報告2 SAP自身のグローバル人事
──欧米企業の人事戦略 これまでと今後:
第73回労働政策フォーラム

日本型グローバル人事のこれから
(2014年4月14日)

写真:南氏

南 和気  SAPジャパン株式会社人事/人財ソリューション部部長

SAPはドイツを本社とする企業で、人事システムをはじめとする企業の経理や販売、生産、設計開発などのITシステム、ソフトウエアの提供を行っています。創業から40年以上、日本でも20年以上ビジネスをさせていただいております。私は日本における、人事システムのビジネスを担当しております。本日は、外資系企業の事例として、SAP社内のグローバル人事についてお話したいと思います。

SAPの現在の売上高は約2兆円で、全世界で従業員が7万人弱おります。ビジネスを展開している国は約120カ国で、現地法人を持っているのが75カ国あります。

シート1 事業ポートフォリオの変化と拡大

シート1[画像のクリックで拡大表示]

2010年に当社は中期経営計画を立て、2015年(5年後)に売上を2倍にすることを株主、ステークホルダーズにコミットしました(シート1)。基本戦略としては、それまで持っていなかった、新しい事業(シート中のオレンジ色の部分)を立ち上げ、買収を積極的に行うことで、迅速に売上を倍増していくというものです。

SAPは、2010年の時点ですでに一定の事業規模に到達していましたので、そこからさらに5年で倍にするというのは非常にチャレンジングな目標です。事業戦略に応じて、すでに新規事業に関わる企業を多く買収していますが、買収した企業の売上を足していったところで、到底目標である倍にはなりません。

足し算だけではなく、掛け算をして相乗効果でビジネスを伸ばしていかなければならないのです。そのためには、買収したソリューション・製品を既存の製品とインテグレーションして、トータルで1つのサービスとして提供できるような製品開発や販売体制、サポート体制が必要です。これはこの後の人事の話につながっていきます。

もう1つはスケールの問題があります。多くのお客様は弊社のシステムをグローバルで使うことを考えていらっしゃいます。たとえば、日本のお客様が日本で弊社製品を買ったとしても、各国で起こった問題や相談をいちいち日本に問い合わせるのはお客様にとって時間の無駄です。ですから、サポートはグローバルで行えるような体制にしなければならない。つまり、ビジネスに合わせて、人材配置や育成に関してもグローバルで考えていかなければ、一気に掛け算をしてビジネスを伸ばしていくということはできません。

トップ層だけのタレントマネジメントではもう間に合わない

シート2 2015年の成長を達成するためにグローバル人材マネージメントにおけるSAPのチャレンジ

シート2[画像のクリックで拡大表示]

この戦略を実現するための人事の話をします。グローバル人事というのは、ビジネスと密接に連動しながらエグゼキューションしていくことがポイントです。先ほどのビジネスの目標を達成するために、それまでの人事の方針や組織をがらりと変える必要がありました。(シート2)。

たとえば、グローバルタレントマネジメントは既に実施していましたが(いわゆるトップタレントのアイデンティファイやサクセッション)、一部のトップのキーポジションに限定して行っていました。しかしそれではとても間に合わなくなったのです。そこで、すべての従業員を対象にしたタレントマネジメントに拡大して実行することにしました。

育成プログラムについても、言語の問題もあり、それまではローカル(各地域)の自由をかなり許していました。しかし、グローバルで活躍できるリーダーを、量も質も同時に担保しながら育成する必要がありますので、グローバルで共通の育成プログラムを展開していきました。当然そこには、M&Aを行った企業の従業員も含めて実行されています。

しかし、タレントマネジメントやグローバル人事で新しい取り組みをするからといって、人事部の人数が増えるわけではありません。そこで、徹底的に業務の効率化を行うとともに、グローバルが一体となれる人事部組織を再構築しました。

グローバル人事部のスタート

SAPの人事組織ですが、それまでローカルの法人ごとに権限移譲されていた人事部を、グローバル組織に再編成しました。採用、育成・教育、報酬のチームはCOE(=業務専門家としてグローバルプログラムのロールアウトを支援する)として、グローバル組織となり、グローバルプログラムを各国に推進して展開します。

一方で、HRビジネスパートナー(HRBP=ローカル各国で部門のマネージメントを支援する)は、ローカルの現場に入り込みます。現場のマネジメントを徹底してサポートするチームですので、各事業のトップ、管理職と密にコミュニケーションをとり、そこから上がってきたニーズを先ほどのCOEのチームと連携して解決していくという組織設計です。

日本法人に人事部長はいるのですが、日本の人事部長に紐付いているのはHRBPだけで、COEの担当者は、グローバル組織にダイレクトにリポートします。これによってガバナンスを利かせながら、グローバルプログラムを全世界に展開するとともに、ローカルのビジネスニーズをしっかり拾っていくことを実現しています。

