問題提起:人材マネジメントの変化と将来の課題~今必要なのは、働く人の目線~
業績回復期における人事戦略のあり方―企業と労働者の視点から―
第22回労働政策フォーラム(2007年1月29日)

開催日:平成 19 年 1 月 29 日

※無断転載を禁止します(文責:事務局)

人材マネジメントの変化と将来の課題~今必要なのは、働く人の目線~

守島 基博  一橋大学大学院商学研究科教授(JILPT特別研究員)

人材マネジメントの大きな仕組みの変化、特に、日本の企業の雇用行動、雇用構造の変化を前提として、企業の雇用戦略、また労働組合も含めた企業内での人材マネジメントのあり方という視点で、どういうことが重要なのかをお話しします。

大きく分けて人材マネジメントの変化というのは次の4点を上げることができると思います。

第1番目は、NEWJ型の人事管理のシステムというのが段々増えてきたというのが、一つの現象です。NEWJ型、つまり成果主義を導入した評価制度、賃金制度とコア従業員に関する長期雇用という、その組み合わせをやっている企業が、大体 40%程度、日本のマーケットの中にあるというのが第一の大きな発見です。

第2番目は、非正規はかなり進んでいるということ。非正規については、一つは分断化が非常に進んでいる。分断化というのは格差の問題を引き起こすので少し深く考えなくてはなりません。それから、専門的な非正規従業員が段々増えてきました。昔のようなコストダウンのためだけの非正規の活用ではなく、専門的なスキルを企業が獲得するための非正規雇用というのが増えてきたことが第二の傾向の部分です。

第3番目は、労使間のコミュニケーションのギャップ、情報認識のギャップがあるということです。日本の企業は、昔は労使コミュニケーションがしっかりしていて、情報共有が進んでいたという認識がありましたが、最近はそうではなくなってきています。実は、人事という、働く人の生活に直接インパクトを与えるような領域であっても、大きなギャップがあるということです。そのギャップについて、日本の企業は何か考えていかないといけないと思います。

第4番目に、働く人たちの会社に対する態度、思い入れの部分がかなり取引的になってきています。取引的とは、短期的で交換的になってきたということです。要するに、最初に挙げた3つの変化を前提として、働く人の会社に対する思い入れがかなりドライになってきています。

以上が人事管理の変化の方向性ですが、もう一つ、ここで理解しておいた方がいいと思うのは、我々は、今、2007年の1月という企業業績の回復期にいるということです。 15年間、色々な意味で苦労してきた労働者、企業が、段々明るい未来を描くような時期に入ってきたということです。

また、長期的に見ると、少子化、高齢化時代に入って、人材に対する見方を変えなくてはいけなくなっています。今までは量で人材というものを測ってきましたが、人材の質について考えなくてはいけません。質には2種類あります。

一つは能力に関する質、もう一つは意欲、モチベーション、働く態度であるとか、心の問題としての質というのであり、長期的に見ると、その両面で、人材の質を重要視しなくてはいけない時代に入り、それから抜け出ることはないと思います。そう考えていくと、日本の社会は、これから、ワークライフバランスであるとか、トータルな意味での「働く」ことの質というものが重要な時代に入ってくることを認識すべきだと思います。

以上の視点から見ると、人材マネジメントを日本の中でどういうふうに考えていくかということを考え始めないといけない時期だと思います。

その意味で、春闘という言葉は少し古い言葉になってきていますが、今年は多少復活をしている感じがします。実は、この春闘というのは、1年に1回、日本の企業が人材マネジメントとか、人事に関して考えてみる非常にいい時期なのです。そこで、これから 10年間、どういう人材マネジメントやっていくべきかを考えるのが、2007年1月、もしくは春闘であろうという気がします。

次に、短期的な人材マネジメントの課題について考えてみたいと思います。大きく分けて3つあります。

第1にNEWJ型を何らかの形で落ち着かせていかなければならないということです。勿論、今後、全体としてはNEWJ型ではなくなるという可能性もあるわけですが、コア従業員に関してどういう人事管理をやっていくかというと、やはりNEWJ型だと思います。成果主義は続けていくという感覚を持たれている方が大半だと思います。NEWJ型というのは確かに不安定な方法ですが、我々はこれからこの型と共に生きていかなければならないと思います。従って、NEWJ型に関して何かをやっていかなくてはいけない。そのポントは大きく2つあります。一つはNEWJ型の中でどうやって納得性を確保していくかという問題です。働く人の納得性というものが、今まで年功主義の中では何となく長期的な納得性が確保されていたのに対して、現在のように短期決戦型の勝ち負けがつくような会社の中で、どのように納得性を確保するかということです。もう一つは、人材育成という概念を成果主義にどう統合して、新しい人事管理の方法─それをNEWJ型と呼ぶわけですが─を作っていくかという問題です。

