パネルディスカッション
個別労働紛争の解決制度を考える—労働審判制度をめぐる検討会報告を踏まえて—

開催日:平成16年1月14日

※無断転載を禁止します(文責:事務局)

配布資料

【岩村】 山川先生の基調報告、それから水口、木下両先生のコメントによって、今回の労働審判制度を中心として、幾つかの論点が浮かび上がったように思います。そのような論点の幾つかを取り上げて、パネルの間で議論を進めていきたいと思います。

考えられる論点をまずご紹介しておきますと、一つは、労働検討会で提案された労働審判制度に対する評価です。職業裁判官に加えて労働審判員という労使から出る専門家が関与する構成に対してどのような評価をするのか、とりわけ審判員の役割や、労働側・使用者側の弁護士の立場から見て、その役割を果たすために必要な資質についてお話しいただきたいと思います。

もう一つの論点としては、提案された労働審判という仕組みの中で実際に取り扱う個別労使紛争というものは一体どのようなものが考えられるのか。この労働審判で取り扱うのに適した紛争、あるいは適さない紛争というものがあるのかどうか、ということについてもご議論いただきたいと思っております。

さらに、やはり労働審判との関係で重要だと思われるのは、先ほど、山川先生の基調報告にもありましたように、労働審判は基本的に三回の期日で和解や審判という形で終了させることが想定されていますので、三回で終わらせる際の工夫なり必要な条件、準備というのは何だろうかということについて、弁護士の両先生からコメントをいただければと考えております。

最後に、労使紛争に関する他のADR、とくに行政の個別労使紛争の解決制度の評価について、例えば、労働側の立場から、労働審判と幾つかのADRが併存する時に、選択の問題をどう考えるか。使用者側としても、その点をいかに考えるかといったことについてもご議論いただきたいと考えております。

そして、フロアの皆様からのご質問、あるいはご意見を受けたいと考えております。

それでは、まず、提案されている労働審判制度の評価についてですが、木下先生から口火を切っていただきたいと思います。

1.労働審判制度の評価、とくに審判員の役割について

【木下】  冒頭のコメントで申し上げましたとおり、我々経営側の弁護士、あるいは経営者団体としては、労働調停制度には賛成ですが、裁判としての参審制度には反対です。中間的な両者の性格を併せ持つような労働審判制が今回提案され、これから実行段階に移っていくことについてどのように考えるかというと、労働審判制度の機能は、調整的な解決を図る機能と判定的な解決を図る機能とがあるわけですが、私ども経営側としては、調整的な解決を求める機能をぜひ重視していただきたいと思っています。

三回の期日で、どれほど精密な事実認定と権利義務の確認、つまり判決に及ぶようなものが出せるかという点に期待をすることは、実務的に考えても実効性のあることではありません。審判という形で出される解決も、ある意味では仲裁に近いような、当事者間の利害関係を踏まえた解決案、受け入れやすい解決案を出していかなければ意味が無いだろうと考えます。しかしながら、調整的な解決機能だけですと両当事者が譲らず延々と続く可能性もあります。従いまして、最終的には審判的な、要するに決断を下す武器を持っていて調整に当たるという立場に大きな意味があると思っています。

そのような立場を考えると、やはり労使の実態、職場の実態を知る方に参加していただかないといけないのではないかと思います。残念ながら裁判官というのは、生まれも育ちも裁判官という職業裁判官が多く、弁護士からの任官はまだ少数にとどまっています。東京地裁の労働部で、労働事件を経験した弁護士が労働裁判官になったということも今のところ聞いておりません。そうなりますと、職場の労使の実態というものを知る方が参加して、調整に当たり、あるいは一種の裁定に当たっていかないと、現実から遊離したものになってしまうおそれがあります。

ただ、その際には、労使ともにご自分の経験にあまりこだわりを持たないようにしなくてはならないでしょう。人事・労務制度というのは、企業の肝みたいなところですから、同じような言葉で語られているパートタイマーも年俸制も、各会社によって全然違います。全然違うものを共通用語であるかのように語っていると、議論が違う方向に反れてしまうということになりかねません。ですから、ご自身の経験にはこだわらず一般的な経験と知識を持つ労使の専門家に、その活躍を期待することになると思います。

どのような人が労使の審判官になるかということについては、現在の労働委員会の参与委員の方たちのような選定の方法がいいのか、それとも、もっと法律の専門家に近寄った労使の経験者、例えば水口先生や私どものような者が入っていくことも考えられるのか、議論のあるところだと思います。現在の民事調停では、弁護士が調停委員として入ることは当たり前になっておりますので、労働調停や労働審判においても労使関係を専門とする弁護士が審判官に入ったとしてもおかしいことではないと思います。そのようなことも含め、将来に向けて可能性を探っていきたいと思っております。

【岩村】  ありがとうございました。続いて水口先生、お願いいたします。

【水口】  労使の審判員については、労働側・使用者側から雇用関係についての経験や知識、実情を提供し中立的な立場で合議をしていくとのことですが、少し視点を変えて、それでは何故、裁判官だけでは駄目なのか、職業裁判官だけでは何が欠けているのかという点について考えてみたいと思います。

私ども弁護士は、いろいろな依頼者とお会いするので裁判官の方よりは一般の社会経験は積んでいるかもしれません。それでもやはり、法律家であることに変わりありません。法律家というのは非常に特殊な物の見方をします。ある意味では訓練されていると言ってもいいかもしれません。例えば、要件事実教育で、権利義務関係と言うと要件事実は何か、その要件事実が裁判における証拠で高度に蓋然性があると確信できるかどうかというのを判断すれば良いということになり、いわば割り切り型の考え方にどうしても陥ってしまうのです。

裁判官の判断は、国民に受け入れられるもの、一般人が納得できるようなものでなければならないと思うのですが、職業裁判官の専門性を強調してしまうと、一般の意識から乖離したものになりかねません。その部分を、労使関係の実情を知っている、労働側・使用者側の審判員が、端的に言うと素人の感覚を提供していくことになります。裁判官の事実認定や法律解釈が納得を得られるのかどうか、素人に点検してもらうという意味で、労使審判員の参加が裁判官の判断を高めることにも繋がると考えたらどうかと思っています。労使の審判員には適正な判断能力が求められるので、様々な訓練や教育が必要になってくると思いますが、やはり労使の立場で雇用の実情を知っている人、その素人性を重視をすべきなのではないかというのが私の考え方です。

【岩村】  どうもありがとうございました。最初の論点である労働審判制についての評価、とくに審判員の役割にまず焦点を当てさせていただきましたが、水口先生も木下先生も、労働審判における調停・審判が、実務=現実から遊離しないように、したがって、労働の現場、職場の実情をよく知っている方が裁判官の横にいて、実情に合った解決策を短期間に提示するという、そのような役割が審判員に期待されると、お二方とも見ておられるという気がいたしました。

