事例報告③
柏市・UR・東大共同プロジェクト
『セカンドライフ支援事業』─概要と今後の展望

講演者
前田 展弘
ニッセイ基礎研究所主任研究員
(東京大学高齢社会総合研究機構客員研究員)
フォーラム名
第75回労働政策フォーラム「高齢者の多様な働き方と社会参加の実現に向けて~企業・行政・地域の取組み~」(2014年9月25日)

私からは、東京大学のメンバーとして2009年から約5年間、今も継続して取り組んでいる柏市の「セカンドライフ支援事業」について紹介させていただきます。

まず、活動の基盤となる東京大学高齢社会総合研究機構(The Institute of Gerontology)についてですが、「高齢化課題先進国」である日本を「高齢化“課題解決”先進国」にすることをミッションとして、地域と連携した活動を行っております。その中で柏市との活動に取り組んでいます。活動のベースとなるのはジェロントロジーという学問で、これは高齢期の個人のさまざまな課題と社会の高齢化に伴うさまざまな課題を、学際的なメンバーで解決していくことを目的としています。その解決に当たっては、大学だけでなく、行政、自治体、住民、企業、NPO等の民間とも連携しながら取り組みを進めていく特徴があります。

さて、柏市のプロジェクトですが、同市は人口40万人のまさに東京のベッドタウンです。市内の豊四季台地域には、大きなUR団地があり、団地内の高齢化率はすでに40%を超えています。この豊四季台地域が活動の舞台です。

プロジェクトは長寿社会のまちづくり事業の一環として進めておりまして、具体的な事業内容としては大きく分けて3つあります(図1)。1つが、本日ご紹介するセカンドライフの支援事業です。とくに高齢期の前半部分の課題解決のために「生きがい就労事業」の創成を行います。2つ目は、最期までの“安心”を提供するための「地域包括ケアシステム」の実装化です。3つ目が「歩いて暮らせるコミュニティ」づくりとして、住宅や移動等のハード面の問題解決に取り組んでいます。

自然な形で活躍できるのが就労

今に始まった話ではありませんが、60歳や65歳でリタイアした後、やることがない、行くところもない、会いたい人もいないために、自宅に閉じこもってしまいがちな人は少なくありません。とくに都市近郊地域は、2012年から団塊世代が65歳を迎え始め、リタイアした高齢者の中にそうした人が増えつつあります。リタイアした高齢者に対して、新たな活躍場所を提供することは地域の大きな課題になっています。

プロジェクトはこうした人たちに、より自然な形で外に出て活躍してもらうにはどうすればいいのか、これをさまざまな住民の方にヒアリングすることからスタートしました。その結果、たどり着いたのが「就労」ということだったのです。とくに男性は、朝起きて仕事に出ることが長年慣れ親しんだライフスタイルとなっています。また仕事は自分の役割や場所が必ずありますから、一番自然に外へ出ていきやすいということでした。ただ、現役時代と同じように月曜日から金曜日までフルタイムで働くような働き方は決して望んではおらず、「働きたいときに無理なく楽しく働ける」ことが理想であり、高齢者側の強いニーズとして確認されました。他方、地域の視点に立てば、高齢者のパワーを地域の課題解決に生かしたいという思いがあります。その結果、両者のニーズに応える形で、生きがい就労のコンセプトを固め、プロジェクトを進めてきました(図2)。

1年少しで約170人を雇用

具体的に柏市で開拓してきた事業は、図3になります。柏市、UR都市機構、東京大学の3者で構成する研究会の中に設置した「全体事業統括組織」が活動のエンジンです。開拓した生きがい就労の場としては、農業、食、保育、生活支援、福祉サービスの領域から計9つの事業を拓きました。実績としては、2012年の後半ぐらいから雇用のマッチングの支援を始め、2013年3月末までの1年少しの間で174人に新たなセカンドライフを提供することができました。現在もマッチングの支援を継続していまして、直近では、250人超の方に活躍してもらっています。

「生きがい就労」は自分の望む仕事を、自分のペースで無理なく働けるようにすることをめざします。そのためにワークシェアリングを積極的に導入しました。5人で1つの仕事をこなすような形をとり、それぞれグループ内で自分の都合のいいときに働けるように調整しながら働いていただいています。

事業全体のオペレーションについては、まずは、前述した活躍場所となる事業の開拓から始めます。住民(高齢者)の方については、家に閉じこもりがちな人に出てきてもらうことを主眼として、どこかの団体や組織に加入している高齢者に声をかけるのではなく、普通の住民向けのセミナーを継続的に行い、就労希望者を募りました。仕事へのマッチングについては、事業者および住民の双方にニーズに関する情報提供までを行い、あとは各事業者と住民の方で直接雇用契約を結んでいただくようにしています。