NEWJ型というのは、コア従業員に限定した場合、成果主義と長期雇用のコンビネーションということで、日本企業がやる、ある意味では世界初の実験ではないかという気がしています。なぜ実験かというと、成果主義という考え方を最初に導入した米国の企業は、どういう労働市場環境だったかというと、負け組は外に行って下さいということを前提とした労働市場だったのです。つまり、それを前提として成果主義を運用してきて、納得性を確保してきた世界だった訳です。それに対して日本は、長期雇用と成果主義というコンビネーションで進めていこうとしている。日本の企業というのは本当に勇気があるなという気がします。但し、成功すれば新しい人事管理のあり方というのが出てくるかもしれません。その意味において、納得性と人材育成という2つの課題というのが非常に重要であると思います。

第2に、非正規の分断についてです。大きなポイントとして、均衡かブリッジかという話が政策課題としても、企業の人事管理課題としてもあるように思います。ブリッジというのは非正規から正規への橋渡しをどのようにしていけばいいかということであり、均衡というのは、まさに最近、厚生労働省が推進しているような均衡施策という話になる訳ですが、その対峙点の中で、どこに将来の方向性を見出していくかというのが、大きなポイントとしてあるように思います。

第3は、労使のコミュニケーションギャップです。我々はこれからしばらくの間、新しい労使コミュニケーションのあり方を考えていかないといけないと思います。労使の間で情報に関する認識ギャップというのが大きくなってきています。我々が今まで依存してきた形での労使のコミュニケーションのパターンとしては、団体交渉や労使協議制等、色々な形である訳ですが、違うタイプの、経営側から働く人たちへの、より直接的なコミュニケーションが最近の企業の中ではかなり重要視されるようになってきた訳です。経営側が働く人たちに個別に働きかけていく形が、ある意味で非常に一般的になり始めています。社長のホームページ、何とかレター、メールマガジンとかですね。確かにメリットはありますが、それを労使という観点、もしくは労使関係、労使のコンフリクトのマネジメントという観点から見て、このようなコミュニケーションの方法を中心にしてしまうことが果たして良いことなのかどうかは、一つの大きな問題意識としてあるように思います。やはり、労使のコミュニケーションという時に、直接的なコミュニケーションも大切だけれども、今までのような労使の対話の場をもう一回復活させていく必要があるように思います。

最後に、働く人の心の問題ですが、これもNEWJ型の普及と関連しています。

まず、何故、成果主義は反発されてしまうのかを考えてみたいのですが、成果主義に関しては色々な本が出ています。東京大学の高橋伸夫先生が「虚妄の成果主義」という非常に有名なご本を出されまして、この本でも代表されるように、働く人は皆、成果主義を嫌っています。でも、しようがないなと思って引き受けているのが成果主義なのです。何故、嫌々受け入れるという結果になってしまうかというと、3つの理由があると思います。

第1番目は、働く人が夢を持てない成果主義なのです。成果が上がらなかった時に、どうやって自分の成果を将来的に上げることができるか?将来的に自分の成果は上げられるというのが夢ですから。それをどのようにやっていくかというメカニズムが企業の中で明確に見えてこなかった。これには、日本企業の中で成果主義が導入された時に、人材育成という機能がどんどん減退していったという状況があります。それによって働く人は夢を持てなくなり、成果主義に反発したということだと思います。

第2番目は、納得性とか公平感の欠如です。納得性とか公平感が欠如してしまった理由の一つは、導入過程に問題があったと思います。私は、日本の人事というのは2回大きな変革を経験していると思います。 1960年代、70年代に色々な議論があって職能資格制度が導入された時期というのが第1の変革期です。第2の変革期というのが今です。能力主義を止めて成果主義に移り始めている。ただ、能力主義を入れる時は非常に丁寧でした。労使は一生懸命勉強して協議を行ない、アメリカの能力主義という考え方をどのように日本に導入していけるかを丁寧に検討した訳です。

それに対して、成果主義の入れ方は急ぎ過ぎたと思います。バブルが崩壊して日本の企業の業績はガタンと落ちましたから、何とかしないといけないという焦りがあったと思います。従って、導入過程において人々の心の中に納得感というのがなかったように思います。

もう一つは、成果主義というのは働く人の懐に直接響く変革ですから、普通にやっても反発されます。急いだら反発されるし、厳しさが伴うとさらに反発されます。従って、企業としては補完的な施策を一生懸命入れて、対応していくべきところ、財政的、時間的余裕等の理由があったかもしれませんが、上司の考課者訓練や、評価を受ける方の被考課者訓練等、様々なタイプの投資をやってこなかった企業が多かった。我々の研究の結果で見ると、補完的な施策、いわゆる納得性確保施策がなかったというのも原因としてあると思います。

