コメント グローバル人事のかぞえ歌
──現場と学問を架橋する立場から:第73回労働政策フォーラム

日本型グローバル人事のこれから
(2014年4月14日)

写真:杉浦氏

杉浦 正和  早稲田大学ビジネススクール教授

私は、22年間のビジネスの現場での経験と早稲田大学ビジネススクールでの10年間の教職の経験を踏まえて、現場と学問の橋渡しをする観点からお話をさせていただきます。

最初に一般的なマクロの話をし、次に人事部の役割について触れ、最後に個人のレベルに話を落とし込んでいきたいと思います。

また、「1つの疑念」、「2つの条件」、「3つ目の点」、「4つの機能」、「5つの自己」、「6種の表現」と数え歌の形で「ひとつとせ」「ふたつとせ」と数えながら話を進めていきたいと思います。

最初に、「1つの疑念」について。

そもそも「グローバル人材」というテーマがいつ頃から盛り上がったか、記憶していらっしゃいますでしょうか。

シート1 1つの疑念

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言葉に対する注目度合いを簡易的に調べるためには、グーグルの検索頻度を確認する方法があります。「グローバル人材」という言葉は、2008年からずっと横ばいでした。ところが、2010年4月に急に上がり出します(シート1)。この時に何があったかというと、楽天とユニクロの英語公用語化です。ここがまさに屈曲点だったのです。そしてその時点で「グローバル経済」の検索頻度を上回ります。あの時に「グローバルといえば経済」から「グローバルといえば人材」に替わったのです。

その後東日本大震災の後、一旦は減ったのですがまた盛り返して2012年9月にピークをつけました。

その後どうなったかというと、高水準を保ったままではありますが傾向としては下がって現在に至っています。

今度は2012年秋から冬にかけて何があったかを思い出していただけますでしょうか。アベノミクス、円安、株高です。これが意味していることは、ビジネスが上向いて懐がちょっと暖かくなってくると「グローバル人材」という言葉に対する注目度が下がってしまったということです。

本当にそれでよいのでしょうか?グローバル化というのは長期のトレンドです。引き返すことはできません。日本国内の景気が悪くなったらグローバルだ、良くなったからもういいやという話ではないはずです。

「本気ですか?」「覚悟はありますか?」それが最初に問いたいことです。

コミュニケーションとダイバーシティーの意味と関係

次はふたつとせ。「2つの条件:CとD」という話です。

最近の日経新聞の記事でローソンCEOの新浪剛史さんがこうおっしゃっていました。

「グローバル人材に必要な条件は2つある。ダイバーシティー(多様性)とコミュニケーション能力だ」と。

その通りだと思います。まったく異論はありません。同様のことをおっしゃる方も多いです。しかしコミュニケーション(C)とダイバーシティー(D)には突き詰めるとどのような意味があるのか、互いにどのような関係にあるのか、またなぜその2つなのかという点についてはこの場を借りて私なりの考えを補足したいと思います。

私はこう理解をしています。まずコミュニケーションとは「Com(共通点)を探して増やす努力をする」ということです。それに対してダイバーシティーは「てんでんばらばらに離れて(di-)違ったり変わったりする」ことです。

共通点を増加させるコミュニケーション向上の努力と共通点を減少させるダイバーシティーの努力。それらはむしろ対置してもよいくらいの言葉です。CとDの両方を同時に達成するのは難しいのです。しかしそのことを理解し覚悟したうえで高い次元で両立させる努力が必要だと思うのです。

やってみることも必要

続いてみっつとせ、3番目の要素です。それは、Eつまりイングリッシュです。グローバル化に伴って「英語が必須だ、TOEICで一定の点数に達しなければ管理職には昇格させない」「いやそうじゃない、英語の前にまず日本語だ、人間力だ」──そんな議論が延々と続いてきました。しかもその議論は日本人同士で日本語で行なわれていたのが現状です。

英語の社内公用語化に踏み切った楽天やユニクロについては、私は本当に戦略的な意思決定を行ったと思っています。戦略的意思決定とは、トレードオフの関係にあるものについて何を選び何を捨てるか、あるいはどのような優先順位で取り組むかについて「腹をくくる」ことです。

