基調講演 働き方改革と管理職の役割が鍵

講演者
佐藤 博樹
中央大学大学院戦略経営研究科教授
フォーラム名
第82回労働政策フォーラム「女性活躍新法と企業の対応:働き方改革と管理職の役割」(2015年12月15日)

女性の活躍の場の拡大というと、管理職登用をまずは思い浮かべるわけですが、男性も大多数が管理職になるわけではありません。ですので、管理職になるということだけではなく、それぞれの職域で女性のキャリアが開けていることがとても大事です。それができれば、今よりも女性管理職比率は高くなると思います。

女性の職域を拡大していくためには、やはり継続して勤められるということが重要です。例えば課長になる年齢を考えると、大卒の場合、少なくとも15年辞めずに働き続ける仕組みがあることが鍵になる。他方で、継続就業できれば、例えば課長なら課長に、就くための職業能力が身に付く訳ではないのです。管理職登用できるような能力をその10年、15年の間に身に付けることができるかが大事です。働き続けられ、かつ管理職登用に必要な職能要件を身に付ける、この二つが重要になります。

ただ、両立支援のあり方によっては、女性の活躍を阻害することがあります。例えば、育児休業から、フルタイムの働き方に早く戻ろうと本人が考えても、残業が多いとか、あるいは夫が子育てを全然しないケースがある。あるいは、今でもまだ、保育園に預けにくい地域もある。その結果、育児休業や短時間勤務を長くとると、当然経験できる仕事の機会が減ることになり、活躍が阻害されることになるわけです。

本人が希望すれば、早くフルタイムの働き方に戻って、無理なく仕事と子育てが両立できる働き方があるということが実は、両立支援としてはとても大事です。女性活躍推進法に基づく事業主行動計画(シート1)でも、労働時間が取り上げられているのは、この点にかかわります。

シート1 女性の職業生活における活躍の推進に関する法律案の概要

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参考:配布資料3ページ(PDF:871KB)

ワーク・ライフ・バランスと女性活躍の関係

シート2を見てください。左上は、両立支援が充実している会社。女性が結婚、出産というライフイベントがあっても働き続けられるのですが、活躍できる仕組みがない。いろいろ理由はあります。例えばフルタイム勤務に戻りにくいような働き方があるとか、女性に対してもともと活躍を期待していない職場などです。

右下は、左上の会社と違って、女性は活躍できているのですが、それがどういう女性かというと、妻が専業主婦で、男性自身は家事・育児をしなくても仕事だけをやっていてもよいというような男性と同じように働ける人。スーパーレディーや、あるいは、親に恵まれていて何かあればおじいちゃん、おばあちゃんが保育園に迎えに行ってくれるような人です。

シート2 ワーク・ライフ・バランスと女性活躍
(雇用機会均等度)の関係

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参考:配布資料5ページ(PDF:871KB)

しかし、そういう女性ばかりではないですよね。左上や右下の会社では、ごく一部の女性しか活躍できない。では、どうしなければいけないのか。右上の会社を目指さなければいけない。ここを目指すためには何が大事かというと、冒頭にお話した働き方の改革が重要になるのです。

従来の男女役割分業を前提とした働き方を変えないと、女性の活躍の場は広がらないですし、それは男性にも当てはまります。男性の中にも、配偶者もフルタイム勤務など、従来型の働き方ができない人が増えてきています。そういう男性は、今の職場ではワーク・ライフ・コンフリクトに陥ってしまい、意欲的に仕事に取り組めない状況となってしまいます。

両立・活躍支援の現状分析を

シート2に戻っていただいて、ここでの縦軸は男女の勤続年数の差と置き換えることができます。左上は、女性は結婚、出産というライフイベントがあっても働き続けられる。そうすると、結果として、その会社の男性と同じような勤続年数になる。ですから、ワーク・ライフ・バランスの充実度をはかる一つの指標は、男女の勤続年数の差ということになります。一方、女性の活躍の進展度である横軸は、現状では管理職に占める女性比率になるかと思います。

