はじめに・報告「OECDとEUの雇用戦略」
先進諸国の雇用戦略—福祉重視から就業重視への政策転換—

開催日:平成16年2月26日

※無断転載を禁止します(文責:事務局)

配布資料

はじめに

伊藤 実 労働政策研究・研修機構

それでは、労働政策フォーラム「先進諸国の雇用戦略」を始めます。最初に、パネリストを紹介させていただきますと、私の隣から、本日のフォーラムで「OECDとEU」について報告をする小倉研究員、その隣は早稲田大学の鈴木先生です。鈴木先生はヨーロッパの滞在が約20年と非常に長いので、皮膚感覚でヨーロッパのことを理解されていらっしゃいます。その隣の法政大学の諏訪先生は、厚生労働省の審議会の委員も長く務めてますので、日本との比較におけるコメンテーターには最適かと思いお招きした次第です。また、労働政策研究・研修機構の堀研究員からは「政策評価」について、勇上研究員からは「イギリスにおける若者の再就職促進=ニューディール政策」について報告してもらう予定です。最後に私は、本日のコーディネーターを務めます伊藤と申します。

OECDとEUの雇用戦略が始まった経緯には、経済環境や雇用環境が激変したことが影響しています。何が起こったかといいますと、アングロサクソン型のイギリスやアメリカは、アイルランドもそうですが、経済環境が良好なわけですね。それに対してヨーロッパは、ドイツやフランスに代表されるライン型といわれる社会保障を重視したタイプの資本主義国は、次第に元気がなくなった。80年代まで雇用に関しては優等生であった日本も、北海道拓殖銀行や山一証券が破産し、それまで1~2%だった失業率が跳ね上がって、90年代後半にはとうとう5%台に乗ってしまった。世界的に見るとそれほど高い失業率ではないですが、日本の過去の経緯からすると大変高い失業率で、300万人を超える失業者がいるわけです。

そういう中で、従来、日本ではあまり深刻視されなかった若年層の失業者が急増してきた。ヨーロッパは長年、若年失業に悩まされており、その対策に大変力を入れてきました。もう一つ、最近日本で大変な問題になっているのが、一度失業するとなかなか再就職できず、長引いてしまう人が増えていることです。失業期間が1年を過ぎると「長期失業者」というグループに入れられるわけですが、労働力調査によれば長期失業者がとうとう100万人を超えて、約三割を占めています。

ヨーロッパは、昔からこの長期失業者問題に悩まされてきたわけですが、本日は、ヨーロッパを見ながら、日本の現状と今後どうするのかということを検討していきたいと考えております。まず、雇用戦略とはどういうものなのか、小倉研究員から「OECDとEUの雇用戦略」について説明をお願いします。

報告 「OECDとEUの雇用戦略」

小倉 一哉 労働政策研究・研修機構

1.OECDとEUの雇用戦略

お手元に「OECDとEUの雇用戦略」というレジュメがあるかと思いますが、OECDもEUも、数年にわたる大きなプロジェクトで、それぞれ数十冊の報告書等が出ておりますので、ここではそのほんのさわりの部分でしかないということをご理解いただきたいと思います。

(1) OECDの雇用戦略(1992~1999年)

「雇用戦略」という言葉は、まだそれほど聞き慣れておりません。80年代までの雇用情勢や経済情勢を踏まえて、OECDが取り組み始めたということが、おそらくスタートになるのではないか。そのことから我々の研究プロジェクトは、まずOECDの雇用戦略のプロジェクトに関して一通りのサーベイをしようということで始めたわけであります。

オイルショック以降の 80年代の厳しい雇用環境というのは、いろんな意味で各国に対してインパクトを与えましたので、OECDが閣僚会合で、雇用問題について総合的に取り組もうという動きを初めて見せたのが、この 92年からでした。もちろん、それまでも雇用問題に関しての調査研究というのはあったわけですが、これ以降のOECDの雇用問題に関するスタンスというのは、いろんな分野を総合的に研究する、なおかつ、雇用戦略プロジェクトという名前に変えております。当初、OECDはジョブ・スタディー、雇用研究の報告書としてまとめていたのですが、94年ぐらいにジョブ・ストラテジーという名称に変わった。なぜ変わったかの説明は私の知るかぎりないのですが、おそらくジョブ・スタディーで具体的に出てきたいろいろな問題点にどう対処していくか、今後はジョブ・ストラテジーという形で展開していくべきではないかという考えが背景にあったのではないかと理解しております。