たとえば、採用できる人数には限りがあります。全員日本語だけを話す人材にするのか、全員英語を話す人材にするのか。あるいは一定の割合にするのか。限りある資源の最適配分するのが戦略的意思決定だとすると「たとえ学生の就職人気ランキングが落ちても全員英語のできる人材を採用する」というのはまさに戦略的でした。

シート2 戦略的な採用

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どんな会社であっても、英語のできる人材を急に育成することはできません。しかし、戦略的採用と今いる人材の育成を同時に続けていけば、10年たてばバイリンガルはかなりの割合になるのです(シート2)。意思決定が行われてから既に数年経過しましたので、少なくとも楽天については真ん中の図のようになっています。

グローバル化で成功しているダイキンの有名なフレーズに「踏み切る、割り切る、思い切る」があります。もし私なりに韻を踏みつつ意訳を試みれば「Start─もし7割自信があるなら」、「Stay─もし確実だと思うなら」、「Stop─もしだめだと思うなら」あたりではどうかと思います。あれこれ議論する前にまず踏み出す、うまくいけば割り切って投資を続ける、だめだったら思い切って別の道を探すという姿勢はダイキンの戦略的な意思決定のありようを示しています。それがグローバル展開における成功要因のひとつだったのだと私は思います。

もっと極端な事例もあります。讃岐うどんのチェーン店である「丸亀製麺」を展開しているトリドールという会社です。丸亀製麺は中国・タイ・インドネシア・ロシアなど海外市場で積極的に店舗展開して成功しており、トリドールの株価は2008年の世界金融危機時にも下がらずその後も上昇を続けています。

聞くところによると、マーケット調査はしないのだそうです。現地に行って店を出してみる、人が行列すればもっと出す、だめだったらやめる。もちろん、キャピタルインテンシィブな化学会社とうどんのチェーン店は違うという議論もあるかもしれません。しかし「やってみる」ということをまずしなければ、海で泳いだ経験がない人たちがいつまでも海を怖がっているような状況が続いてしまいます。

人事部門が本来の機能を発揮する

シート3 ウルリッチの枠組み

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シート4 P&Gの事例

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シート5 PPM

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シート6 フェレンスのモデル

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シート7 シティバンクの例

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よっつとせは人事部門の「4つの機能」についてです。私は、まさにグローバル化というのは人事部門が本来の機能を発揮する局面だと思っています。ウルリッチの有名なモデルによれば(シート3)、人事の機能には2つの軸を組み合わせた4つのカテゴリーがあります。長期的か短期的かという軸。もう1つはプロセスかピープルかの軸です。後者については、人材の顔がみえない領域とみえる領域の違いと考えることも可能です。

4つのカテゴリーの1つが「管理エクスパート」(Administrative Expert)で、人事制度の運用などを通して企業のインフラを作る機能です。2つ目が「従業員代表」(Employee Champion)で、従業員の声を聴く機能です。3つ目が「戦略パートナー」(Strategic Partner)で、企業戦略を人材の側面から後押しする機能です。4つ目が「変革推進者」(Change Agent)で、組織の変貌を社内コンサルタントとして推進する機能です。人事部門は4つの機能がそろって初めて、企業目標の達成に対して貢献できるというのです。

このモデルは世界的企業の現場で参照されています。P&Gのホームページ(シート4)には、人事の機能が4つの機能のモデルをそのまま使って示されていました。つまりウルリッチのモデルは現場で「使える」モデルなのです。

そのうち「戦略パートナー」としてもたらすことができる一番大きなものは「適材適所」だと私は思っています。事業戦略において頻繁に紹介されるフレームワークに、BCG(ボストンコンサルティンググループ)のPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マトリックス)があります(シート5)。ご存じの通り、横軸に相対市場シェアをとり縦軸に市場成長率をとって強さと伸びでプロットするのですが、私はこのモデルはフェレンスという学者のモデルと並置して人材育成の観点から理解することができると思っています(シート6)。

業績はまだないけれども、ポテンシャルはある人「学習者(ラーナー)」をどうやって「スター」にしていくか。キャッシュを稼ぐけれどもこれ以上の伸びは期待できない「健全な市民(ソリッド・シチズン)」が自分自身ではなく、次世代を担うラーナーたちに投資し組織の継続的な繁栄につなげていきます。そのような「世代を超えた人材育成」のモデルと呼応しているのです。

