事例報告 仕事と介護の両立支援

講演者
宮坂 知子
大成建設株式会社 管理本部 人事部 人材いきいき推進室 課長代理
フォーラム名
第109回労働政策フォーラム「仕事と介護の両立支援」(2020年9月2日)

当社は、建設に関わる総合プロデューサーとして、建築、土木、設計施工を主力とした総合建設業を営んでいます。最近では皆さんがよく知っている新国立競技場を手掛けるなど、まさに「地図に残る仕事」をしています。2020年3月期の売上は1兆7,000億円で、従業員数は約8,500人です。年齢構成は急速に変化しており、5年前と比較すると、40代から50代にボリュームゾーンが移行して、現在は50代が最も多くなっています。今後、ますます介護を必要とする家族を持つ世代が多くなり、両立支援が重要となってくると考えています。

そんな当社の両立支援は、「情報提供」「社員からのヒアリングを基にした制度の拡充」「介護サポートプログラム」の3本柱としています。この三つのサイクルが滞りなく回ることで、介護を理由とした離職がなくなると考えています。

社員が関心を持つような機会・ツールを提供

まずは、「情報提供」についてです。介護は情報戦とも言われますが、将来起こる身近な人の介護については、そうなって欲しくないという思いから具体的に考えられなかったり、自分ごととして捉えるきっかけを得られず事前の準備が進まなかったりします。しかし、介護は初動が大切です。いざという時に、何から手をつけたら良いか分からない社員は数多くいます。

当社では、社員に介護についてより興味を持ってもらえるように、セミナーや相談会など、様々な機会・ツールを用意しています。例えば、介護セミナーに関しては、通常の集合型に加えて、VR(バーチャルリアリティー)を利用したものや、工事現場で作業員の方を交えて行うもの、家族と参加できるものなどを実施しています。こうした様々な働きかけにより、セミナーの出席者の累計は2,000人を超えました。

また、介護相談会も2カ月に1回開催しており、通常の対面型に加え、オンライン相談、電話相談なども実施しています。社員に配付する相談会周知用のリーフレットには、名刺サイズのカードを同封しており、社員証と合わせて保管することで、いつでも確認することができます。

他にも、介護保険被保険者となる40歳の社員に毎年配付する「介護のしおり」や、全社員を対象としたeラーニングでの情報提供も実施しています。「介護のしおり」には、当社の制度内容・利用例以外にも、4段階(準備期、初動期、調整期、両立期)に分け、介護保険制度の仕組みや、介護施設・窓口の種類など広範囲にわたる情報を掲載しています。

介護支援制度に対する抵抗をなくし利用者増加へ

次に、「社員からのヒアリングを基にした制度の拡充」についてお話しします。シート1は、左のグラフに介護休暇の取得者数と取得日数の男女別推移、右のグラフに、そのうちの時間休暇、半日休暇、全日休暇の取得割合を示しています。当社では2010年度に介護支援の取り組みを本格的にスタートさせ、2014年度と2017年度に制度を大きく改定していますが、左のグラフを見ると、改定後の介護休暇の取得者数は年々増加しています。また右のグラフを見ると、そのうちの時間休暇の取得が増加していることが分かります。これは、社員の声を吸い上げてより利用しやすい制度へ改定したことや、当社のなかで60歳以上の社員を含めた介護世代が増加していることが要因であると推測しています。取得者が増加し、介護支援制度を利用することへの抵抗感が減ることで、利用者増加につながるサイクルが生まれると考えています。

シート1 両立支援の3本柱(②制度改定~介護制度利用者推移)

介護休暇取得者数と平均取得日数(男女別)グラフ
介護休暇取得種別人数グラフ

参照:配布資料8ページ(PDF:2.04MB)

2度の制度改定でより利便性を高める

シート2では、2014年度と2017年度の制度拡充内容についてまとめています。

まず、当社の介護休暇で特徴的なことは、2017年から時間単位での取得を認めており、自由に中抜けをすることが可能である点です。実際の利用実態では朝のデイケアの見送りや病院に付き添うための早退など、始業・終業とつなげて取得する社員が圧倒的に多いですが、職場に近い病院に家族がいる社員にとっては、中抜けして付き添いやケアマネージャーとの打ち合わせを行ううえで利便性の高い休暇制度となっています。

介護休業、短時間勤務に関しては、2014年度時点で要介護者1人につき180日まで取得可能で、介護休業は分割・半日単位での取得も認めています。他にも介護を理由とした退職者の再雇用制度や勤務地変更制度や、介護に限らず全ての社員が利用可能な時差出勤制度を活用している社員もいます。

2017年度時点では、介護休暇は要介護者1人につき10日、2人以上で15日に変更し、介護休業は要介護者1人につき法定を上回る180日を、分割上限なく取得することを可能にしました。また、消滅する年次有給休暇を積み立てて使用するリバイバル休暇は、2020年4月より再雇用社員も取得できるようにしました。介護休業や短時間勤務の利用者はあまり多くありませんが、休暇を消化し切ってしまった社員のセーフティーネットにもなっており、介護離職の防止に寄与していると感じています。

遠距離介護ならではの利用方法も

実際に、どのように社員が制度を利用しているのか、事例を紹介します(シート3)。

シート3 制度の拡充-制度利用の実例

40代男性ケース(遠距離介護・実母・要介護1)

参照:配布資料10ページ(PDF:2.04MB)

