第12回 旧JIL講演会
会社分割と労働者保護
~商法改正に伴う労働契約承継法を中心として~
(2000年7月11日)

労働省労政局長
澤田 陽太郎

目次

講師略歴

澤田 陽太郎(さわだ・ようたろう)
 昭和19年8月6日、神奈川県生まれ。
慶應義塾大学経済学部卒業後、43年に労働省入省。以来、大臣官房秘書課長、大阪労働基準局長、労働基準局安全衛生部長、大臣官房審議官、大臣官房政策調査部長などを歴任。
平成9年7月より労政局長。

会社分割制度の創設

 今日は「会社分割と労働者保護」というタイトルで、私どもが国会に出して、成立させてもらいました労働契約承継法を中心にお話しします。この承継法は、商法改正によって、会社分割制度が創設されなければつくる必要のなかった法律でありますから、まず話の順序として、会社分割制度とはどういうものなのかということについて、必要最小限の範囲でお話ししたいと思います。
 これは法務省が所管でありますので、労働省の私が解説するのは、問題があるかもしれませんが、その点はお許しをいただいて、お話ししたいと思います。
 会社分割制度につきましては、資料1-1資料1-2資料2資料3に関係資料をつけてあります。会社分割制度を、なぜ今回、商法改正という形で立法化したかという点は、端的に申しますと、グローバリゼーションの中で、日本の企業が世界に伍していくためには、企業の経営効率を高めないといけない。そして、企業統治の実効性を確保するという観点から、柔軟な組織の再編成が必要になる場合がある。すべてがすべてそうしなければならないわけではありませんが、簡易迅速で、より円滑な企業組織の再編ができるような法整備をすることが必要であるということに尽きます。
 政府は企業組織の基本法である商法等を改正することによって、企業組織の再編成が円滑に行われるような法整備をずっと行ってきました。平成9年には合併法制の合理化を図っておりますし、平成11年には、株式交換制度を導入しております。今回の会社分割制度の創設は、そうした一連の法整備のいわば仕上げであると言われております。
 諸外国を見ましても、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス等々、日本が競争相手と考える先進国はすべて企業組織再編に関する法律を整備して、企業はそれに従って、グローバリゼーションの中で自分の身の丈に合った組織をつくり、競争を展開しています。日本の経済界からも、この商法改正は首を長くして待たれておりまして、亡くなった小渕前総理の強いご指示で、1年前倒しでこの5月に法案が成立したという状況にあります。

会社分割のタイプ

 具体的内容についてかいつまんでお話ししますと、まず資料2に「会社分割」の図をつけています。これは、法務省が国会審議の際、説明用につくった資料でありまして、会社分割を新設分割と吸収分割とに大きく分けています。
 新設分割と申しますのは、1つの会社が2つの会社、あるいは3つ、4つに分かれてもいいのですが、元の会社がとにかく分割されて、新しい会社ができる。右側に書いてあるB社というのができるわけです。
 それに対して、吸収分割は会社のある部門を分割して、既存の他の会社にくっつける。ですから、分割された部門は、他の会社に吸収されるというわけで、吸収分割という仕組みになっております。そして、新設分割、吸収分割は、それぞれ物的分割と人的分割とに分かれます。この物的分割と人的分割のところがなかなか難しい。
 まず、新設分割のケースについてご説明しますと、新設分割の中の物的分割では、新たに設立するB社が発行する新株はすべて、A社そのものに割り当てる。資料2の人間は株主を表していますが、新設されたB社の株は、A社の株主に割り当てるのではなくて、A社そのものに割り当てる。したがいまして、A社はB社の完全子会社という形になります。それが物的分割です。
 それに対して人的分割は、新しくできたB社の株を、もともとあったA社の株主に割り当てる。株主から見れば、A社とB社の株を持っている。そういう形が人的分割になります。これは、新設分割であろうが、吸収分割であろうが同じです。
 そこで、新設分割はどういうケースで使われるかをお話ししますと、ある会社が複数の営業部門を持っているとします。各営業部門を独立させ、それぞれの会社にすることで経営効率を高める。そういう場合、非常に使いやすい形になります。
 それから吸収分割のほうですが、一番典型的なのは、持株会社があってその下に複数の子会社がぶら下がっている。子会社の営業部門がかなり重複している場合、それらをすっきりさせる。「みずほグループ」をつくる話がありますが、最終的には持株会社にぶら下がった各金融機関をそれぞれ目的別に整理するとき、吸収分割という使い方がなされるだろうと考えております。
 では、物的分割と人的分割はどうなのかという話ですが、物的分割の場合には、発行する株式を元の分割する会社に割り当てますので、非常に分社がしやすくなる。多少具体的に申しますと、企業分割法制ができる前の商法の世界で分社しようとすれば、まず営業の現物出資をして、子会社をつくる。しかし、営業の現物出資をした場合、会社の設立手続が終わるまで営業を停止しなければならないという制約がありました。そして、会社の選んだ検査役が調査をする。
 そうすると、調査期間がどれぐらいかかるかわかりませんので、会社設立の具体的な時期をあらかじめ特定することがなかなか難しい。そういういろいろな問題点があったわけですが、今回の物的分割によって、その辺をクリアでき、大変使いやすくなるのではないかと考えられます。

「営業の一部」とは

 会社分割の場合、分割の単位、分割の対象は何かということが大変重要であります。商法の規定では「営業の全部又は一部」と定義しています。この場合の営業というのは、商法概念による営業ですから、我々が日常的に使っている外回りとか、そういう意味の営業とは全く違います。
 商法上の既に確立した営業概念については、最高裁の判例でも明確化されております。念のために申し上げますと、営業とは、営業用財産である物とか権利だけではなくて、得意先関係、あるいは仕入れ先関係、それから営業上のノウハウ、経営組織、こうした経済的価値のある事実関係を加えて、一定の営業目的のために組織化されて、有機的一体として機能する財産ということです。物とか権利だけではなくて、ノウハウ、お客様関係、下請け関係等々全部ひっくるめた営業としての組織一体のものが、ここで言う営業概念になります。
 営業の一部という場合、それが1つの塊になっていなければなりません。例えば、雪印乳業は会社としてバイオや薬品、乳製品などいろいろな部門を持っています。その乳製品という部門が営業の一部であることに間違いはありませんが、さらにヨーグルトをつくる部門とバターをつくる部門が、これは架空の話ですが分かれているとして、それぞれが仕入れや販売というものについて独立した組織を持ち、1つの塊であるということであれば、バター製造部門が営業の一部になり得るかもしれません。
 そうすると、労働者はどうなるのか。通常、人無しで営業はしていないと思います。物を作るにしろ、ノウハウを売るにしろ、そこに働く人が大体はついている。したがいまして、会社分割の単位としての営業、あるいは営業の一部について、労働者がまったくいないということはほとんど想定しがたい。営業を分割して、引き続き推進するためには、それを進めるための中核的な人間がたぶんいると思います。人間を外した会社分割というのは、そもそも概念として成り立たないということになります。
 この辺が国会でも誤解と申しますか、理解が行き届かないところがありまして、会社分割によって、労働者抜きで、ある営業部門だけを外へ切り離してしまうことがあるのではないかという質問が相当ありました。しかし、そういうことはほとんど考えられないということであります。