学童保育では能力をそのまま生かせるケースも

各事業について少し詳しく紹介すると、【農業】では、柏の若手農家(現在8人)の方に、有限責任事業組合「柏農えん」という組織をつくっていただき、そこが受け皿となる形で運営いただきました(図4)。高齢者はそれぞれの農家で体験農業を経て、実際の就農を行ってもらうわけですが、農業は人によって向き不向きもあり、生産的な方はそのまま雇用されますが、ちょっと難しいなという方は、今は新たに設けた「農業塾」で農業のトレーニングを行っていただいています。

ミニ野菜工場の事業も手掛けています(図5)。これはどちらかというとシンボリックな事業として位置づけていまして、職場と自宅ができるだけ近いところで働けるようにということと、団地内の空きスペースの有効活用の狙いもあって設けました。現在は、2つの植物栽培ユニットを設置して、そこで若干名の高齢者に活躍いただいています。

【食】については、団地内の商業区の建て替え後(2015年以降)に事業開始になるので、まだ高齢者の雇用は始まっていません。これまで構想と計画を詰め、現在は事業者を公募で募り採択したところです。今後「高齢者の高齢化」により、80歳、90歳といったより高齢な高齢者が増えていきますから、地域の食を支えるコミュニティ食堂の需要はさらに高まってくると思います。また、この食堂は高齢者の食を支えるだけでなく、他世代との交流の場となることを想定しています。

【子育て】は、保育士さんの周辺業務を高齢者が担う形で進めています。保育士さんでなくても対応できる業務として、たとえば、朝の幼児の迎え入れや、午後のお休みの見守りなどの場面で、高齢者が数時間だけ対応する形です。事業者の代表の方からは、保育士さんが自分の保育の業務に専念できることで、業務全体としてうまく回るようになったと評価されています。

【学童】学童保育事業(塾)では、自分のキャリアや経験をそのまま活かす形で活躍してもらっているパターンです。ある意味、理想的です(図6)。他の事業の時給はほとんど最低賃金水準なのですが、同事業は、普通の現役講師と同じ時給で雇用されています。ここで活躍するシニアは、長年海外勤務をされていた方が子供に英対話を教えたり、ロボット技術を持っている方が子供にロボットの仕組みや作り方を教えたりしています。まさに培ってきた能力や経験をそのまま生かす活動をしています。

【生活支援】については、元気な60代、70代のシニアの方が、よりご高齢な老親の生活を支援しています。【福祉】福祉サービス事業では、先ほどの子育てと同じように、介護士さんの周辺の業務をシニアの方に担っていただいています。直接の介護サービスを行うのではなく、食事の補助や施設内の掃除・洗濯、また施設が地域に開放しているカフェの接客だったり、施設周辺の園芸管理などで活躍いただいています。

事業者はピンポイントで人材を確保できると評価

事業者と就労シニアの方の声を伺うと、事業者は、若者を生業としては雇えないピンポイントの業務(短時間・単一業務等)をシニアの方に担ってもらえる、有能な人材を低コストで雇えるなどと評価しています。他方、シニアの方は、生活のリズムやハリ、また緊張感が生まれたといったことをよく言われています。

こうした「生きがい就労」という1つのモデル事業を開発できたわけですが、シニアの方が有するセカンドライフにおける社会参加ニーズに照らしてみると、この事業もまだまだ完全ではありません。「働きたい」というニーズ1つをとってみても、就労形態、能力・賃金レベル、就労時間等で区切ればさまざまなニーズのセグメントができるように多様です。就労以外のニーズもさまざまあります。ということで、私たち、東大、柏市、URで進めている取り組みの最終ゴールは、図7のような、地域の中にセカンドライフを支援する組織、仕組みを実装していくことに定めています。

誰もが企業で働いて、生計を維持してきた仕事をリタイアして、いずれは自宅周辺の地域に生活の拠点が移っていきます。自分の地域に戻ったときに、自分が望む仕事や地域活動等にスムーズに行ける、ナビゲートしてもらえる、そうした組織が今の地域社会に不可欠と思っています。

なお、こうしたことを厚労省にも進言してきた結果、今年度から同様の活動を推進する施策が講じられました。地域人づくり事業の一環としてですが、現在9つの地域でセカンドライフを支援する事業がスタートしています。柏市もこの事業の中で、生きがい就労事業をさらに発展させた「セカンドライフ支援事業」に今後も取り組んでいくところです。