パネルディスカッション:第15回労働政策フォーラム
副業はこれから拡大するか?—企業と働く人にとっての意味—
(2006年1月31日)

開催日: 2006 年 1 月 31 日開催

※無断転載を禁止します(文責:事務局)

パネリスト:

大久保幸夫リクルートワークス研究所長

島田 陽一  早稲田大学法学部 教授

但田 潔    NEC MCシステム企画本部人事統括マネージャー

小倉 一哉   JILPT 副主任研究員

コーディネーター:

佐藤 博樹  東京大学社会科学研究所 教授

【佐藤】 本日のシンポジウムは「副業はこれから拡大するか?」というテーマですが、先ほどの藤本さんの報告の中で、雇用者(企業に雇われて働いている人)の3 .6%が副業を持っており、さらに雇用契約のある副業を持っている人の割合は2%弱ということでした。また、全体として副業従事者が減少する傾向にありますが、雇用契約のある副業をしている人はそれほど減少していないという指摘もありました。

副業従事者の数を少ないと感じる方が多いかと思いますが、派遣労働者の雇用者全体に占める割合は2%前後ですから、じつは派遣社員と同じくらいの人たちが副業をしていると考えれば、決して小さな話ではないと考えております。

そのことを踏まえて、これからのパネルを次の4点から議論したいと思います。まず、(1) 企業が副業というものをどのように捉えているか、(2) 次に、社員=働く側から副業というものをどう考えるか、また、(3) 社会的ルールをどのようにつくるか、最後はテーマのタイトルにあるように、(4) 今後の展望について話し合ってみたいと思います。

企業の副業に対する考え方―兼業規制は緩和されるか?

【佐藤】 それでは、最初に企業側の話についてですが、小倉さんの報告で就業規則についての説明がありましたが、企業は従業員の副業をあまり認めたくないと考えているようです。副業を認めるメリットがあまりないと考え、広範囲に禁止している会社が多いのですが、労働法では、副業自体を広範囲に禁止をするものではなく、限定的に禁止するものと考えられています。

そういう意味では、今後、比較的限定的な形で兼業、副業を認めていく法改正が望まれるところですが、果たして企業の考え方が変わるかどうかは、企業にとってメリットがないとなかなか難しいだろうと思われます。先ほど但田さんから、副業を含めた様々な働き方を会社が認めないと良い人材が集まらないのではないかという指摘がありましたが、これはやや消極的な認め方です。兼業、副業というものが企業にとってもメリットがあるのだという認識が広まるのでしょうか。大久保さんはどのようにお考えですか?

【大久保】 やはり企業のメリットは少ないと思います。つまり、同じ給料を払うという前提で考えれば、他のことを何もせず会社の仕事だけをやってくれたほうが基本的には良いだろうと思います。ただし、ある一定の人には副業を認めないと働いてくれないという場合もあるかと思います。つまり、新卒を採用するときに、自分の会社が副業を禁止しているか認めているかは、あまり論点にならないわけです。ところが、中途採用で、外部市場でも評価されているようなプロの人たちを会社に招き入れようとしたら――あるヘッドハンターから聞いたのですけれど――、その会社は副業に対してどのぐらい許容的なのか、他の仕事をどこまで認めてくれるのかということが必ず条件に入ってくると言います。そういう人たちを外から調達して、会社の就業規程ぎりぎりの範囲内で処遇して、要望が出れば認めざるを得なくなってくる。そのような個別対応のケースが徐々に増えれば、企業でも副業規制を緩和する傾向になっていくかもしれないと感じています。

【佐藤】 そうすると、ある特定層についてのみ認めるという限定的な形でないと進まないということでしょうか?

