報告「フランスにおける雇用政策」
先進諸国の雇用戦略—福祉重視から就業重視への政策転換—

開催日:平成16年2月26日

※無断転載を禁止します(文責:事務局)

配布資料

鈴木 宏昌 早稲田大学教授

はじめに

最初に個人的な感想も含めまして、ようやくEU、あるいはフランスの雇用・失業問題が身近な問題になってきたのかなと思います。日本で雇用情勢が悪化し、300万人を超える失業者が出ている現状で、これまでは遠いヨーロッパの話と見られていたものが、少しは我が国が学ぶこともある経験になっているのではないかと思いますと、半分うれしく半分悲しいという状況です。今から 10年前に、私が「日仏の生産システムと雇用」というシンポジウムをやったときに、フランスの経験を学ぶ、特に雇用関係の問題について学ぶことは将来的に必要ではないか、日本でも例えば 8%の失業率の時代が出現することがあるかもしれません、と言いましたら、全然反応がなかったことを覚えております。

1970 年代から現在まで、ヨーロッパにおいて最大の社会問題というのは、この雇用あるいは失業問題であったことは間違いないだろうと思います。そういう意味で、フランスあるいはイギリス、EUからかなり学べる点があるのではないか。これが、第1点です。

第 2点は、一体、雇用政策、雇用戦略とは何だろうかという基本的な疑問です。フランスの報告書、これは日本でいいますと厚生労働省にあたる省庁が発表した雇用政策の白書があるんですが、さまざまな雇用政策について何人参加したというのがあり、すごい数なのです。個別プログラムを積み重ねますと、大体 100を超えると言われております。例えば、民間部門における雇用助成については、パートタイムにたいして社会保険料の免除を行う、あるいは低賃金層に対して賃金助成を行うというプログラムがかなりあります。それから、非常に有名なもので、公務において連帯契約という形で若年の失業者を地方自治体が雇い、パートタイムの仕事をさせる。例えば、病院で掃除やヘルパーの手伝いをさせる仕組みがあります。これには国から援助が出ます。それから職業訓練、先ほどイギリスの例がありましたが、こういうプログラムがたくさんあります。また、若年層の長期失業者をターゲットとした雇用に対する特別措置、例えば最低賃金の適用免除というようなものも含まれております。さらに、これは 1980年代にとられた方式ですが、早期退職制、55 歳以上の人たちは、一度失業すると再就職の可能性が非常に少ないものですから、この人たちの失業給付を年金にリンクさせてしまう。こういう早期退職制度を行いますと、ある意味で失業者としてカウントされないという一つのメリットがあります。それから、職業安定所の効率化、あるいは失業保険制度の改善。こういうプログラムが 100以上もあって、実際に毎日動いているわけですので、労働省の人たちでも、細かいプログラムについてはわからないというほどです。

ただ、この雇用対策や失業対策が果たして雇用政策とイコールなのかという疑問があります。その一方で、労働者の 8割から 9 割は雇用労働者ですので、あらゆる経済政策、社会政策というのは、すべて雇用に影響を与えます。そういう意味では、どこまでが雇用政策の範囲なのか。その範囲の設定が非常に難しいと思います。多分、雇用政策あるいは雇用戦略というものは、個別のプログラムの積み重ねを超えたところで、ある一定の方向性を持たなければいけない、ある一定の理念を持たなければいけないだろうと思うのですが、そこについては、まだ日本では議論がされてないような気がいたします。これが 2点目です。

3点目は、フランスのここ 30年ぐらいの雇用政策の軸というのを見ますと、1つは、今日本で一番関心のあるワークシェアリング、時短による雇用創出ということになろうかと思います。 2002年に保守党が政権を取りラファラン内閣になりましたので、週35時間制あるいは年 1,600 時間制がどうなるかと思って注目しておりましたが、結局そのまま継続することになっております。ヨーロッパでも珍しいケースが、この労働時間短縮による雇用創出あるいは雇用維持が一つの軸になっております。

2つ目の軸として、先ほど小倉さんからも話がありましたが、教育訓練の重視ということが言われております。もともとの考え方としては、これまでのように長期雇用、一企業あるいはひとつの職業で長期的にキャリアを積むということは難しくなっている。産業構造の変化があまりにも激しく、企業の分社などがどんどん行われる中で、どうやって個人のキャリアを確保していくのか。そのためには、エンプロイアビリティ、個人の技能ですとか能力を向上させる必要がある。これはフランスだけではなく、ヨーロッパ全体の柱になっていると思います。

3 番目として、職業安定所の効率化。特に、カウンセリングの活用とか、失業保険の厳正な適用ですが、これは、ある意味でOECDの話とも絡む点です。これらがフランスの雇用政策の軸となっているかなと思います。

4 番目は、フランスやEUにおいて、失業者あるいは失業問題というのは、社会からの阻外、ソーシャル・エクスクルージョンと考えられている。これが、ある意味で私はヨーロッパのボトムラインだと考えております。長期失業者あるいは教育水準の低い若年層、ドロップアウトの人たち、この人たちは公的な支援措置なくしては社会への参加というのが考えられない。あるいは、個人として社会に参加するということが、絶えず求められている。これが大きな視点かなと思います。雇用を通じて社会参加するというのが一番もとにあって、そこから長期失業者が出てきたときに、これは社会の阻外ではないか。それに対して、国家あるいは公権力というのは、どういう措置ができるんだろうかという考え方です。これがやはり、雇用政策、失業問題に対するヨーロッパ、あるいはフランスの見方を決定づけているように思います。これは、保守、革新を通じて、共有されているもので、アメリカ型の自助という政策は、選択肢の中に入ってこない。以上が、フランスあるいはヨーロッパに共通した雇用政策に対する認識ではないかと思います。

