パネルディスカッション
改正労働契約法への対応を考える

パネリスト
北本 修二
北本法律事務所弁護士/連合大阪法曹団代表幹事
上原 康夫
井上・上原法律事務所弁護士/連合大阪法曹団事務局長
松下 守男
松下法律事務所弁護士/経営法曹会議常任幹事
竹林 竜太郎
竹林・畑・中川・福島法律事務所弁護士
濱口 桂一郎
労働政策研究・研修機構主席統括研究員
コーディネーター
菅野 和夫
労働政策研究・研修機構理事長
フォーラム名
第76回労働政策フォーラム「改正労働契約法への対応を考える」大阪開催(2014年11月20日)
写真:壇上の講演者の様子

はじめに

菅野 一昨年の8月に労働契約法が改正され、有期労働契約に関する3つの条文が書き込まれました。(1)有期労働契約が5年を超えて反復更新された場合に当該労働者に無期労働契約への転換申込権を与える第18条、(2)有期労働契約が反復更新され、その更新拒否が社会通念上解雇と同視できる場合、または当該労働者が更新を期待する合理的理由がある場合、更新拒否(雇止め)について解雇権濫用法理を類推適用し、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性を必要とする第19条、(3)同一使用者のもとでの有期・無期契約労働者間の労働条件の相違が、職務の内容、職務内容と配置の変更範囲、その他の事情に照らして不合理と認められるものであってはならないとする第20条です。

これらのうち、(2)は従来からの判例法理を条文化したもので一昨年8月10日の公布より即日施行され、既に裁判例の中でも引用されています。また、(3)も昨年の4月1日から施行されており、既にこのルールに依拠した訴訟が提起されていると聞いています。これに対して、(1)は有期契約が2018年4月1日を超えて、通算5年超で更新された時点で無期転換申込権の発生となります。そこで、企業は例えば1年契約で反復更新なら、2017年4月1日をにらみながら対応を模索したり実施したりの状況だと思います。

こうした状況を踏まえて、最初に改正労働契約法の意義あるいは評価と、改正労働契約法をめぐりもっとも重要だと思う論点についてお話ください。

法改正の意義をどう理解し評価するか

北本 私は、連合大阪法曹団で労働者側の弁護活動を行ってきました。労働契約法の2012年改正を評価しており、働く者の生活改善のための有効な法として活用したいと思っています。今回の立法の最大の意義は、無期雇用が働き方の原則なのであって、この推進が社会的な課題であることを明らかにした点です。入口規制が入らなかったのは不充分ですが、無期転換の権利ができた意味は大きいと考えています。一般的に考えても、5年も働かせていれば無期雇用と何ら変わりがないのではないか、無期雇用に転換させるのは当然であって、使用者側にとっても見直しは容易だろうと思っています。

さて、第18条には所定の要件があり、これを満たした場合に無期転換権が行使できるわけですが、脱法的な行為があった場合は第19条の雇止め法理が働くだろうと考えています。第18条2項のいわゆるクーリング期間についても、無期転換させないためにこれを利用するのはやはり、制度の趣旨に反するのではないでしょうか。

第19条は判例法理を法文化しただけであって、これまでと何ら変わらないとされています。しかし私は、従来の判例法理を世に知らしめるだけでも大きな意味があると思います。連合大阪の労働相談に来る人の多くは中小零細で働いており、そもそも労働基準法以前の勤務実態にある方が少なくありません。たとえば、有期雇用には有給休暇を与えなくて良いのだと信じている職場も少なくないのが現実です。判例法理が法文に明記される意義は大きいのです。

第20条ですが、単なる訓示規定ではなく、民事的効力のある規定であると考えています。有期雇用の労働条件は無期雇用と比べて大きな格差があるのが現実ですが、不合理な労働条件の是正は労使共通の課題として、その解消に取り組む必要があります。第20条は内容が不明確との批判もあるようですが、実務家としては改正労働契約法の立法趣旨・目的に沿い、何が不合理なのかということについて具体的な判例の集積を通じ、ルールを確立していく必要があると思っています。

松下 私は使用者側の弁護を行っています。改正労働契約法は、是非とも法律をつくらなければならないという情熱の下での公労使の委員の調整の結果できたものです。そのご苦労を考えれば、改正法を評してこの内容が気に入らないとか、解りにくいなどといったことは申し上げるべきではないと思います。

ご承知のように、有期雇用についてはこれまで、判例のルールがあるだけでした。有期雇用にかかわらず、日本の裁判所は、労働関係に関しては積極的に判例法を形成してきました。ただ、判例法は具体的な事件、具体的な当事者を離れて示されるものではないので、どうしても一般化が難しい側面もあります。そうした中で、有期労働契約について成文法が少しではあるが増えたわけです。今後、これをきっかけに日本の雇用のルールが本来の成文法になっていくのではないかと期待しています。改正法の具体的な内容にはよく分からない部分もありますが、できたこと自体はとにかく良かったと受け止めています。

そのうえで、もっとも重要な論点はやはり改正法により、雇止めのルールが変わったかどうかだと考えます。つまり、改正法の下、裁判所が具体的判断の場面で、従前と同じと判断するのかが最大の論点であると考えています。