百貨店業の企業について、この4象限に分けて見たものがシート3です。ここでは、横軸が男女の勤続年数の差で、右に行くほど女性の勤続年数が長いことを意味します。縦軸が管理職に占める女性比率で、右上が相対的に良いということになる。何が言いたいかというと、百貨店業界の中でも個別の企業でみるとこれだけばらつきがあるのです。もう一つ大事なのは、皆さんの会社について、上記のデータを5年毎などにプロットしていただければ、うちは両立支援がうまくいっているのか、あるいは女性の活躍支援がうまくいっているのか、あるいは両方とも課題があるのか、など現状分析することができます。

シート3 百貨店業における雇用機会均等と両立支援の現状

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参考:配布資料7ページ(PDF:871KB)

難しい仕事を通じた成長

両立支援と能力開発機会の均等化の関係についてお話したいと思います。会社に入って2、3年の間に、女性自身が、この会社に入ってよかった、続けようと、実感できることが大事です。「あんなに優秀だった女性が両立支援制度を目いっぱい使ってなかなかフルタイム勤務に復帰してくれない」と嘆く企業があります。しかし、例えばある女性が、「営業は自分には向かないな」と思っていたところで営業に配属され、やってみたら面白くなり、仕事で頑張ろうと考えるようになり、そして結婚し、子供が生まれるようなケースでは、育児休業から早く復帰したいと思うようになるのです。つまり、上記のような指摘は、やはり会社の責任だと思います。

どういう上司のもとで初期キャリアを過ごしたか、という点が非常に重要です。最初は「ほどほどでいいや」と思って入社しても、上司に期待され、仕事で成功体験があれば、仕事を続けて頑張ろうと思えるようになるのです。逆のケースでは、男性と同じように管理職を目指して働こうと思っていたのだけれど、上司があまり期待してくれないのでモチベーションが落ちてしまうこともあるのです。管理職が部下一人ひとりに男女別なく、能力向上を期待し、仕事を配分し、育成支援をすることができるかどうかが非常に重要です。

しかし、これは結構難しい。仕事を通じて成長するためには、ちょっと背伸びするような仕事に取り組む機会を持つことが大事になります。例えば、100の能力がある部下に、頑張れば120までは行くことを、管理職が期待できれば、部下にそういう仕事の機会を与えることになるのですが、どうせ無理だろうと思ったら、そうした仕事を与えないことになります。ここが難しいのです。

例えば、営業で、大卒女性を一人前まで育て、もう少し難しい企画提案型の仕事に移したら、1年経って辞めてしまった。また女性が配属され、育成し、3年目にまた企画提案の仕事の担当を検討するときに、その以前の辞めてしまった女性のときの記憶が出てきてしまう。それで、「やっぱり女性は難しいかもしれない。もうちょっと様子を見よう」となってしまう。その結果、同期の男女で差がつくことになってしまう。

もう一つは、男性の課長が10年、15年の間に経験してきた職域に女性がのれているかどうかが重要です。例えば総合アパレルメーカーでは、婦人服、紳士服もあれば、カジュアル、フォーマルもある。また、取引先についても専門店もあれば、百貨店、量販店もある。そうすると、営業部門の課長になるためには、一つの商品系列、一つの取引先だけの経験ではだめです。複数の商品系列あるいは複数の取引先を経験しながら営業課長になっていきます。ところが、女性は婦人服をずっと担当している、子供服をずっと担当しているということでは、キャリア形成はなかなか難しい。男女でなぜキャリアが違うのか。結構多いのは、両立が容易な部門に女性が集まってしまうケースです。

土台となるダイバーシティ経営が必要

最後にワーク・ライフ・バランス支援について話します。ワーク・ライフ・バランスが実現できる職場として、シート4にある、この図でいつも説明しています。育児休業や短時間勤務などの制度は2階部分で、私は、土台や1階がちゃんとできていれば2階部分は法定どおりでいいと言っています。しかし、現状でいうと、大企業の場合、土台や1階が整備されていないために、2階が重装備で重くなってきた。つまり、1階部分で、フルタイムで両立しやすいような働き方がないために、働き続けるためには制度を活用せざるを得ない。それで制度を充実してきてしまった。