新しい分割手続の流れ

(1)分割計画書の作成

 そうした営業の概念のもとで、どういうふうに会社分割の手続が進んでいくのか。資料1-1ですと、2の「法律案の概要」の(4)からになります。会社分割の手続としては、まず分割計画書あるいは分割契約書をつくるところから始めます。新設分割の場合は分割計画書、吸収分割の場合は分割契約書と商法では使い分けています。ただ中身はほぼ同じですので、話の便宜で分割計画書と一括して言うことにします。
 分割計画書の中に何を書くのかということですが、大事なのは(4)アで、「分割計画書」の記載事項として、「設立する会社等が承継する権利義務に関する事項」と書いてあるところです。少し詳しく申しますと、資料1-2をご覧いただきたいのですが、商法等の一部改正法案の新旧対照表で、下が修正前、つまり政府が提出した法案、上が国会において議員修正された部分を書いています。
 第374条の第2項の5号についてですが、「分割ニ因リテ設立スル会社ガ分割ヲ為ス会社ヨリ承継スル債権債務、雇傭契約其ノ他ノ権利義務ニ関スル事項」と修正されております。下の政府提案では例示がまったくありませんで、「権利義務ニ関スル事項」とだけ書いてありました。
 この「権利義務ニ関スル事項」とは何だと考えますと、解釈でいろいろありますよという話になるのですが、はっきりさせたほうがいいだろうということで、修正案のように「債権債務、雇傭契約其ノ他ノ権利義務」となっております。承継される権利義務の中に雇用契約が入るということを、解釈ではなくて、法文上明確にしたという点につきましては、後ほど労働契約承継法そのもののところで、少し敷衍してお話ししたいと思います。

(2)分割計画書の事前開示

 次に「分割計画書等の事前開示」とあります。株主総会の期日の2週間前までに分割をしようとする会社の本店に備え置くということが、法律上書いてあります。
 本店に備え置く書類の中には、分割した後でスリム化した会社と、分割によって新しくできた会社、あるいは、吸収分割で膨らんだ会社、こうしたそれぞれの会社が負担すべき債務につきまして、それぞれの会社で履行する見込みがあることを証明した書類を含まなければならないとなっております。
 分割後のそれぞれの会社が、自らの債務を履行する見込みがあることを証明しなければ、この会社分割はできません。会社が不採算部門を切り離して、いわば泥船をつくって分割する。その泥船に乗せられた労働者は、まもなく分割された部門の消滅、あるいは縮小によって路頭に迷うという議論が国会審議などで相当ありました。そこは分割の条件として、債務について履行の見込みがある理由をはっきりさせた書類を付けるわけですから、法律上ブロックしています。
 ただし分割後、会社の経営がどうなるかは、まさに経営者の裁量、能力の問題でありますから、そこまでは法律で縛りません。少なくとも分割において泥船を仕立てるということを、法律上ブロックしていると言える仕組みになっているわけです。

(3)労働者との協議

 そして、資料の1?2に戻っていただきますが、会社分割をしようとする場合、労働者と協議することが、国会の議員修正で盛り込まれました。附則第5条第1項のところですが、「この法律による改正後の商法及び有限会社法の規定に基づく会社の分割に伴う労働契約の承継に関しては、分割をする会社は、分割計画書又は分割契約書を本店に備え置くべき日までに、労働者と協議をするものとする」と新規に盛り込まれました。分割計画書を本店に備え置くべき日、いわば株主総会の2週間前までに、労働者と労働契約の承継に関して協議しなければならないという規定であります。
 この規定は政府が提案した修正ではなく、議員修正であります。政府がこの規定の意味を勝手に解釈することはできませんので、なかなか言い方は難しいのですが、私どもがこの議員修正を提案した議員さんから、どういう趣旨で修正をしたのかということを聞いた限りでは、次のようになっております。
 会社分割は、その営業を単位として、権利義務が包括的に承継されるという法律的仕組みです。雇用契約につきましても、分割計画書に書かれて承継するとなれば、後で説明しますが、個々の労働者の同意を要することなく、包括的に新設会社のほうへ移ることになります。
 一方、営業譲渡で労働者を譲渡する場合には、民法625条の規定で、個々の労働者の同意を得ることが必要だとなっております。会社分割の場合、民法625条が働かない法律構成にしていますので、分割される営業についている労働者から見ると、会社から「あなた、移りなさい」と言われて計画書に書かれた場合、感覚的には一方的に移されたと受け取れる余地が十分あるわけです。
 それは、良い悪いの話ではなくて、法律上の仕組みとしてそうするということなのですが、労働者側の観点からすれば、本当にそれだけでよいのかとなります。そこで議員修正が入って、計画書をつくる前に分割会社と個々の労働者が、労働契約の承継に関して協議をするということになっております。
 では、何を協議するのかということですが、労働契約を承継させるか、させないかということについてです。協議の中身はそれ以外広がらない。会社分割が正しいかどうかという話は、らち外の問題になります。
 どういう労働者が協議の対象になるかと言いますと、分割によって承継される営業、いわば分割によって切り離される営業に従事する労働者です。ですから、分割される営業に関係のない労働者は、協議の対象には当然ならない。労働組合的に言いますと、ある営業の一部が分割されるとして、そこについている組合員は協議の対象になりますが、それ以外の組合員は、その会社分割が良いか悪いかという意見はあるでしょうけれども、協議にあずかる立場にないということです。
 分割の対象になる営業に従事していても、実際に営業とともに移る人と、営業は移るけれども残る人というのは、現に出てくる可能性はあるわけですね。この場合、営業は移るけれど「あなた、残りなさい」と言われた人も、当然協議の対象になる。もちろん、「営業とともに移れ」と言われた人も対象になります。
   そういう仕組みで、分割計画書ができます。分割計画書は、株主総会で株主の3分の2の賛成を要する、いわば特別決議という形で成立すれば承認され、その計画に書かれた記載に従って、いろいろな権利義務が、新設会社のほうに包括的に移る仕組みになるわけです。
 そこで、包括承継ということについて、最後に申し上げておきます。会社分割の場合、分割計画書に書かれた権利義務はまるごと移る。個々の権利義務の当事者の同意は要さないということになります。
 会社には、労働契約の労働者だけではなく、いろいろな債権債務、権利義務関係を持つ人がいるわけです。いろんな形の債権者も、分割計画書が特別決議で承認されれば、包括的に移ります。もしそれに債権者として異議のある人は、異議を申し立てて弁済を受けるとか、別途そういう債権者救済手続がありますが、異議を申さない限りは移ってしまう。今回の会社分割が包括承継であるというところが、労働契約承継法を必要としたひとつの大きなバックグラウンドになっていると申し上げたいと思います。

