パネルディスカッション:第73回労働政策フォーラム
日本型グローバル人事のこれから
(2014年4月14日)

写真:壇上の講演者の様子
パネリスト
山口 岳男
株式会社日立総合経営研修所取締役社長
(株式会社日立製作所人財統括本部兼任)
荒井 秀明
株式会社小松製作所コマツウェイ総合研修センタ所長付
南 和気
SAPジャパン株式会社人事/人財ソリューション部部長
コメンテーター
杉浦 正和
早稲田大学ビジネススクール教授
コーディネーター
守島 基博
一橋大学大学院商学研究科教授

司会 これよりパネルディスカッションに入ります。まず、コーディネーターの一橋大学大学院教授の守島基博先生から問題提起を含めまして、お話を頂戴します。

問題提起 人材マネジメントもグローバル化

守島教授

守島 大きなトレンドでみると、経済がグローバル化する中で企業経営もグローバル化していきます。それに伴い、経営機能の一部である人材マネジメントにもグローバル化が求められます。2011年6月に経団連が出した報告書においても、日本の企業は人材のグローバル化を進めていかないといけないとの議論がなされています。

こうしたなかで現在、進捗感のある企業もあれば、全然進んでいないと感じる企業もあるかと思います。日本企業が世界でたたかっていくには、主に国内ビジネスを担う人材を中心とするいわゆる日本型の人事管理のあり方では、これからのグローバル化時代、グローバル経営の中では対応できないという議論が出てきて、そうした認識は大企業を中心に広くシェアされてきています。

このため、仕事基準にしてみたり、グローバルグレーディングをつくってみたり、グローバルスーパーリーダーという言葉が出てくるなど、グローバル人材を確保していかないといけないという議論につながっていきます。

グローバル化以外も変化を求める動き

同時に、グローバル化だけではなく、その他のいろいろな側面からも日本の人事マネジメントが変化を求められています。たとえば、優秀層がだんだん流動化していくこと、労働力がダイバーシティ化していくこと、成果主義のもたらした結果に対して何らかの決着をつけなければならないこと、正規と非正規の格差の問題などがあります。

これらの問題から、どういうことが言えるのでしょうか。ひとつには、戦後日本の企業がつくり上げてきた人事管理のあり方、もくしは人材マネジメントのあり方に対して、何らかの変化を起こしていかないといけない、これまでのやり方では駄目だというグローバル化と同じような趣旨の議論がなされている気がします。

グローバル化には課題が山積

では、グローバル化の話に戻ってみますと、一部の先進的な企業を除いて、課題が山積しているというのが現状ではないでしょうか。たとえば、現地人材が育っていないこと、日本人人材のグローバル対応が進まないこと、スーパーグローバルリーダーの確保ができていないことなどがあります。

制度面の課題をみると、グローバル人事制度はつくったが、運用ができていない。また、現地人材を育てるための育成プログラムをつくったけれども、運用が出来ていないこともあります。したがって、グローバル人材マネジメントに関してはまだまだ課題が多いというのが、多くの企業での実感ではないでしょうか。

日本型グローバル人事はあるのか

一方、日本の人事はほかの企業のやり方を学習して、自分の企業に応用していくことが得意です。そのため、今までさまざまな変革を起こしてきました。しかし、グローバル人材に関しては、欧米の優良企業のやり方は学びましたが、それがうちの企業でできるのかという思いが、皆さん方の心のどこかにあるのではないかと思います。

その反動として、日本型グローバル人事があるのではないかという議論もでてきます。もし、今の強みを何らかの形で生かす形でグローバルに対応していけるような人材マネジメントができるとすれば、日本の企業にぴったりくると思われるのではないでしょうか。

さらに財務など他部門はグローバル化が進んでいるのに、人事部門は追いついていない傾向も出てきました。

具体的にどういう施策を入れていくのか、あるいは、どういう方法論をとっていくのかという以上に、日本の企業には深い問題があるようです。

グローバル化が進まない理由

なぜグローバル化が進まないのか。それにはいくつかの理由があります。経営のグローバル化といってもいろいろなタイプがあります。それぞれの企業の置かれているビジネスのあり方や戦略の内容が異なるので、モデルがありません。当然、自社のビジネスを原点とした発想で進めなくてはならないので、他社から学ぶことが極めて難しいのです。

