パネラーからのコメント
個別労働紛争の解決制度を考える—労働審判制度をめぐる検討会報告を踏まえて—

開催日:平成16年1月14日

※無断転載を禁止します(文責:事務局)

配布資料

【岩村】  山川先生、どうもありがとうございました。労働審判制度も含めて労使紛争解決制度の最近の動き、そして課題等について非常に明確にお話しいただいたと思います。

それでは、今の山川先生の基調報告を受けまして、今度は労働側、ついで使用者側の弁護士の先生からコメントをいただきたいと思います。まず、労働側の水口先生からお願いします。

判定的機能を高く評価できる

【水口】  日本労働弁護団に所属しております水口と申します。日本労働弁護団というのは、ご承知の方もいらっしゃるかと思いますが、旧称・総評弁護団と言っておりました。昔のナショナルセンターの総評の冠をしたということで、過去においては労働組合から相談を受けたいわゆる集団的労使関係事件、あるいは、例えば配転事件や解雇事件という個別労働関係の様相を呈しているものの、その背景には集団的な問題があるという事件を多数担当してきました。私自身も、そのような事件を今でも多く担当しております。

1993年に労働弁護団は雇用調整ホットラインという電話相談を始めましたが、相談が殺到しました。そのときの相談の特色は、いわゆる不安定雇用のパートの方々の相談が多いと思っていたのですが、一部上場の大企業の管理職やホワイトカラーの方 ~ もちろん非組合員の方が多かったのですが ~ からの相談も非常に多く寄せられました。労働組合が組織されている企業では、少なくとも労働法の最低の常識は守られているのですが、電話相談からは、それさえ守られていない実態がたくさんあるのだということを思い知らされたのです。労働弁護団はその時、一つのキーワードとして、市民的労働訴訟を起こそうということを訴えました。

電話で相談された方に、旧来型に、労働組合を組織して、あるいは労働組合に参加して争っていこうと言っても、時代の状況やご本人の意識も含めて難しい場合があります。しかし、このままで泣き寝入りはしたくないという気持ちが非常に強い方に対して、労働組合と一緒に闘わなければ異議申し立てができませんと、弁護士がいわば異議申し立ての芽を摘んでしまって良いものだろうか、むしろもっと気軽に異議申し立てを、権利を主張できるようなシステムをつくらなければいけないのではないか、このような観点から、敢えて市民的労働訴訟というものを提起したのです。このような提起をした背景には、単なる相談活動の中での主観的な思いだけではなく、山川先生からお話があったような労働紛争の状況が変化しているということ、時代の構造的な変化の表れがあったと思います。

労働者・労働組合の権利を戦略的に高めようとする大衆的裁判闘争・大衆的労働裁判には、非常に困難が伴うわけですが、そういう事件と、例えば解雇予告手当ももらえず泣き寝入りせざるを得ない、または賃金を減額されても何処もなかなか対応してくれないという市民的・個別的労働紛争があります。語弊があるかもしれませんが、重い事件と軽い事件という言い方をしますと、そのような軽い事件が大量に存在するということに、労働弁護団では重要な問題意識を持つようになりました。

そのような個別的労働紛争をいかに簡易・迅速に解決するのかという観点から、今回提案されている労働審判手続は、私自身としては高く評価しております。もちろん、具体的な法案が出てどのようなものになるのかについては今後のことですが、それを前提にしても、私たちとしては高く評価できると思っております。

先ほど山川先生から四点の特色をご説明いただきました。これは全く一致しているところですが、私どもが特に強調したい点は、労働審判制度は判定的な機能である、つまり権利義務関係を踏まえた判断をするという点です。行政における調整的な機能ではなく、判定的機能を大きな特徴にしている点が非常に重要なことだと思います。

それから、三回以内で簡易・迅速に解決するということも非常に重要です。画期的なのは、職業裁判官のような法律家だけではなく、労働側・使用者側の審判員が関与する点だと思います。労働側・使用者側の審判員は、ご指摘のとおり利益代表者として入るのではありません。私は1995年にドイツの労働裁判所を幾つか見学し、労働組合や経営者団体にも訪問しましたが、ドイツでは名誉職裁判官または非職業裁判官と呼ばれており、労働側・使用者側とも利益代表ではありません。労働側あるいは使用者側から見た実務の雇用関係の専門的知識や経験を提供し、より良いものにしていくのだと仰っていました。この労働審判の労使の審判員の役割も、まったく同じだろうと思っています。

私は司法制度改革に対する日弁連のバックアップのスタッフとして労働検討会にも出ておりました。労働側としては参審制を導入したかったのですが合意に至らず、調停と訴訟の中間的な制度をつくろうではないかということで、この労働審判ができたわけです。行政の個別労使紛争解決促進法のような調整型の制度とは異なる、司法における判定型の解決を目指すところに特色があるものと思います。労働審判制度は当事者が主体的に申し立てに参加する点に特徴がありますので、そのような手続きに十分対応できるよう労働側としても育てていきたいと思っています。