次に、シェアードサービスによる定型業務の効率化についてお話したいと思います。今まで述べましたタレントマネジメントを実行するためにも、定型業務にかかっている時間を徹底的に減らすことが、重要な課題でした。そこで、それまでローカルで負担していた定型業務をグローバルのシェアードサービス1本にすべて集約することを行いました。

労務管理や給与計算は、全世界で3拠点のシェアードサービスで業務を行っており、システムは、弊社のSAPシステムをグローバル1システムで全て管理しています。日本を含むアジアのシェアードサービスセンターはシンガポールにありますので、日本から人事に関する問い合わせの電話をすると、シンガポールの日本語を話す担当者につながります。シェアードサービスセンターの担当者は複数国を同時に担当して、業務を効率化すると共に、ローカル人事部の負荷を減らすことを徹底しています。

また、SAP社内の、グローバルHRシステムについて簡単に説明しますと、人事情報管理、給与、労務管理においては、SAP HRシステムを21の言語で使って、69カ国に展開し、33カ国の給与計算を実行しています。一方で、タレントマネジメントではクラウドのサクセスファクターズを5言語でシンプルに使い、連携させて情報統合を行っています。

リーダー候補を早く見定めて育成

タレントマネジメントというと、弊社もやはり一番の課題はリーダーの育成になります。グローバルでビジネスを展開できるリーダーをどれぐらい早く、何人つくれるかが非常に重要であり、とくにビジネスが伸びている新興国や、新規事業にグローバルリーダーをしっかりと配置していくことが急務です。

そのために、誰がリーダー候補なのかをしっかりと見定め、候補者を集中的・意図的に早く育てていくことを行っています。また、当社はドイツ本社の会社ですが、EUの企業は多様性を積極的に受け入れ、力にしていく文化があります。当社もドイツ人だけではなく、さまざまな国籍の人材が経営層にいます。たとえば、現在の社長もドイツ人ではなく、デンマーク人とアメリカ人の2人体制です。

上位5~10%をトップタレントに位置付け

選抜のやり方ですが、全従業員の中から5%~10%ぐらいのトップタレントを選んでいきます。5段階評価の人事考課と3段階評価のポテンシャル評価があり、全従業員を15個の升目の中にプロットします。その両軸の評価が高い従業員をトップタレントと呼んで毎年選び、意図的に早く育てるのです。

具体的にどう育成していくかというと、トップタレントの一人ひとりに対して、上長がキャリア計画を作成し、現在より上のポジションへのプロモーションや、新しいチャレンジをさせるという計画をつくり、全体調整を人事がやるような形です。そして新しいチャレンジの中で競争させて、その中で結果を残し、生き残ってきた人間が最終的にトップに立っていくことになります。

このときに、これも多様性を重視するSAPの個性の1つだと思うのですが、まず本人の意思が確認されることです。「私はグローバルのリーダーになりたいわけではありません。ローカルの地域マーケットに根差して仕事をしたいのです」というキャリア希望を持つことは、それはそれで構いません。女性も多く働いていますし、いろいろなキャリアがあっていいということで、必ず意思が確認されます。意思に反することを行っても、家庭に影響が出て、従業員の会社へのエンゲージメントが下がり、モチベーションが上がらないという状況となります。優秀な人材が、長く働けるキャリアを考えていくことも、多様性であり、タレントマネジメントではないでしょうか。

欠かせないグローバルグレーディング

人を動かすとなると、グローバルグレーディングという仕組みそのものは必須になると思います。当社では、全世界のすべてのポジションで職務給を適用しています。また、ポジションありきで人事異動が行われていますので、すべてのポジションのジョブディスクリプション(職務記述書)があります。職種やレベルごとに、約600種類のジョブディスクリプションがあり、その要件に対してグローバルのグレーディングレベルが定義されています。

弊社はグローバルでビジネスを展開していますので、ビジネスからの要望にタイムリーに応えながら、人材をグローバルに動かしていくとなると、必要なのはこのグローバルグレーディングです。毎年ビジネスも変わっていきますから、その変化に合わせながら少しずつカスタマイズし運用しています。

シート3 昨今の人事システム検討における課題とポイント

シート3[画像のクリックで拡大表示]

昨今、グローバル人事を実際に開始していく日本のお客様が非常に増えています。人事システムを検討したいというときに伺うお客様からのご要望をまとめました(シート3)。グローバル人事の研究もかなり進み、プロセスや制度そのものは、先行している海外企業の方法論をうまく活用して、ほとんどの企業で共通の進め方が採用されていると思います。問題は、そこにどんなコンテンツが入ってくるかということです。グローバルリーダーのあるべき姿として、どんな人材像を描いていくのか、人材を選抜する基準をどう考えていくのか、グローバルなキャリアや配置計画をビジネスに合わせてどのように設計していくのか。これらは、企業によって異なりますし、同時に、日本企業の良さを発揮するための、非常に重要な要素になってくるのではないかと思っています。