上原 連合大阪法曹団の事務局長をしています。本来、われわれが求めていたのは入口規制ですが、私も改正労働契約法を一定評価しています。無期転換の問題についての相談はまだありませんが、不更新条項付きの契約更新による雇止めの問題や、5年超え直前の雇止めの問題などが発生してくるのではないかと予想され、これに労働弁護士としてどう対応していくかが近々、重要な課題になっていくと思います。

第20条についても、本来は均等待遇を明記したうえで合理的な理由がある場合のみ格差が許される、という構成が望ましかったと思います。今回はそこまで至りませんでしたが、司法上の効力を有する規定ができたというのはやはり画期的です。これまでは契約自由の原則でなかなか難しかった労働条件の問題について、一定の範囲とはいえ改善できる法的根拠が与えられたことは高く評価すべきでしょう。

ただ、これもまだ相談がありません。賃金の問題で訴訟が始まっているという話も聞きますが、少なくともわれわれのところには相談がない。あまり知られていないことが大きな理由だと思います。とくに大阪の労働者の場合は、と言ったら失礼かも知れませんが、正規と非正規の間にはある程度、格差があっても仕方がないという考え方もあるようです。労働相談で話を聴いていると、「うちの会社はパートには有給がないんです」と言うので、「あなたも有給休暇を取得する権利はあるんですよ」と説明しますが、「そうですか・・でもうちはないんですよ」と言い返される。そういうレベルの認識にある人が多いのではないかと感じています。まずは、第20条という規定ができたことを広く知らしめることが重要です。

竹林 自他ともに認める使用者側の弁護士です。企業の対応について述べたいと思います。一昨年8月以降、顧問会社等から無期転換ルールへの対応策についての相談があります。とはいえ、平成30年までまだ時間がありますので、他社の動向を見ながらじっくり検討していこうという状況です。検討の第一歩は、企業として無期転換を前向きに認めるか否かになります。無期転換を認めない場合は、通算5年以内の雇止めを制度化することになるでしょうが、現実的にこれを運用するのは極めて困難だと思われます。企業の多くも5年以内にすべての有期契約労働者を雇止めにしたいとは考えていないようですから、是非に及ばずということになるでしょう。

無期転換を前向きに認める場合は、転換後の労働条件・処遇の検討が必要になってきます。賃金、賞与、退職金をどうするか、勤務地限定や職種限定にするか否か、また、どのような選別をかけるかを含めて制度設計のあり方が検討課題になります。とくに勤務地限定や職種限定にするかどうかに悩んでいる会社が多いようです。無期転換後の定年の設定は、必須と考えています。いくら高齢になっても構いませんという会社なら別ですが、基本的には無期転換後の定年を設定すべきと考えます。

就業規則との関係についても、少し触れておきたいと思います。無期転換後について従前の就業規則にある労働条件・処遇とは別の労働条件・処遇を予定している場合には、新たな就業規則を制定する必要があります。無期転換後について従前の就業規則にある労働条件・処遇と同じ労働条件・処遇を予定している場合でも、新たな就業規則を制定するか、就業規則の適用対象者を規定し直して、無期転換後も有期労働契約用の就業規則が適用される旨を明示するといった措置が必要になります。さらに、無期転換後の定年を設定する場合、新たな就業規則を制定するか、有期労働契約用の就業規則を適用するにしても無期転換後は何歳を定年にするかを明示する必要があります。いわゆる典型的な正社員の就業規則については、無期転換社員については別途定める就業規則によるなどと規定して、それぞれの適用対象を明確にした方が良いでしょう。

第19条については、顧問会社から、「第18条を理由に雇止めは認められやすくなったのでしょうか」という質問をよく受けます。私は「何ら変わりません」というすげない回答をしています。

第20条については、企業として予防法務(制度設計の問題)と、訴訟・労働審判等への対応(理論武装の問題)の両面から、検討が必要かと思います。具体的には、有期契約と無期契約の労働条件の相違を検証し、「不合理」とは言えないと説明できるかを検討すること、また、社内規定等を整備しておくこと辺りになるでしょう。実際には、有期契約と無期契約の間では、責任の所在、転勤の有無、職務設計が異なっているがゆえに、労働条件も異なっているのが通常であるため、第20条が適用される場面は極めて限られてくるだろうという実感を持っています。

濱口 私は、社会的あるいは政策的な観点からお話します。今回の改正の柱は第18条と第20条の大きく2つあるわけですが、実はどちらもヨーロッパ型の有期法制をそのまま導入したものと言えます。そのままというのは日本風でないという意味です。本来、有期の反対語は無期のはずですが、日本の非正規法制は決してそうしてきませんでした。たとえば、パートタイム労働法です。パートタイムの反対語はフルタイムのはずですが、「通常の労働者」という概念との間で差別禁止だの、均衡処遇だのと言ってきた。外国人に説明する際は、この「通常の労働者」の定義に大変汗をかくことになります。また、細かいことは申し上げませんが、労働者派遣法にも常用代替防止という特殊な概念が設けられています。いずれも欧州とは一味も二味も異なる、特殊な非正規法制となってきたのです。