ただ、他方で、木下先生も水口先生もおっしゃっていましたが、労働審判は非訟手続とはいえ、やはり裁判所の中で行われるということであり、また個別労使関係の権利義務にかかわる問題を扱うという点からしますと、職場の雇用労働関係の実情を知っているというだけでは、必ずしも審判員としての期待される役割を果たせない可能性があり、権利義務関係、とくに労働契約関係の権利義務関係についての知識・識見が要求されるのではないかという気もいたします。この点について、山川先生はいかがお考えでしょうか。

【山川】  先ほど、労働審判制度における審判員は労働委員会の参与委員とは違いがあるということを申し上げましたが、参与委員として意見陳述をするのではなく、中立的な立場で合議に参加するという点は、かなり大きな違いであると思います。権利義務関係に関するルールの適用という役割も担うわけでありまして、その意味では、裁判官との共同作業が重要になってくると思われます。

一方で、労使の審判員も基本的な法律適用の枠組みに関しては、やはりトレーニングの必要があると思います。ただ、労働関係の権利義務関係については非常に複雑な法律もありますが、多く用いられるものは、例えば、就業規則変更における合理性や解雇権濫用など、一般条項が多くなります。あるいは配転についても、配転命令権の濫用の判断における業務上の必要性の有無や、生活上の不利益の大きさなどが問題になります。これらは一般条項の適用ですから、むしろ職場の常識・判断がかなり重視されるだろうと思います。これは、先ほどの専門的知識・経験とも関係がありますが、個別的な企業での特有の知識・経験というものがありますから、相対化する視点が必要だとは思いますが、それでも、日常の運営のなかで、こうした措置をとるとどのようなインパクトがあるか、規定はこうなっているが実際にはこういうものであるといった制度のイメージが、経験がないとなかなか掴みにくいと思います。労使のそれぞれの経験者ですと、日常的な制度の実態まで良くご存じでしょうから、労働審判員の関与は有益ではないかと思っております。

2.裁判官の役割

【岩村】  今、労使の審判員というところに着目してお話しいただきました。他方で、今般の労働審判制度では、地方裁判所のレベルに労働審判を設けることが構想されており、かつ、審判官には職業裁判官の方が入ることが想定されます。そうしますと、同制度がうまくいくかどうかを考えるとき、労使の審判員の役割が期待されるのは当然でありますが、裁判官から出られる審判官の役割も大きいように思えます。今後の制度の運用その他を考えたときに、その辺りについて何かご意見があれば伺いたいと思います。

【木下】  では、先にお話しさせていただきますが、労働事件を好きな裁判官はいないと裁判官自身が豪語されるぐらいで、労働事件というのは、どうも裁判所から嫌われている事件のようでございます。東京地裁には今、労働部が三部、大阪には集中部、横浜にも集中部がありますが、皆さん、できればここには来たくないというのがご感想のようです。ということで、あまり労働事件を好んでおやりにならないし、労働事件の経験のある裁判官は本当に少なく、個性が出ると、労働側には良いけれど経営側には芳しくない評判が立ったり、最近では、労使ともに、あの裁判官はいかがなものかという方がいたり、その点は非常に心配しております。

特に、審判制度は三回の期日という短期間の進行ですから、労使それぞれの主張をうまく整理し、なおかつ自分で三回を組み立てていかなければならないので、相当、労働問題に踏み込んだ認識を持っていただかないと、それでは一回目は労働側、次回は使用者側でどうぞ、三回目はどうしましょうか、というような形になってしまうおそれはかなり強いのではないかと思います。

審判期日三回の前に準備的な手続をするかどうかについては、法律も制度もまだ明らかになっておりませんが、おそらく必要だと思います。実際は三回ではまず難しいのではないかと思っております。そのための事前準備的な手続を、裁判官自らがするのか、あるいは書記官などのレベルでするのか、そうした裁判所のインフラについては、ぜひお考えいただきたいと思います。

この手続は個別紛争と言いながら、個人の方がご自身でなさるよりは、労使ともに弁護士が関与するほうが成功裏になるのではないかと思います。そうでないと、結局は、裁判手続の一種でありながらリードする人が誰もいなくなってしまうおそれがあります。手続を簡易・迅速に、適切に進めるためには、労働問題に詳しい法曹を、弁護士だけでなく裁判官でも育成していく必要性は高いと思います。むしろ、労使の現場の専門家が参加するだけに、余計に裁判官の経験不足が目立つかもしれません。

【岩村】  水口先生、いかがでしょうか。

【水口】  この点については驚くほど意見が一致します。裁判官自身が、労働事件が好きな裁判官は一人もいないと言っていたというのは初耳でしたが、東京地裁の労働部などには熱意を持った裁判官もいらっしゃいます。ただ、正直に言うと、労働部を経験されてない地方の裁判官では、なかなか仕切れないだろう部分もあるかと思います。

その意味では、労働審判を地方裁判所の中に設置することになれば、裁判所も本格的に労働法の研修や労使紛争の解決のあり方についての議論をしないと、労使それぞれの一家言を持った方を説得できないということになりかねません。三回以内で解決案を出すという意味でも、職業裁判官~ 将来的に木下先生でしたら良い審判官になられると思いますが ~ を訓練していくというのは強く求められると思います。

【山川】  やはり争点をどう絞っていくかが非常に重要になるかと思います。例えば、こういう事件ではこういう争点が中心になるので、このような書類をまず用意してほしいなどと記した、なるべく簡単なフォーマットによる運用の仕組みをつくっていくことが必要かと思います。

3.審判の対象について

(1)整理解雇、及び就業規則の不利益変更問題を手がかりに

【岩村】  それでは、次に、実際の運用にとって重要な論点である審判の対象について話を進めたいと思います。

この問題は、一つは、労働審判制度で何を扱うかという問題であると同時に、他方で、労働側・使用者側双方にとって、幾つか併存するADR(裁判外の紛争解決制度)と、それに裁判という選択も視野に入れて、一体どれを選んでいくのかという、いわば、当事者の紛争解決のツールなり道筋のチョイスの問題ということとも関係いたします。

今回の労働審判制度の提案においては、審判の対象については、先ほど山川先生からもお話がありましたように、個別労働関係に係る権利義務関係をめぐる紛争を対象とすると提案されております。そうしますと、おそらく問題は、一体何が個別労働関係に係る権利義務関係をめぐる紛争であるのかということになり、この点については、現在のところ、労働検討会の案も特に触れているわけではありませんし、おそらく法律になったとしても、具体的にこれ以上細かく定義されるということはないでしょうから、実際上は、その解釈、運用に委ねられると想定されます。