労働契約承継法制の立法化提言

(1)労働契約の承継をめぐって

 普通、政府が国会に法案を出す場合、関係の審議会に諮問をして、ご議論いただき、答申を得て、法案を国会に出すという手続をとります。しかし今回の労働契約承継法は、そういう手続をとっておりません。労働法、商法、あるいは経済学者を集めた研究会をつくりまして、そこで専門的な議論をしてもらい、その研究会報告を私どもがいただいて、行政の責任において労働契約承継法をつくり、国会に提出し、審議をいただいたということです。
 学者の方々にお集まりいただいて、議論し、提出していただいた報告書というのは、資料4「企業組織変更に係る労働関係法制等研究会報告」です。報告書の中で大事なところを幾つか申し上げますと、資料4の(別紙)1の3「労働関係の承継の問題点」の(1)「労働契約の承継について」にイロハとあります。まず、会社分割制度におきまして、労働契約の承継について幾つか問題点があると研究会から指摘されています。
 1つは「労働契約の承継を望まない者が承継され」ると。先ほど言いました包括承継ですから、労働者個人の意思にかかわりなく承継されてしまうという仕組みです。また、「承継を望む者が承継されない」と。分割計画書で移る人だけ書かれますから、その計画書に載らなかった人は、承継を望んでも残されてしまう、そういうことが、一部の労働者に生ずる場合が想定されるという問題点です。
 それから、2つ目は、承継される営業に主として従事する労働者のうち、残留させられる者、それから、承継される営業に従としてしか従事していない労働者のうち、移れと言われるもの、承継させる者について、いずれも、これまで自分が従事してきた職務の全部、または大部分と切り離される可能性があると。
 問題点の3つ目は、先ほど言いました包括承継ということです。民法625条の労働契約の一身専属性を前提に、労働契約が変更されて労働者の使用者が変わる場合、労働者個々の同意が必要であるという規定が、今回の法体系のもとでは包括承継ですから排除されているわけです。しかし、この商法の問題は、最終的に争いがあれば裁判所で決着することになります。包括承継という法制について異議ありと裁判所に言った場合、裁判上の解釈として、民法625条が類推適用される可能性が否定できないという点であります。
 なぜかと申しますと、先ほど営業譲渡の話をちょっとしましたが、現象的に見ると、会社分割も営業譲渡も似たところがあるわけです。営業譲渡の場合には民法625条が働いて、個々の労働者の同意を要する、それが会社分割では要らないという話なのですが、裁判というのは実態を見ます。会社分割の実態をよくよく見たら、どうも営業譲渡くさいという話になった場合、625条の類推適用がなされる可能性がある。そういうことになりますと、現場に混乱が起きますから、そこをどうするかという問題が3番目としてあるということです。

 

(2)労働協約承継の問題点

 それから、労働協約の承継についても幾つか問題点があると。1つは、労働協約の性格が何だというところに起因しております。労働協約が今回の会社分割制度で念頭に置いている承継の対象となる権利義務に当たるかどうかという点ですが、きわめていろんな学説、議論があって、はっきりしない面があります。
 1つは、労働組合員が会社分割によって新設会社に承継された場合に、労働協約が新設会社のほうに承継されない可能性が出てくるという問題があります。従来、労使関係の中で、いわば労働者が労働協約という形で獲得してきた権利が、設立会社のほうに承継されないとすれば、それは問題であるという点です。
 それから労働協約は、複数の営業、あるいは会社が1つでも工場がいっぱいある場合には、企業全体に適用されると一般的には考えられているわけです。今回の会社分割という事態に伴って、労働協約も他の権利義務と同じように当然に承継されるとしてしまったら、どういう問題が起きるか。
 労働協約が当然に承継されるとなりますと、労働協約は分割によって新しくできた設立会社だけに適用され、元の会社には無くなってしまうという変な話になります。これはまさに法律論の話で、現実にはおかしいわけです。承継してしまうことも問題だし、承継されないとしてしまうと、これまた問題であると。両方問題が出てくるということが、この研究会の中で、理論的にも実態的にも指摘されたわけです。

 

(3)新たな立法措置の提言

 では、こうした労働契約と労働協約についての問題点をどうするか。立法的に解決するかどうかという点ですが、資料4別紙の4「立法措置の要否」で整理されております。
 まず、柱書きにありますように、「以下の立法措置等を講ずることが適当」という結論になっておりまして、(1)から(5)まで書いてあります。
 (1)に書いてありますことは、会社分割によって承継される営業に主たる職務として従事する者、それで、分割計画書において、この人は承継させると整理された人は、もう民法625条の類推適用がないとはっきりさせるということです。当然に承継されると法律上も明確化することが適当であるという結論です。
 それから、労働契約の承継について、一定の範囲の労働者、先ほど申しました問題点から見て重大な不利益が起きそうな人は、いくら計画書で「あなたは移れ」、あるいは「あなたは残れ」と整理されても、異議申立ての機会を与えることが必要だというのが2点目です。
 3点目は、労働協約の問題につきましても、先ほど申し上げたような問題点があるので、立法的に解決することが必要であると。
 4点目が、後ほど詳しく申しますが、会社分割に関係する労働者や労働組合に対して、会社分割前に分割に関する情報を通知すること。
 5つ目で、会社分割における労働関係の承継について、実際の場面で労使が留意すべき事項等については、法律に基づく指針をつくって、天下に明らかにするということを提言としていただきました。これらを受けて、私どもが法律をつくった次第であります。

 