【大久保】 労働契約法制など法律上の問題がクリアにならない限り、それほど急速に進むとは思いません。ただ、もし法律に書かれている、副業を一律に禁止することは就業規則上は効力を持たないということが明確になれば、企業は環境に非常に敏感に対応しますから、競業避止の問題、あるいは誠実義務規定違反ということが具体的にどういうことなのか、何がだめで何が良いのかということを、個別の会社がもっと詳細に決めるようになっていくのではないかと思います。ですから、漠然と副業は許可制であるとか禁止だということではなく、こういうものはやってはいけないという形に変わっていくのではないかと思っています。

【佐藤】 但田さんはいかがですか?先ほど組合からも要求があるというお話でしたが、会社としては、ある程度消極的に認めることはあっても、積極的に認める方向にはいかないでしょうか。

【但田】 やはり現状では、副業を積極的に認める方向にはならないと考えています。最終的に求めるアウトプットが増えるという確証があれば認めても良いのかもしれませんが、副業をするということはエネルギーや時間が他のところに向かうことになりますので難しいかと思っています。ただ、コンサルタントやインストラクターのような個人事業主的な仕事をしている人は指名で仕事が入りますから、そのような人たちのスキルを買うという場合は、条件つきで副業を認めるケースもあり得るかもしれません。それから、個々の従業員のキャリアを考えていく上で兼業をオプションの1つに入れなければ、その企業が社会的に認められない、優しくないという流れに変われば、どの企業も動く可能性はあるかと思いますが、現状では難しいのではないかと考えています。

【佐藤】 それでは、就業規則で兼業に関する限定的な禁止規定を設けた上で、それ以外の兼業を積極的に支援したり認めたりということは、企業として考えておられないということでしょうか?

【但田】 はい。現状ではそれだけのメリットがないと考えております。

【佐藤】 小倉さんに伺いたいと思いますが、本業と兼業の仕事内容がかなり異なるという人が結構います。会社の仕事だけでは開発できないような職業能力が副業の方で育成されれば、もしかしたら本業にもプラスになるかもしれないという気もするのですが、やはり会社にとってのメリットを提示することは難しいと思いますか?

【小倉】 本業に専念してほしいと考えている会社にとっては、やはり但田さんと同じような考え方の会社が多いと思います。いま思いついた事例ですが、ある私大のビジネススクールで教員を募集しており、その募集要項には、「アメリカの大学で PhD を取 得した者」、「英語で授業が可能な者」、且つ「実務経験がある人」など、通常より厳しい条件が書かれていました。そのような要件を満たす人がそう簡単に見つかるだろうかと思われますが、その他のところをよく見ると、「なお本大学の大学院では、週に3日ぐらいの勤務で年収500万円を想定しています。」と書かれておりました。つまり、大学に勤務するのは週3日だけなので、それ以外は何かやっていただいて結構です。むしろその方がスタンダードですというように書かれておりました。もちろん全ての企業ではないと思いますが、とくにエキスパートを採用する場合は、予め職務の範囲や労働時間、収入まで明確にしていくことが増えていく傾向にあるのではないかと思います。

【佐藤】 これまでのお三方のお話を伺ったところ、今後、労働法が変わったとしても、企業は、就業規則の規定を変えても実態はあまり変わらないのではないかという話でした。島田先生はその辺りをどのように見ておられますか?

【島田】 企業と従業員の関係を共同体的なものと捉えるのか、或いは細かい契約に基づく関係と捉えるかによって変わってくるのではないかと考えております。ただ、昨今、労働契約法制が議論になっているように、どちらかというと、企業と従業員の関係が契約に基づくものになっていくと考えられておりますので、「兼業は禁止、あとは運用で。」という漠然としたものでなく、何を認めて何を禁止するかということを明確にさせていくことが、今後は求められるかと思います。ただし、そのことで直ちに兼業自体が大きく広がるということではなく、競業避止義務、あるいは企業秘密保持義務――これは信義則と言われていますが――を就業規則や契約の中にきちんと書き込んで雇用関係を結ぶようにしていけば、曖昧な部分がなくなっていくのではないかと受けとめております。

【佐藤】 企業側のご意見があればお願いします。

【但田】 労働法制で明確に打ち出されれば、あるいは企業の採用環境が変われば、企業も変わるかもしれません。島田先生が言われたように、従業員と会社の関係を契約関係のみと見るのか、或いは組織・コミュニティーとして捉えるのかを考えたとき、契約関係だけでは個と個の緊張感がますます強くなる状況で良い関係が維持できない可能性もあると思いますし、また労働契約だけの関係になっていくとも思えません。しかしながら、兼業を一切禁止するような企業社会になってしまったら、日本企業の活力が削がれてしまうような気もいたしますし、契約に基づくだけのぎすぎすした関係も望ましいと思いませんので、バランスをとりながら考えていきたいと思っています。