しかし、改正労働契約法における有期契約の規定は、まさにヨーロッパ型法制そのものであり、それこそがいろいろな議論をもたらしている大きな原因になってきたのではないかと思うのです。つまり、何で5年経ったからと言って無理矢理、正社員にしなければならないのかと文句を言われる。いや、正社員にしろとはどこにも書いてありませんと言っても、無期契約になるのだからつまりは正社員だろうという思い込みが強い。パートタイム労働法や労働者派遣法も含めた今までの非正規労働法における物の考え方が、日本的な正社員とそれ以外という形でやってきたわけですが、そこへヨーロッパ型の有期と無期の図式をスポンと入れてしまった、そのためにいろいろな摩擦が起こっているというのが、この1~2年で生じていることだろうと考えています。

企業(労使)の対応にはどのような困難を伴うか

松下 濱口先生のご指摘のように、無期転換をするということと日本型正社員にすることは異なるという点が、企業側では充分に理解されていなかったということはあると思います。「無期にするからには退職金を設けなければいけないのでは」とか、「賃金は正社員とまったく同じようにする必要があるのだろう」などと考えたために、当初は、対応はとんでもなく難しそうだといった誤解が企業の側に生じたと思います。しかし、無期転換後の従業員は必ずしも日本型正社員でなくて良いことを前提に考え直しますと、企業の対応もそれほど難しくないのではないかと考えています。

竹林 第18条は典型的な正社員化を法定化したものではありません。その意味では人件費の増大そのものにはつながりません。だとしたら、これまでと何ら変わらないのではないか、有期契約でも反復更新されている状態ではなかなか雇止めは認められないというのが、かねてからの判例法理ですから、それが無期契約に変わるだけではないか、定年というお尻を決めれば何も変わらないではないかと考えています。

それでも、企業の人事労務担当者は、無期転換抑制策として、いろいろなことを考えて来られます。たとえば、「転換権の行使・不行使を明らかにするよう催告することはどうでしょうか」「催告して回答がなかったら、それは不行使だとみなせないでしょうか」と聞いてくるのです。確かにそういった催告制度を設計するのは良いのですが、それは任意の回答を促すに過ぎないわけで、回答を義務づけることはできないでしょうし、仮に就業規則等で回答を義務づけても不回答であることをもって、転換権の放棄の意思表示として扱うことは極めて困難です。「そんなことは抑制策にはなりませんよ」と言うと、今度は「じゃあ、転換権の行使期間を制限してはどうでしょうか」と。そもそも制限できるのかという点をさておいたとしても、一定の合理性が必要ですし、制限期間も相当な場合でなければならないでしょうから、抑制効果は期待できないでしょう。そうすると、やはり前向きに無期転換を認め、正社員登用制度と関連させるなどして、無期転換後の在り方を検討された方が良いのではないかというのが、顧問会社等に対する常々の回答です。

濱口 第20条に関連して問題になってくると思うのですが、これまでの日本的な正社員のあり方をどう見直していくかということと、密接不可分の話になると思っています。そうすると第20条だけの話には収まらず、第10条(就業規則による労働条件変更)に飛び火する可能性もある。そこで労働組合との交渉状況等が問われてくる、そこまでの射程がある話だろうと考えています。

菅野 無期転換後の労働条件について、就業規則上の制度改正ということになれば結局、第10条の就業規則の変更の有効性いかん、つまりは労働組合等との交渉の経緯等が1つの判断要素になってきますので、私も、組合があってもなくてもやはり従業員との話し合いはやっておいた方が安全なのかなという印象を持っています。

各論に移ります。時間の関係で第18条と第19条を合わせて見たいと思いますが、これについてはあらかじめ主要な論点を3つ抽出しておきました。第1点目は、無期転換していこうという方針をとった場合、転換後の労働条件をどうするかです。変更しない場合、有期契約当時の労働条件のままになりますが、人事管理上もそれで良いのか。それから、転換させる人とさせない人の振るい分けなどは行われるのかどうか。第2点目は、無期転換をできるだけ回避しようとする場合です。無期転換申込権の不行使の合意なんてあるのだろうか。通算5年を超える前に雇止めする制度の運用、更新の回数上限なり勤続年限を設けることによる運用に、果たしてどういった法的な問題があるのかないのか。第3点目は、雇止めです。雇止めの有効性の判断基準は、依然不透明であるという実感はあるのか、また、雇用調整は今後、どうなっていくのか。こうした3つの切り口から、議論していただきたいと思います。

転換後の労働条件はどうなるのか?