そうしますと、具体的にどのようなものが考えられるのでしょうか。おそらくあまり異論がないのは、一般的な、個別の、個々の人の事情を理由とする解雇だろうと思います。しかし、例えば、これが整理解雇で集団的解雇だったらどうなるのかというのは、すぐに応用問題として考えられるでしょう。それから、より微妙になってくるのは、例えば、就業規則の不利益変更の問題です。労働条件を変えたときに、これが個別紛争の中に入ってくるのか、労働審判の対象になるのかどうかという問題があります。もちろん労働審判の中に入ってくるとしても、労働審判で扱うのが適当なのかどうかという、別の問題もあるように思います。

その他にも幾つか例があるのですが、まず手がかりとして、整理解雇と、就業規則の不利益変更の問題について、両弁護士の先生方はいかがお考えでしょうか。

【木下】  使用者側から見ますと、いわゆる本格裁判に比べて簡易な手続で結論が導ける、自分たちが納得した結論を得られる場として認識できるのは、まさにその従業員自身に関わる問題で、会社全体に関わる問題にはならないと踏まえて対応する事案だと思います。ですから、個別従業員の事情による解雇や、あるいは、配置転換でも「すみません、家族が病気なので、この配置転換は撤回してください」というような事件は、社内でも解決できるかもしれませんが、会社の外にある手続を活用して解決していくとやりやすいのではないでしょうか。しかし、その人が何か言ったことによって、あるいはその人のことを解決しようとすると、会社全体の制度などに触れなければいけないような問題については難しいと思います。

整理解雇について言えば、「会社の状況は悪いし、解雇が必要なのはわかるし、自分としては整理解雇は納得できないけれど、退職金の割り増しをもう少し出してくれるなら退職してもよい」というタイプの整理解雇の事案が発生したら ~ 今、整理解雇事案でこのようなものが多いのですが ~ それは場合によっては解決できるのかもしれません。けれども、整理解雇自体が不当である、会社は整理解雇などするべきじゃないなどと言われてしまうと、これを労働審判制度で解決することは無理だと思います。

それから、就業規則の不利益変更も幾つかのタイプがあります。労働時間を一斉に変更したことについて、私はこの時間では困ると言われますと、会社としては、それは合理性があるかないか、とことんやるしかないでしょうが、例えば、賃金制度、特に評価に基づくような成果主義などを取り入れたときに、その制度を変えなくても、その人の処遇を調整することができるようなタイプの事件、就業規則変更の枠の中で、自分の格付や位置づけをこう直してほしいというタイプの事件だったら、場合によっては、この審判制度、あるいは、それ以外のADRも有効に機能するのではないかと思います。

しかし、就業規則変更の問題は確かに難しいと思います。というのは、就業規則変更を争う人というのは、大抵、企業の中では少数派というか、多数の労働者あるいは多数で組織する労働組合は納得しているけど、私は嫌だという人なので、会社としては他の従業員のことを考えると引くに引けず、次の制度変更まで我慢してほしいというような事件も多くあります。従って、就業規則変更は本当に難しいのではないかと思います。

そういう意味では、個別労働紛争のように見えるけれども、企業から見れば実は全く個別ではなく、本当に争うのだったら厳密な法律としての解釈、あるいは事実認定をしてほしいという事件はございます。

少し話が外れますが、私が担当した事件で言えば、大星ビル管理の労働時間認定の事件は、まさにその例です。あれは、変な言い方ですが、労使ともに一致して、これが労働時間かどうか判決をもらおうというタイプの事件でありました。ですから、幾らの時間外手当が欲しいというような請求原因というか、請求の趣旨のところは、これはもう幾らでもいいわけでありまして、ただ法的解釈が欲しいということでした。これを参審制で決められるよりは、やはり職業裁判官、法律の解釈の専門家が慎重に解釈をして、適用を示してほしいというタイプの事件でありました。これも、見た目は個別労働紛争に見えますし、ある意味では、労働組合が関与していますから集団紛争にも見えますが、実は、純粋に法律の解釈を争うという、まさに学者の先生のためにやったような事件であります。ですから、最高裁までは和解をせず、最高裁の解決が出たらさっさと和解をしてしまったという、たいへん目的がはっきりした行動をとっている事件です。そのような労働事件もあるということをご認識いただきたいと思います。

【岩村】 ありがとうございます。水口先生のほうはいかがでしょうか。

【水口】 個別労使紛争と言っても非常に広く、形式的に個別労使紛争でも集団的な労働組合が背景にある事件などもあります。利益紛争は行政型の調整で扱い、権利紛争は裁判所や審判で扱うとしても、利益紛争と権利紛争というものはオーバーラップしていて、そう簡単に分けられません。図式的にはそう言えたとしても、なかなか現実の事件を切り分けるのは難しいと思っています。

私は実務家なのでもう少し違う観点から、つまり、当事者の選択という観点からこの問題を考えてみたいと思います。

例えば、相談に来られる労働者の方が望むものについて ~ 例えば解雇事件であれば復職を強く求めているのか、それとも、表面的には復職と言いつつも、自分の正当性を判断して相手にきちんと異議を唱え、具体的な解決は金銭解決、退職金銭解決でもいいのか ~ 最初に、代理人と依頼者との信頼関係に基づいてよく聞き、その上で、行政ADR、審判制度、裁判など、どの制度を選択するかを判断します。

たとえば、労働組合が来て、経営者の不当労働行為体質を是正したいと言ってきたら、これは当然、労働審判でなく労働委員会あるいは労働裁判を勧めますし、労働組合も、制度の内容を知れば当然、合理的に同じような選択をします。重要なのは、制度の内容を十分理解した上での当事者の選択に委ねることだと思います。今般の労働審判は、非訟手続とはいえ、司法手続の一環であるという点がポイントですから、互いが主張し合い、判定が下されます。判定的な調整解決になるかもしれませんが、やはり厳格な手続が良いと思います。雇用が流動化すればするほど、こうした規範意識・権利意識を持っている人が増えてくると思われますが、厳格な判定を望んでいないような人、別の解決を望む人たちには、行政型の調整を勧めます。依頼者の考え、希望、あるいはパーソナリティーなど、本当は何を求めているのかということを見極めながら、弁護士として選択肢を提供していくことになると思います。

行政ADRと労働審判の関係について、最初は、競争的な関係で良いだろうと考えます。それぞれが運用していく中で、もっと高度で有機的な連携が出てくるかもしれませんが、最初は、どちらが需要者に向けたサービスを提供できるのかという競争をして、次第にバランスがとれてくると、割り切って考えても良いのではないでしょうか。

それから、やはり私は、判定的な機能を労働審判に期待をしたいです。調整的な解決があっても、判定的な権限があるからこそ調整解決ができるのだと思います。それで解決できなければ裁判が控えているわけですから、やはり判定的機能を育てていくのが労働審判の命なのではないかと思っています。