私は90年代にシティバンクに勤務しており、リーダーシップの配置ならびに開発の責任者(LSDM)という役職を経験しました。当時会長だったジョン・リードが、シティバンクにGEのタレントマネジメントの考え方を導入したいと考えて人事のトップをGEから迎え、伝統的な人事部と並行してリーダーシップ開発専属のラインをつくりました。

LSDMの各国担当が行っていた仕事はつまるところ人材のポートフォリオ・マネジメントといえるものでした。「タレント・インベントリー」と呼ばれるマネージャー全員のデータベースを作り、パフォーマンスとポテンシャルでマッピングを行なっていました(シート7)。ポイントはその先にあったと私は理解しています。ビジネスの側にもポートフォリオのマッピングがあるわけですから、結果として人材のポートフォリオとビジネスのポートフォリオのマッチングを行ったことになります。20年も前のことですが、今振り返っても確かに「戦略的HRM」だったと思うのです。そして、グローバル人材についてはまさに人材とビジネスのマッチングが決定的に重要だと思います。

リーダーシップとは自分自身の問題

いつつとせ、「5つの自己」に移ります。人事部はグローバル人材の育成において自分たちの本来的な機能を存分に発揮できると申し上げましたが、その際に人事部は自らリーダーシップを発揮しつつリーダーを輩出していくことになります。

私は、リーダーに求められるアクションを考えたみたことがあります。

たとえば、新しいことを「起こす」。まわりを「巻きこむ」。資源と心を「配る」。常にたゆまず「改める」。そして、大きく「包む」。これらの漢字を改めて眺めてみると、起こすという字には、セルフ(己)が入っています。巻にも、配にも、改にも、包にも。リーダーシップを発揮するためには何よりも己の確立が大事であるということを示しているのだと思います。

リーダーシップが受け容れられるためにはオーセンティック(本物)であることが求められます。これも換言すれば、自分自身であること、自己を確立することです。「英語の問題じゃない、その前に人間の問題だ」という議論はこの点にかかわっているのです。

シート8 自と他を架橋する

シート8[画像のクリックで拡大表示]

またCとDの議論もこの観点から理解できます。コミュニケーションは「当たり前を増やしていく」ことです。「自己(=私たち)の範囲を広げること」と言い換えてもよいでしょう。それに対してダイバーシティーは「当たり前が違うことを理解すること」です。「自己以外(=他者)を受容すること」です。つまり「ふたつとせ」は異なるアプローチによって「自己」と「他者」をつないでいくことなのです(シート8)。

それを主導する人事部には「自己の確立」が必要です。そしてもちろんグローバル人材にも。とくに部下を持つマネージャーには自己の確立が強く求められます。グローバル人材とは「異なる文化において自と他をつなぐことができる人材」なのです。

英語で気持ちを伝えることはできる

自己理解、自己抑制、自己管理、自己表現など、自己を確立するために行わなければならないことはたくさんあります。ところが残念なことに、考えれば考えるほど、やることのリストに項目がたくさん並んでいきます。実はそのこと自体が一番やる気をそいでしまうのです。

むしろ私は「構え過ぎずに気楽にアクションを!」と言いたいのですが、高い壁としてそびえ立つのが英語です。

最後にマネジメントで使われる英語の発想を紹介することで、グローバル化に対応するとはどのようなことか、コミュニケーションとダイバーシティーの関係に目配りしながら考えてみたいと思います。

日本人のコミュニケーションの大前提にあるのは「沈黙は金」そして「遠慮はよいこと」。それに対して海外のコミュニケーションにおいては、アサーティブネスが尊重されます。自分の言いたいことをはっきりとさわやかに伝えることです。

遠慮の価値観に縛られた日本人は気持ちを率直に伝えることについて気恥ずかしさの感情を持ちがちですが、それを乗り越えることができないと一歩目を踏み出すことができません。

実は英語で自分の気持ちを伝えることは、少なくとも単語や文章としてはまったく難しいものではありません。人材マネジメントの場面で使われる英語は「言われればなるほどそうか」と納得でき、かつ「受験で学ばなかったもの」ばかりです。

