基調講演 真のグローバルカンパニーを目指して
──グローバル人財戦略とその実行:第73回労働政策フォーラム

日本型グローバル人事のこれから
(2014年4月14日)

写真:山口氏

山口 岳男
株式会社日立総合経営研修所取締役社長(株式会社日立製作所人財統括本部兼任)

本日は、日立製作所を中心とした日立グループおよび当社の人事部門がグローバル人材戦略としてどのような取り組みをしているのかということを中心にお話したいと思います。

まずは、その背景となるビジネス戦略についてです。日立は、グループを形成する会社の数が多く、ビジネスセグメントも、情報通信システム、電力システム、社会・産業システム、電子装置、建設、高機能材料などさまざまあります。日立グループとしての中期経営計画は2013年5月に発表されており、われわれは「社会イノベーション事業」と言っておりますが、社会やお客様が抱える課題に対するソリューションを提供する、そういった社会イノベーション事業に注力していこうというのが、全体としての方向となっています。

具体的な経営の目標では、売上高で10兆円、営業利益率では7%を超えていこうとしています。グローバルでは現在、北米、中国、欧州、アジアでオペレーションをしていますが、実はまだまだ国内の比率が高く、2013年の実績では売上高でいうと55%が国内です。人員では、グループ全体で約20万人が国内で仕事をしており、海外で仕事をしている人が約12万人います。

中期経営計画では、海外の売上高比率を50%超にすることをめざしています。したがって、国内の人員は今後、減っていかざるを得ないでしょう。2015年以降は、海外人員が5割程度を占めてくるとの見込みを立てています。要するに会社として成長はグローバルでやりますと決めたことを意味します。いま会長をしている当時の中西宏明社長が、「日立を2015年にグローバルなメジャープレーヤーにしよう」という強いビジョンを発信し、それに向かって進んでいるというのが今の姿です。

現在の「人財モデル」ではグローバル化に対応できない

新たなビジネス戦略は、実は当社の「人財部門」に対しても大きなインパクトを与えています。一言で言えば、「今までの人財マネジメントで、本当にグローバルメジャープレーヤーになれるのか」ということが問われている。今は、海外でも日本人が重要ポストの大半を占めていますが、そうした人材戦略モデルで本当に会社として成長できるのかということです。

日立のグローバル化の歴史を見るとわかるのですが、当初は輸出モデルでした。その次は貿易摩擦を回避するために、ヨーロッパやアメリカに展開し、また、低賃金労働力を求めて東南アジアや中国に進出しました。しかし結局、製造だったら製造部門、営業なら営業部門だけなどと、バリューチェーンの一部しか海外に持っていっていない。

現在ではこのモデルはもはや価値を生み出さないという認識からフルバリューチェーンで1つの会社をつくる、あるいは日本と海外で国境を越えた形でフルバリューチェーンをつくる、こうなると、今までは製造部長やセールス部長をそこの会社に置いておけばよかったのが、経営者が求められることになります。そのときに、そんな重要なポストにずっと日本人を送り込めていけるのかという人数の問題もあれば、人材の質の問題も出てきます。

シート1 人財部門へのインパクト

シート1[画像のクリックで拡大表示]

そう考えると、ローカルの優秀な人材を外から採用したり、育成する必要が出てくる。また、ビジネスの必要性から本社機能、あるいはその一部を海外に設置することも起こる。となると、ガバナンスやレポートライン、業績評価や報酬についても、現在のモデルで対応できるのかということになる。しかし、そうした人財モデルも現行制度ではカバーできないのです(シート1)。

別の視点になりますが、日本本社がグループ・グローバルの連結本社になると、投資家がグローバルの視点で人件費の配分や生産性について質問をし始める可能性が高くなる。また、投資の観点から人財マネジメントに着目する可能性も強まる。しかし、少なくとも、私がグローバル人財戦略担当の副統括本部長としてこの仕事をスタートさせた3年前では、本社から世界はみえなかったのです。

そういうことを考えると、今のトラディショナルな日本的な人財マネジメントのままでは絶対にだめで、それで、とにかく人財戦略をつくり直そうと思い立ったわけです。私たちは「グローバル共通人財プラットフォーム」という言い方をしているのですが、最強のチームになるためには世界中からその最強のメンバーをとにかく求める。国を問わず優秀な人材を集めないと最強なチームをつくって戦うことはできないと考えています。

2015年はグローバルな人財部門に

シート2 グローバルビジネスを支えるワールドクラスの人財部門をつくる

シート2[画像のクリックで拡大表示]

グローバル人財戦略として最初に行ったのが、ビジョンとゴール(目標)の策定でした。ゴールは、2015年にグローバルな人財部門になるということ(シート2)。とてもストレッチなゴールであり、だからこそ、社内でずっと言い続けてきました。

このゴールをどうやって達成するのかということで、人財戦略を3つのフェーズに分けて、ロードマップもつくりました。

やらなければいけないことは、とにかく「実行」です。フェーズごとに人財戦略をつくり、年度ごとに単年度の実行計画を立て、プロジェクトベースで毎月フォローアップしました。ここまでは比較的うまくいってきたかなと思っています。

