安心して働ける環境のまま自律的にキャリア形成を図る意識を醸成
 ――職務・役割に重きを置いた人事制度を導入している企業の実態調査

企業ヒアリング

人事制度を職務や役割に焦点を当てた制度に改定する動きが、大企業を中心に広がっている。当機構では職務・役割ベースの人事制度を導入した企業に調査を実施することとし、2022年9月~23年1月の間にヒアリングを行った。導入事例では、企業の経営計画の実現に向けた人事戦略の一施策として制度改定を行う傾向がみられたほか、新制度の対象者については、管理職以上に限定して一般社員層は職能ベースの制度を維持するケースもあれば、まずは管理職層から導入を始めて段階的に一般社員層にも広げる企業もあった。処遇は、職務の達成度もしくは役割の発揮度に応じて評価され報酬やポストが決まっていく形だが、安心して働ける環境は変えないまま、従業員が自律的にキャリア形成を図れるように促す取り組みが進められている。ヒアリング結果から、8事例()の公開可能な内容を紹介する。※事例内容はヒアリング時点でのもの。

表:ヒアリング企業(および労組)の一覧
画像:表

<導入の背景>

経営計画に紐付く人事戦略の実現に向けた制度を

職務・役割ベースの人事制度を導入する背景には、企業の経営理念や中期的な経営計画に紐付いた人事戦略が設定され、その実現をめざして時代や業界・企業に求められる人材を確保・育成し、必要な業務を担ってもらうことがある。そのために、職務や役割に重点を置いて評価・処遇する人事制度を考えるケースが多くみられた。

新しい制度は、(年功的な)職能ベースの制度から、職務もしくは役割ベースの制度に変更する形が多かった。ただし、新制度の対象になるのは、管理職のみで一般社員層は職能資格制度のままとしたり、管理職層は職務等級制度で一般職層には役割等級制度を用いるケース、一般社員層も含め正社員に職務等級制度もしくは役割等級制度を導入するケースなどにわかれた。一般社員層を制度改訂の対象とするか否かの判断は、会社がどこまでを育成段階層と捉えているかなどに加え、労働組合(従業員)の考え方も影響している。

<制度内容の特徴>

対象となる層に職務・役割で資格等級区分を設定

制度の中身をみると、今回の事例では、対象となる層に対し新しい資格等級の区分を職務・役割で設定している。各等級の報酬は、シングルレートで決めているところや、一定幅のあるレンジ給で対応しているところなど様々。より細かくみると、対象者の職務・役割等級をすべてシングルレートもしくはレンジ給にしている事例のほか、管理職層・一般社員層とも職務等級だが前者はシングルレート、後者はレンジ給にしている事例、同じ管理職層でも上位等級はシングルレートで下位等級をレンジ給としている事例などがみられる。レンジ給は評価による査定で昇降給し、シングルレートは業務内容やポストに変更が加わるタイミングで昇降給する格好だ。

「適材適所」から「適所適材」に

ヒアリングでは複数の事例で、新制度の導入とあわせて「『適材適所』から『適所適材』に変える」といった話が聞かれた。「適所適材」が持つ意味は、働いた年数や年齢で適したポジションを考えるのではなく、あらかじめ会社が必要とする職務・役割の重さでポスト・ポジションを定め、その職務・役割を担える人を充てていくこと。それで力を発揮した人は昇給や、より高いポジションに昇格するし、発揮できなければ降給となり、その状況が続けば降格も視野に入れることになる。ただし、降給時には一定の調整が施されていたり、降給の場合も事前の猶予措置や再チャレンジの機会が設けられている。

ポジションの定義付けに工夫も

各事例とも、新制度の適用対象者に職務・役割定義書、あるいはそれに類するものを策定している。すべての対象ポジションに定義書を策定しているケースをはじめ、管理職層は個別に策定するが、一般社員層にはチームや等級単位で策定しているところ、まず職種等で括る定義書を作ったうえで個別ポジションに必要要件を追記するなどの対応があった。

また、「職務定義書」という言葉から一般的にイメージされる具体的な仕事の内容を微細に書き込むというよりは、「このポジションにはこういうミッションがあるので、こういったような職務の遂行(もしくは役割の発揮)を期待する」などといったような、書きぶりに工夫をしているケースがみられたのも特徴。職務等級制度を導入している事例でも、職務の境界を明確にすることばかりではなく、業務を限定せずに役割の価値をみる役割等級制度のように、ある程度幅を持たせた形で定義書を策定している事例もあった。

自律的なキャリア形成を促進

また、ヒアリングでは、過去の経験などから、単に制度を職能型から職務型に変えるだけでは年功的な考え方が払拭できず、結果として会社が掲げる経営戦略もうまく進まなくなるとの懸念などから、多くの事例で従業員の意識変革を求める傾向が強くうかがえた。

今後は制度を運用していくなかで、会社が多様なキャリアパスを提示。従業員も自分のキャリアや働き方を考え、上司との対話を重ねるなかで従業員一人ひとりが意識や行動を変え、自らキャリアを描いていくような思考への転換を図っていくとしている。

自律思考の醸成を上司がサポート

実際、先述の職務・役割定義書でも、管理職層には従来以上に部下とのコミュニケーションを図って信頼関係を築き、育成に力を入れることが求められており、そういったことのできる人がマネジメントの職務・役割を果たせていると評価される。

