調査報告 女性活躍推進法における課題分析と
ポジティブ・アクション

講演者
矢島 洋子
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社経済・社会政策部主席研究員
フォーラム名
第82回労働政策フォーラム「女性活躍新法と企業の対応:働き方改革と管理職の役割」(2015年12月15日)

女性活躍推進法では、女性の活躍に関する状況を把握して、課題分析をすることになっていますが、実際にどんなデータをどんな見方で分析するのか。それから、実際に計画に盛り込む取り組み内容、いわゆるポジティブ・アクションをどのように設定すべきか、その考え方の整理について。私からはこの2点をお話します。

現在、三菱UFJリサーチ&コンサルティングでは、女性活躍推進法の計画策定支援ツールを作成しており、近く公表する予定です(注 現在は厚労省HPで公表済み)。

厚生労働省の事業主行動計画策定指針は、状況把握、課題分析をするための【基礎項目】(必ず把握すべき項目)と【選択項目】を定めていますが、それぞれ項目がたくさん並んでいて、実際に自社に合った選択項目を選ぼうと思っても、どういう視点で選んでいいのかわからないという声がたくさんあります。当社では、この基礎項目と選択項目をシート1のような構造図にして、自社の中での女性の育成・登用、定着課題についてのイメージを持ってもらおうと考えています。

平均賃金を活躍の全体指標に

まず、女性活躍についての全体指標としては、選択項目になっていますが、やはり「平均賃金の男女差」が重要だと考えます。平均賃金の男女差の中に、女性がどの程度管理職になっているかとか、あるいは若いうちに辞めてしまって、就業経験の長い層には男性しかいないとか、一般職、総合職というコース別採用があるので一般社員の中でも処遇の男女差が大きいなど、いろいろな要素が含まれるわけです。

ただ、この総合指標だけ見ても、どこに問題があるのかというのはわからない。育成・登用という面から見ると、一つアウトカム指標として考えられるのは、「管理職に占める女性割合」です。管理職に占める女性割合が低い企業が短期的に数値を改善させることは難しいですが、短期的に手がつけられるところは何かということを考えると、管理職一歩手前の係長級から課長級への登用における男女割合の差を見るという方法があります。そこで差がついている場合には、評価そのものに何らかのバイアスがかかっているのではないか、あるいは、長時間労働をしないと評価されないような女性に不利な基準があるのではないか、そういった課題が見えてきます。

定着に関するアウトカムとして重要なのは「継続勤続年数の男女差」です。いろいろな業界のデータを見ていると、やはり社歴の長い会社では、結構差がついてしまっていて、一旦ついてしまうとなかなか短期間には改善が難しく、10年目の定着率の男女差から改善していくという考え方もあります。

採用の課題を見極めて対策を取る

それから、やはり採用のところから女性を採れていなければ、管理職割合も増えない。ですので採用割合を見ていく必要があるのと、女性の応募がなくて採用できていないのか、あるいは応募はあるのに採用ができていないのか、の違いを見極めて対策をとるということも必要になってくるかと思います。

シート中の2重線で囲まれているところが、基礎項目と言われている、必ず把握しなければならない項目です。緑で囲っているところが選択項目で、黄色く塗ってあるところが雇用管理区分ごとに把握する項目です。雇用管理区分とは、基本的にはいわゆる一般職、総合職というコース別管理での区分などが該当します。よく管理職と総合職は別の雇用管理区分ですかと聞かれますが、これは連続した一つの雇用管理区分として、管理職だけを取り出さないほうが適切です。

もう一つ大事なのが非正社員で、契約社員、パート・アルバイトなどが独立した雇用管理区分になります。ただ、ここではあまり言及しませんが、非正社員に関する課題は実は男女差の問題かというと疑問があり、非正社員を正社員と同じ見方で分析することは難しいということで、正社員とは違う分析視点が必要と考えます。