竹林 転換後の労働条件で悩ましいのは、勤務地・職種の限定がついている有期契約労働者が多いだろうと思いますので、無期転換後、勤務地・職種について、なお限定を維持するのか、それとも典型的な正社員と同様に限定をなくしてしまうのかの問題です。従前同様の勤務地・職種の限定が転換後も維持されている場合は、当該勤務地や当該職種が喪失した場合の雇用保障の程度も、典型的な正社員と比較して、より限定的で低いものになってきます。そうすると、事業所の閉鎖や職種の廃止も可能性としてはあるだろうという場合は、リストラや整理解雇も視野に入れて、転換後も従前同様の勤務地・職種の限定を維持するという方向性もあり得るわけです。

それから、有期契約労働者だからこそ設けられてきたような「有期プレミアム」の労働条件を、無期になるのだから別段の定めで低下させるという方向性もあり得ます。別段の定めによって不利な変更を行うことも禁止されてはいないわけで、施行通達を見ても「職務内容が変更されないにもかかわらず、従前の労働条件を低下させることは…望ましくない」という婉曲的な表現にとどまっています。公序良俗違反(民法90条)に抵触しない限りは、労働条件を引き下げることも可能です。

そのうえで、労働協約による変更の場合には、労働協約の適用対象者を明確にしておくべきで、転換する方が労働組合法第16条の規範力における組合員か否かの問題と、労組法第17条の一般的拘束力における「同種の労働者」か否かの問題に留意すべきです。個別労働契約による場合には、労働契約法第12条(就業規則の最低基準効)がありますから、転換後に適用される就業規則と比較して、労働条件が下回る場合には、個別合意は無効とされ、就業規則の定めが優先することになります。議論になるのは、就業規則による場合に、これが労働契約法第7条の問題なのか、第10条の問題なのかという点でしょうが、使用者側弁護士の立場では、第7条(労働契約の締結に際し、合理的な内容を定めた就業規則はその周知を要件に原則、労働契約の内容となる)の問題として考えたいところです。

上原 別段の定めで設定される新たな労働条件が、有期契約労働者当時を上回るものであればまったく問題ありませんが、不利益に変更される場合は2通りあると思います。つまり、これまでずっと有期で雇用されてきて、無期転換すると同時か直前に就業規則で定められた場合は、第10条(就業規則による労働条件変更)の問題になると思います。一方、これから無期転換後の就業規則ができます、という状況下で入社したのであれば、第7条の問題として考えざるを得ないのかなと。いずれにしろ合理性が問題になりますし、第10条の適用になれば、かなり厳格な合理性が求められるでしょう。

松下 私は、企業にとってもルールはシンプルで安定的である方が良いと考えています。今回の無期転換権の行使の効果については、労働条件は転換前後を通じて変わらないことを原則にすべきです。第18条によれば、労働者から申し込まれれば使用者は承諾したものとみなされるわけですから、使用者側は拒否できないわけです。労働者の申込みは、法的に言えば形成権的な効果を持っているのです。ですから、有期であった部分が無期になるだけであって、後の労働条件はまったく変化しないと考えるべきです。形成権行使の結果、いったんは有期契約時代と同じ労働条件で無期契約となるが、その後、当事者の合意や労働協約の適用がなされる結果、その労働条件が変わることもあり得るという風に整理しておけば足ります。

ところで、経済的な合理性からすれば、雇用の安定は多少の賃金の引き下げを伴っても労働者に受け入れられるだろうと考えることができます。例えば、雇用は1年限りだけど給料は30万円支給しよう、でも無期雇用なら25万円しか出せないよという条件を企業から提示された場合、月々の賃金は5万円少なくても雇用が無期なのだから我慢しようといったことが、労働者の合理的な選択としてあり得ます。ただ、それをそのまま法解釈に反映させていいのかは別の問題でしょう。繰り返しになりますが、無期転換権の効果としては有期と書いてあったところが無期に変わるだけだと原則的に整理しておくのが良いだろうと考えています。

北本 第18条からは、無期転換以前と同一の労働条件になると思います。ただし、第20条がありますので、不合理な労働条件の解消について、自主的な労使交渉が期待されるということです。有期から無期に転換しても同じ処遇のままで良いのか、無期になったのだから活用条件を拡げて労働条件も向上させるべきかどうかといったことは、労使交渉に帰着する問題だろうと思います。

それから、先ほど竹林先生がおっしゃった「有期プレミアム」の問題。私は、期間が限定される不利益があるのだから、同じ仕事をする時はこれを補うため、無期雇用より条件が良くても不思議はないと思うのですが、有期契約労働者の労働条件の方が上回っているケースをみたことはありません。同じ仕事をしていても無期より悪いのが現状であって、それこそが今回の法改正につながった理由であると受け止めています。

濱口 法律論としては恐らく、別段の定めがない限りは元通りと書いてあるのだから、それに尽きると思います。ただ、元の状態が果たして合理的だったかどうかは、第20条とかかわる話ではないでしょうか。第20条を裁判規範として考えると、そんなに軽々しいものではありません。一方で行為規範として考えるとき、有期契約労働者のこれまでの労働条件が不合理と認められるほどのものであったかどうかはともかく、ピカピカに合理的だったかという話と実はつながってくるのかも知れない。つまり、有期契約労働者にもいろいろあるわけで、仕事も補助的で責任もない、昔ながらのパート・アルバイトみたいな方もいれば、まさに90年代以降、正社員がやってきたことを代替する形でやってこられた方もいる。その方々を無期転換するとき、従前から無期で働いている人との比較で仕事の中身が中核的かどうか、それにふさわしい合理性はこうだろうという形で、裁判規範というよりむしろ職場で新たな労働条件を作っていく観点から、労使で議論する話ではないかと思っています。