上司は1on1ミーティングなどで部下との面談や対話を重ねるなかで、会社が人事制度を変えたり自律的なキャリア形成を求める意図を、経営計画とともに伝達。その際、一方的に伝えるのではなく、部下の考えていることも引き出し、今の仕事や近い将来、中期的な将来のキャリアパスのイメージなども摺り合わせて、キャリアを自律的に考えられるようサポートする。

そして、人事部門は従業員の人事情報の一元化を整えることで、育成や人事配置に役立てる。その際、会社の情報はできるだけ開示して透明性・公平性を高め、そのなかで求める人材情報の見える化なども行うことでキャリア形成を前向きに捉えて欲しいとの姿勢を示し、どんな経験やスキルを積むべきかを従業員自身が考え、それに合わせた教育を受けられるようなサポートを充実。管理職層に対しても、コミュニケーションに関する研修を充実させるなどの支援策を講じている。

社員の自律的な行動を促す「社内公募制」

社員の自律的な行動を促す取り組みを制度化したものとして特徴的だったのが「社内公募制」で、ほぼすべての事例で採り入れられていた。

職務等級制度では、明確化された職務に人を張り付けるため、異動が硬直的になりかねない。その点、自分の就きたい職務を選べる公募制は、異動の融通性の観点からも効果的な制度でもある。ヒアリングでは、特に管理職層の登用・昇格について、「まずは手挙げで希望を募る」などのケースがあり、なかには人事部門の想定を超える応募が寄せられた事例もあった。

<並行しての働き方改革や採用戦略>

柔軟な働き方も同時に進める

ヒアリングでは、新制度の導入とあわせて「働き方改革」を進めているケースが散見された。職務や役割を定義し、透明性・公平性・納得性の高い制度での処遇を行うとともに、時間や場所に柔軟性を持たせた働きやすい環境を実現することで、多様な人材が活躍できやすくなる。そしてそれが従業員のエンゲージメント(満足度)を高め、心身の健康に寄与することにもつなげている。

新卒一括を維持したままキャリア採用を拡大

一方、新制度下での採用については、新卒一括を維持したまま、キャリア採用を拡大する動きが目立った。自律的なキャリア形成を促すなかで、求める人材の獲得に向けて、まずは自社の人材の育成・成長を優先。そのためのコミュニケーションや教育研修なども充実させることで、社内人材のキャリア意識を高めて挑戦を促す。さらに、ポジションや業務に対して手挙げでチャレンジできる環境も整備する。それでもなお、特定のポジションに適任者がいない場合には、外部採用を行うことになる。

採用活動に関しては、制度を適所適材基準にしたことで、人が不足している職種のキャリア採用を行う時には、自社の賃金水準で募集をかけるのではなく、条件を市場価値に合った形で示すことで、効果的な採用が実現できるといった話も聞かれた。IT技術者などの希少人材に対し、年齢や勤続などにとらわれず、職務に合わせた別の処遇ができることは、制度改定の大きなメリットになっている。

<労使でのコミュニケーション>

「労使で一緒につくりあげた制度」との認識も

労使コミュニケーションについては、各事例とも、労働組合および従業員への説明を丁寧に実施。とりわけ、労組が連合の主要産業別労組の構成組織になっている企業では、制度をつくる初期の検討段階から労組と密に協議を重ねていた。そうした事例では、職場レベルでの従業員への説明も労組が中心に行っているなど、「労使で一緒につくりあげた制度」との認識が強い。

他方、新制度の対象が管理職層のみで一般社員層には入れないことを明確にしている事例では、組合には制度導入前に報告し、従業員に対し別途、説明会の機会を設けたうえで、その後の意見対応などに努めていた。

属人手当の廃止が新制度導入時の労使の争点に

とはいえ、一般的に制度を変える時は、メリットを感じる人と、その逆の思いを持つ人が出てくることも考えられる。そこで、制度の導入や運用にあたっての「実態」について、企業内労働組合にもヒアリングを行った。

労組へのヒアリングでは、新人事制度の導入にあたり、一部の組合員に提供されている旧属人手当(育英補助や家賃補助)を廃止して組合員一律にメリットを享受できるカフェテリアプランを新設した話があった。その際、組合員間での大きな損得が発生し、それが最大の争点になり、段階的な手当額の減額措置を交渉するなどして対応しているという。

<まとめ>

変わらない安心感を持って仕事に打ち込める環境

ヒアリングでは、勤続年数や年齢ではなく、従業員の持つスキルや知識で職務・役割の内容が決まり、その成果に応じて処遇が決まる制度の内容を聞いてきた。そこからは、管理職層を中心に年功色を払拭するとともに、従業員が自律的に自らの進む道を考えることへの理解や意識変革を進めるために腐心する人事部門の姿がみえてきた。

「なぜ、制度を変えなければならないのか」といった背景説明から新制度の内容の詳細までを、従業員全体に浸透させるのは難しい。実際、会社が課題に思っていることを聞くと、ヒアリングの時期が制度導入後間もないこともあるが、「職能・年功の払拭と新制度の一層の浸透」「自律的なキャリア形成に向けた意識の醸成」などが大勢を占めた。

今回のヒアリング事例に限っては、新制度は、従業員が安心感を持って仕事に打ち込める環境は変わらないまま、透明性・公平性が担保されるなかで、主体的にキャリア形成を図れる内容、制度の運用を進めている。そうしたなかで従業員の働き方や意識がどのように変わっていくか。そのなかでの気づきを、制度に見直しや修正などの形でどう反映させていくのか。今後の導入後の動きについても注視していきたい。

(新井栄三、荒川創太、田中瑞穂)