その雇用戦略のプロジェクトというのは、基本的には調査研究をし、それに基づいて加盟各国に対してそれぞれの状況を詳しく審査し、問題を指摘し、改善を迫るというような形で組まれておりました。当時の時代背景が非常に大きいと思いますので、90年代前半に起こってきた議論としては、やはり経済効率をどこまで担保していくべきなのか、あるいは規制緩和、技術進歩といったようなことをどこまで担保していくべきなのかということが、当初の基本理念としては強かったと見ております。

ただ、OECDの当初の理念、基本理念と申しますか、それは少しずつ変わってきており、後ほどご紹介するようなEUとの相互作用というような影響の関係もあるのではないかと思います。

<OECD雇用戦略の10本柱>

当初、OECDが雇用戦略として立てておりましたのは、厳密に言うと9本柱でいつの間にか10本柱になったんですが、10本柱の項目を見ていただくとわかるように非常に幅が広いわけです。

(1) の「マクロ経済政策」というのは、短期的には景気の回復を目指しながら、中期的には財政基盤も安定化させていく。(2) の「技術的ノウハウ」というのは、研究開発とか知的所有権の問題についての調査研究。(3) は労働時間に関する法律や制度。(4) は、「起業家精神の発揮できる」と書いてありますが、要するにベンチャーとか起業に関する障害や法制度について研究する。(5) の「賃金と労働コストの弾力化」というは、制度上は最賃制度が議論になっており、団体交渉で賃金の硬直性を決めるのがいいのかという議論にもなっております。(6) の「雇用保障規定」、ヨーロッパでは解雇制限に関する法規制というのは非常に強いし、慣行でも非常に厳しいところもありますが、その辺のことを言っている。(7) 「積極的労働市場政策」、これは言ってみれば公共職業紹介サービスの全般的なことを含むわけですが、非常に幅が広くなかなか一概に説明するところは難しい。(8) 「労働者の技能と能力の向上」というのは、間違いなく教育訓練の話です。(9) 「失業保険給付及び関連給付制度」についても、資格要件を厳格化するとか、給付の期間を短くするとかという議論に当然なってくる。(10) 「製品市場の競争の向上」、いわゆる独占あるいは寡占状態にある製品市場をどこまで自由化していくかという議論です。

OECDの雇用戦略の中で、幾つか注意しておかなければならない点は、まず第1に、90 年代にやった雇用戦略プロジェクトというのは、基本的には 80 年代までの制度や慣行あるいは労働市場の状況を前提にしておりますので、このプロジェクトの時点では日本はあまり悪く評価されておりません。日本の「失われた10年」に対して、まだデータも間に合っていませんし、分析し切れなかったということだと思います。

反対に、構造的失業を減らした国としてOECDが評価しているのが、イギリス、オランダ、ニュージーランド、アイルランドですが、この 4 ヵ国が、OECDの雇用戦略があったからこうなったのかといいますと必ずしもそうではない。要するに各国とも、もっと以前から対策をとっており、結果的にOECDに評価される形になったのではないかと思うわけです。

それから、これは雇用戦略あるいは雇用政策の評価として非常に厳しい問題ですが、OECDは厳密な調査研究、あるいはそれに基づく各国審査をやっているんですが、残念ながら定量的な評価というのがこの分野は非常に難しくて、結果的には定性的な評価だけで終わってしまうことが多い。要するに、例えば財政支出や人数、ある意味では非常に客観的な数値データでさえ十分に整備されているわけではありませんし、まして20数ヵ国の各国を並べて、どの国がよかったか悪かったという評価をすることは、非常に難しいわけです。

政策をどうやって評価するか、最近は定量的にやるべきだという議論に徐々になってきているのですが、残念ながらOECDのこの時点での評価というのは、かなり定性的な評価です。要するに、せいぜいデータを取ったところで、相関が強いか強くないかとか、そういう形での評価が非常に多いので、必ずしも具体性があるかどうか。その辺が、OECD対する現段階でのそれなりの評価ということになるのではないでしょうか。

