基調講演 グローバル化・人口減少・格差の広がる時代の仕事・くらし・学び

「生涯学習社会」というテーマで、いま何が問題になっているかと言うと、通信による大学の社会人入学者は、1998年の約5,000人をピークに減少し、増加する兆しが見えていない状態です。通信制大学の社会人入学者を含めても、社会人学生は2001年の1万8,000人をピークに減少に転じており、21世紀に入っても、日本では「生涯学習社会」が本格的に到来しているとは残念ながら言えない状況にあります。

生涯学習に関連して考えると、21世紀は、仕事の世界と家族の世界が大きく変容する時代だと捉えています。この変容に人々の生活が大きく突き動かされていきます。すでに労働力不足の時代に入っている現代では、全ての人が社会に参加してそれぞれのポジションや役割を得て活躍できるような社会を実現しなければなりません。

なぜ21世紀に「生涯学習社会」が期待されるのかということを考えるにあたり、過去を振り返りながら、工業化時代の日本社会の発展の背景や、その時代が終焉した現在、何が起こっているのかという視点から考えてみたいと思います。

日本の工業化時代の発展の背景

日本の工業化時代は、他の欧米諸国と比較すると、男性の労働力人口が極めて潤沢な時代でした。男性が活躍し、女性は裏で支えるという人口構造上の特徴を前提にした社会構造を作ったということができます。この他にも、工業化時代の発展の背景には、高い雇用率と低い失業率、会社による一家の生活保障(日本型企業福祉)、安定した家族、教育への高い期待と信頼というものが存在していました。「安定した家族」というのは、正社員の夫や父を大黒柱とする核家族で、長期にわたり安定した生活を送ることができると予想ができ、婚姻率が高く、離婚率が低かった時代でした。このような核家族の最大の目標は子どもの教育であり、親たちは持てる資源を最大限子どもに投下して、社会的な評価を得ることに邁進しました。現在、見直しが進んでいる専業主婦保護政策は、こうした時代の構造が生み出したものです。

離転職が評価されない日本型企業

そうしたなかで、日本型企業はどのような特徴を持っていたかと言うと、まず、新卒一括採用制度が挙げられます。勝負は一回、その勝敗で人生が決まるというような採用のあり方。次に、終身(長期)雇用制と年功序列型賃金。勤続年数が長いことが給与や役職を決定するというあり方です。また、離転職は評価されません。ですから、いろいろ学んで離転職しながらキャリアアップするよりは、同じ会社に留まることによって評価を勝ち取っていくという社会のあり方で、中途採用は決定的に不利になります。労働時間に関しては、安倍内閣が長時間労働の解消に向けて本腰を入れているところですが、これまでの時代は、需給調整や景気変動を残業時間で調整・対応していました。また、頻繁な企業内異動があり、転勤を命じられれば全国どこへでも異動しなければならない。こうした社会慣行がある限り、女性が仕事を続けることはできません。言い換えれば、日本型企業が元気である限り、「生涯学習社会」は実現しないと指摘したいと思います。

女性の労働市場への進出と非正規の増加

「生涯学習社会」の一つの課題は、女性が学びながら仕事を続けられるような環境を整備することですが、現在のところ極めて未整備であると言わざるを得ません。男性労働力が豊富にある状況の下では、女性の就労化を進めるための環境整備は社会政策とはなりにくかったのです。また、1980年以降、働く女性が増えていきましたが、日本と西欧諸国が異なる点は、女性の労働市場への参入が拡大した時代は、すでに安定した雇用が少なくなっていく時代と重なっていたことでした。したがって日本の場合、1990年代に働く女性が一気に増えた時には、すでに労働市場は非正規雇用が非常に多い段階に入っていたということです。男性についても、この頃から非正規労働者が増えていきました。そして結婚に関する意識も多様化が進みました。これらを通して、結婚して家庭を持てるかを見通すことが難しい時代になり、仕事の点でも家庭の点でも女性たちは生涯にわたるセーフティネットがない状態に置かれています。

女性のライフコースの変化

社会保障・人口問題研究所の推計によれば、1990年生まれの女性が50歳になる段階で、一度も結婚したことがない「生涯未婚率」は24.3%です。既婚で子どもがいない人は13.8%なので、生涯子どもを持たない割合が約4割と推計されます。そして、現在20歳より若い世代の女性の2人に1人は、孫以降の直系子孫を持たないという結果になるそうです。