【佐藤】 企業が社員のコミットメントを求めるために、自己啓発を認めると言いながら、例えば夜間の社会人大学院へ行くことに上司がいい顔をしないというようなことをよく耳にします。ですから、じつは兼業、副業の問題だけではなく、 24時間・365日コミットメントを要求するというような社員の働き方、働かせ方が変わらないとなかなか難しいのではないでしょうか。

【但田】 その辺りは変わっていくと思っています。現在、夜間大学院への通学や自己啓発を通じて、企業で経費を負担して研修を受けてもらったり資格を取ってもらうことを奨励しておりますが、自主的にそれ以上のことを勉強したいという場合は、きちんと話し合ってもらい、会社としてもプラスになれば基本的に問題はありません。問題は、現在の担当している業務といかにバランスをとるかです。

働く人たちにとっての副業とは?―小遣い稼ぎからキャリア形成まで

【佐藤】 次に、働く人に視点を移してお話を伺いたいと思います。今後、企業が就業規則の中で副業を限定的に認めていくと、今まで禁止だと思っていた兼業に対する従業員のニーズ、あるいは既に兼業をしている人たちのニーズなどが顕在化してくるのでしょうか。法的には副業禁止が限定的であるということを知らない人が意外に多く、そのことが副業のニーズを顕在化させるのを抑えてきたという見方もあるかと思います。

【大久保】 今、お話があったとおり、労働法では副業禁止が限定的な効力しか持たないことは非常に知られていません。それが個人に広まった場合にどういう変化が起こるのだろうかという点ですが、現代のネット社会で、持続的・継続的に大きなお金を得ることは大変なことですが、単発や単発に近い形で少しのお金を得ようとする副業のチャンスは幾らでもあると思います。そうすると、法律的な今の解釈が認知されれば、副業をする人の数は実際すごく増えてくるでしょう。

ただし、企業の待遇が変わらないのであれば、副業をしていることを正直に会社に届け出るかどうかは疑問です。それより、私は表面化しない副業が増えていく可能性が大きくなっていくと考えております。ですから、会社が関知しないところで社員が副業をしている実態が広がることに対して、企業がどう対処するかが大きなポイントになるかと思います。

【佐藤】 先ほどの但田さんのお話でも、企業は副業を積極的にサポートするわけではないというお話でしたし、やはり上司や同僚に兼業をしているなんてことを伝えない方が本業の評価にも支障がないだろうと潜ってしまう可能性はあります。判明したとしても懲戒等になるわけでもなければ、ますます増えるかもしれません。

ところで、最近、本業の労働時間が長くなり、以前と比べると副業をしにくい環境になってきています。とはいえ、従来のタイプとは異なる副業も増えているので、例えば 10年前と現在とでは、副業のあり方も随分違うのではないでしょうか。

【小倉】 副業の調査を担当して一番知りたいけれども知ることができないだろうと思ったのが、ネットを活用して何をしているのかということでした。あるいは、ネット上の取引等――例えばインターネットで株式投資をして儲かるかどうかなど――を副業と呼ぶかどうか定義の問題も含め、 10年前はインターネットがそれほど普及していなかったわけですから、この間の働く側の最大の変化はIT化と言えるかと思います。但田さんも例として言われていたように、自宅にサーバーがあって勝手に顧客の受付をしているなどという場合、企業が完全に把握するのは難しいでしょうし、また把握するべきなのか、そうでないのかという問題も出てくると思います。ただ現実として、藤本さんが言われていたように、現段階でのネットを使った副業というのは、大部分が小遣い稼ぎかそれ以下の状態ではないかと思います。

【佐藤】 副業を限定的に認めた場合、企業としては誰が何をしているのか把握しておきたいと思いますが、例えば届け出制にして、届けなかった場合に罰則のようなものを設けるのは可能なのでしょうか。

【島田】 先ほどNECの但田さんのお話にもありましたが、届け出制にある程度の合理的な根拠があり得るとすれば、副業をすること自体ではなく、いま問題となっている企業秘密、情報漏洩のリスクだと考えられます。ですから、およそ企業秘密や情報漏洩の危険性と無関係な兼業をたまたま届け出ていなかったことが、直ちに規定違反で制裁を受けるかという点については、限定的な解釈にとどまるのではないかと思われます。届け出制を設ける趣旨は、おそらく従業員の兼業、副業を抑制するというより、企業秘密漏洩や社会的信用を毀損するような兼業等を抑制するものだと思います。

【佐藤】 但田さんは、企業が副業の禁止規定を変えた場合、社員が何をやっているか把握したい、情報を知りたいと思われますか?