【岩村】  整理解雇と就業規則の不利益変更の問題についてはいかがでしょうか。

【水口】  整理解雇の事案では、例えば80人規模の企業で、10人の整理解雇があったとします。その中で、異議を唱えて争うのが10人全員ということは、正直に言って珍しいことです。そのうちの一人、ニ人が、やはり納得がいかないと申し立てをする場合が結構あります。その場合、10人の集団解雇だから個別労使関係ではないとは言い切れません。個別労使紛争ということで労働審判の判定を求めるということであればそのように判断をすべきです。ただ、それが、使用者側あるいは労働者側の納得がいかないものだったら、訴訟を選択するしかないと割り切って考えるべきだと思います。その10人が労働組合をつくり、団体交渉を申し入れ、不当労働行為のような支配介入してはいけない、これは個別労使紛争ではないと主張する場合は、例外的だと考えたほうがいいと思います。あとは、自ずとチョイスのところでレールが整理されると思います。

就業規則の不利益変更も、就業規則の類型によって違うと思います。就業規則の不利益変更といっても、具体的には、賃金請求権や残業代請求権の問題になりますので、就業規則の不利益変更が不合理かどうかということで、端的に判断すればいいと思います。単に個別紛争ということで労働審判で処理してもらっては困ると思ったら、使用者側が、労働審判の判定が出た上で異議を申し立て、訴訟にもっていけばよいことになります。ただ、訴訟に持ち込まずに解決したいと労働者が思えば、そこで調整的な解決もできるような運用にすれば、十分解決できる問題だと思います。

【山川】  今のお二人の主張は一面で見解が違うようですが、実はそうでもない部分もあるのではないかと思いました。つまり、入口での選択の部分と裁判の進行の仕方といいますか、時間軸で見た紛争解決の選択の部分と、二つあるように思えます。

最初の段階では、例えば、原告となる申立人側がどの手続きを選ぶかが問題となります。そこでは、個別労働関係における権利義務関係をめぐる紛争であることが要件になりますから、単なるベースアップを求めるといった紛争は利益紛争になると思いますが、権利義務関係に翻訳ができて、かつ、当事者が個々の労働者と使用者であれば、労働審判手続きの入口はパスするということになると思います。他方、労働審判手続は、調停を組み込んであるうえ、審判を下すこともあり、かつ、審判に意義があれば訴訟移行の道があるというプロセスですから、その中で、例えば、調停案を出されたので両方ともそれをのむという場合もあるかと思いますし、審判が出された段階で納得するということもあるでしょうし、権利義務関係としてのルールを設定してもらい、組織における先例的なものを設定したいということであれば、訴訟手続に移行するという選択もあると思います。このように、いわば手続における時間の流れの中で、その紛争につきどういう解決が望ましいかを見つつ、どの段階で解決を求めていくのかを選択していく。そのような労働審判手続の利用の仕方もあるのではないかと思います。

(2)男女差別の問題はどう考えるか

【岩村】  もう少し応用問題に入っていきますと、例えば、男女差別の問題というものも一つ考えられます。これは、相談窓口では受け付けているものの、斡旋・調停の段階では均等室に移管されてしまうので、個別労使紛争の行政型のADRでは外れているところですが、今回の案を拝見する限りでは、例えば、男女間の賃金差別や昇格差別という問題は、特に審判の対象からは外されておりません。そうしますと、もちろん入り口の問題として労働審判を使うかどうかという問題と、男女差別という問題がこれに馴染むものかという問題もあろうかと思います。

それから、やや角度は違いますが、少しつながる問題としては、例えば、セクハラの問題はどうなのだろうかということも、当然、興味の持たれるところだと思います。この辺りについては、多分、攻める側は労働側かと思うのですが、水口先生、いかがでございますか。チョイスの問題というのは当然あると思いますが、その辺も含めてお願い致します。

【水口】  形式的には労働審判でもできるということです。ただ、労働審判は三回以内の審理で判定を出すので、そのことを前提に選んでいくしかありません。男女差別でも、例えばコース別人事制度の違法を問うような、非常に難しいものを労働審判に出す際は、弁護士が相談を受ければ、あるいは行政もそうかもしれませんが、労働審判の限界と利点を十分に説明した上で、やはり当事者本人の選択に委ねて解決していくしかないと思います。ただ、典型的な男女差別というのもまだ残っていますから、そのようなものは、三回以内で解決できる事件もあるかと思います。

【岩村】  セクシュアルハラスメントはいかがでしょうか。

【水口】  セクハラの問題も同じだと思います。非訟手続であり、法廷での公開が前提にされてないということは、問題点もありますが、セクハラのようなケースの場合には、それがご本人にとっては魅力になるかもしれません。

【岩村】  木下先生、いかがですか。

【木下】  男女差別訴訟は、ある意味では、過去を問うのか、これからを問うのかという点で難しい点があります。過去の男女差別において失われた賃金を請求するということであれば、これは権利義務の関係です。しかし、将来に向かって、男女差別を撤廃するような制度を求めるとなると、これは本来、裁判でも場合によっては難しいのかもしれません。つまり、新しい権利義務関係を創設するような訴えというのは、ある種、労働運動の問題であって、先ほど、水口先生がおっしゃったように、大衆的訴訟というものを構えて、会社が包囲されるような事件になるのではないかと思います。ですから、(申立て人が)どのようなことを言うかによると思います。いずれにしても会社は受け身ですが、差別事件については、おそらく労働審判というチョイスは現実性が薄いと思います。

セクシュアルハラスメントについても、実は似たようなところがあります。セクハラで慰謝料を請求するのであれば、労働審判はむしろ馴染むと思います。非公開ですし、速いですし、当事者の顔を裁判官にすぐ見てもらいながら行うということで、使用者側もありがたいと思います。

私ども使用者側の代理人が、セクハラ事件のことを会社に説明するときに一番いい武器は、「判決になると会社名で呼ばれるのですよ」と言うことです。「インターネットで御社の名前を検索するとき、セクハラ事件で出てきたらどう思いますか」と、会社の方に説明するわけです。これはすごく会社側が嫌がって、「では解決しましょう」と言ってくれます。非訟事件はそれがありません。会社にとっても、そういう意味では、非訟事件というメリットを生かした解決が探れるのではないかと思います。

ただ、セクシュアルハラスメントというのは、実は、本来の解決は、慰謝料を得ることではありません。むしろ、セクハラを乗り越えて、加害者の男性も含めて、職場で調整できることが本当の解決だと思っていますので、それを審判に求めるというのは難しいのではないでしょうか。セクハラが原因で退職した方が慰謝料を求めるような、限られたタイプの事件でお使いになるのであれば、非常に有益ではないかと思います。そのように、具体的に考えていきたいと思っています。