うまくいった一番のキーポイントは、プロジェクトを作って多様な人材を活用したということです。アメリカにチームを置き、5極(北米、中国、アジア、ヨーロッパ、インド)のHRのリーダーと日本人が一緒にやって初めてできたのだと思います。だから検討や実行のスピードが上がったのです。ダイバーシティの効果は大きいものがあります。

人財マネジメントのプラットフォームを整備

従来の人財マネジメントモデルは、日立グループでは、実は各社バラバラでした。グループで会社が900社ありますが、極論を言うと、900通りの制度がある。だから、少なくとも最低限、プラットフォームについては、国や地域、会社を問わず一緒にしていくことをめざして取り組んだのです。たとえば、日立コアバリュー(人財理念)、人財データベース、ジョブグレード、タレント・マネジメントの仕組みやプロセスなどです。

グローバルマネジメントをやろうとすると、グローバルで統一していく部分がどうしても増えていく。各国とどこが違うの、と理詰めで議論していくと、割とベースになるところは国が異なってもそんなに違わないと私自身は思っています。

提供する価値を生み出せる人財部門に

グローバル人事というと、何か特別なものがあるんじゃないかと思う人がいるかもしれません。しかし、何のためにこれを進めているかといったら、ビジネスへの貢献のためです。ゴールは「人と組織の競争優位=市場でコンペチターに勝つ組織を作る」ということであり、結局は「儲ける」ということです。人事部が儲けることにどうやって貢献するのかを考えると、やはり組織能力を考えざるを得ない。すると、組織のコアコンピテンシーとは一体何なんだということを考えていく必要が出てくるのです。

「人財」の点でいえば、高いパフォーマンスを上げ続ける組織の人材をどうやってつくっていくかということになります。それからエンゲージメント・モチベーションの高い組織や人材をどうやってつくれるかということ。強いリーダーシップを持つ組織は強いので、リーダーシップの育成も同様です。だから、われわれは単に人財部門の人事施策をグローバル化するためにやっているとは思っていません。

最終的な成果とは、ビジネスに貢献し、グループのなかの一つひとつの会社が強くなり、結果としてグローバルに900社がまとまる、One Hitachiになるということを想定している。ただ、グループ・グローバルでそういう施策を実行するというのは非常に難しい。なぜなら、歴史的に一つひとつの会社は強い独立意識を持っており、それぞれがグループ内で競争してきた経緯があるからです。

抵抗にはビジネスケースを提示して解決

シート3 グローバル・パズルの解法

シート3[画像のクリックで拡大表示]

シート3で、その際の課題について具体的に書いています。まず、グループ・グローバルの組織がすごく複雑になっている。また、親会社のガバナンスがまったく効いていない部分と、効き過ぎているという部分があったり、autonomyの意識がものすごく強く抵抗もある。結果、実行のスピードが上がらない。

どう解決するかですが、最終的には、やはりビジネスケースを提示することが大事です。どんなメリット、価値があるのかを示すこと。何でこれが自分たちのビジネスにとっていいことなのということがわかると、反対できない。たとえば、グローバルで人材のデータベースをつくるというと、「それってビジネスに何の役に立つのだ」と必ず言われます。「本社のためにやっているんでしょう」と。そういうことに対して、一つひとつ説明していかなければならないので、実行のスピードという面ではやはり難しさはあります。しかし、グローバルと言われている大企業は、すでにこういうレベルのことを実行しているところが多い。だからわれわれは、こうした企業が10年間かかってやってきたものを、3年ぐらいでやろうよと言ってやってきたわけです。

グローバルデータベースで世界25万人を収録

日立がこれまで進めてきたことを紹介すると、この間、10ぐらいのプロジェクトをずっと進めてきています。これまでに実現できたのは、たとえば、「グローバルHRデータベース」。グループ・グローバルで32万人いる社員のうち、いわゆるホワイトカラーの25万人の個人ベースのデータベースができています。今後はその精度を上げて、ワークフォースプランニングなどに活用していかなければいけない。

それから、「グローバルグレード」。これはグループ・グローバル共通の職務基準制度で、4万8,000ポジション(マネージャー以上)はスロッティングしてある。今年の10月から、日立製作所と一部の海外のカンパニーは、グローバルグレードをベースに処遇も行うことに決めました。海外も含め、来年以降、どのグループ会社に導入していくかについて現在検討しているところです。

また、パフォーマンスマネジメントをグローバルレベルで実施していくこと(GPM)を決めて実行しています。昨年の5月に運用を開始し、今年は3万5,000人程度、来年は5万人とか6万人をこの共通のシステムに組み入れていくことを考えています。GPMでもっとも意味があるのは、会社の組織目標と個人のゴールをきちんと一致させるということ。GPMのシステムに入れば、少なくとも中西会長が決めた組織ゴールは誰でもみることができる。アメリカにいても、中国にいてもみえる。それがその次の組織階層でどういう目標になり、またその次の組織階層でどういう目標になっているかを踏まえ、自分の目標をマネージャーと組み立てていく。まさにグループ・グローバルで日立グループ組織目標と各社と個人の目標がアラインメントをとれる仕組みとなりました。