国会における審議

 その法律を議論する際に、民主党のほうから、政府案への対案として、いわゆる労働者保護法案が出されました。その中では政府案との違いが多々ございまして、時間がないので全部触れられませんが、大きな問題が幾つかありました。
1つは、民主党案では、会社分割に限らず、会社の合併であれ、営業譲渡であれ、すべての企業組織の再編を法案の対象としております。そうした企業組織再編の場合、事前に労使の協議を法律上義務付けるというのが、政府案との大きな違いでありました。
 労使協議制というものが、確かに日本で広く定着しております。たしか、約4割の企業で労使協議制が何らかの形で持たれている。大企業ではかなり普及していると理解しておりますが、例えば、どういうものを労使協議の対象にするかとか、労使協議のメンバーをどうするか、それから協議の程度、一番緩い情報交換から始まって、お互い合意しなければ何もできないという広い意味での協議の仕方もある。どのレベルの協議かというのは、個々の会社によってすべて違う。はっきり言えば、会社によって全部、労使協議の中身、形態、効果が違うという状況にあります。
 いわば労使の自主的な取り組みとしてなされている労使協議制というのが日本の実態ですから、これを法律で一律に義務付けるということは、技術的にもきわめて難しいですし、思想的にもいろいろ議論すべきところがあるわけで、労使協議制の法定義務化はできないという議論をずっとしてまいりました。
 そういうやりとりの中で、商法改正のほうでは、附則第5条第1項に「労働者との協議」という規定が入り、労働契約承継法のほうでは、後ほど申しますように、「労働者の理解と協力を得るように努める」ことという規定が入ることにつながってまいりました。
 それから、解雇制限という問題がだいぶ議論になりました。会社分割、あるいは企業再編成を契機に、労働者の解雇が行われるのではないかという懸念が、国会審議で相当示されました。
 日本では確かに解雇制限法というのはありませんが、判例において、経営側は解雇権を濫用できない。とりわけ整理解雇については、4つの要件が必要であるということが、最高裁判例において確立している。判例で確立したものを、みんなが見て行動し、労使間で話し合いをしているわけですから、解雇制限法は要らないのではないかという議論をずっとしてまいりました。この点については、今回の法案審議の中でいわば平行線でありまして、引き続きのテーマということで持ち越しになっております。

 

国会の附帯決議

 いろいろ国会で議論があったわけですが、はっきりしたこと、あるいは、政府側に宿題として残されたものというのが、法案成立の際に附帯決議という形で明確化されております。そのうち、大事なことを幾つか申しますと、資料5-1に附帯決議の1というのがあります。
 ここでは「合併・営業譲渡をはじめ企業組織の再編に伴う労働者の保護に関する諸問題については、学識経験者を中心とする検討の場を設け、速やかに結論を得た後、立法上の措置を含めその対応の在り方について十分に検討を深める」と書いてあります。これが先ほど申しました「宿題」でありまして、今後、ここに書いてあるような場を設けて、議論を始めてまいります。
 附帯決議の2を見ていただきますと、解雇の問題があります。「企業組織の再編のみを理由として労働者を解雇することができないとする確立した判例法理の周知徹底を図ること」ということです。
 それから、附帯決議の6というのがありますが、「会社の分割を理由とする一方的な労働条件の不利益変更はできない」。これも、いわば判例等々、行政解釈ではっきりしておりますので、そういうことを労働大臣が決める指針に明記して、周知徹底を図るという宿題をいただいているところです。

 

労働契約承継法の内容

(1)労働者への通知

 そうした宿題、あるいは、今後の私どもがやるべきこと等々が明確になった上で、労働契約承継法が成立いたしました。これからの時間、労働契約承継法そのものについてお話をいたしたいと思います。資料6、あるいは資料7の法律の条文を見ていただく形で、話を聞いていただきたいと思います。
 まず、「労働者等への通知」というのが、資料6の「概要」(1)に書いてあります。
 どういう労働者に通知をするかという点ですが、資料7の条文、第2条第1項第1号に、通知する労働者の1つのタイプとして、「当該会社が雇用する労働者」、つまり会社分割をしようとする会社、分割会社が雇用する労働者であって、「設立会社に承継される営業に主として従事するものとして労働省令で定めるもの」とあります。ですから、会社分割の対象になる営業に主として従事している労働者には通知をしなければならない。
 「労働省令で定めるもの」とありますが、分割される営業に主として従事しているというのは、どうやって判断するか。主として従事しているか、従として従事しているかを判断しなければなりません。そこを労働省令で判断の基準を示そうということです。
 それから、会社側が通知しなければならない労働者のもう1つのタイプは、第2条第1項第2号に書いてありますが、当該会社、つまり分割会社が雇用している労働者で、「前号に掲げる労働者を除く」ということですから、便宜的に言えば、分割される営業に従として従事している労働者であって、かつ、分割計画書に設立会社等が承継するというふうに書いてある人達です。分割営業に従としてしか従事していないけれども、「あなた、移りなさい」と言われたタイプの労働者に通知をするということになります。
 労働者は分割計画書を見るまで、自分がどうなるかわからない状況に置かれております。
 いきなり分割計画書が出てきて、「おお、自分は移るんだ」「ああ、自分は残るんだ」というのでは、あまりにも問題があるということで、事前に通知をする仕組みにしてあるわけです。
 通知をする場合、では、どういう中身を通知するのかということになります。通知をする中身は、法律上はっきりしていることと、労働省令で書くこととの2つに書き分けてあります。法律上、通知することが必要なものとして、1つは、その労働者の労働契約を設立会社等に承継するという記載が、分割計画書にあるかないかということです。
 それから、これは後ほど申しますけれども、一定の労働者について異議を申し出ることを法律上認めましたので、異議を申し出る期限、異議のある人はいついつまでに異議を申し出るということも通知しなければならない。
 後のことは、労働省令で今後決めることになっておりまして、これから議論して決めていきます。まあ、常識的な話として、会社分割の実施時期や新しくできる設立会社の本店がどこにあるかということも労働者に知らせなければならないと思います。
 それから、自分の労働契約が承継される設立会社の事業内容がどういうものか。また、設立会社に関する事項なども知らせなければならないだろうと思っておりますが、その他、必要なものがどれだけあるか、今後詰めていきたいと思っております。

 

(2)労働組合への通知

 それから、通知の2つ目の話として、労働者にだけ通知するのではなくて、労働組合にも通知する必要があるということです。労働組合すべてに通知するのではなくて、分割会社との間で労働協約を結んでいる労働組合について、事前に通知をするということにしてあります。
 なぜかと申しますと、会社分割によって自分の組合員が新設会社に移る可能性が相当あり、組合員の数なり、範囲が動く。すると、労働者の組織状況が要件になっている例えばユニオンショップ協定や36協定などにどういう影響が出るか。そういう影響をあらかじめ把握するためにも、労働協約を結んでいる組合には通知することが必要であるということで、義務化しております。
 ただ、中には使用者と労働協約を結んでいない労働組合があるかもしれません。あまり想定できませんが、そういう組合があったとしても、法律上の義務はありませんが、良好な労使関係を維持していく観点から、実質的な話として、やはり使用者は、そうした組合にも事前に通知することが望ましいであろうと私どもは考えてまして、国会でもそのように答えております。

