事例報告 ANAにおける「仕事と介護の両立支援」の取り組み

講演者
宇佐美 香苗
全日本空輸株式会社 D&I推進部 部長
フォーラム名
第109回労働政策フォーラム「仕事と介護の両立支援」(2020年9月2日)

ANAグループは、ホールディング体制を取っており、ANA、ANA WINGS、AIR JAPAN、PEACHといった航空運送事業のほかに、航空機の整備やセールス&マーケティング、コンタクトセンター、ケータリングといった事業を展開しています。連結従業員数は約4万5,000人。職種別の採用を導入しており(シート1)、総合職採用のグローバルスタッフ職(事務、技術)、一般職採用のエキスパートスタッフ職、そして、全体の半数を占める客室乗務職と、運航乗務職の五つに分かれています。飛行機を飛ばすためのオペレーションに関わる社員が非常に多く、約8割がシフト勤務という点が特徴です。

航空機の利用者数は、国内線で1日に約12万人、国際線で1日に約2万7,000人となっています。機材数は、2020年3月時点で307機の飛行機がありますが、現在は新型コロナウイルスの影響を受けまして、大幅な運休・減便が発生しています。今回は、航空運送事業のANAに焦点を当てて、当社の仕事と介護の両立支援の取り組みを紹介します。

シート1 ANAの従業員数

ANAの従業員数(職種別円グラフ)

参照:配布資料3ページ(PDF:3.18MB)

ダイバーシティ&インクルージョン宣言に基づいた両立支援フェーズを確立

2015年、ANAグループはダイバーシティ&インクルージョン宣言を発信しました。社員の多様性を大切にすること、社員の強みを最大限生かす職場づくりに取り組むこと、そして、誰もが生き生きとやりがいを持って働くことを目指しています。

この宣言に基づいて、仕事と介護の両立支援も推進しています。体制はシート2の通りです。「1.状況把握をする」と「2.学ぶ・理解する」までが介護に備えるフェーズ、「3.相談する」、「4.両立支援制度を使う」が実際に介護を開始して仕事と両立していくフェーズと考えています。

シート2 仕事×介護両立支援に向けた体制

仕事×介護両立支援に向けた体制 介護について話しやすい雰囲気・お互い様の意識

参照:配布資料5ページ(PDF:3.18MB)

介護事情のある割合が10%超に増加

まず、「1.状況把握をする」としての取り組みの一つが、自己申告面談です。年に1度、社員自身の状況について指定のフォーマットに回答してもらっているのですが、そのなかに、現在介護をしている状態か、その介護が在宅介護なのか、施設介護なのかを聞く設問があります。

「介護をする事情がある」割合は年々増加しており、2015年度は6.7%でしたが、2019年度には10.5%まで上昇しました。年代別に見ると、20歳~44歳までの回答者では「介護をする事情がある」割合は10%に満たない結果でしたが、45歳~70歳の回答者では10%を超える結果となりました。

WEBアンケートで社員の状況を把握

また、無記名かつ任意回答方式のWEB介護アンケートも実施しており、自己申告面談では答えづらい具体的な内容についても聞いています。この結果からは、様々な社員の状況を確認することができました。

まず、介護における悩みについて、男女別の違いを見たのが、シート3です。上位5項目に関しては、性別による大きな差はありませんが、6位以下について見ると、男性では「周囲に相談できる人がいない」が上位に、女性では「上司や職場の理解不足」、「(両親の)ダブル介護やダブルケア(育児)への不安」が上位に挙がっていることが分かりました。

シート3 WEB介護アンケート〜介護に関わる現状について無記名、任意でのWEBアンケート〜

介護における悩みを男女別に表で紹介

参照:配布資料7ページ(PDF:3.18MB)

シート4では、仕事と介護の両立に悩んだ理由について聞いています。介護経験者の2人に1人が「悩んだことがある」と回答しており、特に「遠距離介護との両立が難しい」と感じている社員が多くいました。

シート4 介護と仕事の両⽴を妨げる要因

仕事と介護の両立に悩んだ理由を棒グラフで紹介

参照:配布資料8ページ(PDF:3.18MB)

