研究報告1 高学歴女性の人材浪費のメカニズムと生涯学習の重要性

本日は、日本女子大学現代女性キャリア研究所が2011年に実施した調査結果を踏まえ、3点に絞ってお話したいと思います。

1点目は、日本の高学歴女性が活躍していないのは何故か。私は1975年から87年までの12年間、アメリカで研究生活を送ってきました。その間、最も大きく変化したのが高学歴女性です。女性が自ら大学あるいは大学院に進学し、資格を取ることで社会進出をし、キャリアを築いていきました。それが男女間の賃金格差を縮小させ、家庭内での男女の役割の変化を促し、パートナーシップを基礎とした新しい家族を誕生させました。他方、日本の高学歴女性はまだまだ専業主婦願望が強いのではないか、といった声が多く聞かれます。それに対して、むしろ企業の人材育成に問題があり、それが女性の離職をもたらたしているという反論をしたいと思います。

2点目は、再就職をしている女性たちが直面する困難についてお話したいと思います。

3点目は、一度、労働市場から退出した高学歴女性が、セカンドチャンスを得るための機会をどう作っていけば良いのか、そのための生涯学習社会実現の重要性についてお話をしたいと思います。

育児より仕事やキャリアで辞める日本の高学歴女性

本題に入る前に、日本の高学歴女性を取り巻く現状を見ておきたいと思います。

女性の大学進学率は上昇しているのですが、最近のOECDの調査を見ても、大卒の就業率の男女差は諸外国と比較して大きくなっています。その理由として、日本では一般的に結婚や育児等で辞める女性が多いからだと言われてきました。しかし実は、仕事への不満やキャリアの行き詰まりで辞めている人の方が、結婚や育児等で辞めている人よりも多いのです。

日米で比較をすると、離職率は日本の女性のほうが高いですが、大卒女性が辞める理由は、結婚・出産・育児等の要因よりも、仕事上の理由でキャリアに行き詰まって辞めている人が多いのです。図1を見て下さい。大卒女性の離職の理由としては、仕事への不満で辞めている人は、日本では63%なのに対し、アメリカは26%です。一方、育児で辞めているのはアメリカでは74%もいますが、日本では32%です。

図1 大卒女性が仕事を辞める理由

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参照:配布資料5ページ(PDF:887KB)

二項対立ではない女性の働くパターン

当研究所では2011年11月に、「女性とキャリアに関する調査」を実施しました。調査は首都圏の短大・高専も含めた高学歴女性を対象に行い、5,155人から回答を得ています。

日本の女性政策は、女性が結婚・育児で仕事を辞めないですむ環境づくりを進めてきました。ですが、調査結果を見ると、初職を継続している女性は18.5%と2割にも満たないです。そして、33.1%が1年未満の離職期間を経て転職しています。

また、1年以上の離職期間を経て再就職をしている女性が20.0%、以前は仕事をしていたけれど、現在は働いていない女性が26.8%います(図2)。大卒女性の働き方を、初職を継続しているか専業主婦になっているかといった二項対立で捉えることはできないのです。

この働き方のパターンを年齢別に見たのが、図3です。継続型は年齢とともに減少し、35~39歳では約1割にまで減少しますが、転職型も合わせると45%程度が継続して仕事をしています。再就職型や離職型も含め、女性たちのライフコースは多様で、日本の女性は決して専業主婦志向が強いわけではないのです。

図2 大卒女性の働き方の5パターン

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参照:配布資料7ページ(PDF:887KB)

図3 高学歴女性の働き方の5パターン(全サンプル)

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参照:配布資料8ページ(PDF:887KB)

モチベーションの高い人ほど転職する

次に、初職を辞めた理由について出生年別に見ると、1997年までの、男性の雇用がある程度保障されていた時代に労働市場で働いていた女性は、結婚・出産理由の離職が多くなっていますが、それ以降になると、仕事が合わない、仕事に希望が持てないなど、仕事上の理由で辞める女性が増えています。

興味深いのは、高学歴女性の学卒時の就業意欲を見ると、離職して1年未満に別の会社に転職している女性のほうが、初職を継続している女性よりも就業意識の高い女性が多くなっていることです。多くの高学歴女性が、もっと自分の能力を活かせる仕事がしたい、キャリアの展望が見える仕事がしたいという理由で会社を辞めているのです。

統計的差別が残る日本企業

日本では、グループの平均で人を見る傾向があります。私も大学で、「今の学生さんってどうですか?」などと聞かれます。そういう会話のなかで「まだまだ専業主婦志向をもつ女性が多いです」と言われる先生も多いです。専業主婦を否定しているわけではありませんが、そういった女性たちも、授業の中でいろいろなロールモデルを示されているうちに考え方が変わることもありますし、個人差も大きくなっているので、一律に女性はこうだと決めつけることができなくなっているのです。一つ実例を挙げますと、「これからは女性がリーダーになる時代だ」という私の授業を受けて、総合職に採用され、仙台に赴任した学生がいます。先日、彼女から「統計的差別とは何か分かりました。同期入社した男性社員たちは、先輩からいろいろと仕事を教えてもらっています。でも、私には誰も仕事を教えてくれません」というメールをもらいました。

統計的差別というのは、従業員が離職すると、企業が訓練にかけたコストが回収されない。女性は将来、結婚や育児で離職する可能性が高いので、機会を与えることに躊躇するというものです。また、そういった離職率の男女差を考慮して職業訓練などに男女差を設けることは合理的だと考える理論です。調査の結果は、そうした差別が、多くの企業でまだまだ行われていることを示しています。