労働時間が定着の大きな問題に

定着に関しては、「フレックスタイム制や在宅勤務といった柔軟な働き方」ができるかどうか、特に男性でもこうした働き方ができるのかどうかは重要な点ではないかと思います。育児休業や両立支援については、「育児休業取得率」は女性の場合、大企業ではもうほとんど意味がない数値になっているかと思いますので、むしろ男性でとれているのか、それから看護休暇などが男性でも取れているかどうかといった点が課題かと思います。

定着に関してもう一つ大きな問題が「労働時間」です。労働時間は基礎項目の一つになっています。女性の就業継続において長時間労働が大きなネックであるということは、様々な研究で示唆されています。雇用管理区分ごとにも労働時間を見ていく必要があります。例えば、職種で雇用管理区分が異なる例で、営業職で女性も配置されているが、30代で見ると労働時間の男女差が大きく、男性のみ長いケースがあります。背景として、30代になると同じ営業職といっても男女で役割に著しい差がついてしまっていることが見えてきたりします。

定着での選択項目には、他に「有給休暇取得率」や「性別役割分担意識」、「セクハラ等の相談状況」があります。意識調査は、従業員満足度調査等で該当項目があれば、それを活用すればよいですし、そうでなければ中央大学ワーク・ライフ・バランス&多様性推進研究プロジェクトで実施されている女性活躍関連の調査票もHPで紹介されているので活用いただいてもよいかと思います。

定着がある程度進んでくると、「係長級の職階の労働者に占める女性割合」あたりにボリュームが出てきます。ただし、管理職手前の層のボリュームが出てきたからと言って、あと数年待てば管理職が増えるかというと、それはまた別の問題になります。そこに至るまでの段階で女性が男性と同じように育成されているかどうか。男女同じように様々な部門に配属されているのかどうか、初任配属だけでなくある程度キャリアを経た10年目ぐらいのところで、男女が同じように分散して配置されているのかなどもチェックが必要です。

「教育訓練の受講状況」では、階層別研修などは男女同じように受けていても、選抜型研修や手挙げ式だと女性がほとんどいない場合がある。「人事評価の結果」も、平均値で見ると男女ほとんど差がないという会社も多いのですが、5段階評価の一番上の層だけをとると、実は女性がほとんどいないというケースもあります。この差についても、評価自体の問題だけでなく、女性が高い評価を受ける可能性のある仕事を与えられていない可能性もあります。

女性が管理職になれない・ならない背景

女性がなぜ管理職にならないのか、なれないのかというところでは、「管理職の労働時間」の問題も大きいですし、管理職の「配置・育成・評価・昇進に関する意識」といったあたりも課題になってきます。

「職種・雇用形態の転換実績」というのは、いわゆる一般職から総合職、あるいは、地域限定社員から非限定社員への転換などですが、制度はあっても実際に特に女性で実績があるのかどうかを見る必要があります。また、実際に転換した人や、再雇用、中途採用で入った人でも管理職になれているのか、特に女性でなれているのかという点も課題になります。

この指標について、今、当社が作成しているツールでは、赤字で示した「継続勤務年数」、「管理職比率」、「採用に占める女性割合」という三つの指標(シート1)の組み合わせで自社のタイプを把握して、そのタイプに合わせて取り組みを検討することを勧めているところです。

女性活躍を推進する取り組み

では、実際にどのような取り組みがあるのでしょうか。シート2の左下にある「就業継続支援」というと、両立支援、ワーク・ライフ・バランスという言い方で従来から取り組みを進めていることと思います。厚生労働省などではこういった取り組みも含めてポジティブ・アクションと呼んでいるため、ポジティブ・アクションに取り組んでいるといってもこういった取り組みだけをしている企業が多くあります。

一方、シート2の右下にある「能力発揮、キャリア形成支援」としては、多様な人材を公正に処遇する評価・報酬の制度や、時間制約の有無にかかわらず成長を促すような職務経験や教育の機会の付与などが該当します。

そして、こうした取り組みのベースとして、時間当たりの生産性を高めるような業務マネジメントや、多様性を受け入れる風土、セクハラ、マタハラの防止、が必要になる。これらは、多様な人材が活躍できる環境を整備するための取り組みと言えます。