社内制度の利用状況について、シート5を見ると、利用者の割合は介護経験者の2割以下にとどまっており、その理由として、「制度があるのを知らなかった」と回答した社員が30%以上を占めていることが明らかになりました。

シート5 社内制度の利用状況

制度を知らなかった理由を円グラフで紹介(社内制度を知らなかった社員が3割以上を占めている)

参照:配布資料9ページ(PDF:3.18MB)

介護離職を防ぐための社内制度の改善についても聞いたところ、介護休暇や特別休日の期間・日数面での長期化を求める意見がある一方で、短く、複数回休める介護日を増やしてほしいといったニーズが高いことも分かりました。

全体の傾向をまとめると、介護への知識面では、制度や相談窓口の存在を知らず、社内情報にたどり着いていない社員や、介護に関する知識がなく潜在的な不安が強い社員が多くいました。相談体制面では、介護事情を周囲や会社に伝えにくい雰囲気があることや、シフト勤務者が日勤者よりも上司と関わる時間が少ないために相談しづらいと感じていることが分かりました。そして、制度や環境面では、遠距離介護と仕事の両立に悩む意見が多くありました。なかには、自分自身の介護についても考えている社員もおり、介護について学ぶ・理解することがとても大事だということを改めて実感しました。

セミナーやハンドブックを通して両立支援を学ぶ

自己申告面談やアンケートの結果を元に、「2.学ぶ・理解する」の取り組みとして、2010年から介護セミナー・相談会を開始しました。家族も併せての参加を推奨しており、平日のランチタイムや夕方、家族全員が揃いやすい土日祝日など、時間帯に合わせて、短時間から少し長めのセミナーまで実施しています。昨年度は、地方開催も含めて7回行いました。今年度は、新型コロナウイルスの影響を受け、集合型での研修は難しいため、オンラインでの実施に変更しており、個別相談会も同様の方法で実施しています。6月開催回では、時間と場所に制限がなくなったことから、80人以上に参加してもらうことができました。

また、社員向けの冊子として、介護に関する事前準備や進め方、介護に直面した際のチェックリストなどを掲載した『仕事×介護両立支援ハンドブック』も作成しています。こちらは2019年にリニューアルをしているのですが、特徴的なのは、仕事と介護の両立に向けた1週間のスケジュールと費用について掲載している点です。当社はシフト勤務が非常に多いため、例えば、シート6シート7のような場合に、どのような両立スケジュールが考えられるか、費用はどの程度かかるかということが一目で分かるようにしています。夜勤明けの日にデイサービスを利用して休息時間を確保することや、夜勤や宿泊を伴う勤務が続く場合にショートステイを利用することなど、当社ならではの勤務体制に沿った内容にしています。社内のイントラネットでも掲載し、介護セミナー、相談窓口などの情報と併せて、いつでも見られるようになっています。

シート6 両立事例~1週間のスケジュールと費用(シフト勤務)

要介護2・同居の例(早番・遅番含むシフト勤務)

参照:配布資料15ページ(PDF:3.18MB)

シート7 両立事例~1週間のスケジュールと費用(シフト勤務-夜勤)

要介護2・同居の例(夜勤含むシフト勤務)

参照:配布資料16ページ(PDF:3.18MB)

研修プログラムで管理職が部下や同僚の介護を考える機会を提供

研修面でも、仕事と介護の両立について考えるコンテンツを取り入れています。今年度からは新たな試みとして、eラーニングでの研修プログラムを導入し、新任の管理職の研修への必須コンテンツとしました。いつでも、誰でも、リマインドを込めて学ぶことができるように、基礎編と管理職編の二つを用意しており、基礎編は13分、管理職編は8分と、非常に短い時間で介護全般を学ぶことができます。

また、51歳になった全社員が受講する、これまでのキャリアの棚卸しと今後の活躍について学ぶライフキャリア研修でも、仕事と介護の両立を学ぶコンテンツを入れております。自身が介護に直面する年代であることと、管理職であるマネジメント層が同僚や部下の介護について考える機会をつくるために実施しており、受講者にも好評で、アンケートでは90%以上が有意義だったと回答しています。