 

(3)労働契約の承継と異議申出

 次に、資料6「概要」の(2)ですが、「労働契約の承継」という、まさに中心的なところに話が及んでまいりました。(2)のイにありますが、承継法では、「分割により承継される営業に主として従事する労働者の労働契約が承継される場合」は、先ほど言いましたように包括承継ですから、「当該労働者の個別同意は要しない」とはっきり書いてあります。
 それからロにありますように、「分割により承継される営業に主として従事する労働者の労働契約が承継されない場合」、いわば分割計画書に「移る」と書いていない人たちについては、異議の申出ができます。
 自分が主に従事している営業が会社分割で移ってしまうにもかかわらず、一緒に移ると計画書に書いていない人達については、移りたいという意思表示をすれば移れる。また、移らなくていい、たとえ仕事が変わっても、元の会社に残るという選択をしても、それはそれでいいということで、ここでは全面的に労働者の意思を尊重するという法体系にしてあります。
 ここのところが、商法の規定に対して、今回の労働契約承継法で特例としてつくった部分の1つです。商法の規定だけであれば、計画書に書かれると、本人の意思にかかわりなく移る、あるいは残されるということになってしまいます。そこを修正しております。
 それから、ハにありますように、「分割により承継される営業に従として従事する労働者」がいて、その人たちが分割計画書において「あなたは移れ」と書かれている場合、これもまた異議を申し出ることができます。そして、異議を申し出た場合には、分割計画書で移れと書いてあっても、元のところに残れますし、移ることを希望すれば、分割計画書どおり移ればいいと。ここも、労働者の意思が全面的に反映されるような立法にしてあります。
 資料8の図をご覧ください。ある会社が、鉄道部門とバス部門を経営しているとします。そして、両部門を統括する形で、総務部門がある。この会社がバス部門を会社分割で外へ出し、網かけした部分(バス部門の大部分と総務部門の一部)の労働者について、そこに移りなさいという分割計画書上の整理をするというモデルです。
 その場合、バス部門にいる労働者で、分割計画書上移りなさいと言われた人たちは、本人の同意を要せずに、計画書どおり移籍されます。総務部門の場合、よくよく考えますと、例えば経理をやっている人でもバス部門の経理が主な仕事なのか、それとも分割とは関係ない鉄道部門の経理が主な仕事なのかなどいろんなタイプの人がいます。そういうわけで、総務部門にいる人では、移れと言われた人でも、仕事の中身をよく見て、バス部門にかかわる仕事が主だという人たちについては、同意を要せず移ります。
 一方、バス部門のうち計画書上承継すると整理されなかった人、「残れ」と言われた人には、異議申出の機会を与えて、先ほど言いましたように、本人の意思を最終的に尊重する。それから、総務部門で、自分の仕事はどうもバスに関しては従であるという人にも異議申出の機会を与えて、移りたくない場合には、元の会社の総務部門に残留できるということを法律ではっきりさせたわけです。

 

(4)労働協約の承継と労働組合

 それからもう1つ、資料6「概要」の(3)労働協約の承継等のところですが、ここが多少ややこしい話なので、注意して聞いていただきたいと思います。資料7の法律の条文を見ながら聞いていただきたいのですが、第6条は、1項、2項、3項と分かれております。第3項のところから見てほしいのですが、分割会社と労働協約を結んでいる労働組合があって、そこの組合員が会社分割の結果、分割会社と、新しくできた設立会社の両方に属することになった。そうした場合でも、両方の会社において、労働協約の適用があるとしたのが、この第3項であります。
 この書きぶりをよく読んでいただくとわかりますが、この第3項の中身は、労働組合員が設立会社に移った場合の労働協約につきまして、会社分割における一般の権利義務の承継という考え方をとっておりません。会社分割の効力が発生したときに、組合と設立会社との間で、組合と分割会社が結んでいた労働協約と同じ労働協約が結ばれたものとみなすという規定にしております。
 繰り返しになりますが、承継するということにしてしまうと、元の分割会社の労働協約が無くなってしまって、全部設立会社に移ってしまうという変な格好になります。設立会社のほうでも協定されたものとみなすという形で、両方に同じ労働協約があるという基本構成を、この第3項でまずとりました。
 ただ、その場合に1つ問題が出てまいります。例えば、もともとの労働協約におきまして、組合の事務所を使用者側が提供します、ただで使ってくださいという協約があったとします。それと同じ協約が設立会社のほうでも結ばれたものとみなすということになりますと、労働組合が1つである場合、組合として、分割会社にも、設立会社にも、組合事務所を提供しろと要求できます。これはきわめて不合理な話になりますので、そうしたところを何とかしなければならない、工夫が要るということで、第3項に「前項に規定する合意に係る部分を除く」ということをわざわざ付けております。
 不合理な部分をどうするかということは、ここの第2項に書いてあります。労働協約の中でも、労働条件に関する部分と、そうではなく組合専従の数をどうするかとか、組合事務所をどうするかとか、非労働条件の部分がある。そういう部分については、分割会社と労働組合とが話し合って、この部分は新しい設立会社に承継させるとか、させないとか、話し合いで決めてくださいと。そして、労使で話し合った限り、合意ができた限りで、分割計画書に書いて結構ですという仕組みをこの第2項に書いてあります。
 それでは第1項は何かと言いますと、今申し上げた第3項、第2項の仕組みを前提に、まさに分割会社は、分割計画書などに、労働組合との間で締結する労働協約のうち、設立会社等が承継する部分、合意した部分を書くことができるという形をとっています。その部分だけは承継という形をとる。法技術的な話が中心で恐縮ですが、そういう構成をとっています。
 なぜこうなったかと言いますと、労働組合が元の会社で勝ち取った権利、それが協約に具体化されておりますから、そういうものが会社分割を機にチャラにならないようにということで、こういう仕組みをわざわざつくったわけです。ということが承継法の中心的な中身になります。

 

(5)労働者の理解と協力

 それから、資料6「概要」の(4)で、「労働者の理解と協力」というところがあります。条文では第7条になります。「分割会社は、当該分割に当たり、労働大臣の定めるところにより、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとする」という規定であります。この規定にどういう実体的な意味があるのかというところがポイントになろうかと思います。
 「労働者の理解と協力を得る」とは何だということが、国会審議でも議論になりまして、そこは労働大臣が答弁で明らかにしております。その答弁の内容をお話しいたしますと、労働者の理解と協力を得るとは、当該事業場において、労働者の過半数を組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては、労働者の過半数を代表する者──これは36協定、労働基準法の書きぶりとまったく同じですが、過半数組合がある場合には組合、ない場合には過半数労働者の代表との協議によって行う等のことである旨を、省令で規定しますと大臣が答えております。
 労働者の理解と協力を得るというやり方には、いろいろあると思います。しかし、個々の労働者一人一人に理解と協力を得るというのは、手続的にもなかなか難しい。典型的には過半数組合と話をして、とにかく理解と協力を得るように、使用者として、最善の努力を尽くすことを求めているわけです。
 それから、労働大臣の答弁で、組合なり労働者代表と協議をすること等によって行うという、この「等」にはどういう形があるか。今後、どういう形がティピカルなものかということをよく議論して、幾つかこういう形がありますよということを明確化していきたいと考えております。