無期転換申込権の不行使合意や、更新上限条項は有効か

上原 無期転換申込権の不行使の合意は、第18条に反するので原則的には無効と考えています。そもそもそうした合意をすることが、使用者にとってどのようなメリットがあるのか、よく分からないところもあります。たとえば、新たに就業規則を作ってこれまでとは異なる、正社員に近い働き方をさせるような場合なら、使用者としてどれくらいの方が無期転換権を行使する見通しなのかを知っておく必要もあるだろうと思います。でも、それ以外でどのようなメリットがあるでしょうか。結局、無期転換権を行使させないための第18条の脱法行為であると解されるのではないでしょうか。

それから、通算5年を超える前の雇止めについては、第19条の適用の問題になると思います。会社として無期転換権を行使させないことが唯一の理由なり中心的な理由であるなら、その雇止めは無効になるでしょう。また、更新の上限条項についても、初回の契約時に更新条件を決める場合は契約の自由にならざるを得ないかも知れませんが、これがあるからといって直ちに、合理的な期待がなくなったと言えるのかどうかが問題です。契約更新についての合理的期待は、契約が満了するまでのすべての事情を考慮して判断されるべきですので、更新の上限条項を設けていれば直ちに合理的期待はないと判断できる、契約更新の拒絶は適法であるといった考え方は問題ではないかと思います。

松下 私は、無期転換申込権の不行使合意の効力については否定すべきであると考えています。労働者の真意に基づくものなら、別に無効とする理由はないという考え方もあり得ますが、そもそも真意に基づくものであったかどうかで紛争を誘発することになります。有期雇用労働者を保護するため、文言上は契約の体裁をとりながらも一方的な意思表示で無期転換できることになっているわけです。使用者の意思に関係なく認められてしまうのですから、そもそも不行使の合意をすることで、使用者が無期転換を阻止することは認められないというべきです。

これに関連して、労働者が「私は無期転換申込権を行使しません」と宣言しても、運用上は無視すべきと考えています。このような宣言もやはり真意かどうかが問題になるので、このようなものは無視し、労働者の無期転換権の行使があったかどうかだけに注目すべきと考えます。

ただ、実務上で判断に迷うのは、労働者と使用者の間で、通算5年が終わる前に、例えば4年11カ月辺りで次の有期契約を締結してしまった時にどう判断するかです。今考えているのは、無期転換権が発生するということも充分、分かったうえで契約の内容や新たな労働条件を話し合ったのであれば、そのまま効力を認めても良いのではないかということです。先ほど不行使の合意は認められないとお話したこととの関係では、労働者側の信義則違反という構成で妥当な結論を導ける余地があると思います。ですから、私の考えでは不行使の合意は無効であって、仮に行使しませんと宣言しても何ら法的に意味のある発言ではない。ただ、次の労働契約が結ばれた後で、やっぱりやめて無期転換にするといったことが許されるかどうかは、信義則の問題として判断すれば足りるのではないかと考えています。

北本 無期転換申込権の不行使の合意については、松下先生と同意見で、事前放棄はできないと考えています。有期契約で働かせることの合理性が問題であって、従事する職務の臨時性ないし恒常性、契約期間の長短、更新回数などの実態により、大いに判断が変わってくるだろうと思います。例えば、通算5年未満の利用を企図して更新上限を3年と定めた場合にその効力はどうなるのか。契約自由の原則からすれば、3年を上限とする期間で契約することは別にいけないことではないでしょう。最近は、使用者もあらかじめ更新の期待を持たせないような措置を結構やっています。その場合でも、仕事の内容、契約期限を設ける必要性・合理性、更新しない理由などが問題になります。司法審査が入り、更新上限条項が設けられていても、第19条の雇止め法理が適用される場合があると思っています。

竹林 無期転換申込権も権利である以上、本来、自由意思による放棄は可能です。ただ、ここで場面を分けて考えなければならないのは、権利発生後の「事後放棄」と、権利発生前にあらかじめ放棄する「事前放棄」です。いずれも自由な意思表示に基づくものであることが認められる、客観的に合理的な理由が存在する状況下でなされたものでなければなりません。結局、「事後放棄」は認められるが、「事前放棄」は認められないのでしょう。「事前放棄」は、施行通達でもわざわざ「公序良俗に反し、無効と解される」と明記しているくらいですから、逆に言えば「事後放棄」は認められても良いのです。では、「事前放棄」はまったく認められないのかと言えば、施行通達を子細に見ると、一律に事前放棄は無効になるとしているのかが判然としておらず、「事前放棄を更新の条件とした場合を公序良俗違反として例示したのみであって、あらゆる事前放棄を一律に無効と断定しているわけではない」と読めなくもない。たとえば社内弁護士やスポーツ選手、あるいは執行役員の方等が有期で雇用されていて、無期転換するかどうかの事前放棄をとることは実務上あり得ることであり、ごくごく例外的に認めても良いのではないかと思っています。