私は外資系の企業で法人営業を担当していたことがあります。今日どこと契約しましたと報告すると、翌朝にはたくさんの「ひと言メール」が届いていました。Excellent! Fantastic! Good job! など。今になって思い起こすとそれが「承認」の実践だったのです。ほかには You did it!(やったね!)といった表現もあります。もう一歩進んで、I am proud of you.(私はあなたのことを誇りに思っていますよ)というフレーズもあります。

日本語では気恥ずかしくて言えないのに、なぜか英語であれば言えます。そしていずれも決して難しい文章ではありません。当然です。意思疎通のための英語は本来誰にでも理解できるものでなければならないからです。

たとえば「さすが」は It is just like you.といいます。That is my~.という表現もあります。どちらもごく簡単な言葉です。

にもかかわらず、このようなフレーズを多くの日本人は使っていません。理屈では「権限移譲が大切」とわかっていても、I count on you.(頼りにしてるよ)というフレーズを知らなければデレゲーションもエンパワーもできないのです。

英語による人材マネジメントの要諦は「あなたと私の関係を確認し強める」ことです。私が実際に上司から言われてとても嬉しかったのは、You are my right arm. (右腕だと思っているよ)という言葉でした。この言葉の背後にあるメッセージは IYou があわさって We になることです。たとえば Your success is my success.というフレーズのエッセンスもその点にあります。Our future is in our hands. は「一緒にやろうぜ」ということですが、ここでモチベーションを喚起するのは we であり our なのです。

最後にマネージャーは「自分のほうからは何を提供できるか」について言葉にして伝えることが大切です。リーダーはフォロワーとある種の交換を行うからです。私は英語であれば恥ずかしげもなくいえるフレーズにこのようなものがあります。I am here for you.(私はあなたのためにここにいます=何かあったら頼っていいですよ)。

当たり前を受け入れる

ご紹介したフレーズは、いずれも人材マネジメントにおいては有効なものですが、英語としてはまったく難しくありません。英語を話す国の人たちは知っているけれども日本で受験英語が英語だと思っている人は知りません。受験英語から卒業する必要があるのです。

グローバル人材は、異なる文化を理解しその文脈に則って相手を理解し自らを理解させることができる人です。そのためには外国語のみならず異文化を学習する、つまりクロスカルチャル・ラーニングの能力が必要です。ここで要求されるのは語学としての「英語」を学ぶことではありません。「相手を知る努力をして共通点を増やす」態度であり行動です。それがコミュニケーションです。同時に「根本から異なるものを受け容れる」ことです。それがダイバーシティーです。

英語には牛という言葉はありません。cowoxしかないのです。逆に「兄」と「弟」はまとめてbrotherです。そのことは「性別」という区分けが第一にあり年齢の上下はそれほど大切ではないという世界観を示しています。

言語体系の違いには「発想の違い」や「価値観の違い」が潜んでいます。「私の当たり前とあなたの当たり前は違う」ということを真に理解し、むしろ違いを楽しむことが、コミュニケーションとダイバーシティーの両立だと私は思っています。そして「世界の違い」を飲み込んで乗り越えることができるのがグローバルな文脈で価値提供できる人材なのだと私は思います。

最後に結構使えるフレーズを1つご紹介して私の話を締めくくりたいと思います。

ミーティングに遅れて入らざるを得ないときがあります。そのような場面でほとんどの日本人が使う表現は、

Sorry I am late.──もちろん英語としては何の問題もないのですが、交渉の席などではsorryと切り出した時点で既に不利になってしまうかもしれません。私はこれを「下手投げのコミュニケ─ション」と呼んでいます。ところが実はこんな言い方もあるのです。

Thank you for waiting.──堂々たるものです。私はこれを「上手投げのコミュニケーション」と呼んでいます。

英語の表現を獲得することを通して下手投げでも上手投げでも場面に応じて自在に繰り出せるようになれば、仕事の幅も人生の幅も広がるに違いありません。そのような意味において、マネジメント英語を学び直すことは自らグローバル人材となることに直結すると私には思えるのです。