ただし、今回の新しい法律で求められているのは、より積極的に女性活躍を推進するための取り組みであると考えられます。女性活躍をターゲットにした目標を設定したり、計画をつくることをすべての大企業に求めています。

今まで、シート2の下半分の取り組みだけを行ってきた企業、それ以上のポジティブ・アクションには抵抗があった企業も多いと思います。それがこの法律は、本当にコアな部分でのポジティブ・アクションであり、雇用機会均等法や男女共同参画基本法に示されている積極的改善措置という意味での取り組みを求めています。男女に差があることをもって、その差が解消するまでは女性に積極的な機会を与えたり、女性を優遇するような取り組みをしても、差別に当たらないという考え方で肯定されている取り組みです。

最近はすでに女性の管理職目標を設定している企業もありますし、女性のみを対象とした研修も行われるようになってきました。採用における女性の応募奨励や、女子学生の理系・技術系進学への働きかけ、こういったものも行われていますが、これらがいわゆるポジティブ・アクションと言えます。

さらに踏み込むと、管理職・役員比率等の割り当て、クォータ制があります。目標設定とクォータ制は大きく違います。目標設定は、目標に到達するまでの手段はいろいろ選びようがあり、男女双方を対象とした取り組みだけで到達するという選択肢もあり得るわけです。しかし、クォータは、登用において直接女性に積極的機会を与えたり、女性を優遇することになる。ただ、今、女性管理職が数%しかいないのに、2020年までに30%と短期間で大幅な上昇を要する設定をすれば、その会社は意識するとしないとに関わらず実質クォータを取っているのと近いことになってしまいます。男女同様の能力があったら女性のほうを登用するというような方針をたてた会社が、人事としてはそこまでやるつもりはなかったのに、現場で目標を達成するために、女性のほうが評価が低くても上げる、ということが強引に行われていたというようなことが起こりえる。最近、女性活躍に関する指標を管理職評価や組織目標に組み入れる会社もあります。これは明らかに女性を有利とする取り組みと言えます。これも法律できちんとポジティブ・アクションとして認められているのでやってもかまわないのですが、会社として認識しないままにいつの間にか踏み込んでいるというのが一番怖い。

スティグマと言って「女性は劣った存在だからこういうことをする必要があるんだ」というような誤った認識が会社の中に浸透することを防ぐ必要があります。そうではなく、これまでは評価や登用でも男性が有利に扱われ、女性たちに育成機会が与えられなかったので、それを短期間に解消するためにあえて積極的改善措置を取るのだということをきちんと説明できる必要があるかと思います。

また、シートの上半分にある取り組みは、暫定的な取り組みなのです。差があって、その差を解消するまで可能な取り組みです。今回の法対応では、どうしても管理職比率が注目されがちで、女性の意欲を高める研修をしなければならないとか、女性を管理職に積極登用しようといった上半分の取り組みに注目が集まりがちですが、やはり、多様な人材が活躍し続けられるような環境を整備する取り組みがが重要です。時間はかかりますが、これに中長期視点でしっかり取り組んでいかないと、いつまでも上のほうにあるポジティブ・アクションをすることになり、スティグマを生じさせるリスクも高まります。経営戦略として取り組みの方針をしっかり立て、社内で共有していくことがとても重要になってくると思います。

プロフィール

矢島 洋子(やじま・ようこ)

三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)経済・社会政策部主席研究員、
女性活躍推進・ダイバーシティマネジメント戦略室室長、
中央大学大学院戦略経営研究科客員教授

1989年(株)三和総合研究所(現MURC)入社。2004年~2007年内閣府男女共同参画局男女共同参画分析官。少子高齢化対策、男女共同参画の視点から、ワーク・ライフ・バランス関連の調査・研究に取り組んでいる。内閣府「休み方ワーキンググループ」委員、文部科学省「女性の学びの促進に関する有識者会議」委員、JILPT「労働力需給推計に係る研究会」委員等を務める。著作に、『国際比較の視点から 日本のワーク・ライフ・バランスを考える』ミネルヴァ書房(共著)、『介護離職から社員を守る』等。

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