 

(6)指針

 承継法の最後のほうに、労働大臣は指針を定めることができるという規定がございます。先ほどの附帯決議でも幾つか書いてありますが、私どもの気持ちとしては、今回の改正商法と労働契約承継法を1つの枠組みとして、今後、会社分割を行う場合に労使が留意すべきこと、あるいは望ましいことを指針で書きたいと思っております。
 会社分割のみを理由に解雇できないというのは、既存の判例で明らかになっている、そういうものはみんなわかっているから指針に書くことはないという意見もあります。けれども、指針を見ればそういうものがあるということを一覧できるという形でつくりたいと思っています。したがいまして、指針で書くべきことの1つは、既存の判例法理で明らかになっていたり、既存の法律解釈で明確になっていることでも、大事なことは書くというグループです。
 それから、承継法の省令で書き切れないことや、省令で書いたことを混乱なく運用していくための事柄です。これらを指針の中で新たにつくっていかなければならないと考えています。
 もう一つのグループとして、どこまでできるか今後の議論になりますが、会社分割をするに当たって、法律上の義務は無いけれども、やっぱりしたほうがよいだろうという、望ましい事柄が幾つかあるのではないかと思います。そういうものも、書けるものは指針の中に書いていこうと。以上3つぐらい性格の違うものを合わせて指針をつくっていきたいと考えております。
 指針につきましては、国会の附帯決議にありますように、労使を交えた検討の場を設けるという宿題を負っています。そこで昨日(7月10日)、その指針をつくるための研究会が発足し、第1回目の会合を持ちました。会の名称は「労働契約承継法の指針の在り方研究会」です。労働者側の代表者が2人、使用者側の代表者が2人、それから学識経験者4人の計8人で構成しております。
 今後、月2回くらいのペースで研究会を開き、今年の12月には、この指針について報告をいただく。いただいた報告をもとに、労働大臣が12月中に指針を決め、公布したいと考えています。

 

承継法の施行に向けて

 今までお話ししたことからおわかりのように、どういう指針ができるかが大変重要であります。とりわけ分割される営業に自分は主として従事しているのか、従として従事しているのか、この判断基準がきわめて個々の労働者にとってポイントになります。そうした主従の判断基準は省令で決めますけれども、省令だけでは書き切れないところが必ずや出てまいります。省令で書いた基準の当てはめについては、指針でいろいろ書かなければならないと思います。
 そこはかなり大事なことになりますので、研究会報告をいただく前、研究会である程度形が見えてきた中間的な段階で、行政プロセスの透明化、パブリックコメントの手続をとり、皆さん方関係者からご意見をいただき、それを踏まえてまた研究会で議論し、成案を得ていきたいと思っております。12月に報告書が出るとすれば、10月、あるいは11月になるかもしれませんが、パブリックコメントをお目にした場合、意見のある方はぜひ私どものほうにお寄せいただきたいと思います。
 分割される営業に主として従事しているか、従として従事しているかということを省令で決めると申しました。現在、私どもが考えていることを申し上げますと、主として、従としての判断のメルクマールが2つぐらいあるだろうと考えています。 1つは、会社分割の時点で、その人の就いている仕事が、分割される営業との関係においてどうなのか。分割時点の状況をまずベースにして考える。これはまあ、当たり前だと思います。
 ただし、会社におきましては、通常の人事異動とか、配転があります。分割時点でどうであったかというだけではやはり不十分なので、会社分割の時点から一定期間さかのぼった中の状態を見なければいけないだろう。その一定期間の中で、本人の職務状況が、会社分割される営業とどの程度かかわりを持っているかということを見る。一定期間といっても、どの期間をとるかというのは非常に難しい話で、そこは指針の研究会で十分議論いたします。しかし、この2点だけではやはり不十分なところも多々出てくるだろうと思います。
 一番典型的な話として、会社におきましては、社内の教育訓練の一環として、研修という形であの部門に就きなさいと言われるケースがあるわけです。研修で就いている部門が会社分割の対象だとして、そこにあなたはいたのだからと言われて移されるのは、あまり合理性がない。そういういろんなケースが考えられます。
 それから、会社に採用されたときの雇用契約、労働契約がどうなっているかも、かなり影響いたします。普通のホワイトカラーの場合、全国どこにでも移動します。会社命令に従ってどこでも行きますという契約が一般的ですけれども、契約によっては、勤務地限定や職務限定という契約もあります。そういう契約条件がどうであったか。
 この問題は考え出すとものすごく範囲が広く、いろんなケースがありますので、労使を交えた検討会で我々も十分議論いたしますが、皆さん方からも、パブリックコメントの場だけではなく、ご意見があれば、会社を通じてでも、労働組合を通じてでも結構ですから、いろんなチャンネルでご意見を聞かせていただきたいと思います。

 

質疑応答

【質 問】 この法律(労働契約承継法)は8条の非常に短い法文なんですが、にもかかわらず、何回読みましても、その意味がなかなか理解しにくい。新法をつくるとき、だれが読んでもわかるような法文にすることはできないものでしょうか。

【回 答】 条文が読みにくいというのは、そのとおりだと思います。私どもも、わかりやすい条文をつくるということが至上命令でありますので、努力いたしましたが、何せ今回の法律は、従来の労働法とかなり違っております。関係当事者がその法律を読んで、解釈して、争いがあったら、民事的に解決するというものに非常に近い法律でございます。従来の労働法的な書きぶりとはかなり違って、民法、商法に近い書き方になっています。法制局ともよく議論して、なるべく法文は短く、わかりやすくという点で努力しましたが、こういう形になりました。

【質 問】 改正商法のほうでは、附則第5条に「労働者と協議する」と書いてあります。普通、労働法だったら、「過半数で組織する労働組合又は代表者」となるはずなんですが、ただ「労働者」と書いてあるから、これが個別の労働者なのかさっぱりわからない。そう思って承継法のほうを見ると、当該労働者です。これは個人個人ですね、当該となりますと。
 それから、承継法7条にある「労働大臣の定める労働者の理解と協力」。「労働者」と書いてあるのですが、具体的には基準法などでやっているところの、過半数を代表するという意味なのでしょう。どうも「労働者」と言ったり、当該という労働法用語を使ってみたり、何かごちゃごちゃしている感じです。何か統一見解みたいなものがあるのでしょうか。商法上の労働者と、承継法の労働者、当該労働者、そういう使い分けがはっきりしないというのが感想です。