気軽に相談しやすい環境づくり

「3.相談する」の取り組みとしては、まず、職場内のコミュニケーションを高めるため、上司へ相談できる風土づくりや、1on1ミーティングの実施などを強化しています。コロナ禍ではテレワークが増えたため、毎日、朝礼と夕礼で全員がリモートで顔を合わせて、業務以外の小さなことでも共有できるような環境を心がけました。

また、ANAグループ全体を対象とした相談窓口「グループキャリア支援室」を設けており、国家資格を持つ社内のキャリアコンサルタントとの面談等を通じて、相談対応を行っています。こちらに来た事例を紹介すると、ある30代の男性職員から、地方に住む要介護1の父親について相談がありました。この職員は管理職になったばかりでしたが、父親と同居し介護を担当する母親の負担が大きくなっていることから、一度退職して、実家に戻って母親の手伝いをした方が良いか悩んでいました。当初は仕事と介護のジレンマによる苦しみを話していましたが、面談を進めながら、地域包括支援センターや会社の介護制度の利用について理解してもらったところ、気持ちの整理がつき、前向きな発言ができるようになりました。

なお、相談窓口は社外にも設けており、社内で相談しにくいことを話すこともできるようにしています。

介護関連制度や費用補助を整備

最後の「4.両立支援制度を使う」では、制度面について具体的にお話しします。

当社では、法定介護休業(93日)に続けて通算で1年間、無給の介護休職を取得することが可能です。また、失効する有給休暇について年7日を限度に、最大120日間積み立てて、介護事由で使用する「特別繰り越し休暇」制度も導入しています。他にも、介護短時間勤務、介護短日数といった制度や、介護事由とは関係なく利用できるテレワークやフレックス制度を活用することができます。全体では、1年間に約20人の社員が介護休業を利用しており、それ以外の社員は介護短時間勤務制度や介護短日数制度を利用することが多いです。

また、主な費用補助としては、介護サービスや介護用品の購入・レンタル等に対して、健康保険組合や共済会から補助を受けることができます。

正しい知識の理解と多様性を大切にする職場へ

当社が仕事と介護の両立支援について、大切にしたいことは二つあります。一つ目は、社員に正しい知識を持ってもらうことです。地域包括支援センターの存在や介護保険制度について、そして相談窓口が社内にも社外にもあることをきちんと知識として理解していて欲しいと思います。介護保険は健康保険と大きく違い、持っているだけでは使うことができません。市区町村の介護保険課の窓口で介護保険の申請をする必要があることもしっかりと伝えていきたいです。

二つ目は、ダイバーシティ&インクルージョンの推進です。社員の数だけ多様性があり、働き方があります。いかに受容するかが非常に重要だと感じており、介護の面で言えば、介護について話しやすい雰囲気、お互いさまの意識がある職場であることが大切です。そういった風土醸成を行う取り組みの一つとして、当社はイクボスの推進にも力を入れています。部下の仕事とプライベートの両立をサポートし、自分自身も両立して活躍する上司を増やすため、『ANAイクボス&イクメンHAND BOOK』の配付や、イクボス宣言の発信を通して、サポートを促しています。

大切な家族と社員自身の人生のために、やむなく介護を理由に仕事を辞めることがないよう、今後も環境整備、風土醸成を進めていきたいと思います。

プロフィール

宇佐美 香苗(うさみ・かなえ)

全日本空輸株式会社 D&I推進部 部長

1992年全日本空輸株式会社入社。東京空港支店客室部配属。1999年本社部門で業務プロセス改革、2007年客室部門でANAグループ客室乗務員の教育訓練、マニュアル作成を担当。2011年iPadプロジェクトをスタートさせ、翌年2012年に世界初となるANAグループ全客室乗務員(約6000名)にiPadを配布。マニュアルの電子化による業務効率化、スマートワーク、お客様へのサービス品質向上を推進。2013年オペレーションサポート部門で安全・保安業務を担当し、2015年4月より人財戦略室 人事部 ダイバーシティ&インクルージョン推進室長を経て、2020年よりD&I推進部長として現在に至る。

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