更新の上限条項ですが、まず、就業規則で定めた場合は、新規の方であれば労働契約法第7条と、雇止めした場合は第19条の問題になるでしょう。一方、既存の方との関係では第10条の問題になり、雇止めした場合は第19条の問題になります。また、更新上限条項付きの個別の労働契約書に署名・押印させた場合ですが、契約の締結時に更新限度を明示していれば、その限度を超える雇用継続への合理的期待は一般的には否定されるでしょう。ただ、既に雇用継続の合理的期待が生じていた場合は、使用者が一方的に以後更新しない旨を明示する等の措置をとったとしても、労働者の雇用継続への合理的期待を当然に失わせしめるものではありません。契約の不更新条項への同意が更新の条件となっている場合、労働者としては同意せざるを得ない状況下で不更新条項に同意したわけですから、そうした労働契約書に形式的に署名・押印したからといって、直ちに雇用継続への期待が消滅するわけではありませんので、諸般の事情を慎重に考慮して判断する必要があるだろうと思います。

濱口 私は、要するに今回改正された労働契約法はヨーロッパ型であり、反復更新して5年を超えるようなら、幾らなんでも濫用でしょうという話だと考えています。だとしたら、濫用だけれども文句は言わないでね、というのはやはり変だろうなと。ここでちょっと考えていただきたいのは、特定の期間だけ労働者を使いたいのなら反復更新などという姑息なことをせず、初めから5年や7年の一括契約で雇い入れれば済むのではないかという議論が、ゼロベースで考えれば当然、出てくるはずだということです。そうすると、恐らく労働基準法第14条(契約期間等の定めのあり方)との関係でも議論しなければならなかったはずが、これまではあまりしないまま来てしまった。とくに11年前の労働基準法改正の折りに附則第137条ができてしまい、しかも暫定的だったはずがもう10年以上そのままになっているということについて、法政策的にはもう少し議論があっても良いのではないかと思います。

雇止めの有効性は依然、不透明なのか

北本 第19条の法文化は、これまでの判例を足しも引きもしないということだったと理解しています。雇止めが有効になるかどうかは、どういった仕事にどんな理由で就けてきたのか、その契約・更新に際しては使用者側からどのような言動がなされてきたのか、逆に雇止めを受けることによって有期契約労働者の損害はどの程度に及ぶのか、そうしたことと雇用調整のバランスの総合的な判断の問題になってきます。雇止めの問題は、事案に応じて裁判所がどう判断するかが依然、悩ましいテーマであることに変わりはないと思います。

松下 私も雇止めのルールは基本的に変わっていないと思います。ただ、無期転換を阻止するための雇止めは許容されるだろうと考えます。極端に形骸化して既に無期化していると判断される「有期」については、もはや有期契約ではないと理解すれば足りるわけです。「有期」の建て付けを保っているものについてはあくまでも有期契約なのですから、新たに無期転換ルールができたことでこれまでの契約更新とは意味合いがまったく異なるわけで、ここで雇止めにしますということは客観的に合理的な理由があって社会的な相当性がある1つの例である、と解釈すべきだと思います。

上原 5年も有期で雇い続けること自体が異常な事態だと思いますので、第18条ができたことは第19条に関しても、労働者側の合理的期待をプラスする事情になるのではないかと考えています。

雇用調整の問題ですが、整理解雇の際にはまず、無期転換社員から切っても良いかという問題が発生すると思いますが、そもそも有期契約労働者の中にだって正社員と同じ働き方をしている人もいるわけですから、そうした場合まで彼らから優先的に雇止めするのが良いとするのは問題だろうと思います。つまり、正社員に対しての希望退職を募る前に、ほとんど正社員と同じような働き方をしている無期転換社員から整理解雇するのは、解雇権濫用法理上の問題になるのではないかと考えます。

竹林 第19条は不文の判例法理をそのまま付け足しも削りもしないで明文化したというのが立法過程での約束ですから、そういった意味では第19条ができたからといって今までの雇止め法理が変わるわけではない、裁判所の判断も基本的には変わらないだろうと考えています。とはいえ、第19条の柱書きを見ると、契約の申込みと承諾の擬制という構成で整理されています。しかるに、現実の雇止めは、労働者からの申込みを問題にせず、まずは使用者から雇止めの通知がなされ、それに労働者が異議ある場合に雇止め法理の適用の有無が問題になってきます。その辺のずれをどう考えるのかという問題があると思います。もう1つ気にしているのは、第19条の条文の文言上、前契約の期間満了日から労働者の申込みの日までは空白期間が生じ、バックペイも労働者の申込み時(みなし承諾時)から発生するのではないのかということです。申込みと承諾という擬制があるとしても、会社側としては、前契約の期間満了日から労働者の申込みの日までの空白期間については、バックペイを支払わなくても済むのかなという思いを持っています。

それから、上原先生から「第18条ができたことは第19条に関しても、労働者側の合理的期待をプラスする事情になるのではないか」というお話がありました。私は、冒頭で申し上げました通り、第18条ができたことによって、雇止めが認められやすくなったわけでもないし、認められにくくなったわけでもないと考えています。経営法曹の先生の中には、第18条が設けられた結果、会社はこれに基づいて制度を設計するようになるのだから、むしろ雇止めの客観的かつ合理的な理由の1つとして第18条の成立・施行を主張すべきだという考えをお持ちの方もおられますが、私はそうではないと思っています。