1.戦後高度成長期(1945~1975年)

1945 年から 75 年まで、それから75年以降に雇用問題に対するアプローチが非常に大きく変化したという気がいたします。

私は 1968年にパリにおりまして、68 年といいますと、5 月革命で学生騒動があった年でした。一般的に学生運動と言われておりますが、この革命騒ぎが大きくなった原因は、実際には労働組合や労働者も非常に多く参加したからでした。労働者の要求の1つというのは、単純な非熟練労働からより意味のある社会参加型の雇用を求めて(少なくとも議論の中では)学生と労働組合が結合しました。それから、ベルギーやイタリアにも同じような要求が出てくるということがありました。そういう意味では、 1945年から 75年というのは、労働の質、雇用の質を高めることが大きな目標になっていたと思います。雇用のミスマッチというような言葉で表現されるところだろうと思います。

2.1975年~1981年

1975 年からそれ以降につきましては、このレジュメの表1−1「雇用政策の推移」に、内閣が保守なのか、保守・中道なのか、社会党なのかという一覧表をつくっております。 2002年からは中道右派とでもいうのでしょうか、ラファラン首相をつけ加えていただければと思います。

ここでは細かな説明は省こうかと思いますが、1974 年から 76年、現在のシラク大統領の下で、第 1次石油ショック後に不況にさらされた企業への助成、解雇手続きの規制強化というのがとられております。外国人労働者に対する新規ビザの発行停止もこの時期に行われました。

3.社会党政権の雇用政策

大きく転換しますのは、1981年から 84年のミッテラン政権のときです。ここで積極的な財政支出を行いまして、公務における雇用創出、例えば教育とか公共部門において雇用創出を行いました。労働時間短縮、そのときは 35時間を目指していたんですが、39時間でストップいたします。年次有給休暇5週間目が与えられるというようなこともありました。それから 60歳定年。これは逆に言いますと、労働力供給を制限する仕組みがとられております。

各内閣とも必ず柱として、打ち上げ花火のように雇用政策という形で大きなプログラムを打ち立てます。若年層に対する雇用の確保、長期失業者に対する政策というようなことをやっておりますが、やっぱり一番議論されたのは、1997、8 年のワークシェアリングではないかと思います。

このワークシェアリングは、それまでの労働時間が週39時間であったものを、10%から 15%大きく短縮し、企業がその間に雇用を 10%あるいは 15%確保するというものです。その代わり、コストを低めるために社会保険料―これは 1980 年代から90 年代にかけて、フランスの企業負担はあまりにも大きすぎる、これが競争力の低下につながっているという意見が非常に強かったものですから、この社会保険料を引き下げるという形で促進したのが、1998 年のオーブリ法です。 2000 年になりますと、法定の労働時間を週 35時間または年 1,600 時間に引き下げ、それにより雇用を確保しようという政策がとられております。

この労働時間短縮につきましては、賛否両論ありました。私も 2002年に実態調査をしたのですが、現場のコンサルタントからは非常に強い反発もありました。それから多くの場合、労働時間は 39 時間だったんですが、休憩の計算などが少し変わり、実際には 37時間、1週間当たり 2時間ぐらいの労働時間短縮になっていたという話でした。その多くの部分が、時短休暇という形でとられているというので、ある大企業の話では、1年間の有給休暇が 8週間にもなってしまう従業員がいて、どうやって取得させるか非常に大きな問題であるという話をしておりました。

次に、表1−2「雇用関係の支出」について、雇用関係の支出がどのように伸びているかということですが、1973年をみると、失業率がまだ 3、4 %程度ぐらいでしたので、雇用関係の支出はGDPの 0.90%と非常に低くなっています。ところが、失業率が次第に高くなり、1980年代、79年から 3.5 %程度に跳ね上がっています。アメリカの雇用関係の費用をOECDの統計で見ますと、0.5%前後、日本が 0.9%ぐらいですから、それに比べて 3.5%と非常に高い数字になっております。この数字が、ある意味でフランスの雇用政策、雇用戦略の財源のリミットというものを示しているのかと思います。1984 年頃から、3.5 %から減らそうと努力しており、一番コストの高い早期退職などを行えなくなったという理由は、ここの財源のところにあると考えております。

最後に、3ページの図1−1という非常におもしろい表があります。これはフランスの労働省が公表している数字なんですが、下の一番黒く出ているところが 2,100 万で雇用労働者総数ですが、ある意味で雇用者数が増えていない。フランスの経済成長は 2%ぐらいで低成長ですが、マイナス成長の期間はほとんどありません。ただし、雇用はほとんど増えていないというのが大きな問題点です。その上にあります「民間における助成された雇用」、これは相当な数に上ります。最近では、50 万、60 万という数になっております。それから、「公務における助成された雇用」、これが先ほどの、名前は変わってきますけど、失業している若年層にパートタイムで最低の給与水準の仕事をしてもらう。それに対して、「失業者」については、労働力人口が増え、女性の参加率も増えておりますので、雇用の創出がない限り失業率がどんどん増えていくという形になっております。図の上のところで、「早期退職者」というのが 1980 年代には非常に大きかったんですが、90 年代にはかなり低く押さえられてきております。

【伊藤】 どうもありがとうございました。最後の表を見ますと、フランスはこんなに財政投入しているのかと思いました。ときどき旅行をする者としてフランスを見ると、随分豊かな感じがするというのは、こういう下支えがあるからかという気もします。

諏訪先生のほうから、これを受けて日本の雇用対策ないしは雇用政策はどういう特色を持っているのかということを話していただき、その後に、ディスカッションをしたいと思います。それでは諏訪先生、よろしくお願いいたします。