【岩村】  今の点について、本来、司会者がこうしたことを言ってはいけないのでしょうが、一つお考えをお訊きしたいところがございます。

今回の労働審判制度の中では、権利義務関係を踏まえつつ、事件の内容に即した解決案というのを調停で示し、場合によっては、審判として出すとなっております。今のセクハラの例あるいは差別問題もそうですが、過去のものについて、例えば、賃金の回復なり慰謝料を求めることは、権利義務関係で比較的単純に片づく部分がないわけではないのですが、将来に向けてとなると非常に難しいというお話でした。そうしますと、この提案されている、調停あるいは審判で考える解決案の中に、もっと柔軟な、将来に向けるものまでも入れ込むという可能性はどうなのでしょうか。実務家の感覚としてはいかがですか。

【木下】  例えば、セクハラ事件で、勤務継続をしたいけれど元の職場では嫌だという女性労働者が、慰謝料と、本来の解決としては、実は配置転換をしてほしいというような申し出があった場合、そしてその人を配置転換することが解決になる場合は、調停案としては出てくるでしょうし、審判の内容になっても、企業として受け入れやすい点はあるかと思います。しかし一方で、セクハラでの加害者と称される男性を配置転換や解雇などの懲戒処分にしてほしいということが本来の要求で、慰謝料はなくても構いません、などと言われてしまうと、これは企業としてもお手上げですし、おそらく審判体も取り上げるのは難しいと思います。そういう意味では、将来に向けた変更というのは、企業全体、あるいは他の従業員を巻き込むような事態が常に予想されますので、個人の権利義務の枠の中で調整できるもの、あるいは、審判、判定できるものと、というように見極めていかなければならないと思います。

【岩村】  水口先生、今のご意見について何かコメントがありますでしょうか。

【水口】  原則はやはり、セクシュアルハラスメントだけではなくて、権利義務関係を踏まえた解決案ですから、解雇事件だったら、解雇が有効か無効かを判断した上で、バックペイの支払い、地位確認、あるいは、当事者双方の意向を見ながら金銭解決も可能、そのようなイメージで基本的にはいるべきだろうと思います。ただ、審判の前の調停案であったら、例えば、セクハラや男女差別の問題で言うと、「こういう昇進制度をつくる」という調停案を、可能であれば出すこと自体は十分ありうるし、そこにこのうまみがあると考えています。

【山川】  審判も異議がなければ裁判上の和解と同一の効力を持つので、異議さえなければ構わないという感じはいたします。ただ、やはり訴訟移行のことを考えないといけないと思います。つまり、異議があった場合には訴訟に移行するということですから、最初の申立て段階では、権利義務関係に基づいて、訴訟に近い形で請求を行う必要がありますが、その後は、審理の状況に応じて、調停や審判によって ~ 調停が中心になるかと思いますが ~ 柔軟な解決案を出していく。判決手続における和解でも、両者が合意すれば将来に向けた措置をとることはできるわけですので、そうしたやり方は可能ではないかと思います。

4.三回以内で終了させるための工夫

【岩村】  もう一つの論点に移らせていただくことにします。労働審判制度の特徴である簡易・迅速性について、労働検討会の案では、基本的には三回の期日で終わらせることを目処とすると提案されております。そうしますと、既にこのパネルディスカッションの中で少し触れられたところでもありますが、三回で終わらせるためには、一体どのような手順や工夫が必要なのでしょう。これはもちろん、審理を指揮する側の審判官または審判員の役割の問題、また、実際に審判を利用する当事者や代理人である弁護士の役割の問題というのもあろうかと思いますし、制度的な手続の工夫の問題というのもあろうかと思います。その辺りについて、これまでのご経験を踏まえて、何かご示唆などがありましたらお願いしたいと思います。

【水口】  労働審判の事件の類型によって随分違ってくると思います。例えば解雇事件を想定すると、今回、労働基準法改正で解雇理由を通知するということが盛り込まれましたが、第一回までに、解雇をした使用者側が解雇の理由と、それを裏づける資料を十分主張できないと、三回以内に終了できません。そのような手続きに関するルールづくりは必要だと思います。そのためには、先ほど木下先生が指摘されたように、書記官のマネジメントを強化するなどの工夫が必要になってくるのだろうと思います。

通常の個別労働紛争では、例えば、上司と喧嘩したときの、喧嘩の程度がどうであったとか、物が壊れたけれど誰のせいだったのか、業務指示がどうだったか、あるいは顧客との連絡がどうだったのかというような、結構個別的なことなのですが、それらをきちんと整理をして、第一回目までに出てくれば、解雇事件であっても、三回以内で解決できるのではないかと思っています。

整理解雇の事案でしたら、整理解雇をするに当たっての経営上の必要性、それから協議について、使用者側が第一回に決算書等を含めて、まず明らかにするということをルール化すれば、十分可能ではないのかと思っています。それでも難しい事件だったら、そもそもこの審判を選択しないことになります。

賃金請求権に関しても、就業規則の不利益変更の難しい事案、つまり、賃金制度の変更など人事制度の全般的変更と絡まない事案であれば、就業規則と給料明細等が提出されれば、それほど難しい話ではないだろうと思っていますので、全ての事件に弁護士がつく必要はないと思います。ただし、立ち上げ当初に弁護士が入り、一定のルールを決め、その後のレールを引いていけば、個人の労働者本人が申し立てしても、三回以内での解決が可能になるような仕組みはつくっていけると思います。

もちろんその中で、職業裁判官の指揮、運用というのは非常に重要だと思います。昔、ある事件で、東京地裁の労働部でしたが、残業代を払わないという契約で入社したのだから使用者側は残業代を払わないということを、平気で準備書面に陳述させて、それについて審議をするという裁判官がいました。そういう裁判官がいなくなれば早く解決すると思います。

【岩村】  ありがとうございます。今のご指摘の一つとして、実際に期日に入る前の準備段階や申し立て段階がかなり重要ではないかというお話だったと思いますが、木下先生も先ほど少しその点を触れられました。そこを少し敷衍していただければと思います。

【木下】  準備段階がスムーズにいくためには、事件が類型化されることが必要だと思います。「このタイプの事件ならコレとコレを持ってきてください」という指示が紙で出せるような手続きが望ましいです。今、破産事件は個人破産が非常に多くなっていますが、私の事務所で「破産キット」と呼んでいるものがあります。破産部の受付で、この紙に全部埋め込んでくると破産申立書になりますよ、というようにキットとして売っているのですが、そうしたキットづくりは絶対に必要だと思います。

使用者側もそうしたキットがあることを十分認識して、それに対応する行動をとるわけですから、裁判所はまず、そのような類型化した行動をとっていただきたいと思います。例えば、賃金事件でありながら、労働者の方が、自分の給料明細を丸めて捨ててしまったから分からないという事件は現実にたくさんあります。どの部分の給料が減らされているか分からないなどということでは話になりませんから、「訴える場合に必要な書類はこれです」と示し、裁判所あるいは申し立て側の代理人の先生が揃えていただかなくてはなりません。会社側は、たぶん第一回期日の前にその送達を受けますので、今度はそれに沿って会社側の応訴キットに沿ったものを出します。もし出したくなければ、この手続ではやらずに正式裁判になるかもしれませんし、何らかの事情があるのではないかと思いますが、そうした類型化はぜひ必要だと思います。これは、手続だけではなく、本来は、解決についても類型化を是非していただきたいところです。