【但田】 やはり従業員には届け出てもらいたいと思います。いちおう就業規則で副業を禁止しておりますが、じつは、問い合わせがあれば届けるように言っているのが現状です。ただ、どこまで認めるか基準が非常に曖昧で難しいものですから、届け出があった際に内容を見て対応することになりますが、その際に、企業秘密漏洩の可能性等を検討することになります。

【佐藤】 本人が副業と認識していないようなケースも結構あるかもしれませんね。株式投資を副業と呼ぶかどうか分からないところですが、収入先が複数あるという人は従来からも多くいました。「副業をしていますか?」と尋ねても、「やっていません」と答える人が多いけれど、よくよく聞いてみると副業と思われる仕事をしている人が結構いたりします。ですから、届け出制にしても全てを把握することは難しいかもしれません。

次に、個人のキャリア形成、能力開発、あるいは転職や起業というステージにおいて副業を上手に活用することが重要だという大久保さんのお話がありましたが、もう少し追加的なご説明をしていただけますか?

【大久保】 会社に例えば 20年ぐらい勤めていると、これから先も同じ仕事をずっとやっていて本当に良いのか、満足するのかと、自分で振り返る段階がいつか訪れます。このことは多くの心理学的研究でも指摘されており、自分で選んだ道が本当に唯一の道だったのだろうか、昔あきらめた道に可能性がまったくなかったのだろうか、或いは、子育てだけに自分の一生を捧げて良いのだろうか、そんなふうに一度、自分の可能性や諦めた夢を再評価するプロセスがキャリアデザインの中にもあります。そうすると、必ずしも収入目的ではない、しかし100%趣味とも言えないような、自分のもう一つの顔としての「何か」をやってみたいという志向が出てきます。たまたま収入があれば、それが副業になるという話であり、「自分のもう一つの顔」を追求してみたいという人間の願望や価値観は止めることができないものだと思います。ですから、このような人間の心理的側面からキャリアデザイン上の副業のポジションを捉えることもできるかと思っています。

【佐藤】 現在、個人のキャリア形成を政策的に支援・推進していますし、企業内でも取り組みを始めているところがあります。ただ、企業が従業員に提供できる仕事やキャリアは当然ながら限られていますので、もし今の仕事に興味がある一方、他にも関心が持てるものが出てくれば――転職という道も一つの選択肢かもしれませんが――、現在の仕事を継続したまま副業を認めた方が本業にとってもプラスに作用するのではないかと考えており、本業と副業にはある程度の関連性があるのかと思っておりましたが、藤本さんの報告によると、副業と本業の仕事内容は異なるケースが多いことが判りました。やはり、大久保さんが言われたように、本業では出来ないことを副業で実現する、あるいは次のキャリアを考えて副業をしている人が結構いるということでしょうか。大久保さんは、そのような人たちにとって副業をすることが本業にプラスになるか、ならないか、どのようにお考えですか?

【大久保】 これは一概には言えないと思います。不況が原因で副業をせざるを得ない人もいれば、そうでない人もいます。例えば、本業の会社でアウトプットしているものとは違う、自分自身のアウトプットの世界をつくりたいとブログを始める人たちもいます。ところがブログを始めると、毎日書くんだ、毎日ビジュアルなものを探さなければと、1日中デジカメを持って、本業の仕事中もネタ探しで頭の中はブログのことで一杯という人もいるかもしれません。このように、本業と関係ない副業に殆どの気持ちを奪われたりコントロールできなくなってしまう人たちも当然出てくるでしょう。それが度を越せば、当然、本業の仕事にマイナスの影響が出ます。プラスに転化できる人もいるかもしれませんが、おそらくマイナスの影響が出てしまう人の方が相対的に多いのではなかろうかと思います。

【佐藤】 どのような本業と副業の組み合わせが本業にプラスとなるか、相乗効果を持つかという研究も今後、必要かもしれません。小倉さんは、本業と副業の関係についてどのように考えていますか?