それから、雇止めの有効性ですが、第19条をもってしても、依然、不透明だと思います。つまり第19条1号あるいは2号に該当するか否かの判断は予測可能性に欠けると言わざるを得ません。龍神タクシー事件(大阪高判・平成3年1月16日)では、初回の更新拒否でも雇止め無効になりました。一方、亜細亜大学事件(東京高判・平成2年3月28日)では、1年契約で20回更新された非常勤講師の雇止めが有効になりましたし、加茂暁星学園事件(東京高判・平成24年2月22日)でも勤続25年ないし17年におよんだ非常勤講師の雇止めが有効になっています。どうもまだ予測可能性に欠けているわけで、今回の法改正でもこの点に何ら変化はみられず、依然として紛争を惹起する要因になっていると考えています。

また、雇用調整の問題ですが、第19条は判例法理を付け足しも削りもしないということではありますが、やはり明文化されたことによって周知されるので、雇用調整としての雇止めは、企業側にとっては非常にやりにくくなるだろうと考えています。ただし、どうしても整理解雇ないし整理解雇的雇止め等のリストラが必要ということになれば、その対象は、まずは有期の方、それから転換した無期の方、最後に正社員というのが、これまでの裁判所の考え方ということになると思います。

濱口 無期契約労働者の場合、単に解雇と言わずに整理解雇や能力不足解雇、あるいは非違行為などと分けて議論するのですが、有期契約労働者は全部まとめて雇止めと言ってきました。この点、本当はもう少し慎重に議論しなければならないのではないかと感じています。たとえば、この人はちょっと出来が悪いという場合。正社員であれば他の部署に回してふさわしい仕事を探すけれど、有期契約労働者はこの仕事に対して雇ったのだから、これがダメなら仕方がないという話になるのかならないのか。斡旋や労働審判の事例を見ると、言うことを聞かないから雇止めだというケースも結構ありますので、有期契約労働者の雇止めについてももう少し腑分けした形で議論が進んでいけば良いなと思っています。

菅野 議論を聞きながら、この法律を作った時、第18条については5年が来る直前の解雇を促進するのかどうかといった、労使の意見の大きな食い違いがあったことを思い出しました。その後の文献で、私がみている限りは、5年が来る直前で無期転換申込権の発生を回避するような雇止めは、第19条の雇止め法理で対処できるのではないかという議論があるようです。一方、第18条の脱法行為とみなす議論はまだ、詰められていないという印象を持っています。

第20条に移りまして、主な論点としては一体どのような法的効力のある規定なのか、また、訴訟ではどういった請求ができるのか。それから、不合理かどうかの判断はどのように行われるのか(誰とどのように比較するのか、不合理となる相違の程度とは)といったことがあると思いますが、いかがでしょうか。

第20条はどのような法的効力を持つか

松下 第20条は明らかに司法的効力、つまり契約関係に対する効力を与えているということに異論はないと思います。ただ、これも恐らく異論はないと思いますが、不合理な相違の禁止ですので結局、相違があること自体はある程度、認められると考えます。許される相違が、ある段階からその合理性を失って不合理なものになるといったことですので、結局のところ裁判所がどの程度の違いであれば合理的でそれ以上になったら不合理と考えるか、ケース・バイ・ケースで判断していかざるを得ないと思います。

そのうえで、労働条件というとやはり賃金を考えがちですが、少なくとも正社員の賃金はライフサイクルに合わせたもの、要するに定年まで勤め上げてバランスが取れるように設計されているものですので、そうした意味で賃金の相違が不合理であるといったことはほとんどないと考えます。

もう1つ重要な点は、不合理な労働条件があってもうまく労働条件の読み替えができなかった場合、解釈による労働条件の補充ができなかった場合の対応です。このような場合にも、損害賠償による金銭的な恢復は可能だと考えられるところです。

北本 第20条では損害賠償が認められるだろうという点は松下先生と同意見ですが、私どもは使用者の債務不履行責任もあるのではないかと考えています。安全配慮義務が承認されているのと同様に、不合理な労働条件を設定してはいけないという義務が、労働契約の中に包摂されているのではないか、損害賠償請求にとどまらず、無期契約労働者と同じ労働条件に引き上げる直律的効力が、認められるべきだろうと思っています。

労働条件には、社員食堂の利用もあるでしょうが、賃金、労働時間、その他すべてが入ってくると考えています。そこで何が不合理かということですが、これも一律的に終身ライフサイクルを持っている正社員と有期契約社員では違うのが当たり前ということではなく、実態としてどのような労働に従事し、どういった労働条件にあるのかという具体的な状況に即した判断で、不合理かどうかが決まってくるだろうと思います。社員食堂については誰がみてもと言いますか、少なくとも現在の価値判断からすれば社員食堂を使わせないのはおかしいだろうと。では、通勤手当はどうなるのか、また、慶弔金など福利厚生的なところを含めて話がおよぶと思うのですが、いずれにしても現状がこのまま肯定されて良いということではなく、有期契約労働者の地位の改善に向けて何が不合理かということについても、あくまで働く現場の実態に即して判断されるべきでしょう。その結果として、賃金なりも含めて、裁判所で取り上げてもらうことになるのではないかと思っています。

