報告 個人を尊重し、個人を鍛える:第22回労働政策フォーラム
業績回復期における人事戦略のあり方
— 企業と労働者の視点から —
(2007年1月29日)

開催日:平成 19 年 1 月 29 日

※無断転載を禁止します(文責:事務局)

阿部 正浩(獨協大学経済学部助教授)

「個人を尊重し、個人を鍛える」というタイトルをつけましたが、これは最後になってその意味が分かると思います。

人事制度そのものを考えるときに、企業の経営そのものを考えていく必要があると思います。人事制度あるいは人事戦略は、経営戦略のサブシステムでしかないわけです。従って、経営戦略の中でどのように人事戦略を位置づけて、そしてそれを運用していくか、これがヒューマンリソースマネジメント(HRM)と言われているものであろうと私は思っています。その中で、経営戦略がこれまで伝統的な日本企業と言われている経営戦略とは相当違ってきている、あるいは違わざるを得なくなってきていると思います。

その背景として1つあるのはグローバル化で、このグローバル化には幾つもあります。製品市場のグローバル化、金融市場のグローバル化、それから人材のグローバル化もあります。ほかにもグローバル化はありますが、この3つのグローバル化は、人事戦略あるいは経営戦略を考える上では非常に大きな問題になっていると思います。

私が最近行っている研究の1つとしては、金融市場のグローバル化によって日本企業のコーポレートガバナンスが大きく変容してきました。このコーポレートガバナンスの変容は、少なからず人事戦略にも大きな影響を与えています。例えば外国人株主が増えている企業では、成果主義をとる企業が増えていますし、それから女性の活用をしている企業も増えています。こうしたことは、従来のJタイプにはなかなか見られなかったと思います。そのような意味で、コーポレートガバナンスの変容は人事戦略に影響しているわけです。

それから人材のグローバル化は、単に外国人労働者が日本に入ってくるだけではありません。もう既に日本企業の多くは海外に進出しています。海外の進出先でどのような人事戦略をとっていくのか。これは非常に大きな問題になっていると思います。例えば、中国に進出した企業、日本国内の人事制度と中国国内の人事制度は大きく違っているはずです。しかし、日本から中国に派遣されている社員は、日本国内の人事制度の中で動いているので、それが果たして中国人にとってどのように映るのか、このような問題も考えていかざるを得なくなっています。

もちろん、国によってその制度、慣行、考え方、意識、いろいろ違いますから、人事戦略を考えなければならないのは当たり前ですが、そうした中でも、グローバルなHRMをどう考えるべきか、これから日本企業にとって突きつけられている課題だろうと思いますし、もう既にそれに苦慮されている方もいらっしゃると思います。

それから次に大きな要素としては技術革新がありました。それから少子高齢化社会の進展もあります。少子高齢化となると、人手不足があります。これから労働力人口が減っていきます。従来日本の企業というのは、景気がよくなると、昨今のように新卒採用を増やそうとするわけです。ところが、これからは人が減っていくため、新卒採用を増やそうとしても増えません。こうした中で、どのように人を活用していくのか。そして企業経営をうまくしていくのか。成長ある企業戦略をとっていくのかというのは重要だと思います。

そのような中では、例えば1つはダイバーシティという考え方があります。男性、女性、性にかかわらず人材活用していく、あるいは人種といった問題も出てくるかもしれません。あるいは国籍という問題もこれから出てくるかもしれません。そうした中で、どのようにダイバーシティ戦略をとっていくかというのは重要な問題です。

それから、急速な技術革新は、働き方そのものを変えてきたと思います。IT革命を見ればわかると思います。ホワイトカラーの働き方そのものを大きく変えました。それから、多分、非正規雇用が生まれた背景の1つとして、この技術革新というのがあったと思います。こうしたものが、人材の境界をどのように考えているか。ダイバーシティも人材の境界です。つまり、どこからどのように調達し、その雇用管理をどのようにやっていくか。それが人材の境界です。

例えば正社員でこの仕事をやるのか、非正社員でやるのか。これを男性に任せるのか、女性に任せるのか。高齢者に任せるのか、若手に任せるのか、この境界です。これを決めるというのは非常に難しくなりつつあります。

それからそれを決める上では教育・訓練があります。この教育・訓練は、多分グローバル製品市場の中での競争の激化という中では非常に重要です。この教育・訓練は、成果主義的な処遇・報酬管理とも結びつきがあります。成果主義を急速に入れたが、その一方で、教育・訓練はなかなかやらなかった日本企業。こうした中で成果主義が悪いと言われています。しかし、これらは対をなす関係で、このバランスが必要だろうと思います。

それから、ダイバーシティを行い、成果主義的な処遇関係を行ったときに、均衡処遇が必要になるだろうと思います。こうした人事制度の問題は、企業の経営環境あるいは経済環境の変化によって大きく変わってきています。この大きく変わったものをすべて調和させるようにやっていく必要があるという意味では、HRMは高度化しているはずです。

このHRMの高度化をうまくやっていかないと、生産性の向上にはつながっていきません。この生産性の向上をとっていかないと、この人手不足の中では、人をそろえる、数をそろえることができないので、当然、質を向上させて生産性を向上させなければならないのです。その生産性を向上させるためには、HRMの高度化がどうしても必要です。このHRMの高度化を日本企業、あるいはNEWJ企業がやれるかどうか、ここが非常に重要なポイントだと思います。

私は、人事労務管理は、以前よりも複雑化、難しくなっているだろうと思います。それに耐え得る人事マンがいるかどうかが、その企業の生死を決めるのではないかと思います。

今、潜在能力から顕在能力での評価処遇をする企業が増えています。どうして潜在能力から顕在能力にいったのかというと、それは大きく技術革新のスピードが影響していると思います。技術革新が早くて、労働者、従業員に求められるスキル、能力、知識、こういったものが大きくすぐに変わってきます。そうした中で、潜在能力を持っていても顕在能力にならない。この顕在能力をどうやって評価処遇するかということ、それから能力を高めるために、教育訓練が前以上に重要になっていると思います。

こうしたことを考えていくと、性や人種、国籍にとらわれない処遇をしてもうまくいくし、そのことが企業の競争力を維持することになるだろうと思います。適材を適所へ配置するということは、まさにこのことです。

その一方で、人種、国籍が出てくると、当然、ワーク・ライフ・バランスも必要になってきます。ワーク・ライフ・バランスをやらないと従業員の満足度を高めるということはできません。先ほどの話では、処遇・報酬管理のところで従業員の満足がいくかどうか、納得がいくかどうかということを議論されていたと思いますが、私は報酬・処遇管理だけではなくて、あるいは評価制度だけではなくて、むしろこうしたほかの制度で満足度というのが高められるかどうかが必要だと思います。

最後に、最適な人事戦略は一体どういうものかというと、人事の経済学で言われていることは、企業の利潤最大化をとりながら、従業員の効用最大化、つまり満足度を最大にするのが最適な人事戦略だと言われています。その両立がないと、いずれ破綻します。