ダイバーシティを経験したことがないことも理由のひとつです。言葉が違う、価値観が違う、働き方が違うという人材の管理の経験がないのです。

さらに、日本の人事管理は、国内でひとつの発展形態を遂げてしまいました。一種のガラパゴスです。そのやり方が、今のグローバル化した経営の中ではミスマッチがあるのも事実です。これらの要素が、複合的にグローバル人事を難しくしているのです。

グローバル人材マネジメントとは

では、グローバル人材マネジメントとは何なのでしょうか。単純に言えば、グローバル・スケールで経営戦略に合わせたタレント・マネジメントをやることです。つまり、優秀層だけでなく、すべての人材を対象としながら、グローバルな戦略とビジネス展開に合わせて、人材の確保や育成、活用をやっていくことです。

このとき、考えておかなければならないポイントが3つあります。

ひとつは、ビジネスの論理を優先することです。人事の人は、得てして、人事の論理で考えてしまいます。そうではなく、ビジネスの論理から人事を考えていくことが必要になります。

第二は、日本型人事管理をゼロベースで見直すことです。日本型人事管理がすべてだめだと言っているのではありません。ゼロベースで見直して、良いところは残し、悪いところは変えていく、これをやるべき時代に入ってきているのです。

3番目は、人を大切にする。外国人も人ということです。日本の人事管理では、外国人は別枠で扱う慣行がありますが、よくないことだと思います。人は人と考えた上で、全員を扱っていくマネジメントが必要になってくると思います。

テーマ1 なぜ日本企業ではグローバル人事が進まないのか

これらを踏まえ、パネルディスカッションの1番目のテーマに入ります。なぜ日本企業ではグローバル人事が進まないのか、感覚だけの問題かもしれませんが、各企業でいろいろなことがあるかと思います。そのあたりからお願いします。

社内でグローバル化の必要性を共有

山口社長

山口 グローバル化は社内でその必要性を共有しないと進みません。90年代後半に本社の国際人事グループで課長をやっていたころ、グローバル企業のHRのプラクティスはこういうものですと、本社人事部門でプレゼンしましたが、関心はゼロでした。

当時、日立製作所単体でみると、主体は国内で、海外売上げ比率は3割を切っていました。投資家が連結ベースで経営をしなくてはいけないと見始めたころです。そういう中で、グローバルといっても、何を言っているのかという感じでした。

ところが、10数年後には状況が変わりました。会長や社長の進めなければならないという思い、強いドライブがあって進みました。自分たちのところでビジネスを実行する上でほんとうに必要であることを明確にして、それを共有していくことが大事だと思います。

そして、やるとなったら一番難しいところから手をつけることです。ずっと一番易しいことに手を付けていました。それは育成です。人材の育成は一番難しいのですが、取り組みに反対する人は基本的にいません、という意味で易しい。ですからやれます。しかし、グレードや処遇の根幹にかかわることになると、ものすごく抵抗があります。やるんだったらそこから手をつける、180度思い切って振るというのが、一番必要なことかと思います。

その国の文化や慣習を踏まえた育成策

荒井所長付

荒井 弊社はコーポレートがつくった人事制度を全世界に展開しているわけではありません。各現地法人がそれぞれの国の文化、習慣を踏まえた上で、どのように人材を育成していくのか、どう採用していくのかをやっています。

コーポレートの人事担当役員は大きな海外現地法人のトップの査定や評価はしますが、そのほかのトップについては地域本社のシステムを取り入れ、その中で事業所のトップの評価は地域本社の人事部門が評価する仕組みを取り入れています。試行錯誤しながらどういうふうにしたらコーポレートの考え方を伝えられて、人材が集まってくるかという観点で少しずつ見直しを加えながらやってきた歴史があります。

人事については、全体をみわたす人事の管掌役員のほかにコマツの各事業本部に人事担当部門があります。事業本部内での異動や採用については、その事業本部の中の人事部が評価します。月に1回、各事業本部の部長に集まってもらい、大きな方針、施策を話し合って、各事業部に展開するやり方をしています。

海外についても、人事管掌役が定期的に海外の地域本社を回りながら、海外現地法人はどういうふうに人事、採用をしているかを評価しながら、コーポレートの考え方も伝えていきます。少しずつ海外に事業展開が増えていく中、地域の経営トップを採用して現地化していくということも考えながら進めているのが今の状況です。