労基法改正の議論があった時期に、解雇法制についての意見を各界が求められたと思うのですが、その中で、復職 ~ 解雇無効、労働契約継続 ~ だけではない解決案を法律の中に組み込むことに対する意見が求められました。つまり、解雇について、裁判所が判決や解釈あるいは解決として金銭解決を確定できるような制度を法律に入れることはどうかということです。私ども経営側は、解雇事件の多数は、じつは復職よりも金銭解決などを求めているケースが多いのだから、それも一つの解決策ではないかという意見を出しております。むしろ無駄な訴訟を防ぐことになるのではないかという意見も持っております。

ドイツの労働裁判所がうまく機能するのは、和解の段階で、極めて類型的な解決案というのを、例えば解雇に対する和解金額案というのが出て、労使ともに納得できるようなベースがあるからだと認識しております。従いまして、解決の類型化もある程度進んでいかないと、早い解決に結びつかないと思います。直ちに類型化することは無理でしょうから、最初は手続のキット化を進めて、いずれは事案の集積によって解決についてもある程度の類型化を進めていくということが、非訟手続としての審判には必要だと思います。家賃の賃料の非訟事件なども類型化されてきたわけですから、同じ努力が必要ではないかと思うのです。

【岩村】  山川先生、今のお二方のお話に何かご発言がございましたらお願いします。

【山川】  同感です。既に裁判所でも、例えば、簡易裁判所で、たしか未払い賃金請求だったと思いますが、一定のフォーマットを用意してあったように記憶しております。

その上での質問ですが、裁判官の方に訊くと、解雇などが争われる場合、争われる点が微に入り細にわたり、非常に多岐にわたっていく例があり、争点を整理するときに、どこかで「ここまで」という仕切りをせざるを得ないことがあるようです。一回起こした事件を理由とする解雇でしたら比較的争点も絞られますが、例えば、勤務態度不良で、30回ぐらいのミスをしたと主張されているような例ですと、一つ一つ、このミスはどうであったかなどと審理していくと大変なのではないかと思いますが、そのような場合はどうしたらよいものでしょうか。

【岩村】  それでは、まず木下先生からお願いします。

【木下】  いま、山川先生がおっしゃったような勤務成績不良や勤務能力不足というタイプの普通解雇が、おそらく使用者にとって一番難しいタイプの解雇だと思います。一つ一つはたいしたことがなくても積み重なると大変という事件は確かにあります。そして、使用者側、実際は現場の管理職がミスをいちいち記録するのも面倒だと言って、何も記録はないけれど、この人を解雇したいという事件が実際にあります。本当に困っているのに、その困っているということをどのように裁判所に表現できるだろうかと悩む事件があります。それが労働事件の特徴だと思います。要件事実があってなきがごとしが労働事件ですから、それを会社側は、例えば、陳述書なりでうまく表現していくということになると思います。今、裁判所は、労働事件だけでなく一般事件でも陳述書を多用して、書面審理ではないかという批判も受けていますが、やはり陳述書を活用する以外に、すぐに思いつく方法はないと思います。

【岩村】  水口先生、いかがですか。

【水口】  その点は大いに違うところです。経営者側もいろいろな人がおり、その時カッとなり解雇しながら、裁判になったらニ年前のことから言い始めるという経営者を、私は多く見てきています。ですから、長い間蓄積し、積もり積もってというのがどうなのかというのは、端的に言って、眉唾だと思うケースが多いです。

裁判所も、「そういう蓄積があるのはわかるけれども、このとき解雇したという決定的な動機があるだろう。それを最初に正直に出してください。ワンストライク、ツーストライク、スリーストライクで出してきたって、普通、通用しませんよ」ということを赤裸々に言う裁判官もいます。やはり決定的なものは最初にすぐ出せば、自ずとはっきりするのではないでしょうか。

【山川】  異なる意見が出されましたが、労働審判制度では、実際の運用にもよりますが、そこにも労使の審判員が加わる意味があるかもしれないと感じております。つまり、このようなことをいま持ち出すのは職場の常識から見て変だと思うか、それとも、それはやはり重要だから考えてみようじゃないかと思うか、事件の判断だけではなく、争点整理においても、職場の常識が反映されうるのかもしれないという印象を受けました。

5.多様な紛争解決チャンネルとその役割

【岩村】  最後に、少し取りまとめという感じになろうかと思いますが、この労働審判制度というものが法案化され、正式に国会で可決され施行されますと、個別労働紛争というものに限って見ても、既に存在している個別労使紛争解決促進法に基づく労働局と紛争調整委員会による調停といった裁判外の解決制度、それから、司法に付随する形の紛争解決制度である労働審判、そのほかにも、山川先生が資料でご紹介いただいたように、労働委員会でも個別紛争の斡旋を行っているところがありますし、さらに、東京都や大阪府のように、労政事務所の労働相談や斡旋等で紛争解決をしており、かなり多様な紛争解決のチャンネルが用意されることになります。

既に、水口先生、木下先生からも、このパネルの中で触れられたことではありますが、今後、こうした多様な紛争解決のチャンネルが併存していく中で、どのような方向で各々の役割を考えていくことになるのでしょうか。先ほど、水口先生は、当初はむしろ競争的な関係が良いのではないかと仰いましたが、その役割分担や今後の整理の方向などについて、少し取りまとめという意味でお話をいただければと思います。

まず、水口先生にお伺いしますが、既に触れられたことに何か追加されることがありましたら、そこからお話をいただければと思います。

【水口】 行政ADRに関しては、配布資料にも紹介されておりますが、助言・指導を行った後にどうなったのかというところがはっきりしていないので、助言・指導で解決できなかったケースも結構あるのではないかと思われます。また、途中で打ち切った事案が相当あるようなので、行政ADRにも一定の限界があるかと思っています。その意味で、労働審判が機能する場面は結構あると思いますが、ただ、現実問題を考えたときに、審判といっても裁判所まで行くのには躊躇する人はたくさんいると思います。従って、労働行政がきめ細かく対応していくことは今後も必要だと考えます。