【回 答】 まず、商法の議員修正で入った附則5条第1項について申します。ここで労働者と協議をすると申しますのは、字句どおり解すと、一人一人協議をするといういうことになります。まさにその人の労働契約をどうするかについて、一人一人と協議する。国会審議で議論になったところですが、基本はそれであります。
 ただし、労働者が労働組合員であって、労働組合に対して使用者と協議することを委任すれば、組合に代理を認めますということで、その限りにおいて組合が労働者に成り代わって使用者と協議できる、というところまで、国会答弁ではっきりいたしております。
 労働組合は、交渉事項について事前に包括的に個々の組合員から授権をされて、組合として使用者と交渉するというスタイルをとっています。個々の組合員から委任されなくても、労働組合が使用者と協議することによって、商法の附則第5条第1項が満たされるのではないかというご質問が、野党議員からありましたが、そうではないと。基本は、個人と協議する。委任があった場合のみ、組合が前に出られるということであります。
 それから、承継法の第7条についてであります。条文を読みますと、「分割会社は、当該分割に当たり、労働大臣の定めるところにより、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとする」。
 まず「分割に当たり」というのは何か。私どもは、分割のその瞬間だけではなくて、分割の前後が入ると考えます。では、分割計画書が本店に備え置かれる日までに行う商法附則第5条の「個々の労働者との協議」と第7条で分割前に行われる「その雇用する労働者の理解と協力を得る」という行為とは、どういう関係に立つのか。  労働者の理解と協力を得るためには、話し合いをしなければなりません。しかし、話し合いをする範囲について、承継法第7条にはまったく限定がない。ですから、労働契約の承継だけではなくて、もう少し広い範囲について理解と協力を得るための話し合いをするということが、どう考えても当然の解釈であろうと思います。
 その場合、では、だれと話し合いをして、理解と協力を得るんだというところが、この条文だけではわかりません。ひとつのやり方としては、過半数組合、過半数労働者代表と協議をする。どういうやり方があるかはわかりませんけれども、個々の労働者を念頭に置いているというよりは、会社分割に関係する労働者、雇用する労働者をマスとしてとらえて、そういう人たち全体の理解と協力を得て、会社分割がうまくいき、労働者の必要な保護が図れるということを調和的に見出す。そういう精神で私どもは第7条を理解して、指針でいろいろ書いていこうと考えているところであります。

【質 問】 資料の3の図表に「反対の通知」とか、「株主総会における反対」とか、あります。これは、労働者との協議に関係したことなのでしょうか。

【回 答】 違います。このフローチャートで、黒い太線で囲んであるところが、承継法絡みの事柄です。「反対の通知」とか、「株主総会における反対」とは、会社分割に対する反対とか、そういう商法体系上の手続の話です。

【質 問】 いわゆる分社化でよその会社に行ったとき、年金等を一方的に削減されてしまうという問題があります。法案に関する附帯決議の第6項で、衆院、参院とも「分割を理由とする一方的な労働条件の不利益変更はできないことを指針に明記するとともに、その周知徹底を図ること」と記載されています。今後の指針でどのような対策を考えているのかお伺いしたいのですが。

【回 答】 退職金と年金とを切り離して考えていただきたいと思うんですが。退職金については、元の会社において、既に勤続した期間に応ずる部分というのがありますね。この部分は、労働者の確定した権利として、今回は確認しております。したがいまして、それについては、承継とともに新しいところへ移ることがはっきりいたしております。
 厚生年金などは今回の承継法でいう権利義務に当たるかどうかきわめて疑問なところであります。厚生年金法等々それぞれの所管法律の定めるところによって処理することが、まず先ということになっております。
 厚年基金はどうなるんだという話が、国会の議論でもありました。新設会社で新しく厚年基金をつくれば話は別ですけれども、つくる気がない、あるいはつくる財政的基盤が無いというとき、元の会社の厚年基金に入っていた人が分割でこっちに来た場合などには、なかなか難しい問題が起きるわけです。
 今回の承継の対象になる権利義務に当たらないものは、このように結構あるわけです。財形貯蓄がどうなるかとかいう議論もありました。そういうものについては、それぞれの法律で措置いたしますが、どうしても労働者にとって重大な不利益が出るという問題については、それぞれの法律を直して手当てするとか、労使間で話し合ってうまく処理することが大事だということについて、労使が納得すれば指針で書くとか、そういう手当てをしていかないと問題が起こると、私どもは考えております。

【質 問】 日本の場合、企業年金、退職金が定年間際に急速に上がるという現象があります。例えば45歳とか、50歳の段階で、年金の積み立てがいったん終わってしまい、新たにスタートということをされると、(受給額が)1000万円とか、2000万円も変わってきてしまうという現象が容易に起こり得るのではないでしょうか。

【回 答】 会社分割に伴って今ある厚生年金基金をどうするかという話ですが、もとの会社、分割会社において、厚年基金の当事者である人達が話し合って処理するケースもあります。その場合、客観情勢から見て、厚年基金をここでおしまいにしよう、みんなで分けてしまおうということがあるかもしれません。
 そこは、今回の承継法なり、商法では、まったくノータッチになっているわけです。労働者の生活にかかわるいろんな問題を全部ひっくるめて、関係法律の整理法をつくって、出せばよかったのではないかというご意見があろうかと思います。しかし残念ながら、今回はそこまで手が回らなかった。まさに労働省として、自分たちの行政の領域でできることを、商法改正のテンポアップしたスピードに合わせてやろうというところで割り切ったわけです。
 労使間でどう話し合いをするかという問題がまずベースにあると思いますけれども、労使間だけでは処理し切れない問題で、立法的手当てが必要だということであれば、それぞれの制度で考えていかなければならないと私どもは思っております。
 国会でも、労働大臣の答弁で、年金などの問題についていろいろ議論して、問題があって調整する必要が出てくれば、労働大臣として厚生大臣と協議するという答弁をしています。その辺は私どもも十分関心を持って、指針の議論でも必ずや出てくる話ですので、フォローしていきたいと思っております。

【質 問】 (承継法)第7条の協議の形態について、もう少し詳しくお考えになっていることがあったら、お聞かせ願いたいと思います。おっしゃるとおり、協議の形態は企業によってたくさんあります。労働省の調査を見てもいろいろある。事前の説明とか、事後説明とか、報告とか。協議についても、協議決定とか、同意とかたくさんあると思います。協議とは何かについても、さらにご検討されるということでしたので、もう少し詳しくお願いできればと思います。