ゴールを明確に設定することが大事

南部長

 顧客とグローバル人事について話をすると、総論賛成で、いざ具体的なアクションとなると抽象的になってしまうことが非常に多くあります。なぜかというと、ゴールが明確に設定されていないからです。たとえば、このビジネスを何年後にこのレベルに持っていく、そのためにグローバル・リーダーに値する人間をいつまでに何人育成する、という形で、ビジネスと連動した、具体的なゴールを定めてグローバル人事を始めることが大事です。それを最初に定めないままで始めてしまうと、せっかくの取り組みが継続できない、あるいは形骸化してしまうということが起こります。

たとえば、SAP自身についていえば、中期経営計画に基づいたグローバルタレントマネージメントに取り組んできています。グローバルで経営を任せられるリーダーを、短期的に、内部育成で育てていくことがゴールですが、結果が出ているかというと、まだまだ道半ばというのが私の実感です。身近な例でいいますと、SAPジャパンという日本法人が設立されてから、22年が経ちますが、日本法人の社長を内部育成によってアサインできたのは、1人だけで、実際は、まだまだ外部からの採用に依存しています。リーダーを意図的に内部からつくり出すストラテジーがあっても、人材はすぐには育ちません。地道にエグゼキューションし続けてゴールを達成できるまでやり続けるしかないと思います。そのためにも、何を達成するのかがぶれないための、明確なゴール設定が大事だと思います。

早く決めて修羅場を経験させる

杉浦教授

杉浦 できていない感じがあるのは、本気でやってこなかったことと構え過ぎていたことの2つに起因すると思います。

経営において一番貴重な資源のひとつは時間です。このことを考えると、ビジネスのグローバル化を行うのであれば人材のグローバル化に早く手をつけることが大事だと思います。その際、「決め」と「修羅場」の2つがあると思います。

「決め」は、腹をくくらないとものごとは動かないということです。このことに関してはビジネススクールでの運営経験からお話してみます。ビジネススクールは国際対応が必須です。10年くらい前から、教員採用においては英語で授業ができることがほとんどの場合において条件となりました。面接では、英語で模擬授業を行ってもらっています。約30人のうち年間1人が入れ替わるとターンオーバーが3%と少し。10年経つと10人入れ替わる計算になります。もともとバイリンガルだった人たちとあわせて、英語で授業できる人がマジョリティーになりました。

もうひとつは「修羅場」です。教員12人をまとめてシンガポールに送り出し、現地で英語で授業する取り組みを行いました。私はそのプログラムの責任者を4年半務めたのですが、容易なことではありませんでした。しかし時を経て多くの教員が修羅場の経験者になっていました。企業も同じです。早く決めて修羅場の経験者を増やすことが有効なのではないかと思います。

トップダウンで人事に降りてきた場合

守島 企業の中には、トップが経団連などで話を聞いてきて、これからはグローバル人事の時代だ、とにかくやれとトップダウンで人事におろしてくることがあります。そういう場合、人事が決められることは何なのか、人事が設定できる目標は何なのかということになります。

山口さんの言葉を借りると、人事がほかの部門に対して、グローバル人事に関心を持ってもらうためには何ができるのかということです。そのあたりはいかがでしょうか。

山口 結局、バイイン、あるいは、説得力のあるビジネスケースと言い換えてもいいと思います。何故やるのか、価値は何なのか、各社にとって何がうれしいのか、これを明らかにする。そこをクリアすると、まずはHR部門に対してバイインする。それからビジネスラインに対してこうだよというバイイン、結構時間がかかるのです。日立グループの30万人に浸透したのかといったら正直まだです。

大切なのは、一旦始めたことは続ける気持ちとシステムを一緒に入れることです。たとえば、グローバルで同じ仕組みを動かそうとするとシステムはクリティカルです。システムを入れると、やめられません。しかし、紙ベースだと、破って捨てればおしまいです。後戻りできないようにするのもひとつのやり方だと思います。

 私も同じような相談を顧客からお受けします。経営者から、グローバル人事をやれと言われた、具体的に何をすべきなのか、という相談です。その時、私は2つのことを申し上げます。

ひとつは、ファクトを使って経営者と会話しましょう、ということです。「今、御社は、グローバルに、どこに誰がいて、それらの人材がどんな成果をあげているのか、どこでどんなリスクの可能性があって、今後3年の間に何が起こるのか、ということを数字できちんと経営者と会話すれば、具体的に何をすべきかがわかります。まずはファクトをつかむことを迅速に行いましょう」とお話しています。

