらったうえで、新入社員側も自分をアピールするプレゼンテーションを行う。その後、新入社員は自分が行きたい部署を第1希望から10ぐらいまで列挙し、それをマッチングシステムに入力して双方のニーズが合った人から決まっていく。

「本人からすれば仮に第5希望とか第6希望などとなっても、『希望を聞いてもらえた』ことになり、納得感はある。これから一緒に働く職場のメンバーがプレゼンテーションしているので、例えば、同じ営業職希望でも『最初は東京で働きたいと思っていたけれど、大阪の人のプレゼンを聞いて一緒に仕事をしたいと思うようになった』などとなるため、配属予定部門も必死にプレゼンする」

配属についても、一般社員層は本人希望がベースになる。特にローカルグレードの下位2等級は「キャリア探索期間」と位置付けているため、数年働いて他職種への希望があれば職種転換もできる。

同社がこうしたマッチングの取り組みを行うのは、社員の満足度がなかなか上がらないことに苦慮してきた経緯があるからだという。以前は本人の希望を考慮しない配属もあり、それが社員のエンゲージメントを下げたり、退職者を増やす原因になっていた。

また、新制度では、ある課長のポジションが空いた時には、短期の後継者一番手は誰なのかをリストをみながら人事と当該本部長が年2回、協議している。リストは短期と中期があって、それぞれ複数名いることがあれば1人もいないこともある。複数名いる場合は、本部長が確認するなどして人事と結び付けていく。

ジョブ型制度の導入で従業員の納得度高まる

ジョブ型人材マネジメントシステムの現時点での利点や課題について、人事部門は「良かった点は、従業員の納得度が高まったこと。これは労組との話し合いのなかでも感じることで、事実、彼らもそのように話している。また、将来の経営人材育成の観点でもジョブ型人材マネジメントシステムへの移行は効果的だと考えている。さらにいえば、優秀な人材をそれなりの処遇で採用できるようになったことで、中途採用がしやすくなった」と話す。

一方、課題としては、先述したエンゲージメント向上のほか、「ジョブ型人材マネジメントシステムの制度の考え方や仕組み、概念を理解してもらうこと」をあげた。「社員の頭からはなかなか職能型の考え方が離れず、本部長や部長クラスと話していても、まだ職能型の発想で考えていたりするので、浸透にはまだ時間が必要」とみている。

同社では、2020年4月から中期経営計画の重点アクションの1つとして、「グローバル共通の人材マネジメントシステムの導入およびグローバル人材データベースの構築」を開始した。グローバルに人事情報を一元化し可視化していく構想で、そのために関係会社にも同じ制度、同じシステムを導入していくことに取り組んでいるという。

(ヒアリング実施日:2022年11月29日)

企業プロフィール

企業名:
シスメックス株式会社
設立年月日:
1968年2月20日
代表者:
代表取締役会長兼グループCEO 家次 恒
代表取締役社長 浅野 薫
従業員数:
連結:1万522人 単体:3,148人(2023年3月31日現在)
*嘱託・パートタイマーなどを含む
業種:
医療機器
事業内容:
臨床検査機器、検査用試薬ならびに関連ソフトウェアなどの開発・製造・販売・輸出入