さらに、あまり気が付いていない重要なポイントですが、やはり時期が悪かった。経済立て直しという必然性があって、バブル経済崩壊後に成果主義を入れた訳ですから当然ですが、成果主義というシステムの中で、どのくらいの人の賃金が上がったか、過去3年間とか5年間とかデータを取れますが、我々の調査結果で見ると5人に1人くらいしか給与が上がっていません。企業業績が悪かったという理由もあると思いますが、それを成果主義のせいにしてしまう人が非常に多かった。従って、賃金が上がることがなかったというのが、ある意味で成果主義に対するイメージをかなり悪くしてしまったように思います。

第3番目の理由として、現場のマネージャーたちが成果主義を運用し切れていないことが非常に明確に出ています。現場のマネージャーたちが、成果主義になると自分の査定の格差がそのまま部下の賃金の格差に影響する訳で、それに対して怖じ気づいてしまう。従って、成果主義になった途端に、各評価の格差というものを段々、少なくなるようにし始め、中心化傾向というのが成果主義の後で強くなってしまった訳です。

成果主義というのは現場のマネージャーがきちんと運用してくれないと絶対にうまくいきません。ところが、そこの部分で多くの企業でうまくいかなかったと思います。現場のマネージャーがすべて悪いとは言いませが、彼らが、成果主義の運用に対して十分な育成、訓練であるとか情報であるとかを受けていなかったように思います。

従って、働く人から見ると現場というものでの成果主義の運用がうまくいかない。つまり、我々は様々な形で対応していかないと、NEWJ型は決してうまくいかないと思います。その中で、導入過程については、もうどうしようもないのかもしれませんが、その他の部分については、色々な対処ができるという気がしています。例えば1つは人材育成に予算をかけていく、もしくは努力をしていくというのが必要だと思います。実は、成果主義の影響力として一番困っていることに、現場の人材育成が上手くいっていないというのがあると思います。我々の調査データから、現場で過去3年間起こった変化について多くがわかりました。

まず、仕事のできる人に仕事が集中するようになってきたという結果が一番多く出ています。これは、人材育成の視点から見ると、どういうインプリケーションがあるかというと、人材育成、OJTというのは、今は不安だけれども頑張らせればよくなるかもしれないという人材に仕事を振るというのがOJTの根本です。逆に、こいつは確実に成果を上げてくれるとわかっている人に仕事を振ったところで、その人はどんどん偉くなるかもしれないけれども、他の連中は全然よくなりません。それが、OJTというものがこういう状況になってくると駄目になってくる1つの理由です。次に、若年層の育成に手が回らなくなったとあります。これは成果主義のせいだけではありませんが、成果主義の影響もあって、現場のOJTというのが難しくなる。現場の場長さんは成果主義で評価されているから確実に成果を出したい訳です。ちょっと不安だなという人間には仕事を振らない。それが成果主義というものの一つのポイントであって、こういう状況が起こってくる。一番難しいのは、現場の育成というのをもう一回活性化しないといけないことです。ですから、人材育成、特に現場の育成というものに関して、どのような方策をとっていくかというのが大きなポイントとしてあるように思います。

次に、いわゆる成果主義の納得性を高める時の様々な補完的な施策のことは、先ほど述べましたが、調査データによれば、成果主義を導入していると回答した企業の中で、納得性確保のための補完的な施策を同時に導入している企業は、大体6割から7割ぐらいです。例えば目標管理制度についてですが、成果主義を入れているのに、目標管理制度を入れていない企業というのは少しおかしいと思います。それから、評価結果の本人への公開をやっているのも6割ぐらいですし、考課者訓練をやっているのも大体 55 ~ 56%ぐらいしかいない訳です。ですから、成果主義以外の様々な意味での考課者訓練や目標管理であるとか、当たり前の部分にもう少し力をつぎ込んでいく必要があるように思います。従って、手続の公平性という観点から見た場合に、やはり日本の企業はまだ足りない所があると思います。

それから、分配の公平性に関しては、今の春闘で様々な形で賃上げの議論がされていますが、私は、確かに定昇とかベアとか、そういう昔のコンセプトに戻れと言う気は決してありませんが、少なくとも半分、もしくは4分の3ぐらいの人が、自分の能力であるとか貢献度の伸長に応じて賃金が上がっていくような仕組みというのを人材マネジメントとしてビルドインしないと、賃金が上がらない制度が成果主義だということになってしまいます。勿論、年功が良いと言っている訳ではありませんが、ちゃんと貢献をした人たちがきちんと賃金が上がっていくようなシステムというのを作らないといけないと思います。今年の春闘で額だけでじゃなく、ボーナスなのか基本給なのかという議論も含めた上で、きちんと議論していかなくてはいけないと思います。つまり、分配の公平性というものが働く人にとって実感できるような制度というのを作っていかないといけないように思います。