もうひとつお奨めしていることは、グローバル人事推進のための、キーワードを経営者と合意して決めましょう、ということです。SAP自身の場合、それはシナジーです。2010年に掲げた5カ年計画は、M&Aによる新規事業での成長が基本戦略ですが、M&Aを行った企業の売上を足しても到底達成できない高い目標を掲げています。よって、全世界のすべての人的リソースの力を結集して、シナジーを出すしかありません。そのためには、現場からの反発を抑えてでも、成長市場や新規事業に対する思い切った配置を行う場合もあります。その際、経営者と握った旗印が非常に重要な役割を果たします。ファクトを把握し、経営者とキーワードを合意しながら、先ほど山口様がおっしゃられたとおり、とにかく始める、そして続ける、これしかないと思います。

荒井 弊社では社長、本部長、トップ自らが現場に出かけていき問題はどこにあるかを把握して、それを役員と議論することを、この10年やってきています。

たとえば、社長が方針を出して進めてきたことを、社長がかわった途端180度方針を変えるのでは、社員はついてきません。経営層できちんと話し合いをして、コンセンサスを得て、社長が交代してもちゃんとその方針を貫くこと。そのためには社長は、弊社の経営指針やコマツウェイを理解して、会社を引っ張っていける後任を選ぶことが大事だと、社員ミーティングでも話ています。周知の事実にして、社長自身が逃れられないようにしているというのが現状です。

テーマ2 グローバル化をさらに進めるために何をしていけば良いのか

守島 続きまして2番目のテーマ、日本企業の人事管理のグローバル化をさらに進めるためには何をしていけばいいのか、何が重要課題かについてお願いします。

杉浦 日本の企業の場合には、実際には会社ごとに事情が違うので、頭を整理してカテゴリー分けをするのが現実的と思います。

1つめの軸はグローバル化の進展度合いです。2つめの軸は業界の言語依存度です。3つめの軸はその会社のグローバル戦略の内容です。つまり真のグローバル化をめざすのか、従来型の輸出の延長でいくのか。それらの軸を組み合わせると8種類のカテゴリーができます。そしてカテゴリーごとに異なるガイドラインがあるはずです。

それでは海外ではどのような議論が行われているのでしょうか? そのような疑問を持ちましたので、guideline for globalizationと英語で検索してみました。出てきたのはSAPの「グローバライゼーションに関係するプロセスをインプルーブするためのベストプラクティスとスタンダーズ」という資料でした。海外でグローバル化対応の取り組みを推進する際にはそのくらい具体的な議論が行われており、「グローバル人材育成」といったおおまかな議論とはずいぶん異なるのだなぁと改めて印象深く思いました。

 人材マネジメントがグローバル化するためには、日本企業が多様性をどうマネジメントできるかに尽きると思います。

グローバル人事の進め方としては独特の例ではありますが、日本たばこ産業様では、日本本社は日本を管轄、JTインターナショナルは海外を管轄とわけて、それぞれの人事プラクティスを展開し、2つを交流させながら相乗効果を狙う体制で進めておられます。

ポイントは、日本中心に海外を取り込んでいくことばかりを考えていくと、いろいろなところで壁や障害が出てくるということです。一度、日本中心という考えを外してグローバル全体を中心に考えたとき、自社にとって何が一番良いやり方かという発想も、ひとつ大きな指針ではないかと思います。

日本流を海外に広げるのは難しい

荒井 弊社も海外進出でいろいろな経験をしました。日本流をすべての海外拠点に持っていくのは非常に難しいと思います。暗黙知を文書化し、明確にした上で日本流を最初に提示して、うまく取り入れられるところから取り入れてもらっているのが現状です。

一例をご紹介しますと、コマツの独資でアメリカに新工場をつくったとき、日本流の人事管理を持ち込みました。仕事がなくなったら工場の清掃活動や地域のボランティアをして、レイオフをしない工場をつくりました。

一方、M&Aやジョイントベンチャーで得た工場は、昔ながらの労働組合が残っていて、そこではその仕組みを使って現在まで来ています。

どちらが素早く外部環境の変化に対応できるのか、仕事がなくなったときにレイオフができるか。いま改めて振り返ると、そこの仕組みにのっとったやり方でないと競合他社と比べ非常に不利な面があることを、今の経営層は感じています。

日本流を全世界に広げるというのは難しいと理解しています。IBMやGEがグローバルスタンダードといって、自社のやり方を全世界に広げているのは逆にうらやましく思っていますが、それをまねすることはできないなというのが今のコマツの認識です。