ある40代の男性社員で、要介護1の実母を遠距離介護しているケースがありました。遠距離介護の場合、まとまった休暇を取る方が効率良く介護をこなせるため、この社員は木曜日、金曜日に介護休暇やリバイバル休暇を取得し、水曜日の退社後に実家に戻るという方法を取っていました。

当社は、全国各地、工事現場のあるところが仕事場になるため、ダムを造る山の中や橋を架ける海沿いなど、実家に住む要介護者と社員の居住地が遠距離になるケースが多く、休暇を土日と絡めて取得する社員も多いです。介護の程度にもよりますが、会社としては、社員が介護に専念するのではなく、社員が全て関わらなくても介護がスムーズに行えるように、ケアマネージャーと調整し、両立できるように支援しています。

社員一人ひとりに合わせた介護サポートプログラム

最後に、「介護サポートプログラム」についてお話しします。社員からは、情報不足のまま介護に突入してしまった結果、制度の利用方法や、他制度との組み合わせ方法が分からなかったという声をよく聞いていました。そこで当社では、社員一人ひとりの状態に合わせてきめ細かく支援し、安心して介護と仕事の両立に取り組んでもらうための介護サポートプログラムを導入しています。

面談は、複数回実施します。初回は社員とその直属上司、人事担当者の三者が集まり、初動体制を整えるための面談、次に業務内容や今後について話し合うための面談、必要に応じて介護開始から一定期間経過後に状況を確認する面談を実施しています。人事担当者は、社内制度等に関する情報提供、外部の相談窓口とのパイプ役、社員とその直属上司の間における橋渡しの三つの役割を担います。

また、いざ介護が必要になった社員は最初に上司に相談することが多いため、上司向けのダイバーシティマネジメント研修のなかで、仕事と介護を両立する社員のマネジメント方法や、当社の制度について周知をしています。人事担当者に対しては、介護離職防止アドバイザー研修を行っています。

他にも、介護に初めて直面した社員がケアマネージャーに自社制度や自分自身の状況、介護に対する考え方を正確に伝えることをサポートするため、相談時に活用できる専用シートを作成し、必要な社員に配付しています(シート4)。この専用シートに自分の働き方、健康状態、家族構成などの生活状況を記載し、ケアマネージャーに持参するだけで、必要な情報を的確に伝えることができる仕様になっています。

シート4 ケアマネージャーさまにお伝えしたいこと

わたしのこと(働き方や生活状況)、わたしの介護に対する考え方を書き込めるようになっている

参照:配布資料12ページ(PDF:2.04MB)

コロナ禍で仕事と介護の両立にも変化が

これまでの取り組み以外にも、新型コロナウイルスの影響を受け、テレワークの拡充や、セミナー・研修のオンライン化など、当社の働き方は変化しています。

テレワークは、2019年度に実施した社員アンケートで、働く場所と時間をより柔軟にして欲しいという声が多数上がっていたことも踏まえて、拡充しました。これにより、例えば月曜日から水曜日までは通常勤務を行い、水曜日の終業後に要介護者の自宅へ移動し、木曜日、金曜日はそこからテレワークで働くといった方法が可能となりました。この場合、土曜日、日曜日にも引き続き介護ができるようになるため、建設業に多い遠距離介護に対応できる制度になっています。

セミナー・研修はオンラインで開催したところ、日本全国や海外からの受講が可能になり、通常に比べ参加者が大きく増加しました。また、自宅からの参加が可能になったことで、ゴールデンウィークやお盆などの長期休暇に家族と一緒に視聴し、家族で介護を考える機会にもなりました。

より介護に関心を持ってもらいサポートできる取り組みを

まだ介護に直面していない社員と、介護中の社員のそれぞれに対するアクションは変わってくると思います。

まだ直面していない社員に対しては、介護の初動体制に気づいてもらうための情報提供と、介護に対する理解を深め、「お互いさま」と感じる風土をつくっていくことが重要です。介護という言葉に何回も触れてもらえるよう、情報の伝達方法や回数を充実させていきたいと考えています。

一方、介護中の社員に対するアクションは、介護の負担を軽くして、いかに仕事と両立できる状態にするかが問題なので、相談窓口や相談会の整備、介護サポートプログラムなど、支援体制と種類を充実させていくことが必要です。この両方に対する施策を打つことで、両立できる組織はつくられていくと思います。

介護は子育てとは違い、いつまで続くか分からず、しかも突然やってきます。社員が人事部に相談に来る時には既に有給休暇を使い果たしてしまいそうな状態で、このまま仕事を続けていけるかなど、急を要する相談が多いのが現状です。まだまだ自分事として捉えていない社員が数多くいるため、そうした社員にいかに興味を持ってもらえるかということが1番の課題だと思います。1人でも多くの社員がいきいきと働くことができる環境を実現するために、当社は今後も継続して、3本柱で紹介した情報提供、制度の拡充、介護サポートプログラムに関する取り組みを実施し、介護離職ゼロを目指してまいります。

プロフィール

宮坂 知子(みやさか・ともこ)

大成建設株式会社 管理本部 人事部 人材いきいき推進室 課長代理

2008年大成建設入社後、横浜支店、東京支店で現場管理(担当:人事・総務・経理等)を経験し、2016年より現任部署において介護との両立支援や女性活躍推進業務を担当。実務担当者としてセミナーや研修の企画立案や運営を行っている。

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