【岩村】  ありがとうございました。木下先生、いかがでしょうか。

【木下】  おそらく行政のADR、行政の個別労働紛争処理に一番向いている紛争は、解雇予告手当を払ってほしいという紛争だと思います。私ども経営側の弁護士の援助を受けていない、弁護士に相談などしたことがないという会社はたくさんありますし、「パートだからいつ解雇してもいいと思っていました」という発言は、残念ながら、まだ経営者の中にあるわけです。そのような場合、「もうこの会社で働きたくないけれどお金はちゃんと払ってほしい」という従業員が、有給休暇の残り分と解雇予告手当はきちんと精算してほしいと訴える紛争が、現実にたくさんあるわけです。そのような紛争については、会社側が払っていくべき性質のものですから、それはきちんと払わなければいけません。そのきっかけに、行政の個別労働紛争の斡旋などを活用させていただくと、会社側もそれなりの手続でこのようなレベルの紛争を解決できますので、行政ADRは絶対に必要だと思います。

それを超えて、解雇が不当かどうか争いたいというレベルまでくると、労働審判になると思います。不当だということが判り、辞めてもいいという人も当然いるわけで、不当な解雇を受け、自分の名誉を回復して次の仕事に就こうという人のための制度としては、労働審判が役に立つのではないかと思います。

このように、それぞれの持ち場がだんだん分化していくと思いますし、使用者としてみれば、それぞれの手続に合った対応をしていくことで、正直申しまして、労働裁判という時間とお金がいちばん無駄になる行為は、使用者から見ても避けていったほうがありがたいのではないかと思います。

【岩村】  ありがとうございました。

今のお二方のお話を受けて、山川先生、最後に何か一言コメントがありましたら、お願いいたします。

【山川】  今のお二方の意見は、比較的共通点が多いのではないかと思います。相談・情報提供は、引き続き、行政の役割ですし、利益紛争も行政で対処することになると思います。したがって、オーバーラップするのは権利紛争です。おそらく、いろいろな意味でオーバーラップする部分があるでしょうが、次第に棲み分けの方向にいくのではないかと思います。ただ、労働審判の場合は、訴訟移行が背後に控えている制度であるという点に特色がありますから、訴訟移行の可能性を踏まえた手続の選択がされていくのではないかと予想しております。

フロアとの質疑応答

1.審判制度の費用について

【質問者A】  この制度を利用する場合の一番大変な問題というのは費用だと思いますが、そのあたりはいかがでしょうか。例えば、解雇の予告手当を、一カ月分であれば30万ということですので、その制度で30万以上を支払うということになれば効率が悪いと思いますがいかがでしょうか。

【山川】  金額が幾らかということまでは、労働検討会でも殆ど議論しておりません。非訟手続ということですから、訴訟の場合とは異なると思います。しかし、訴訟に移行した場合には、審判の申立て手数料、いわば印紙代ですが、それは訴訟の費用の中に組み込まれることになります。

【水口】  家事審判だと600円とか900円ですから、そうなるといいと思っていますが。

【木下】  ただ、東京地裁の労働部は今、解雇事件で地位確認を求めると95万という例の確認の利益が算定できないということではなくて、その人の過去の賃金の、たしか一年分かニ年分を訴学にして、それに対応した印紙を貼るようにという指導をしていますので、給料が高い人は意外に印紙が高くつきます。調停事件については、家事審判は安いですが、民事調停ですと訴訟事件の、たしか半額の印紙ですから結構高くなるかもしれません。解雇予告手当を払ってほしいという訴えであれば、その30万を前提にした印紙の算定になるでしょうが、解雇は不当だから解雇無効と復職を求める、あるいは地位確認を求めるということになると、将来の賃金請求権が訴訟の利益と同じように考えられると高くなるということになります。

ですから、先ほどのキットの話ではありませんが、使う方のために、こうした申し立てをすると幾らになるということを明らかにしていくことは必要だと思います。解雇の無効を求めるよりは、解雇が悪かったと認めてもらい退職金を少し割り増してほしいというような人が、ニ年分の賃金を前提とする印紙を貼るなどというお気持ちはないと思いますので、そのようなところをご注意いただきたいと思います。これは、法律をつくる立法化の中でも解決していく問題だと思います。

2.審判員の公益性について

【質問者B】  審判員の公益性についてですが、労働委員に比べて公益性が強くあるべきだというお話です。いわゆる、公益委員と労働委員、あるいは公益委員と使用者側委員、その中間のような形かと思われますが、もう少し具体的にならないと有能な人材の供給が難しいのではないでしょうか。例えば、ジャーナリストのような人は労働者側の審判員として適任なのでしょうか。

【水口】  労働委員会の参与委員は利益代表的な性格を持っている点がはっきりしていると思いますが、今回の審判員は、中間ではなく、いわば中立の立場ということに徹するのが一番重要なポイントだと思います。先ほど言ったように、やはり職場の実態を、労働側・使用者側から知っている人が適任ではないかと思っています。

【岩村】  一言だけ、よろしいでしょうか。例えば、東京都の地方労働委員会の例を挙げますと、ジャーナリストの方は、むしろ公益委員になります。ジャーナリズム関係では、ジャーナリズムの労働組合出身ですと労働側委員になりますし、ジャーナリズムの会社出身だと使用者側委員ということになります。

ですから、労働側の審判員になるには、やはり労働側の職場の実態などについての知識と経験を持っておられることが、制度を組む上での前提だと思います。

【山川】  お二人の意見と同じです。少なくともこれまで議論して言えることは、労働側、使用者側のどちらであっても、労働関係の知識・経験を持っている方、ということです。

3.解雇問題の金銭解決の可能性

【質問者C】  解雇の金銭解決について質問します。労基法改正の際に議論になった金銭解決の案は、最終的に消えたわけですが、今般の労働審判では、不当解雇の場合における金銭解決の促進ということはあり得るのでしょうか。

【山川】  労働検討会では、その点について特別の議論はしていなかったと思います。ただ、審判の中身は、申立ての趣旨に明らかに反するべきではないという指摘は出ていたと思います。もちろん合意ベースでしたら、いろいろな解決が可能であるわけですが、審判の場合には、おそらく申立ての趣旨との関係を考えざるを得ないと個人的には思っております。

【水口】  当事者の意向にかかる問題ですから、当事者が金銭解決を望んでいない場合はもちろん審判では出せないと思います。今の民事調停法では、当事者の、調停にかわる決定という制度があります。当事者の申し立ての趣旨に反しない限度で決定ができるということであり、やはりそれを生かすべきだと思います。同時に、審判が出ても異議を唱えれば訴訟に移行するというシステムなので、~ 個別労働紛争の場合には金銭解決でも受け入れる方は多いと思いますが ~ やはり金銭解決を受け入れたくないという方については、その趣旨に反してまでは審判は出せないと考えるべきだと思っています。

【木下】  私のイメージとしては、三回の手続で解決をするという労働審判の枠組みを踏まえて、むしろ、労働者の方が申し立てをする段階で、復職は希望しないが具体的な金銭保障を求めるという申し立てがあっておかしくないと考えています。というのは、仮処分などを行っても、あるいは弁護士間の交渉を行っても、一定の保障さえあれば、今はこれだけ雇用が流動化していますので、早く次の仕事を見つけたほうがいいと思う労働者の方が多いと、実感として見受けられるからです。