シート4 3つの取り組みからなるWLB支援

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参考:配布資料14ページ(PDF:871KB)

すでに説明しましたように、女性の活躍を阻害しないような両立支援のあり方を考えるうえで、実は大事なのは制度じゃなくて働き方で、つまり1階です。

もう一つは土台部分です。例えば男性も子育てに関わることが大事な時代です。ただ問題は、管理職が、自分の部下にこれまでの自分と同じような仕事の仕方、生き方を求めるのでなく、これまでの価値観を変えられるかどうかです。土台部分は、まさにダイバーシティ経営です。仕事についての考え方や人生についての考えは、社員それぞれで違うわけで、そのことをお互い理解しようと努力することが必要なのです。

仕事の仕方自体も変えていく

もう一つ変えていかなくてはならないのは、仕事の仕方自体です。仕事中心の社員を私はワーク・ワーク社員と呼んでいるのですが、ワーク・ワーク社員が多い時代の管理職は、業務管理や部下管理が楽だったのです。部下に「終わるまでにやってね」と仕事を割り振る。これだけでいい。部下のほうも、仕事以外にやらなければいけないことがないため、仕事が終わるまで一生懸命働くわけです。しかし、こういう仕事の仕方では、実は生産性が上がらないのです。

日本のホワイトカラーは、労働時間は長いのですが、生産性が低い。でも、そう言うと、例えばエンジニアなどは、「俺たち、いい仕事している」と反発します。確かにいい仕事をしています。しかし、いい仕事をしていても、仕事にかける時間を考慮していないため、時間をかけ過ぎて過剰品質になったり、場合によっては、優先度の低い仕事までやってしまうわけです。

でも、今後はそれができなくなります。どういうことかというと、部下がいても、1人は育児休業取得中だったり、週2日大学院に行っていたり、育休から復帰して6時間勤務だったりする。課長自身も、親の介護で月に1回は有給休暇を取るようになるかもしれない。つまり、各社員が仕事に使える時間に上限がある。そうすると、これからの業務管理や仕事の仕方では、「限られた時間」、つまり有限な時間を有効活用して最大のアウトプットを出すことが不可欠になる。

製造業の生産現場では、在庫をなくすことで生産性を上げてきた。ホワイトカラーの働き方について、私がいつも言っているのは、「時間在庫」に頼って仕事をしているということです。仕事が予定どおりいかなければ、残業すればよいと安易に考えている。私が言いたいのは、残業をするなということではなく、残業をした後に、なぜ今回は残業しなくてはならない事態が生じたのか、その原因を追求し、次の仕事に活かさないといけないということなのです。

女性活躍推進法への対応は、それほど難しい話ではありません。皆さんの会社で女性活躍を進めようとするならば、当然、現状を把握し、課題を見つける。普通の取り組みです。そして、特に能力開発機会の均等化、つまり制度ではなく普通の働き方で両立できるようにしていく。この二つにぜひ取り組んでいただければと思います。

プロフィール

佐藤 博樹(さとう・ひろき)

中央大学大学院戦略経営研究科教授

1953年東京生まれ。1981年一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。1981年雇用職業総合研究所(現、JILPT)研究員、1983年法政大学大原社会問題研究所助教授、1991年法政大学経営学部教授、1996年東京大学社会科学研究所教授、2014年10月より現職。内閣府・男女共同参画会議議員、内閣府・ワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議委員、経産省・新ダイバーシティ企業100選運営委員会委員長、厚生労働省・イクメン・プロジェクト顧問、ワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクト代表などを歴任。著書に『人材活用進化論』(日本経済新聞出版社)、『職場のワーク・ライフ・バランス』(共著、日経文庫)、『パート・契約・派遣・請負の人材活用(第2版)』(編著、日経文庫)、『ワーク・ライフ・バランス支援の課題』(共編著、東京大学出版会)、『介護離職から社員を守る』(共著、労働調査会)など。

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