グローバル化はビジネスに資するため

山口 当然のことですが、グローバル人事が目的ではなく、ビジネスに資することが第一の指針になります。

それぞれの会社で考えるとき、何をしたいのか、何になりたいのかを、具体的に考えていくことが重要だと思います。弊社では、日立のブランドで世界中から優秀な人材を集めるような会社になりたいと考えています。

これからグローバルにビジネスを広げて、それぞれの地域、国で仕事を伸ばしていこうとすると、優秀な人材が必要になります。そういう人たちにとって、日立が選択肢のひとつになるようにしたいと思っているのです。

そうすると、どうやってそういう人を採るのかという問題になります。採用エージェンシーを探す、それを世界中でやるならコストも安くしたい、そう考えたら、採用エージェンシーと日立でグローバルコントラクトを結べばいいとなります。

そういう人たちに来てもらうとすると、報酬の問題がでてきます。市場競争力のある報酬を考えると、グローバルグレードがないと決められません。仕事基準でマーケットの処遇水準を見て決める、グローバルグレードが必要になります。

その人たちに一生懸命仕事をしてもらうために、組織目標とアラインした目標をセットして、コーチングして、メンタリングして、結果を評価するパフォーマンス・マネジメントが必要となります。そして、キャリアパスがあって、個別計画に基づいてタフなアサインメントやトレーニングがきちんとされているディベロップメントの施策という話につながってきます。一つひとつの施策が別々のようにみえますが、最終的にはパズルを解くように完成すれば大きな力を発揮します。

一度に全部はできないので、一つひとつ決めて、やっていくしかありません。すごく難しいようにみえますが、そういうふうに考えて進めています。

テーマ3 日本型グローバル人事とは

守島 次のテーマ、日本型グローバル人事というものを考えることはできるのかについて議論します。

先ほどの山口様のプレゼンでは、フォー・ザ・カンパニー、チームワークあるいは苦しくても最後まで頑張り通すとか、日本的な強みに言及されていました。そういうものを人事として残していきたいとおっしゃって、それは正しいと思うのですが、そういうふうに考えていくと、ある程度日本的人事管理のよさを残していく、何らかの形で活用していくことができるのか、あるいは先ほど私が言ったようなゼロベースでもう1回考え直すのか、そのあたりについて、続けてお願いします。

山口 そこはこれからも日立の経営トップと議論が必要になってくるところだと思います。

今までの日立の場合は、職能資格なので自分にプライスタグが張りつけてあるのです。それをやめると言ったわけです。つまり椅子にプライスタグがあって、そこに座る、椅子の処遇で自らの処遇が変わる、極論を言うとそういうふうにしようとしているのです。

そうすると、従業員と会社の関係は相当緊張するようになります。私はその椅子に座りたくないというのが出てきます。経営会議などで議論すると、年功制度のいいところもあるよねと言う人もいるので、必ずしも全部吹っ切れていないのが実情です。

だから、そこはもっと議論を深めていかなければならないと思っています。僕らがいま進めている方向に対して、個人と会社の間で、今までと同じように一生懸命やってもらって、ロイヤリティを持って頑張ってもらう、だけどもう一切年功制はなし、そんな都合いいことないでしょうと。

そういうことを残したいのなら、西欧流のHRMと日本流のHRMのどの辺で戦いますかということを相当真剣に議論していきたいと思います。これがまさに僕らがいま取り組もうとしている組織改革です。仕事ベースに持っていくけれども、どこまでやるのかということになります。

これは人事部門が決めるというよりは、人事部門と経営者が話をしながらどこまで許容するのか、どこまでいくかを決めることだと思います。

守島 SAPの中でもそういう議論がなされていると思います。たとえば、ドイツからみれば日本は日本支社ですが、日本から見るとこれまでの良さが失われてしまうという議論が出てくる可能性はあるかと思います。そういう点に関して今の問いに対するお考えはいかがですか。

日本の強みを活かしたマネジメントを

 日本の良さや日本の個性というものは確かにあると思います。それをグローバルに理解してもらうということは重要ですし、グローバルとしても、ローカルの特徴を理解した上で、グローバル人事を進めることが必要だと思います。私自身の例で少しお話したいと思います。

