報告 これからの人事戦略:第22回労働政策フォーラム
業績回復期における人事戦略のあり方
— 企業と労働者の視点から —
(2007年1月29日)

開催日:平成 19 年 1 月 29 日

※無断転載を禁止します(文責:事務局)

アキレス 美知子 (スリーエム人財マネジメントアジア太平洋地域統括部長 )

スリーエム社または住友スリーエムの人財戦略の取り組みをご紹介します。

まず、方向性、フレームについて、スリーエム社HRのグローバルビジョンがあります。ビジョンは以前もありましたが、やはりこの何年かでスリーエムは大きく変わってきています。トップも代わり、方向性もある程度変わったりして、その中で人事としてどんなビジョンを持っていくかを、グローバルのHRの会議で話し合って、今年改めて設定したものです。ビジョンは非常にシンプルです。キーワードを挙げますと、「戦略」、「ビジネスの成長」、そして「経営のパートナー」の3つがあります。それを支えるミッションは、スピードが非常に速まり競争も激化する中で、業務効率を高めながら、企業の成長を加速していくための人と組織のソリューションを提供することです。これがグローバル共通のHRのミッションになっています。

そのミッション、ビジョンを推進していくために、グローバル共通の人財マネジメントモデルというのが、あります。最初に人事の施策があるのではなくて、市場、経済、競合の動きに基づいて、私共の二十数個のビジネスがそれぞれの事業戦略を立てます。その際に、人事も加わり、ただ単に採用人数だけではなく、3年後どういう組織にしたいか、どんなタイプの人、質、スキルを持っている人が必要で、いつ採用しなくてはいけないかなども含めて人財計画を立てます。

私は日本だけではなくてアジアも担当していまして、インドや中国を見ますと、3年後の姿は今の2倍ぐらいの大きさになっていて、今やっていることがそのまま通用するとは限らないように思います。日本はもう少し緩やかなカーブになりますが、国によって全く違った動きをしています。どちらにしても、事業計画に基づいて人財計画を立てるというところが1つのポイントです。その際に重要になってくるのが、人財要件と呼んでいるもので、どんな人を採用したいのか、その人はどこにいるのか、もし、社内にいるのなら、勿論、能力開発という意味で、色々な研修等の仕組みを通じて、そこで育てていきます。その人達がどのように育っているかを人財レビューとして、少なくとも年に 1度大きなレビューがあり、国によっては毎月、人財のレビューをやっているところがあります。もし、社内にそういった人財がいない場合は、当然、採用という形で外部から取ります。成果主義に基づいて、評価、報酬の仕組みも含めて、全部つながりで複合的な全体像として捉えていくのがスリーエム社の人財マネジメントモデルです。言うなれば、事業戦略と社員のライフサイクルを一貫して支えるということです。

人財マネジメントには大きく分けて 3つ定義があります。

第1に、優秀な人財を採用し教育し、様々な経験を積んでもらい、経営の中核を担うリーダーとして早く育成すること。この人財というのは日本だけでなく、海外のスリーエムにおいても重要なポストを与えられて鍛えられる。つまりコア人財の育成です。

第2に、スリーエム社ではタレントを、一部のエリートでなくて、社員全員がタレントであると捉えています。大きな組織では、コア人財と言われる人は数%だと思います。そして、他の大多数の社員は日々一生懸命仕事をして、企業の成長を支えています。私たちは彼らを「ソリッド」と呼んでいます。コア人財には、ソリッド社員が元気に、力を最大限に発揮できるようなリーダーシップを期待しています。逆に言うと、そのようなリーダーシップが発揮できなければコア人財とは言えないと考えています。

第3に、タレントマネジメントの役割は、そういった仕組みを作って、日本だけではなく各国の人事と連携しながら、現場のニーズも踏まえ、中長期的な視点から人財戦略を構築していくことです。

スリーエム社には、ビジョンと理念に非常に重きを置いた企業文化があります。これは私が2年半前に人事戦略の統轄になった時に作ったチームビジョンです。社内外から一流と認められ、頼りにされ、かつ、親しみやすいチームにしたいということです。また、そのビジョン達成のために、私が戦略的人事への方向性を示した 10のポイントがあります。

まず、皆様もよく人事屋と言われると思いますが、人事屋ではなくてビジネスパートナー、つまり、事業戦略の一端を担うパートナーになりましょうということです。次に、ただ単に計画を立てるのではなく、戦略に基づいた計画を立てることです。3番目に、互いに議論し合うことは重要ですが、戦略は実現して初めて意味がありますので、実現というのをキーワードに入れています。4番目は、広く浅くのジェネラリスト的な人事ではなく、やはり 1つでも2つでもこれは誰にも負けないという人事の専門家になる。5番目は、上から言われる事を待つのではなく、こちらからプロアクティブに提案し、攻めていく。6番目に、上から下ろすのではなく、現場の声、ニーズをきちっと吸い上げる。 7番目は、短期の視点に追われがちですが、長期とのバランスもしっかり見ていく。 8番目は、問題解決や、足りないところを直そうという考えも多いと思いますが、それだけではなくて、住友スリーエム、スリーエム、また社員の強いところはどんなところで、それをどういうふうに伸ばすかというプラス思考でいくことです。また、長い間、日本に重点を置いてきたのですが、この 3~ 4年はかなりグローバル化が進みました。スリーエム社がグローバル化というのも少しおかしな話ですが、視点としては、グローバル化の波に流されるのではなく、うまく乗ること。最後に、企業の変革というところで、よく人事は事務局をやっているのですが、事務局ではなくて自分達がリードしていく。以上のような方向性を見失わず、日々の発想と行動を変えていくことを目指しています。

最後に戦略的人事のポイントをまとめます。まず、戦略パートナーとしてのビジョンを人事がどの程度しっかり持っているかということです。このビジョン、方向性がはっきりしていないと、どうしても過去に引っ張られるので、私も日頃から何回もチームに言っています。

次に、事業戦略と人財戦略がリンクしているかどうかです。私共の人事のフレームでは、事業戦略そのものとリンクさせていますので基本的なフレームは変わりません。ただ、どこによりフォーカスをするか、どこによりお金を使うかといったことは勿論、事業戦略の柱によって変わってきます。

そして、経営戦略の多角的視点から人事の役割を捉えること。従来の人事の役割では到底追いつかないところがたくさん出てきています。また、多くの日本企業のひとつ拠り所になっている人事権についてですが、私の経験では、戦略的人事に人事権は要らないと思います。人事権ではなく、やはり戦略性、実現力、そして人間力に根ざした影響力が重要です。

変化する、よりディマンディングな事業の成長を支える人事の役割を担うには、人事自身がプロとして通用する明確な専門性を持っていくことが求められます。そして、社員が活き活きと働ける職場風土をつくることも絶対忘れていけないところです。事業目標達成と同時に社員のやる気を引き出す、バランスの取れた仕組みをつくれない人事というのは、多分成功しないでしょう。人事は他の部門に変革を求める役割が多いのですが、私達人事自身も変わらなければ絶対、会社を変えることはできないと思います。