報告
EU雇用戦略の加盟国における展開―イギリスのニューディール政策―
先進諸国の雇用戦略—福祉重視から就業重視への政策転換—

開催日:平成16年2月26日

※無断転載を禁止します(文責:事務局)

配布資料

勇上 和史 労働政策研究・研修機構

先ほど来、皆さんから雇用戦略の具体的な展開の一つとして、イギリスのニューディール政策が取り上げられているわけですが、その具体的な中身とその評価についてご説明いたします。

1.ニューディール政策の背景と理念

(1) 保守党政権後の課題

80 年代のイギリスはサッチャーの保守党政権が長く続き、90 年のメージャーにかわって 97 年頃まで続いたわけですが、その結果として、労働党のブレア政権の誕生の前夜に、どういったことが問題視されていたかといいますと、所得格差に代表される貧富の差が拡大し固定化しつつある、若年失業率が高どまりしている、あるいは長期失業者が増大している。それから、こういった労働市場の中で仕事を探している人たちとは別に、福祉給付に依存する労働市場の失業率にあらわれない非労働力と言われる人々が非常に増えてきた。それが、96 年時点の統計によると、労働力人口の約 7 %を占めている。これを、そのまま失業者に換算しますと、失業率が 7 %上昇するということになり、そういった意味で労働市場外にいる人々についても、就労に向かわせるといったことが課題になったわけです。

(2) ブレア政権の 「第3の道」

ブレア政権が目指した「第 3の道」というのは、労働党の左派を中心とした福祉国家による社会保障を手厚くするとか、あるいは規制を設けるとか、そういった積極的な市場介入を実施するような「第1の道」と言われるものや、それまで十何年、サッチャーあるいはメージャーの保守党がとってきた小さな政府を目指して市場介入を控えるという「第 2の道」ではなくて、市場の活力自体は積極的に活用するが、ただし、政府は条件整備を行って、機会の平等を最大限保障するような政策をとるといった道であると表現されております。

(3) 社会労働政策の柱

この「第 3の道」に従って、ブレア政権の社会労働政策の柱というのが3つあげられています。第1は、先ほどの機会の平等を確保すること。例えば、教育制度改革であるとか、ファーザーエデュケーションと呼ばれる高等職業教育への投資、あるいは進学率の向上などを図る。第 2は、先ほど小倉研究員からお話がありましたが、福祉に依存している体制から、就労という形で社会に包含していくという政策です。失業者のみならず、一人親や障害者といった福祉給付依存者に対する教育を通じた就労促進策で、これを総称してニューディール政策と言われております。それから給付手当が手厚いことによって、働くよりも給付に甘んじているほうがいいといった現状を改革して、働いた方が得になるという Making Work Pay と言われる税制改革を相次いで行った。第3は、社会的排除の阻止ということで、第 1、第 2の問題とも密接に絡みますが、就職困難層や貧困地域への対策を充実させて、就労を通じた社会的統合を目指すという柱があげられております。

2.ニューディ−ルの具体例

その中の第 2 点に絡んで、具体的な 1つの政策の内容とその政策評価についてご説明します。具体例としては幾つもあるわけですが、98 年から毎年のように対象者に応じたニューディールが打たれております。

(1) 相次ぐプログラムの実施

最も深刻な問題だった若年の失業者のためのニューディールというのが、98 年 1月に打たれました。25 歳以上については、別に 1年半以上の長期失業者について、長期失業者のためのニューディールというのがその後打たれております。それから、福祉給付受給者については、例えば一人親、障害者、失業者の配偶者、あるいは中高年といった対象に応じて就職支援を行うということで、それぞれ名前をつけてニューディールと呼んでおります。公共職業安定所での個別相談員による就職支援というのが各対象層に応じてなされたというのが、その基本的な内容であります。

そのほか、就職活動支援だけではなくて、例えば職業安定所と福祉手当給付事務所を統合して、就職活動とリンクさせるといった改革、それはジョブセンタープラスというふうに呼ばれておりますが、これに関連する教育訓練についても幾つか働いております。

(2) 若年者のためのニューディール

その中でも、比較的議論といいますか、取り上げられることが多い若年者のためのニューディールについて、非常に参考になる部分もあると思いますのでご説明いたします。

レジュメの 1ページの下、2ページの図「NDYPの流れ」を見ていただくと、大体の流れをつかめるかと思います。25 歳未満の若年者については、求職者手当を 6ヵ月連続して受給している者は自動的にこのプログラムへの参加が義務づけられ、これを断ると、求職者手当、つまり失業給付が打ち切られるということになります。