今まで労働側弁護士が主に担当してきた労働訴訟というものは、いわゆる先鋭的な重い事件を厳格な民事訴訟法手続の中で2~3年、腰を据えて裁判所で争うというものでした。乱暴に言ってしまうと、このようなものが今の裁判所の労働訴訟と言えます。そのような労働裁判が労働審判に移行するのではなく、裁判所に訴訟を起こすことができないような個別労働事件を労働審判が受け皿となり運用されなければならないと思っています。私ども労働側の弁護士としては、労働審判の法案を良いものにしつつ、実際の運用では直ちに4,000~5,000件程度、将来的には1万件を目指してレールを引いていけるよう、取り組んでいきたいと思っています。

【岩村】  ありがとうございました。労働側の実務経験と、これまでの労働検討会における傍聴などを踏まえた非常に明快なご意見だったと思います。続きまして、使用者側の弁護士として活躍してこられました木下先生からコメントをいただきたいと思います。

紛争解決ツールとして時宜に叶った制度だ

【木下】  弁護士の木下でございます。私は使用者側の弁護士の団体である経営法曹会議に参加しております。経営法曹会議は、2000年に創立30周年を迎えました。ちょうど労働紛争が総労働・総資本の対決と言われた時代、労働組合側は各組合とその上部団体あるいはナショナルセンター、経営側は各企業、業界団体、そして既に合併されてしまいましたが「財界労務部」と言われた日経連のような労使が、ともに団体性を持って、それぞれの主張を闘わせた時代に、労働委員会の命令傾向と労働裁判における裁判官の判決傾向に対し、使用者側も法律の専門家の知識と経験を統合してこれに打って出ていかなければいけない、むしろ使用者側が労働裁判などで闘う姿勢を示すために、それを援助する弁護士の団体をつくらなければいけないという、今から言いますと、大変に勇ましい思いでつくられた団体でございます。しかしながら、このような労働紛争、つまり集団的労働紛争の時代は徐々に終わりを告げ、全く様相を変えてまいりました。

経営法曹会議では、現在、労働事件は既に個別労使紛争の時代であるということを十分に認識した対応をとっております。それは、最近の経営法曹会議の組織状況にも表れております。従来ですと、伝統的な労働事件を手がけている事務所の弁護士というのが世代をまたいで、世代交代的に加入してくることが多かったのですが、最近では、例えば大きな渉外事務所、あるいは労使関係には縁のない商事関係や倒産関係の事件を取り扱っている弁護士事務所から、若手の弁護士が勉強のために加入してくるということも増えてまいりました。労働事件の個別化と個別労使紛争の増加により、今まで労働組合紛争の経験を持っていない企業にとっても、重要な時代になってきたわけです。

個別労使紛争の解決手段を考えていかなければいけないという認識のもと、経営法曹会議は、早い段階で、労働調停や労働仲裁制度を日本にも取り入れるべきではないかという意見書をまとめて、当時の日経連に提出したことがございます。

今回の司法制度改革の中で労働問題が取り上げられることに当たり、私どもは、労働調停制度については賛成、むしろ促進、ただし、労働裁判の参審制については反対という意見を出しました。これは矛盾していると思われるかもしれませんが、私どもは、解決機能のツールを増やすという意味での労働調停は大いに取り上げられるべきで望ましいと思っておりますが、裁判で、それも企業にとって命運を決することになるかもしれない基本的事項である人事労務問題に関する裁判を参審制という形で動かすことについては、まだ理解を得られるものではないということで、参審制は反対という意見を述べたわけです。先ほど労働審判制度について山川先生からもご紹介がありましたが、労働調停をビルトインした判定的な機能がある制度という、その中間的な新しい制度ができたこと対しては、私どもが考えている労働紛争の解決ツールを増やしていくということに大変叶っております。また、審判の問題についても、審判について当事者双方に不服があれば、従来型の民事訴訟に移行するということですから、最初のストップとして労働審判制度を使うということは増えてくるのではないかと思います。

ただし労働事件の特徴として、使用者側がツールを選んで提案することは、まずありません。むしろ、労働側の方がどの制度をお使いになるかによって、私どもはそこへ呼ばれて出ていくという立場になります。ですから、どの制度で訴え、あるいは紛争が起きたとしても、それに十分対応できる、対応するに値する制度になっていくということが使用者側としての望みになります。

このところ、個別労働紛争は大変増えていますが、企業は今、正社員以外のパート、派遣、あるいは今まで非労働者と思っていたような、いわゆる業務委託のタイプの方まで含め、多様なタイプの労働力を欲しておりますし、それらを活用していこうとしております。そのような中で紛争が減ることはないと思っておりますので、いろいろなツールが増えることを評価しながら、その対応能力を経営側の弁護士としても高めていく、あるいは弁護士が直接関与しない場合でも、使用者側の人事労務担当者の方々の対応能力をバックアップして紛争解決に向けていきたい、そのようなきっかけとして今回の新しい制度提案を受けていきたいと思っております。

【岩村】  ありがとうございました。経営法曹の立場からの今回の制度の改革についての意見と期待、あるいは希望というものをお話しいただきました。

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