【小倉】 グラノベッターの「ウイーク・タイズ(※)」などは、むしろ本業と関係のない副業をしていれば、本業が(会社が倒産などして)急に潰れたりした場合に副業が救いとなる可能性を示唆しています。ケース・バイ・ケースでしょうが、本業と副業が同じような仕事だと共倒れになる可能性もあるでしょうから。

(※)社会学者マーク・グラノベッター( M.Granovetter)が唱える「弱い紐帯の強さ:strength of weak ties」の理論では、友人関係などの強い結びつきよりも、薄い知り合い関係などを幅広く持っている方がその個人を有利にすることを示している。

【佐藤】 それから、収入を補うための副業、古典的な意味での副業については、多くの非正規労働者に当てはまる話かと思います。今回の企業調査で、正規社員よりも非正規社員の方が就業規則上、副業に対する規制が緩いことが判ったのですが、それでも規制している会社が結構あります。労働法では、この点をどのように解釈されているのでしょうか?

【島田】 私個人の理解になりますが、就業規則が必ずしも細かく設定できなくなり、例えば非正規のパートは大勢いるけれども、適正な規則がきちんと整備されていない。つまり規則と実際の規制にはかなりズレがあるように感じています。

副業の話ではありませんが、例えば試用期間を見ても、新卒採用と中途採用が全く同じで全然区別していない。ですから、先ほど大久保さんの話にあったように、企業が様々なタイプの人を雇用する状態になったにもかかわらず、細かい制度的な仕組みが十分できていない、規則が状況の変化に対応できていないという印象を持っています。

【佐藤】 パートとして雇う人に他社の仕事をしてはいけないと言っている企業はそれほど多くないような気もするのですが、但田さんの会社は、皆一緒の就業規則なのでしょうか?

【但田】 おそらくそれほど深く考えていないと思います。お願いしている仕事をきちんとこなしてほしいという趣旨で当社はパートにも兼職を禁止していますが、実際、午後だけ出社する人が午前に何をやっているかなど分かりません。労働時間の問題というより、むしろ(会社の仕事を誠実にするという)精神的な意味合いの方が強いのかもしれません。

企業にとっての副業とは?―2番目の意味

【佐藤】 次に、個人がどのように副業を探しているのか、あるいは企業がそのような人をどのように採用しているのかに話題を移したいと思います。企業としては自分の社員に副業をしてほしくないと思っていますが、中には副業をしている社員を雇う企業もあるわけです。冒頭ご紹介した雇用者の2%ぐらいの人たちは、どこか他の会社でも雇用されて働いているわけですから。そうなると、先ほど代替要員の話も出たように、企業が副業で働くような人を積極的に活用したいというニーズは今後、顕在化してくるのでしょうか。 10年か15年ほど前、「土日社員を雇います」という住宅展示会社がありましたが、副業を一定範囲内で可能とする仕組みが出来れば、働きたい、副業に就きたいと思ったとき、「副業で就きたい人を雇います」というような求人情報が出てくる時代がやってくるのでしょうか?

【大久保】 以前から、数は少ないのですが、そのような求人情報はあることにはあります。レアケースですが、他の仕事を持っていても構いませんというケースです。ただ、それが増えているかというと、あまり増えていない。つまり、社員が会社に副業を届け出るかどうかに近い話で、他の会社で働いている人を少しだけお借りして頑張ってもらおうということは、あまり大っぴらにしにくく、公募の世界になかなか馴染みにくいわけです。アルバイトや非正規の仕事を掛け持ちということであれば別ですが、正社員として他社で働いている人に少し手伝ってもらおうという求人は殆ど公募に載ってきません。ですから、あくまでも個人的ネットワークの世界で探しているのかと思われます。

【佐藤】 確かに、仕組みもできないままルールだけ変わっても、そして希望者が増えたとしても、企業側のニーズが顕在化するかどうかは分かりませんね。

【大久保】 他社で働いている人に自分のところで少しだけ働いてもらうという、副業の受け手の企業行動が、社会的にどのように見られるのかが問題ではないでしょうか。

【佐藤】 自社の社員には副業を禁止して、他社の社員を副業者として雇いたいなんていう話は、なかなか道理が通らないかもしれませんね。

日本には、人を雇うとき採用の自由がありますが、例えば本業を持っている、他の仕事を持っていたら雇わないということを採用条件に含むことは法律上、問題はあるのですか?