【回 答】 2つに分けてお話ししたほうがいいと思うのですが、まず、商法の附則第5条1項の協議ですね。これは、国会質疑の中で明らかになっておりまして、協議というのは、最終的な合意までを求めるものではない。これははっきりしております。
 では、そうなった場合、形式的な話し合いにとどまるのかという議論になります。そうではなくて、これは使用者に対する義務でありますから、協議について、誠意を尽くしてやる必要があるということになっております。法律上、「協議」という文言は、通常どういうふうに解釈されているかを申しますと、最終的な合意までは要しないというような使い方になっています。
 それから、承継法7条の「理解と協力を得るように努めること」ということで、こちらのほうは文言上、協議ということは出てまいりません。労働大臣の国会での確認答弁で、過半数組合とか、労働者の代表と協議することなどによって行うと言っております。この労働大臣答弁の協議も、商法のほうの協議と全く同じ定義概念でありまして、合意をしなければ、協議したことにはならないということではありません。とにかく誠意を尽くして、お互い納得できるように努力をする。
 この場合、使用者に対してそういう義務をかける。ただし、どうしても話が成立しない、合意点に達しないという場合、それはやむを得ない。会社分割の効果については、協議が成立しないからといって、いささかも影響は無いというのが国会における法務省の答弁であり、私どもの理解であります。

【質 問】 労働条件については、基本的に不利益のないように配慮がなされるということかと思うんですけれども、A社、B社の両方から、2つの労働条件を持ったグループが1つの新しい会社になるという吸収分割の場合には、そこで労働条件の異なるものが併存するような形を想定するのか、あるいはそれを1つにするという前提でお考えなのかという点についてお伺いしたいと思います。

【回 答】 吸収分割の場合、分割されて吸収会社に行った労働者の労働条件が、もともと吸収会社にいた労働者と違うということは十分あり得ます。その場合、分割の時点では前の条件をそのまま引き継ぎますから、吸収会社において、異なった労働条件の労働者が混在、併存するということが、その時点ではあります。
 その後の問題として、では、異なった労働条件を1本にするのか、しばらく暫定措置で併存させるのか。その話し合いは、分割の話とは別に、新しい会社における労使関係の問題として処理してもらう。そういう整理になっています。

【質 問】 第7条について、重ねて質問いたします。最終的合意がなくてもよろしいということですが、会社側の誠意は、どういう基準で判定するんですか。仮に誠意がないと労働省が認識した場合、労働省は何らかのアクションをおとりになるのか、ならないのか。

【回 答】 この承継法は、行政機関が権限を持って施行するという法律ではないわけです。従来の基準法とか、職安法であれは、監督署なり、安定所が権限を持って、法律の条文に基づいて使用者を、例えば罰するとか、指導します。
 承継法は労働法の世界ではきわめて珍しい、商法、民法のたぐいの法律であります。ですから、当事者がこの法律をよく理解し、遵守してもらうということが基本です。ですから、理解と協力を得ることについて、どこまで使用者側が法律上の努力義務を果たしたかということを、行政側としてチェックする権限はありません。労使間で話し合って、例えば1つのパターンとして、過半数組合が使用者側と話をして、納得いかないという話になったとき、最終的には民事的なところで決着をつけるより仕様がないという話になります。
 ただ、そうならないように、私どもは指針をつくりたい。きわめて冷たいような言い方でしたが、法律上の仕組みはそうであるとはっきりさせたほうがいいわけですので、そういうふうに申しました。そういうことを決して望んでいるわけではなくて、労使がよく理解をして、十分お互いに努力してほしいということであります。

【質 問】 法律の趣旨はわかったんですが、内容が内容ですから、労働組合の立場からすれば、団体交渉をやろうと言うかもしれない。その場合、団体交渉で取り上げることはできるんでしょうね。そして、団体交渉で意見が一致しない場合、法律上の問題ではなく、労使間の問題として、この問題を解決していくというようなことはあってもいいんでしょうね。

【回 答】 はい。会社分割に取り組む、労働者が移動するということになれば、それは労働者にとって重大な問題であります。労働条件にかかわる問題でありますから、労働組合にとっても、団体交渉を使用者に申し入れる当然の事柄として、成り立つことが多々あると思います。
 ただ、誤解のないように言いますと、会社分割それ自身がいいか、悪いかということは、団体交渉の事項ではありません。会社分割に伴って、労働条件に重要な影響が生じるということだとすると、その労働条件の問題について団交するわけです。その外縁的な効果として、会社分割の中身がどうのこうのという議論は当然できますけれども、ダイレクトに会社分割そのものが団交事項にはなりません。そういう形で、団交事項に乗っかる部分が必ずやあるだろうと。労働組合としては、労働組合法上の権利を適正に使って協議を進めていくということです。
 承継法第7条のところで、労働者をマスとしてとらえて、理解と協力を得るよう努めるようにする、そう理解していると申しました。第7条のパフォーマンスと労組法上の団交の関係がどうなるかというのは、詰めていくと非常に難しいわけです。
 そこは、理解と協力という努力義務規定に依拠して交渉するのか、労組法の団交、まさに権利としてやるのかという使い分けの問題が出てくると思います。そこは現実の労使関係の中で、それぞれの組合なり、労働者なり、使用者なりが、日常の労使関係をベースにどうするかということを考え、工夫してもらうことが、大事だろうと思っています。

【質 問】 商法改正の資料1-1(7)に「分割無効の訴え」というのがあり、その中に「分割手続等に瑕疵があった場合等には、株主等」って、「等」が3回も出てきます。この「等」にはどんなものが含まれるのでしょうか。例えば、「瑕疵」という中に、協議がうまくいかなかったということも含まれるのかどうか。そのあたりをお聞きできればと思います。

【回 答】 分割無効の理由に何があるかというところですが、法務省が権限を持ってお答えする話で、労働省の行政官が答えるのは越権行為になるのでできないということ以上に、これは難しい話です。1つはっきりしておりますのは、手続上の瑕疵です。商法上の手続をとらないと、分割無効の原因になるということは、法務省も答えております。
 ただ、それ以外にどういうものがあるかについては、国会の審議の中でも、あまり明確になっていません。結局、商法の性格でもあるのでしょうけれど、ぎりぎりの争いが起きたとき、裁判所で分割無効の訴えとして受理できるとか、できないとか、そういう判断になってきます。そこは、個々のケースによって議論していかないとはっきりしない。ここで「瑕疵等」となっているのは、そういう意味だと思います。