私の上司はオーストラリア人でオーストラリアにいます。同僚はシンガポール、インド、ニュージーランドにいて、各国のビジネスを担当しています。そういったグローバル組織の中で、さまざまなグローバル標準化をめざす指示が下りてくるわけですが、たとえば、ローカルの事情にどうしても合わないものは、プッシュバックしなければなりません。上司とは普段から一緒にいるわけではないですし、付き合いもまだ半年くらいのものですので、相互の理解や、コミュニケーション量が絶対的に少ない中でローカルの事情について理解を得て、合意形成するのは簡単ではありません。よって、普段から、定量的に、客観的に、シンプルに説明ができるよう、数字で物事を把握する、また、いつ何を言われてもいいように資料をつくっておく、先ほどの荒井様のお話にもありましたが、文書化するというのはグローバルで仕事する中ではとても大事なことだと思います。ローカルのことがわかっているのは、ローカルだけですので、適切なコミュニケーションを行うことで、グローバル標準化の中に、ローカルの良さを融合させていくことではないかと思います。

チームワークの大切さを伝えていく

荒井 弊社は少しずつ海外展開していくなかで、基本的な考え方はコーポレートから各現地法人に指示して、それを守らせるようにしています。

その中では、チームワークを大切にしてほしいと常に言っています。先ほどもお話しましたが、販売代理店と協力企業と一緒になって信頼関係をつくって海外に出ていくと言っているのですが、そういうものを少しずつアメリカに広げたり中国に広げたりすることを進めています。

ただ、そういうことをやっても欧州のトップあるいは経営層にはなかなかうまく伝わらないところがあります。もっとコミュニケーションを繰り返しながら、理解を深めていこうと努力しているところです。

一例として、海外のM&Aで統合した会社ですが、そこでつくっている大型建機の需要が大きいので生産量が追いつかないから日本の工場でつくると申し入れたのですが、なかなかノウハウを教えてくれません。なぜグループ会社なのにそういう抵抗をするのか、チームワークができていないことが現実としてあります。それを強制的にやってもうまく調和がとれないので、話し合いながら少しずつチームワークがとれるようにしています。

日本流を進めていきたいけれども、なかなか全現地法人が素直に言うことを聞いてくれないところもあります。じっくりと一歩一歩進めていくというのが、今のコマツのやり方です。

仕事基準はブロードバンドで対応

杉浦 先ほどのプレゼンで「仕事基準」と「人材基準」というお話がありました。それぞれ「椅子」と「人」と呼び換えてもよいと思います。

私は「椅子」で仕事を捉えるとされる欧米の組織に合計12年間在籍しました。その経験をもとに申し上げますと、椅子のコンセプトをそのまま実行しているわけではなく、椅子と人が混在したかなりフレキシブルな運用を行っていたのが実態だったと思います。

たとえば、米国系の銀行の場合には、報酬はかなり幅のあるブロードバンドでした。あまりリジッドに椅子に値段をつけると、戦略的に人を動かそうとしても「そっちは給料が安いから嫌だ」ということになってしまいます。給与のレンジを広くとっておけば対応可能です。そのようなこともあり、どんどん幅が広がってきたのが過去の歴史だったといえると思います。

もうひとつ、日本の企業が参考にできる事例はアメリカのみではなく、ほかの国にもあるということです。

私はイギリスの企業で人事部長の経験があります。従業員が口を揃えて言うのは、イギリスの会社の組織運営の仕方はアメリカよりむしろ日本に近いということです。イギリスはアメリカとの距離よりは日本との距離が近いのではないかと思えるほどです。イギリスの企業は日本人がこれからめざすグローバル化のモデルとしてはむしろちょうどいいぐらいかなと10年前に思いました。

テーマ4 人事部門はこれからどう変化していけば良いのか

守島 最後に、日本の人事部門はこれからどういうふうに変わっていけばいいのかについて考えていきます。

杉浦 私のプレゼンテーションでは、ウルリッチの人事部門の4つの機能の1つである「戦略的パートナー」をめざしてはどうかと、教科書的で楽観的ともいえることを申し上げました。

しかし、現実にはウルリッチのモデルが出てきた背景には、アメリカの企業ではそのような機能が十分に果たせていなかった反省があると思うのです。とくにパーソネルと呼ばれていた頃の欧米企業の人事は影響力の強い部門とはいえませんでした。

それに対して日本の企業の人事部門は、最近では以前よりは弱くなったと言われるけれども、やはり大企業に関して言えば強い影響力を残していると思います。

現実には新卒一括採用も続いていますし、ローテーションもあります。そのようなプラクティスが日本的経営の前提になっています。人事部はその担い手であり、そのような文脈においてグローバル人材の育成でリーダーシップを発揮することが期待されるのです。