【島田】 その点については特に規制はありませんので問題ないと思います。

【佐藤】 それでは次に、副業と代替要員について話を伺ってみたいと思います。例えば、 30歳前後で第一子を出産、育児休業、復帰後は短時間勤務という人を例にとると、大卒であれば勤続8年という職場の中堅社員です。そのようなスキルが蓄積された社員が短時間勤務になった場合、その穴埋めができる人を外から雇うことはなかなか難しい。そこで、現役で働いている人のうち、短時間で働きたい、或いは追加的に働きたいという人と組み合わせることは現実的な提案かと考えられますが、そのような働き方はこれから進むと思われますか?

【大久保】 考え方としては、そのような働き方が進んでいかないと自由度が高まらないと思いますが、越えなければいけないハードルが多々あるように思います。先ほどから言われていたように、自分の会社の社員には副業を禁止している会社が、他社の社員を代替要員として雇うことが、果たして辻褄が合うかという問題ですね。

副業をめぐるルールづくり―法規制と企業内運用のギャップを埋める

【佐藤】 副業として働く人を活用したいという企業の考え方が変われば、それは自社の社員に対する考え方も変わる突破口になるかもしれないという気がいたします。

では、話を進めまして、社会的ルールについて議論したいと思います。企業のルールについては先ほど取り上げられましたので、もう一つのルールである法制度、副業、兼業に関する労働法について皆さんのご意見をお伺いしたいと思います。これから先、労働法が変わっていく可能性は非常に高いと思われますが、それに合わせて企業も変わっていくのでしょうか。島田先生のご見解をお伺いします。

【島田】 先ほど少し申し上げた企業と従業員の関係についてですが、情報化社会になっていくと、どちらかというと共同体というより市場的な関係に変わっていきますので、なるべく契約で明確にしておくことが必要でしょう。その上で、組織としての強みをどのように発揮させていくのかという方向に向かっていくものと思います。つまり、何をやってよいのか、いけないのかということを予め決めて、事前に規制できることは契約で明文化していく。曖昧な部分については、結果が出たときの事後規制で対応していく。そういうルール化が全体として必要になってくるのではないかと考えます。

【佐藤】 但田さんは、今回の法律(安全衛生法)改正も含めて、企業にとって望ましいルールは何だとお考えですか?

【但田】 先ほど言及された採用に関するもの、採用した後の兼職の届け出や税金の問題、あるいは、安全配慮義務における通勤途上災害もまだ曖昧な部分が若干あります。A社からB社に移動する途中の災害についてはA社の責任ではありません。B社が手続きをすることになるようですが、報酬の基準がどうなるか等、曖昧な部分もあるように思います。その辺りをもう少し議論、整理していただきたいと思います。

【佐藤】 働く人たちが自分のキャリア形成に合わせて副業、兼業が出来るような環境を整備するためには何が必要でしょうか?

【大久保】 労働法の考え方を前提にするならば、一番大事なポイントは、現在の仕事と全く違う仕事ではなくて、関連性のある仕事を副業として行う場合、何が良い副業で、何が悪い副業なのかということを明確にすることが大事なのではないかと思います。要するに、関連業務の副業であれば本業にもフィードバックできるし能力開発機会にもなる。ただ一方で、情報漏洩や競業避止のリスクを抱えているということにもつながります。ですから、この部分の精査が、ルールづくりの非常に重要なポイントになるのかと考えます。

【小倉】 私も同感です。現行の事後規制である判例の解釈であっても、それを明文化していくという作業は――先ほど会場で法的解釈を知らなかったと答えた方が多かったように――、最初のステップになるのではないかと思います。

今後の展望―副業のあり方を通して企業・従業員の関係を考える

【佐藤】 それでは、ここでフロアからの質問を集めた後、パネリストの方には、質問の回答と併せて、本日のタイトルである「副業はこれから拡大するか?」への見解を述べていただきたいと思います。

【質問(1) 】 副業は企業にとってあまりメリットがないとのことでしたが、法律的側面は別にして、社員が社内・社外で積む経験、特に外で培った経験、副業など様々な社会的経験には、新たなアイディアとして企業利益の源泉にも繋がる可能性があるのではないかと思います。そのような側面についてのご意見をお伺いしたいと思います。

【質問(2) 】 NECに所属しているバレーボールの選手が最近、写真集を出版しましたが、NECでは副業として捉えているのでしょうか、本業の部類に考えているのでしょうか。

二点目は、あるタレントが事務所で暴行を働いたというニュースがありましたが、そのタレントのマネジャーが事務所を通さずに仕事を受けていたということで、それは法的に違法になるのでしょうか?