このように、女性のライフコースが変化している特徴を整理すると、①女性特有の標準的ライフコースの消滅・リスクの拡大、②性役割分業体制の流動化、③生計を立てるということが大きな課題になっていくこと、④離婚の可能性の拡大、⑤長寿化、という課題が挙げられます。

若者を取り巻く環境の変化――鉄道から自動車旅行の時代へ

もう一つ指摘したいことは、若者の問題です。1990年代以降、年齢に伴う賃金上昇率が緩やかになり、2007~08年頃には40代以降の賃金上昇がほとんど見られなくなりました。若年者に関しては、90年代後半以降、大卒若年層で終身雇用比率が大きく低下しているとか、生涯所得がほとんど増えていないなど、不安定な雇用に置かれている若者が非常に増えています。

現代の若者を取り巻く環境の変化は、先進工業国で共通しています。つまり、工業化時代の枠組みが崩壊し、グローバル経済競争の激化のなかで、労働市場への完全な参入が困難な若年層が生まれている。ただ全ての若年層が困難なのではなく、低賃金・単純労務職に固定される若年層が明らかに生まれているということです。学卒後、何年か働いた後に家庭を持ち、賃金も上がって子どもを教育することが可能な工業化社会の移行モデルと付随する生活の標準パターンが、もはや自明ではなくなった。これは日本だけでなく、どこの国へ行っても同じことが言われています。

また、これからの若者たちの人生は、「列車旅行の時代が終わり、自動車旅行の時代へ」とも言われています。自分一人でナビゲーターを見ながら、くねくね回る道を旅行する時代という意味ですが、西欧諸国では既に1980年代から言われており、日本で現実味を帯びてきたのは、おそらく2000年代に入ってからのことでしょう。

格差拡大防止に向けた教育・訓練の強化を

西欧諸国では、90年代から若い人の失業率が高くなるなかで、教育・訓練の強化に徹底して取り組んできました。それでも十分に問題が解決したとは言えない状況ですが、若者をドロップアウトさせないための力や潜在的な可能性を引き出すために、教育・訓練がいかに重要であるかということが言われており、生涯学習の重要性も高まっています。

同時に、格差拡大のなかで、失業や貧困に陥る若者が増えています。格差拡大と社会的排除を防止するためにも、教育・訓練をいかに強化すべきか、各国で20年にわたり議論が重ねられ、様々な政策や取り組みが行われている状況です。

そこで、日本の若者の問題を考えた時、彼らは生涯学び続けるようなライフスタイルをもって実社会にスムーズに入って行けるような状況にあるのだろうかということを問題提起したいと思います。

そのことをお話しするのに、OECDが2011年に出したレポートをご紹介します(図1)。加盟国の若者の問題を詳細に整理しているもので、学校から職業への移行経路を四つのタイプに分けています。日本は分析の対象に入っていないのですが、おそらく第3グループ(まず勉強をして、それから仕事に就くというタイプ)に属します。したがって学校を離れる年齢は平均以下。一度仕事に就けば、学ぶチャンスがないという傾向が強いと言えます。

図1 学校から職業への移行の経路の4タイプ

  • 第一グループ:働きながら年長まで勉強モデルの国。北欧諸国(スウエーデンを除く)、オランダ、スベロニアなど。3分の1以上の学生が働きながら学んでいるため、学校を離れる年齢の中央値が平均より高い
  • 第二グループ:働きながら勉強モデルの国。アングロサクソン諸国とスウエーデン。学校を離れる年齢の中央値は平均より低い。3分の1以上の学生は働きながら学んでいる
  • 第三グループ:まず勉強それから仕事モデルの国。多くの欧州諸国と韓国。学校を離れる年齢は平均以下(韓国は例外)・・・・日本はこのタイプ
  • 第4グループ:実習制度モデルの国で、ドイツ、スイス、オーストリア。学校を離れる年齢の中央値は平均以上(オーストリアは除く)。3分の1以上の学生が実習制度の下で働きながら学んでいる

15-29歳の雇用のパフォーマンスは、学習と労働を組み合わせたグループ1と2と4が良好。しかし階層による格差はある

出所: OECD 2011, Off to a Good Start? Jobs for Youth

参照:配布資料10ページ(PDF:635KB)