「グローバルリクルートプロセス」も導入しました。本社にいても、今、どの国で、どの会社で何人採用しようとしていて、採用コストはどのくらいか、どういうツールやチャンネルで採用できたか(リクルートエージェンシーなのか、インターナルでやったのかなど)が全部わかるようになります。

人財部門の信頼性を上げる体制に

こうした改革を進めてきて、つくづく思ったのは、人財部門がこのままだったら絶対にだめだということです。グローバル規模で、人財部門を対象に調査(約4,000人が回答)をしてみました。人財部門のどういう作業にどのぐらいのお金が割かれているかを調べたところ、7割近くがオペレーションの仕事で、2割がコンサルテーションみたいな仕事、1割の人がストラテジックなプランニングをやっている仕事に割かれているという結果が出ました。

何が問題かというと、アドミ(事務)とかオペレーションは誰かがやるべき仕事で、それ自体は悪いわけではないのですが、リソース・お金の7割がビジネスに対して価値を生み出さない業務に使われているというのはまずい。どんな業務に時間が費やされているのかの結果をみると、重要と思われる報酬やタレント・マネジメント、人事戦略などに割けていない。

一方、他部門のラインの管理職に聞くと、人財部門から提供されるサービスに対して満足している割合は3割弱しかない。ただ、人財部門を信頼できるかどうかという質問では、6割弱の人たちがまだ信頼を置いてくれている。だから、信頼度をもっと上げるためには、ビジネスに対して価値を生み出す業務にもっと関与していかなければいけない。人財部門の組織コンセプトも、今後は、ビジネスへの価値貢献をベースに考えていかないと、経営者やリーダーシップチームの人財部門に対する満足度も上がっていかないでしょう。

オペレーションやアドミの部分は標準化を通じて少なくしていき、報酬関係など他の業務にもっと光を当てていく必要がある。組織コンセプトも、「ビジネスパートナー:人財戦略の実行者」や「センターオブエクスパティーズ(COE):人財戦略の実行施策のプランニング」、「シェアドサービス」などを中心に据える必要がある。具体的には、人事総務本部があって、人事部、総務部があるという構造をやめて、事業部単位で、人財戦略を担当するビジネスパートナーを決める。COEでは、報酬やトレーニング、ディベロップメントを担当する部隊と、オペレーション部隊とを分けていくというような、戦略と機能に基づいた組織体制にする。

現場の意識を変えていく必要が

グローバル戦略に向けて取り組んでいると、「どんな会社をつくるのか」という議論になってくる。欧米のグローバル企業がやっていることをコピーしているだけじゃないか、そういう欧米流の会社にするのか、と思う人も出てくる。

実は、グローバル的な仕組みを日本も含めて導入していこうと思ったときに、浮かんでくる課題というのは結局、日本の課題に行き着くのです。グローバルグレードで言えば、ジョブグレードを軸にして処遇していくことであり、資格制度をやめると言っているのですが、今までの「人」ベースの仕事のやり方から、「タスク」ベースの仕事のやり方に変えるという大きな変革です。だからものすごい大きな意識の変革で、人財部門だけでなく、仕事をやっていくマネージャーに対してもそれが求められるし、従業員に対しても求められる。そこが大きなハードルであり、資格制度がグレードになったねというだけだったら会社は何も変わらない。今、何で仕事基準が必要なの、それはビジネスにとってどこがいいのということも含めて議論をしながら、意識を変えていこうという気でいます。

オペレーティングシステムで差をつけていく

欧米型、日本型のどちらが正解なのかという議論というよりも、今、何が求められるかということだと思います。マネジメントはオペレーティングシステムとアプリケーションから成り立つという考え方をしたときに、アプリケーションはグローバルなデファクトスタンダードを使えばいい。ジョブグレードやパフォーマンスマネジメントなどです。そして、何で差別化していくかといったら、やはりオペレーティングシステム(OS)ではないかと思います。OSとは、運用の仕方やリーダーシップ、会社の持っているコアバリューなどであり、そういうところで競争相手と差をつけていく。だから、一部だけをみて「欧米の会社にするの」とは言わないでほしいのです。

私個人は、日立というのはある意味、日本の会社であり続けるというか、無国籍にはならないと思っているし、なってほしくないと思っています。日本人の強みであるフォアザカンパニーというのはすごく強いことだと思っています。また、苦しくても最後まで頑張り通すこととか、論理よりも情に価値を置くことだとか、そういうことはビジネスのクリテイカルな場面では強みになると思っていまして、それらを捨てたり、そういうことが弱くなるような制度や運用にはしたくない。ただし、グローバルで戦っていくわけなので、コアバリューが日本人でない人たちにもちゃんと理解できて、行動指針として動くようにしていかないといけないと思っています。