竹林 第20条の法的効力については、不法行為に基づく損害賠償請求は可能だが、損害立証は困難だろう、賃金等の差額を立証できない場合は慰謝料請求に留まると考えています。なお、賃金の差額請求権や安全管理上の措置、教育訓練等の労働条件の相違の是正請求権は認められないと考えています。第20条は私法上の強行法規ですから、不合理とされた労働条件の定めは無効になります。ただ、厚生労働省の見解には反対で、労働基準法第13条のような補充的効力は定められていませんから、無効とされた労働契約内容は関連する労働協約、就業規則、労働契約等の合理的解釈によってのみ補充されると考えています。

ニヤクコーポレーション事件の大分地裁・平成25年12月10日の判決は第20条違反が主張されていましたが、施行期日との関係で未だ損害が発生していなかったということで退けられました。そこでも、「労働契約法20条の違反は不法行為を構成すると解される」と明確に判示されています。

それから、不合理かどうかの判断ですが、「その他の事情」については菅野先生の教科書なりに書かれていることに尽きるではないかと思っています。すなわち、合理的な労使慣行や労働条件の設定手続、それが使用者によって一方的に行われたものか、労働組合や従業員集団との労使交渉を経て行われたものか、交渉の形態、とくに有期契約労働者を包含する形態で行われたか、状況(合意達成の有無、内容)等の事情です(菅野和夫「労働法 第10版」237頁)。

また、相違の程度につきましても、私は菅野説を取りたいと思います。つまり、「『不合理と認められるものであってはならない』とは、有期契約労働者の労働条件が無期契約労働者の労働条件に比して単に低いばかりではなく、法的に否認すべき程度に不公正に低いものであってはならない趣旨を表現したものと解される」(菅野和夫「労働法 第10版」235頁)という説です。

上原 北本先生と同じです。直律的な効力も、施行通達で言っている通り認められるべきだと思います。仮に直律的な効力が認められないとしても、例えば不合理に定めた就業規則の当該部分が無効になることは明らかでしょう。その無効になった就業規則を、今度はどのように補充的に解釈するかという問題で、労働者が救済されるケースが結構あるのではないかと考えています。不合理かどうかの判断がなかなか難しい面もあるかも知れませんが、単純な発想として有期・無期契約労働者の間で何でこんなに差があるのかと。そこで、働き方もそんなに違わないじゃないかというのか、全く違うから仕方がないのかの問題に、尽きるのではないかと思います。裁判になればいろいろな議論があるでしょうが、労働者側からすればなぜ、差が存在するかについてきちんと説明せよ、説明できないなら是正せよということを、会社側に積極的に要求・交渉していくべきだろうと考えています。

濱口 第20条は冒頭で申し上げた通り、まさにヨーロッパ型の法制そのものです。欧州では別にレギュラーだろうとノンレギュラーだろうと、基本的な賃金決定システムに違いがあるわけではありません。それを日本の場合は20年間、パートタイム労働法で均衡処遇などと言って、そもそも物差しがまったく異なって比べられないものをどうするかみたいな話をずっとしてきた。そうした中で第20条のような形にしたということは、物差しが違うからそもそも話にもなりませんよ、とはもう言えない状況にしてしまったのだろうと思います。とはいえ、物差しの中にはいろいろなものが入れられています。業務の内容だけでなく責任の程度、配置の変更の範囲やその他の事情など。物差しが違うから比べられませんとはもう言えないが、これまでは物差し自体が違っていたのだからそう簡単にはいきません。だから、不合理と認められるものであってはならないという何か持って回ったような言い方になっているのでしょう。そのために裁判規範として直接的に使うのは若干難しいというのが、多分正直なところだろうと思います。

ただ、先ほど来申し上げていますように、これをむしろ行為規範と言いますか、今までの正社員の賃金システムそのもの――日本の企業で典型的だった職能資格制度など――を、非正規あるいは無期転換した方々と共通の枠組みの中に入れていこうということが、法律の射程に入っているのだろうという感じがしています。これから現場で労使が話し合い、それをどう作っていくかという話ですので、今すぐ何が正義かという話に使おうとすると摩擦も起こると思うのですが、やはりそうしたものを今後は作っていかなければならないという課題を、広く労使に課した規定であると捉える必要があるのではないでしょうか。

菅野 直律的効力とか、補充的効力云々の議論はいずれの立場もあるわけですが、私は、就業規則が不合理だとして無効にされた場合は関連の就業規則の解釈に依るべきではないか、無効であればこちらの就業規則に依りましょうといったケースが、かなりあるのではないかという気がしています。また、濱口さんと同じになりますが、行為規範として労使に対して各企業の実情に沿い、新たな雇用区分を処遇のあり方、役割のあり方も含めて作っていって欲しい、そういう気持ちを込めた規定だと思っています。