次に、正規と非正規の問題について議論をしてみます。

最近、正規から非正規へのブリッジをきちんとしていくという考え方と、それからもう一つは、賃金の均等を維持していかなくてはいけないという考え方が、両方あるように思います。私は少なくとも今の段階では、全て均衡にするという考え方が重要だと思っています。データでも表しているように、企業の業績はある意味では門を作っておくということですから、その門が企業の業績が悪くなった段階で閉じてしまうということが決して不可能なシステムではない。具体的に何人ということが、そこでは前提とされている訳ではありませんから、そうなってくると、様々な形での格差の問題、格差の結果として出てくるモチベーションの問題という意味で、結構難しいのかなというふうに思っております。

また、別のデータによれば、ブリッジ施策というのは、実は働く人にとってそんなに嬉しい施策ではないのではということが言えます。実はパート従業員もしくは契約社員等を見た場合に、パートのままでこれからも働いていきたい、契約社員のままでこれからも働いていきたいというのが、どちらのデータを見ても大体半分いるわけです。従って、ブリッジが必ずしも悪いということにはならないのかもしれませんが、もう少しドラスティックな施策というのが必要なように思います。

やはり、様々な形での均等のやり方があると思います。正規を上げていく、あるいは正規を下げていき非正規を上げていく。そういう意味での均等というのが一つの考え方としてはあるように思います。

課題の3番目が、労使コミュニケーションの問題です。この図(労使コミュニケーションの変化とその問題点)は我々の作成したデータですが、多くの企業が考えるコミュニケーションのあり方というのは、やはり働く人達に直接理念とか経営方針を伝えていきたいということが重視されている。逆に労働組合、従業員代表、経営協議制とか労使協議制みたいなものを通じてコミュニケーションしていこうというのが軽視され始めている。これは、これらの項目を過去5年間重視してきたかをイエス、ノーで判断をさせたデータですが、実は 7割ぐらいの企業が直接的なコミュニケーションをやっている割には、従業員代表、もしくは労働組合とのコミュニケーションを重視してきたという企業は3割ぐらいしかない。さらに、その中で経営戦略として株主価値をどれだけ重視したかというところを見て、重視してきたという企業だけを捉えると、さらにその差というのは広くなってしまうというのが、データとしては出ています。今、様々な形で労働組合というものが弱体化してきている中で、必ずしも労働組合とか労使協議制を通じてコミュニケーションをしていくだけが効果的ではないのかもしれませんが、先にも述べたように、やはり対話の場とか、伝えられた情報というのは本当に正しいかを確認する場が必要です。企業経営という視点から見て、非常に重要な労使の間の認識ギャップを埋めていくという意味において、果たして今の状況がいいのかというと、必ずしもそうではないという気がします。

さらに、労使のコミュニケーションのあり方が変わってきたなかには、やはり有期雇用社員、非正規社員が増えてきて、そういうタイプの人材とのコミュニケーションという視点から見ると、多くの企業は、やはり何もしていないというのも実態としてあると思います。

この表(「有期雇用従業員を対象としている制度」)では、例えば、直接的なコミュニケーションの代表である社内報や社内ホームページでも4分の1程度の会社しか、非正規の人と共有していない訳です。そういう意味で、非正規の人達が人材として企業の中に統合されていない。我々のデータで見たところ正規社員でもあれだけギャップがあるわけですから、非正規について、これしかやっていなければ、かなりのギャップが出てきているはずです。従って、様々な形での新しい労使コミュニケーションの形態というのが必要になると思います。

まとめると、日本の人材マネジメントには、これから様々な課題があるだろうという感触なのですが、その中で重要なのは、NEWJ型をどういうふうに落ち着けていくか。成果主義と長期雇用のコンビネーションをどのようにマネージしていくか。その時のキーワードは、やはり人材育成と納得性の確保だろうと思っています。

それからもう一つは、分断された非正規をどのようにインテグレートすることでモチベーションを高めていくかということであり、さらに、労使コミュニケーションというものが非常に重要になります。日本の企業は、バブル経済の崩壊から復興してきた過程で、やはり、働く人達との協働関係というのが重要だったと思います。そのベースになったのが、労使コミュニケーションだったと思いますので、その部分をどのように獲得していくかが、ある意味で一番難しく、一番重要な施策なのかもしれません。