【質問(3) 】 本日の報告によると、副業を禁止している企業の割合が増加する一方、副業を持っている雇用者は 90年代後半をピークに減少しているとのことでしたが、私どもの抱いていたイメージと逆行しているような印象を受けました。どうしてそのような状況になっているか背景の分析を教えていただければと思います。

【小倉】 質問(3) については、正直に申し上げて、計量的にきちんと分析できるデータがございませんので、副業従事者の増減や企業の規制強化の背景について経済学的あるいは統計学的な見地からお答えを申し上げることが生憎できません。ただ、やはり、 1995年から2004年という10年間は、景気の影響を相当受けたのではないかと思います。要するに、景気が悪くなっていく中で、企業は非正社員を増やし、リストラのあと企業に残った正社員の労働時間は長くなり、過重労働が増えています。マクロの統計からも労働時間が長くなっているわけですし、長時間労働の人が増えています。そのような中で、副業をする余裕がなくなっていることは指摘できるかと思います。また、農業を除く副業従事者の傾向はあまり変わっておりませんので、大きな減少は、やはり農業が衰退して兼業農家の人たちが少なくなったことに起因していると考えられます。

企業の副業規制の動向に関しては、近年、個人情報が流出する事件が実際、頻繁に起きていますので、単に法令遵守とか個人情報保護法の問題ではなく、企業としては非常に大きい損失の危険性を抱えており、ますます厳しくなってきているのではないかと考えています。

これから副業が拡大するかどうかについては、私は既に潜在的なアンダーグラウンドがかなりあると思っておりますし、副業と呼ぶかどうかのグレーゾーンもいっそう増えていくと思います。そうした部分を企業や行政が把握し、規制していくことはかなり難しいことだと思いますが、第一段階として、現在、事後的解釈である判例法を明文化し、企業、人事担当者、労働者側が理解し、認識することが大切なことだと考えております。

【佐藤】 雇用関係のある副業をしている人があまり増えていないのは、企業が副業に対する規制を強化したから減っているというより、やはり小倉さんが言われたように、この時期の経済的な状況と、本業の労働時間が長くなっている方が要因として大きいという気がいたします。藤本さんから追加のコメントがあればお願いします。

【藤本】 私の報告の中で、副業従事者と副業希望者について、組織への依存度、独立への意欲を比べると、副業希望者がまだ消極的であり、こうした面が副業に一歩踏み出せるかどうかの差であるとご説明しました。個人の組織に対する依存性、考え方が変わってくるかどうかも、副業者が増えるかどうかに関係してくるのではないかと思います。

【佐藤】 但田さんには可能な範囲内で教えていただければと思います。

【但田】 当社の女子バレー選手が写真集とDVDを発売することは会社側も事前に了解していたのは事実です。ただし、私はこの件に関わっていないものですから、これ以上申し上げるのは控えさせていただきたいと思います。

キャリアデザインの話については、例えば自分のキャリアを広げるという意味で、他社の人と勉強会を開いたり、資格を取得したり研修を受けたりすることは大切なことだと思っています。会社側としても、従業員に次のキャリアをつくっていくために、社内でローテーションしたり、他社への出向、国内・海外の大学への留学などを通じて研鑽してもらいたいと考えています。副業についても同じような意味において、結果としてお金が入ってくるものであっても、本人と会社が互いにウィン・ウィンになるのであれば、副業がこれから拡大する可能性はあるかと思っています。

ただ、そうした副業が広がるときに、どのような副業が良いか悪いかをきちんと線引きしないと、従業員の意識がルーズになってしまう危険性もあります。保守的かもしれませんが、企業の立場としては副業が拡大することについては懸念も抱いております。