(2) EUの雇用戦略(1997~2002年)

EUは、OECDよりは若干遅れて雇用戦略プロジェクトをスタートさせております。諏訪先生からも指摘を受けまして、やはり時代背景という意味で、OECDを受けてEUもやっているということが非常に重要なんじゃないかと。OECDが、北米、豪州、アジア、ヨーロッパというようなさまざまな地域と国からなる先進国クラブであるのに対して、EUは大陸中心のヨーロッパ諸国――この時点ではまだ15カ国です――の地域性ということを、OECDを前提とした上で目指したのではないか。とするならば、やはり理念としては、専門家の書かれたものを私なりに理解しているんですが、「仕事を通じてすべての人が社会に統合される」こと。要するに、「効率」というのがある種前提としてあるわけですが、効率あるいは規制緩和や構造改革だけではない。これがないというわけでは必ずしもなくて、今までやってきた福祉国家モデルというのが、ある意味で行き過ぎた福祉国家になっているのかもしれない、それをどうやって変えていったらいいのかということで始まるわけです。

ここで「フル就業」という、あまり聞き慣れない言葉が出てきます。これは必ずしも雇用として労働市場に参加するということだけではなくて、幅広い、それこそ小さなベンチャーとか自営業とか、場合によってはNPO、NGOのような形でも、何らかの就業という形で社会に参加する、その就業率というのを目標にすえる。つまり、失業率を下げるというのではなくて、むしろ就業率を上げていく。例えば高齢者の就労年齢の引き上げであるとか、そういったところにも反映してくる、というふうにあげております。

<EU雇用戦略の 4本柱>

EUでは、基本理念、哲学というんでしょうか、これがしっかりしていて読んでいると非常に難しいんですが、4本柱が立ててあります。

最初の (1) 「エンプロイアビリティ」、最近は日本でも使われているんですが、EUを担当した先生の言葉を借りるならば、それはちょっと違うと。要するに、「日本では、企業で転職や労働移動が難しい中高年の人たちのエンプロイアビリティをどうするかという議論になっている」と前置きをして、EUで言うエンプロイアビリティというのは、「若年失業者や長期失業者、あるいは労働市場の外にいる人たちがどうしたら労働市場に参入することができるのかという意味でのエンプロイアビリティである」と。ですから、もっと幅が広いわけでして、そのために雇用や教育、福祉政策をどうやってもっていこうかという理念です。仕事を通じてすべての人が社会に統合される、ソーシャル・インクルージョンという考え方がここでも生かされています。 (2) の「起業家精神」というのは、OECDでも項目としてはあるわけですが、EUの場合は若干違う。その辺はまた後ほど簡単にご説明したいと思います。それから、(3) 「アダプタビリティ」、これも非常に耳慣れない言葉で、これはEUの中でも議論があり最終的にアダプタビリティという言葉になったというわけですが、要するにEUがやろうとしたのは、そもそもがフレキシビリティで、それは規制緩和とか弾力化という言葉で表わされるようなものだったわけですが、フレキシビリティだけを進めてしまったら、弱者がますます弱い立場になってしまうと。だから労働組織といいますか、働く方といいますか、そういったもののフレキシビリティを高めながら、同時にセキュリティという意味でのネットワークで、セーフティ・ネットとか社会保障制度といったものを整備していくという意味でアダプタビリティと言っているということです。 (4) 「機会均等」、これもソーシャル・インクルージョンという理念からいきますと、絶対に外せない考えの一つでして、ここで言っている機会均等はジェンダーだけではなくて、あらゆる分野における格差の是正であるという考え方だそうです。

2.基本理念の比較:「効率」か「公正」か?