潜在能力を見抜き育てる機会を

女性の就労におけるM字カーブの解消に向けて、出産後も継続就業できる対策が必要だと言われ続け、実際に取り組みもされてきました。しかし、M字カーブ形成の原因は企業の統計的差別によるものであり、その根本的な解決を図るには、初期のキャリア形成において男女差をなくす必要があるのです。特に問題なのは、女性を一律に扱って差別してしまうと、それよりも能力のある女性が辞めてしまい、希少な人材を失ってしまうということです。先ほど述べた転職グループのなかには、能力の高い女性が多くいました。企業側も女性・男性という性別による括りではなく、個人の潜在能力を見抜き、やる気のある人たちに機会を与えて育てていくことが必要になっています。

処遇低下のケース多い高学歴女性の再就職

次に、高学歴女性が初職を辞めた後に、どういったところに再就職しているのかを見てみました。

初職では、約半数が大手もしくは中堅企業に就職しています。しかし、再就職後には中小企業で働く女性が増えています。1年以上の離職期間を経て再就職した高学歴女性の場合、38.6%の人が初職で1,001人以上の大企業に勤めていますが、現職では18.9%と半減します。

雇用形態の変化もあります。初職では77.0%が正社員なのに対し、再就職後では正社員は23.4%に過ぎず、54.7%がパート・アルバイトになっています。その結果、転職後に処遇が下がる場合が多くなっています。

有能な女性を中途採用で獲得する動きも

ただし、転職後に処遇が上がった人もいないわけではありません。例えば、給与などの職場の待遇が「良くなった+やや良くなった」人は、離職期間が1年未満と短い場合は約4割います。ただし、悪くなった人も3割います。

離職期間が短いと転職して待遇が良くなる可能性も出てくるということです。また、取得が難しい資格が必要な職業にターゲットを絞って転職活動をするような女性も増えています。日本の中で良い人材を中途採用で獲得するといった外部労働市場も、形成されつつあるのかもしれません。人口構造が変化していくなか、再就職市場も含めて有能な女性たちを採用して上手に人材を育成する時代になってきていると思うのです。

重要なキャリア教育のあり方

転職後、待遇が良くなった女性をもう少し詳しく見ていくと、学生時のキャリア意識として、「好きな仕事に就いて、その仕事を一生続けたい」という人が非常に多く、キャリア教育が重要なことが分かります。その際、どういったキャリア教育をするのかについては、私は「いい会社に入って、そこで辞めずに頑張れ」だけではなく、長い人生の中では、思いがけず退職しなくてはならないこともあるかもしれないけれど、そうしたなかでも自分がやりたい仕事やキャリアを形成するために、学生時代に何を考え、どう学ぶのかを自分なりに考えられるようなキャリア教育が必要になっていると考えています。

重要な生涯学習社会の実現

意欲の高い女性ほどやりがいのある仕事に出会えずに離職しているケースが多い――。これは最近、いろいろなところで聞く話です。非正規化が進んでいることも併せ、非正規から正規への転換、あるいは非正規であっても賃金が高くやりがいが感じられる仕事に就けるように、社会全体で考えていかなければいけないと思います。

私たちの大学では、長い間専業主婦だった女性が労働市場に戻ることを支援する「リカレント教育プログラム」を2007年からスタートさせました。今日は「学ぶ」ことの重要性が指摘されていますが、それと同時にインターンシップの重要性も指摘したいと思います。アメリカの会社では、離職期間の長くなった人たちを採用する際に、インターンシップから始めて、個々の実力を見極めてから採用に踏み切るケースも多いと聞いています。そうしたインターンシップが日本でも必要だと思います。

先ほどの飯吉先生の講演のなかで、「日本では社会人入学者が少ないのは、日本のシステムのなかではあまりメリットがなく、それが報われないからだ」といった話がありました。しかしこれからは、教育機関が核となって生涯学習社会を実現させることが、日本社会を活性化させていくという意味でも、女性人材の活用をさらに進めるという意味でも、非常に重要になっていると考えています。

プロフィール

大沢 真知子(おおさわ・まちこ)

日本女子大学教授・現代女性キャリア研究所長

日本女子大学人間社会学部現代社会学科教授。南イリノイ大学経済学部博士課程修了。Ph.D.(経済学)。コロンビア大学社会科学研究センター研究員、シカゴ大学ヒューレット・フェロー、ミシガン大学ディアボーン校助教授、亜細亜大学助教授を経て、現職。専門は労働経済学。最近の主な著書は『働き方の未来―非典型労働の日米欧比較』(編著、日本労働研究機構、2003年)『ワークライフバランス社会へ』(岩波書店、2006年)『ワークライフシナジー』(岩波書店、2008年)、『ワーキングプアの本質』(岩波書店、2010年)『妻が再就職するときーセカンドチャンス社会へ』(共著、NTT出版、2012年)『女性はなぜ活躍できないのか』(東洋経済新報社、2015年)『なぜ女性は仕事を辞めるのか』(共編著、青弓社、2015年)『女性にやさしいその先へ』(共著、朝日新聞出版社、2016年)。内閣府「仕事と生活の調和連携推進評価部会」委員。東京都女性活躍推進会議専門委員。

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