【佐藤】 どうもありがとうございました。大久保さん、よろしくお願いします。

【大久保】 一般的に、従業員の副業をどの程度自由にさせるべきかを考えると、けっこう足が重くなってしまうのが企業だと思います。ただし、制度としてどれだけ認めるのかという話と、運用をどうするかという話は全然別の問題です。先ほどキャリアデザイン的な側面での効果について話をしましたが、必ずしも個人のメリットだけを強調するものではありません。一人前に仕事ができるようになった人が更に力を伸ばしたい、そのための機会を社内だけでなく社外にも持ちたいと会社に申し出た場合、会社としても双方にメリットがあると考えて奨励するケースは、今後、各企業の運用において増えてくるのではないかと思っています。ですから、すべての副業に、同じ考え方で経済的メリットがあるか、ないかということを考えるのは非常に難しく、どうしても個別的な問題になっていくのではないかと感じています。

もう一点、副業が拡大するかどうかについては、私は、拡大するだろうと思っています。自営業が増えたり減ったりするのと同じような側面があるのではないかと考えており、農林水産業の減退とともに副業が減ってきたわけです。自営業が減っていくのも同じような考え方で、社会が近代化するに従い自営業は減っていきます。副業も減っていきます。しかしある時点で、今度は個人の価値観が多様化してナレッジワークが中心になってくれば、また別の形の自営業が増えたり、副業が増える時代に移っていくのではないでしょうか。今まで挙げられた理由の他に、こうした大局的視点からも副業が増える可能性が高いのではないかと感じています。

【佐藤】 最後に島田先生からお願いします。

【島田】 まず質問(2) について、芸能関係の契約というのは大変複雑でして、芸人の間では事務所を通さない仕事を「取っ払い」と称して昔からあるものだそうです。要するにそれは、芸人と事務所、マネージャーがどういう契約関係なのかということで、雇用関係を結んでいる場合もあれば、自営業者としての契約もあるわけです。ですから、どのような契約形態なのかによって法的に問題があるかどうかが決まってくるだろうと思います。

それから、複数就業者の通勤災害の問題ですが、今回の改正について若干補足いたしますと、第一の事業場から第二の事業場への移動は、移動先における労務提供に不可欠なものであるから、「通勤」として通勤災害保護制度の対象になりました。ただし、問題なのは、双方が労災の適用事業であった場合、通勤災害の給付基礎日額をどのように算定するのかという点です。これは、通勤災害だけでなく労働災害全般に関わる重要な問題です。喪失した稼得能力を労働者に補填するという労災保険制度の趣旨を鑑みれば、例えば賃金が非常に少ない兼業先で労災に遭った場合、給付額の算定基礎が兼業先のものであってよいのかという議論があります。この問題は、早急に立法府でも詰めるということが先の国会の附帯決議になっておりますので、近々、議論の俎上に上がるのではないかということをお伝えしたいと思います。

最後に、副業が増えるか増えないかということについて、法律学というのは、そういう点では基本的に中立的だということです。ただ、中立的であるというのは、個人が希望して、害もないのに不必要な事前規制はするべきではないという意味で、兼業を望むか望まないかについての中立的な制度を、いろいろな意味でつくっていかなければいけないと思っております。

【佐藤】 どうもありがとうございました。通勤災害の問題は、社会労働保険全体にも関わる問題ですね。例えば、一つの会社で 20時間、他の会社で20時間働いたら、両方で雇用保険に加入できるのか、また、30時間と30時間だと厚生年金に加入できるのかということも、本当はきちんと議論していく必要があるかと思います。

本日は、「副業はこれから拡大するか?」というテーマの下で議論してきたわけですが、実はサブテーマの「企業と働く人にとっての意味」、あるいは両者の関係というものが重要だと思います。

島田先生のお話にあったように、労働法の判例上で言えば副業は限定的に解釈するものだとされています。にもかかわらず、企業は副業の禁止規定をかなり広範囲に設け、その中で社員に仕事をしてもらっていました。しかし、働く人たちに全面的なコミットメントを求めるという企業と従業員との関係を少しずつ見直していくことが必要な状況になってきており、副業のあり方という視点からも、そのことが今、問われているのではないでしょうか。ですから、今回、法律できちんとルール化され、企業の副業禁止規定が変われば、副業という非常に小さな部分かもしれませんが、両者の関係を変えていく一つのモメントになるかもしれないと、本日の議論を聞きながら感じました。そういう意味で、副業は非常に大事なテーマですから、今後、どうなっていくのか注視していく必要があるかと思います。本日は長い間、熱心にご参加していただき有難うございました。