4.応訴義務について

【質問者D】  配布資料「平成14年度個別労働紛争解決制度施行状況」新しいウィンドウによれば、の斡旋申請の受理件数が3,036件ですが、この内訳を見ると、紛争当事者の一方が手続に参加しない等の理由により斡旋を打ち切ったものが1,388件と、48.2%になっています。斡旋という応訴義務がなく法的拘束力のない手続ですと、結局、経営者のほうが強いですから、斡旋手続などに出てこないというケースが非常に多いのではないかと思うのですが、この1,388件の内訳をどのようにご覧になりますか。

それから、今般の労働審判制では、訴えられた側の応訴義務はどのように捉えたら良いのでしょうか。

【岩村】  最初のご質問については、私のほうで少しお答えして、もし補足があれば、ほかのパネルの皆様にお願いしたいと思います。この個別労働紛争関係解決制度のそもそもの発想というのは、実は、労働審判に少し似ているところがあり、できるだけ早期に解決をするということが予定されております。したがって、実際に聞きますと、やはりニ、三回の期日で、相手方が出てきた場合でも、見込みがないとそこで打ち切っているケースも結構あるようです。もちろん相手方が出てこなければ、それでは仕方がありませんので、打ち切りの中には、そうした幾つかの種類のものが含まれているとお考えいただくとよろしいのかと思います。残念ながら、それ以上詳しい内訳は、資料として私どものほうでは持ち合わせておりません。

それから、労働審判制度の応訴義務についてですが、これは山川先生から答えていただいたほうがよろしいと思います。

【山川】  当事者の同意がない限り手続を始めることができないとするかどうかは、かなり議論のあったところですが、最終的には、相手方の意向にかかわらず手続を開始することになり、それを担保するために呼び出しを受けて出頭しない当事者に対しては、過料の制裁を科するものとするということになっております。民事調停でも同じような枠組みがありますが、特に、労働審判制度は、訴訟移行ということもありますから、出てきていただけるのではないかと期待もしております。

5.書記官の役割、そして労働法学習の必要性について

【質問者E】  労働審判制度を支えていくには、書記官の役割が非常に大きいと思います。そのため、労使関係についての再教育と言っては語弊があるかもしれませんが、その辺りについて、労働検討会の中で議論されたのでしょうか。

それから、弁護士のお二方にもお伺いします。法科大学院制度は走り出しましたが、話に聞きますと、大学で労働法を選択する学生が非常に少なくなっているということです。この審判制度も走り出すことから考えると、やはり司法試験にも労働法を必修にするような制度をつくれないものでしょうか。この制度の今後の運用の問題として大事ではないかと思うのですが、弁護士会の中でその辺りの議論があったかどうかお聞きしたい。

【山川】  書記官の役割の話について一言だけ申しますと、特に事前準備の段階では、やはり書記官の役割が大きくなるでしょうから、書記官のトレーニングの必要性は、さきほどのフォーマットの話も含めて、認識されているのではないかと思います。

【木下】  日弁連には法務研究財団というものがあり、専門研修を随分熱心に行っております。シリーズでやっており、その中には労働法を専門とする弁護士を育成するための研修があるのですが、ものすごい数の受講生が来ております。本日、この会場に集まっていらっしゃるくらいの人数が集まり、研修を受けています。

ということで、労働事件に対する意識は大分高まっては来ていると思うのですが、それでは、学生までどうかというと、おそらく学生はあまり労働事件は好きではないと思います。労働法が司法試験科目から外されて久しいですし、司法試験科目であった時も労働法を選択して受ける人はあまり多くなかったように思います ~ 労働法の教科書は厚いですし、判例は多いですし ~ 。やはり今の学生は、試験に早く、手軽に受かることに注力して、基本書を読まずに予備校のつくったマニュアル書を読んで司法試験を受けるということが問題になったぐらいですから、特に労働事件のような、人にかかわる泥臭いところのある事件を、今の若い人にやってもらうのは大変だなと、実は思っております。

しかし、私ども経営法曹会議は、企業法務としての労働法という面を打ち出しました。企業法務というのは、商法と契約だけではなく、人を使う、あるいは、どのような制度で人を処遇するかということも重要な企業法務だということで、今、仲間づくりをしておりますので、皆さん方にもご協力のほどをお願いしたいと思います。

【水口】  労働側から一言申し上げます。おっしゃるとおり、労働法を司法試験の必修科目にできるかどうかは別として、やはり重要な法分野ですから、学部でもロースクールでも労働法を教えていくべきだと思います。ただ、私の時代は人権を守るための労働法だったのですが、最近は、ビジネス法分野とか企業法務と言われて、何となく労働側の弁護士としては寂しいと感じております。

日本労働弁護団でも、修習生を対象に実践的労働法講座を開設しておりますが、いわゆる労働側の労働弁護士は最近少なくなっており、他方、これから企業法務に就職が決まっている修習生は沢山来ます。その講座はニ日に分かれており、一日目はアジテーションのような講座を設け、これでは嫌だという人に一日目で退散していただき、その後に労働側の秘術を教えるというニ日コースをつくっています ~ これは余談ですが ~ 。

【岩村】  ありがとうございます。それでは、山川先生、大学の立場から何かありますか。

【山川】  もちろん、労働法を司法試験科目として復活していただきたいと思います。現在、司法研修所では、労働法を選択科目から除いたことへの対応として、この数年ほど、選択必修のような形で研修を行っております。行政法とどちらかを選択できるような形になっていて、行政法より労働法の方が若干受講者が多かったように記憶しております。本来は選択でなく両方とも受けていただきたいと思いますが、最近の世情やニュース等の影響もあろうかと思いますが、労働法に対する関心は、前に比べると若干高まっているという感じもしないではありません。

【岩村】  法科大学院の話題になりましたが、新司法試験の科目、とくに選択科目を決める段階にありまして、各法科大学院に対して科目のアンケートを回し、その集計結果が新司法試験の科目を検討している委員会(注:司法制度改革推進本部 法曹養成検討会)のホームページ(法科大学院における科目の開設予定状況の調査結果について(PDF:51KB)新しいウィンドウ)に出ております。労働法は、大多数の法科大学院で科目として入っているとのことで、私どもとしては、新司法試験の選択科目の中には労働法が入ってほしいと期待をしているところです。

ほぼ時間が参りました。今日は、お忙しいなか、これだけ大勢の方にご参加をいただき、個別労働紛争というものに対する皆様の関心が非常に高いということを発見しまして、私も非常にうれしく思っております。山川先生、木下先生、水口先生には、長時間にわたり、基調報告、コメント、さらにはパネルディスカッションで、非常に意義深い、実りある議論をしていただいたと思います。心から感謝をしたいと思います。これで本日のフォーラムを終わらせていただきます。

(文責:事務局)

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