一方で日本の企業がグローバルスタンダードに近づいていくほど、人事部門の影響力は弱くなっていくと予想しています。グローバル展開においてはいろいろなことについて現地に権限移譲していかなければならないからです。

グローバル化に舵を切るそのときには、人事はとても戦略的な部門として機能する必要があります。実際に舵を切ってしまった後はむしろ身を削って自ら存在感が弱くなっていくこともあり得ると思います。

自動車産業の海外部門でも似たようなことがありました。私は1980年代に海外部門のスタッフでした。当時は欧米の海外現地法人の管理職を経て日本に一旦戻り、その後は現地法人社長を経験するのが理想的なキャリアパスで、私もそれを夢見ていました。ところが、その次の10年で何が起きたかというと、製造拠点の海外移転です。製造部門のみならず調達や設計の機能が移転されていきました。それに伴い製造・調達・設計などの主要部門から多くの日本人が海外に派遣されるようになりました。そうなってくると逆に海外部門とはいったい何なのかという、存在意義にかかわる話になっていったのです。

人事部門も同様です。その機能が不可欠であるからこそ、海外への委嘱が進んでいくと予想されます。真のグローバル化が完成に近づけば「グローバル人材育成」の議論も「グローバル人事部」も不要になるのです。その時に「私たちは何なのか」ということを、もう一度考えなくてはならなくなるのではないかと予想します。

 事業の責任者の方々は確かに事業のプロですが、客観的な目線で人を育てていく、事業を横断して人を有効に配置する、ある意味、自分の優秀な部下を他部署に出すという決断も含めて、そういうことをアドバイスできるのは人事部だけだと思います。人事部は、人材を作るプロフェショナルとして、事業責任者と密に連携していくということが大事になってくるのではないかと思います。

共通化できるところは共通化する

荒井 杉浦先生がおっしゃるように、グローバル展開するとコーポレートの人事部長のテリトリー、権限が少しずつ小さくなっていくのは否めません。ただ、全体の横のつながりとして、弊社では機能別展開ということで、横串を刺してコーポレートから指示や方針を出すため、グローバルヒューマンリソース連絡会を開催しています。各現地法人がどういう問題を持っているか、どういう賃金体系にしたらいい人材が集まるかなどを話し合っています。

1985年からは、人事の管理職も海外の現地法人に行って、海外の人事政策などを学んでいます。少しずつ人事関係者も海外に駐在して、3年から5年の駐在を経験して、どういう状況で事業が展開しているか学んでいます。現在9つの現地法人に人事の課長クラスが行って、いろいろ情報をつかみながら、定期的に人事レポートというかたちでコーポレートに報告して、全世界の動きをつかんで、共通化できるところは共通化して、国によって違いがあるところはそれを尊重しながら、うまく海外事業が展開できるようにサポートしていくことを進めています。

ビジネスの課題にアドレスしていく

山口 人事部が強いとか弱くなるという意見には、違和感があります。私はむしろ権限があるから強いとか権限がなくなるから弱いという話ではなく、ビジネスの課題にどれだけ人事部門がアドレスできているのかに尽きると思います。

その昔、日立の人事部が強かったのは、ビジネスの課題にアドレスしていたからです。労働組合ときちんとした関係を保たなければストライキが起きて、生産が落ち、売上が落ちるという現実の中で、人事部門の役割はそこにきちんと対処する、あるいは労働力確保、これらが経営そのものだったのです。人事部は経営の課題そのものにアドレスしていたのです。ですから、僕らは尊敬されているし、尊敬というのはそういうレガシーだと思うのです。

今の自分たちの部門をみてみると、制度をつくるのが大好きなのです。制度を精緻につくって、それを現場に渡しておしまい、通達を出しておしまいです。これではコミュニケーションがありません。こう決まりました、やってください、やらないあなたが悪いと。こういう人事からは決別したいのです。

戦略的と言うと格好いいですが、もうすこし現実に起きているビジネスの課題に人事が組織と人を通じてどうやってアドレスできるかが一番大きいと思います。これはものすごく難しい話だと思います。けれども、それをやらないと会社がうまくいかないと思いますし、それが重要だと思っているので、とにかくまずやろうということで明るくやっています。

守島 今日はいろいろなメッセージがあったと思います。もっとも重要なのは人事はビジネスに寄り添っていくことが必要なことでしょう。もしくはビジネスの課題を解決していく人材マネジメントです。山口様がおっしゃったことですが、それをほんとうに真剣に考えないといけない時代に入ってきたのではないかと思います。それはグローバル化の問題もありますし、その他いろいろな問題もあります。それについてどういうふうに人事としてビジネスの課題を解決していくのかということです。