人によって違う学びたい時期

ここで一つの事例をお話ししたいと思います。何年か前、内閣府が高校中退者のその後の生活について追跡調査した時、座長を務めていた私も、幾つかのインタビュー調査に参加しました。そのうちの一人、鹿児島県の19歳男性のケースです。彼は高校1年の夏が終わる頃には学校へ行かなくなりました。勉強が全然分からず面白いと思えなかったそうです。中退した後は、小さな塗装会社に入って3年間働いていました。3年続けてかなり仕事ができるようになってきた時、社長が資格を取るよう勧めてくれたそうです。その資格があれば、もっと単価の良い仕事を自分で請けることができるというわけです。彼はぜひ資格を取りたいと思いましたが、試験には学科試験もあるので、たぶんその勉強ができず合格しないだろうと思ったそうです。「誰か教えてくれる人がいれば良いのですが」と、彼は言っていました。

学びたいと思う年齢や時期は人によって違います。仕事に就くことによって、学びたいと思うようになる人は多いと思います。学校教育段階でキャリア教育をいかに強化しても、それだけでは救えない人たちがいて、彼らが実社会に出た後に、「もっと勉強したい」と思うようになっても、その術を見出せずにいるのが現状です。こうした人に対しては、何らかの形で学力強化をサポートしつつ、学びたいことの実現を支援しないと、生涯学び続けながら自分のキャリアをつくることは非常に難しいでしょう。

図2 高校中退者調査から「あなたにとって必要なことは?」

進路や生活について何でも相談できる人 66.6%
生活や就労のための経済的補助 63.1%
会社などでの職場実習の機会 56.3%
仲間と出会え、一緒に活動できる施設 55.9%
低い家賃で住めるところ 55.7%
進路や生活などについて何でも相談できる施設 48.6%
読み書き計算などの基礎的な学習への支援 33.6%

「若者の意識に関する調査(高等学校中途退学者の意識に関する調査)」
内閣府(平成23年3月)

参照:配布資料11ページ(PDF:635KB)

現代とはどういう時代か

やや視野を広げて考えると、現代は、工業化時代につくられたカッチリと固い社会の仕組み――会社や家族、国家など――が溶け出していく傾向がますます強くなっていく時代だと思います。ジーグムント・バウマンは、著書『リキッド・モダニティ』の中で、確立した規範・人生行路・終焉の形がなくなる時代と言っています。したがって、「個人化した社会」に生きる現代人は、「自己組織化」を強制され、絶えず自分は何がしたいのか、何をなすべきか、そのためにはどうしたらよいのかということを自問自答し続けなければならず、これが現代という時代だと言うわけです。

また、「高齢社会を良くする会」会長の樋口恵子さんは、著書の中で次のようなことを指摘しています。現在の高齢者が20歳頃までに受けた教育は、50年をゴールに設定したもので、後半の人生設計の材料を全く持ち合わせていなかった。人生80年の時代(いや100年の時代)になったが、三途の川の渡り方を教えてくれなかったということです。つまり現代では、親や祖父母たちの晩年の在り方は参考にならなくなり、答えを出すのは自分自身だけなので、どのように死を迎えるべきかが高齢期の人々の悩みや迷いであり、絶えず右往左往しなければならないと言っています。そして、「人生100年時代」、ファミリーのない「ファミレス時代」、「大介護時代」、「ワーク・ライフ・ケア・バランス」、そして「男女共同参画」という五つの課題が、大きなテーマになる時代だと指摘しています。

やり直しができる包摂型社会へ

社会格差の少ない社会を実現するには、「教育」の力が重要です。「教育」は、人々のくらしと人生のセーフティネットとして、あらためて位置づけ直す必要があります。「もう一度やり直してみよう」「やり直しができる」という自信や展望を誰でも持てる社会こそ、私たちが目指す社会像だということを確認したいと思います。

プロフィール

宮本 みち子(みやもと・みち子)

放送大学副学長

千葉大学教育学部教授を経て現職。労働政策審議会委員、社会保障審議会委員、一億総活躍国民会議議員、中央教育審議会臨時委員、等を歴任。主な著書・論文に、『若者が無縁化する』(筑摩書房、2012年)、『下層化する女性たちー仕事と家庭からの排除と貧困』(編著、勁草書房、2015年)、『すべての若者が生きられる未来を』(編著、岩波書店、2015年)、『リスク社会のライフデザイン』(編著、放送大学教育振興会、2014年)、『二極化する若者と自立支援』(編著、明石書店、2012年)『若者が社会的弱者に転落する』(洋泉社、2002年)などがある。

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