第1段階は 4 ヵ月、ここが最初の要になるわけですが、パーソナル・アドバイザーと呼ばれる相談員によって集中的な求職活動支援が行われる。例えば、面接の手法や仕事への希望ということを、非常にきめ細く相談をして就職を決めていく。もし、ここで就職ができなかった場合には、第 2段階で、助成つきの雇用であるとか、ボランティア団体の雇用とか、環境保全事業への参加とか、フルタイムの教育訓練を研修機関で受けるとかといった 4つのオプションが用意されております。これも最大 6 ヵ月から 12 ヵ月ありまして、ここで就職がかなわなかった場合には、第 3 段階にフォロースルーというのが設けられており、第1段階に非常によく似た個別相談員による就職支援活動がまた行われます。これで就職できなかった場合はまた第2段階に戻って、以後ずっとくり返していく。つまり、参加が義務づけられているわけですから、基本的にドロップアウトするということは、失業給付が受けられなくなるということになってしまいます。

3.政策評価

(1) 肯定的な評価

1998 年からのプログラムですので、大体 2年たった 2000年段階でプログラムの評価が最初に出てきております。2ページの表「NDYPの参加者数」にその根拠が出ているわけですが、99年 1月、パイロットで始めての試験期間から数えて 1年目の参加者数が 13万人、これが 2001年 1月には 9万 7,000人に減っている。若年失業者は大体 2年で4 万人減っているわけですから、プログラムの成果はあるということが表からも言われております。

先ほど堀研究員から紹介がありましたが、この間の景気が非常に伸びたということをやはり考慮に入れなければならない。ほうっておいても就職したのではないかということも推察されるわけですので、このプログラムに参加しなかった人々と比較することで、このプログラムがどれぐらい就職を促進したのか分析した学術論文によりますと、第1段階に参加することによって就職率が伸びたことが統計的にも言えるということが主張されております。ですが、最初のほうは非常に就職率が高まったのですが、だんだんプログラムに参加していないグループとの差が見られなくなっているということは留意すべき点だと思います。

(2) NDYPの否定的な評価

最後に重要な点は、やはり否定的な評価ということであります。 (1) から (3) というのは、先ほどの計量的手法、定量的政策評価の手法についての説明でもありましたが、まず、(1)就職率が上昇したのはほとんど支援を必要としなかった人々が早めに就職しただけではないか。つまり、政策を打つ必要がなかったという意味で、デッドウエイト・ロスと言われております。(2) 例えば第2段階のオプションの中にあるわけですが、こういった助成付き雇用というのは、このプログラムに参加しない人々の雇用を奪っている可能性がある。雇い主がこの助成付き雇用を優先して雇うということは、やはり潜在的には参加者でない人々の職を奪っている可能性があったと。この (1)、 (2)、 (3)、 (4)は全て、幾つかのアンケート調査に基づいているんですが、(3) は、イギリスの南部で、行き先不明のまま第1段階を終えてプログラムからいなくなってしまう、つまり、就職したとは言えない人々が25%いるといった追跡調査の結果もあリます。

それから、(4) が最も重要ですが、プログラムを卒業する率が下がってくるというのは、滞留する層がいるということでもありますし、また、就職したといった参加者でも、非常に短い期間でこのプログラムに戻ってきてしまう。実際にプログラム参加者の調査をしてみますと、2割は 2回目の参加者であったことが 2001年段階で言われており、最も支援を必要とする層ほど雇用の継続は難しく、単に仕事とこのプログラムとの間を往復するだけに終わる可能性がある。これが、ニューディール政策について、最も本質的な批判として言われているところです。

【伊藤】 どうもありがとうございました。例えば、職業訓練機関や再就職を支援している職業安定所の話を聞いてもそうなんですが、失業に関しては残り物には福がないというのは確かです。早く再就職したほうがいいに決まっていて、失業保険をもらえるからといってずるずる延ばしますと、人的資源の劣化が起こる。やさしい言葉で言うと使いものにならなくなる。そういうことがニューディールの下層で起きているわけですが、今度は、海を隔てた大陸のフランスにつきまして、鈴木先生からお話ししていただければと思います。