日本の中小企業、中堅企業、ベンチャー企業の中にはすでに、ビジネスと寄り添って人事が動いている企業がいくつも出てきました。大企業だからできない、難しいという言い訳も成り立つかもしれませんが、今日ここに来られている日立や、他にはコマツなどはグローバル化を比較的早くから考えて丁寧にやってきた大企業です。

戦略的な形で動いていくと、多分日本の企業は、人材マネジメント、グローバル化対応することは必ずできると思いますので、ぜひ頑張っていただきたいと思います。

プロフィール ※報告順

パネリスト

山口 岳男(やまぐち・たけお)

株式会社日立総合経営研修所取締役社長(株式会社日立製作所人財統括本部兼任)

1975年に日立製作所に入社以来、本社、事業部において人事勤労部門で人事管理に従事。その間、米国勤務を2度経験(日立アメリカ社ニューヨークで1985年~90年、日立グローバルストレージテクノロジー社で2003年~2009年まで人事責任者)、企業のグローバル化とこれを支えるグローバル人事についての見識と知識、幅広い経験を有する。2009年帰国後、日立のコーポレートユニバーシテイである日立総合経営研修所の社長を務めた後、2011年より、日立本社で人財統括本部の副統括本部長(グローバル人財戦略担当)を務め、今年4月から日立総合経営研修所の社長に復帰。

荒井 秀明(あらい・ひであき)

株式会社小松製作所コマツウェイ総合研修センタ所長付

東北大学工学部卒業。1977年小松製作所入社。設計部門配属、工場品質保証部長、コマツアメリカ副社長(品質保証担当)、コマツウェイ推進室長、コマツウェイ総合研修センタ(本社直轄・2011年設立)所長に就任、現在に至る。設計・品質保証部門でモノ作りを経験し、コマツウェイの普及活動およびコマツグループの管理職・一般社員の階層別教育・改善教育(QC)を統括する。

南 和気(みなみ・かずき)

SAPジャパン株式会社人事/人財ソリューション部部長

大阪大学法学部卒業後、他社を経て、2004年よりSAPジャパンに入社。人事・人財戦略のコンサルタントとして、2006年に欧米企業のプラクティスを日本企業向けにアレンジした「日本型タレントマネージメント」を提唱し、多くのグローバル人事、タレントマネージメントプロジェクトを推進。その後、人事ソリューション責任者、アプリケーション事業責任者を経て、現職。国内最大の社会人向け学習教材/企業向け教育・研修ポータルサイト「エデュケ」にコラム「南 和気の時代を勝ち抜く若手の育て方」を連載中。

コメンテーター

杉浦 正和(すぎうら・まさかず)

早稲田大学ビジネススクール教授

1982年京都大学卒、1990年スタンフォード大学MBA。日産自動車(海外企画部)、ベイン& Co.およびマーサー(コンサルタント)、シティバンク(リーダーシップ開発責任者)、シュローダー(人事部長)等を経て、2004年早稲田大学教授(任期付)、2007年から2012年までWaseda=NTU Double MBA Director、2008年から現職。「人材・組織」「戦略的人材マネジメント」など実務をベースとした参加型の授業とゼミを日本語と英語で運営。主な著書に『ビジネスマンの知的資産としてのMBA単語帳』(日経BP、2012年)、『ビジネスマンの基礎知識としてのMBA入門』(日経BP、2012年、分担執筆)、『MBA「つまるところ人と組織だ」と思うあなたへ』(同友館、2014年)等。

コーディネーター

守島 基博(もりしま・もとひろ)

一橋大学大学院商学研究科教授

1982年慶応義塾大学大学院社会学研究科社会学専攻修士課程修了。1986年米国イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了(Ph.D.取得)。カナダのサイモン・フレーザー大学経営学部助教授、慶応義塾大学大学院経営管理研究科教授を経て2001年から現職。専門は組織行動論・労使関係論・人的資源管理論。著書に『21世紀の“戦略型”人事部』(共著、労働政策研究・研修機構、2002年)、『会社の元気は人事がつくる』(共著、日本経団連出版、2002年)、『人材マネジメント入門』(日経文庫、2004年)、『人材の複雑方程式』(日経プレミアシリーズ、2010年)、『人事と法の対話―新たな融合を目指して』(共著、有斐閣、2013年)など多数。