次に、幾つか比較という点で申し上げたいと思うのですが、最初に書いてある基本理念というのが、時代背景を踏まえて、要するにOECDが「効率」というような市場原理を重視してきた立場であるのに対してEUは、それだけではだめだということで、「仕事を通じた万人の社会的統合」、あるいは「地域性」ということも反映するということで、多少違ってきている。

3.目標設定の相違

目標設定の相違というと、OECDのほうはかなり研究をして発表した、私なりにはそういうイメージを持っておりまして、その先に出てくるものは定性的な評価を除くとよくわからない。EUの場合は、もちろん評価してやっているわけですが、とりあえず数値目標はあげているという意味で、一歩踏み込んでいるというのでしょうか。ただ、数年見てまた修正していくというような形で数値目標を立てていますので、うまくいくのかどうか議論があるかと思います。 

4.主な戦略項目の比較

次に、主な戦略項目は具体的にどう違うか、ご紹介したいと思います。

(1) 失業対策

失業対策というのは、OECD、EUともに若年と長期失業が大きな柱になると思います。OECDは、失業給付額を削減し、給付期間を短縮すると失業減少という効果があると評価するわけですが、EUの場合はそれだけではなく、労働を稼得可能なものにする(Making Work Pay)という、とにかく労働市場に入らせる。そのために、数値目標をつくるというようなアプローチをとっております。

(2) 教育・訓練制度

教育・訓練制度に関しては、OECDの場合は、関連資料にあるように述べられていますが、EUの場合は、具体的に一応の数値目標もあげるという形でやっています。

(3) 高齢化対策

高齢化対策については、OECD、EUの基本的な認識というのは一緒ですが、若干違うのは、EUの場合は就労引退年齢を65歳ぐらいまでに引き上げようということで、これは 80年代に進んだ早期退職制度のせいというか、引退年齢が 50代後半まで下がってしまったので、それをもう一度伸ばして、ソーシャル・インクルージョンの中に入ってもらおうというわけです。

(4) 起業の促進

起業の問題に関しても、OECDの場合は制度障壁というような形での問題指摘が非常に多いわけですが、EUの場合はそれを前提にし、さらにどういった分野が雇用創出に寄与し得るかということで、これも聞き慣れない言葉ですが、「第 3のシステム」、あるいは「社会的経済」といった分野での雇用の可能性を指摘しているわけです。

(5) 人事労務管理システム

賃金や労働時間の問題については、先ほど申し上げたように、EUは「雇用の安定性」と一体となった「労働組織の柔軟性」、つまりフレキシビリティとセキュリティが重要だと言っております。

(6) 社会保障制度等

社会保障制度等の問題に関しては、基本的には同じだと思うんですが、高齢化に伴う年金制度改革等の問題に関して、当初のOECDの考え方は非常にはっきりしており、その後でできたEUは、制度の改革も重要だが高齢者の就業率の引き上げを重要視するという、もう少しプラスアルファがあるという感じがします。

(7) 雇用における平等

機会均等の問題について、OECDはほとんど触れていない。EUのほうは非常に幅広くかつ細かく、いろんなことを言っているわけです。

まとめ:OECDとEUの雇用戦略

OECDとEUの雇用戦略が、これだけの私の説明でご理解いただけるとは思っていないのですが、その時代背景と、雇用問題を非常に幅広い観点からアプローチして、言ってみれば非常に狭い雇用政策あるいは雇用対策という分野から、もっと全般的な目で何ができるのかという意味で、非常に大きなインパクトがあった。

それが今どうなっているのかと申しますと、イギリス、オランダ、アイルランド等をOECDもEUも評価をするわけですが、ただ、それらの国がOECDやEUの雇用戦略があったからそうなったのかというと、必ずしもそうとも言い切れない部分はある。その辺りが、雇用戦略と国の政策との関係をどう見るかというときに非常に難しいのではないか。

ただ、ここに出てきているOECDやEUの雇用戦略が、日本にとって勉強になるということは間違いなく、その限りでは、やはり日本の労働市場の特殊性を前提とした上で議論をしなければいけないと考えております。

【伊藤】 OECDとEUを比較して決定的に違うことは、EUはEU委員会というのがあり、数値目標を掲げた上にモニタリングをやっています。罰則があるわけじゃありませんが、一種の勧告をする。これは半強制力を伴っています。モニタリングを機能させるためには、政策評価をどうするのかという問題がいつもつきまとうわけです。これから堀研究員に発表してもらいますが、政策評価は非常にやりにくいという結果が出ていますので、その辺りを説明していただきたい。