第9回 旧JIL講演会
会計基準の変更と企業年金
~退職給付会計基準の設定と従業員給付の将来~
(1999年10月20日)

日本大学経済学部教授
今福 愛志

目次

講師略歴

今福 愛志(いまふく・あいし)
 1941年生まれ。71年に明治大学大学院商学研究科博士課程を卒業し、82年から日本大学経済学部教授。82-83年にミシガン大学ペートン・アカウンティング・センター客員研究員、93年に経済学博士。97-98年に大蔵省・企業会計審議会臨時委員を務める。主な著書に『企業年金会計の国際比較』(中央経済社)、『企業年金ビッグバン』(共著、東洋経済新報社)など。

会計基準変更のインパクト

 きょうは「会計基準の変更と企業年金」というたいへん大きなテーマでお話しします。退職給付の会計基準が昨年6月に大蔵省から出されました(企業会計審議会「退職給付に係る会計基準の設定に関する意見書」)。この会計基準のおよぼす影響は、私達の予想をこえて大きなものとなりました。

 退職給付の会計基準は、他の会計基準と同様に、資本市場の国際化、グローバル化に合わせて母体企業の透明性を高める一環として考えられていました。もちろんその点で大きな影響を与えていることは間違いありませんが、方向としては、企業内の福祉制度、退職金や年金、法定内・法定外福利のあり方という問題をあぶり出しました。つまり会計基準というものが、資本市場における母体企業の問題のみならず、多面的な形で影響を与えてきているのです。これまでにも会計基準がそのような影響を与えたことが、幾つかあったわけですけれども、これほど明確な形で行政や企業に意識されたのは初めてではないだろうかと思います。

 なぜ会計基準が母体企業の市場における透明性を高めるだけでなく、労働や福利といった問題に影響を与えるのかということを、細かな点は置いて、基本的な考え方についてお話ししたいと思います。皆さんの多くは必ずしも会計の専門家ではありませんから、会計の問題はとっつきにくいという印象を受けるかもしれません。できる限り普通の言葉でお話しして、その考え方を理解していただきたい。細かい計算の仕組みなどはそれぞれの専門家に任せて、とらえ方の枠組みがどういうものかという点をお話しできたらと思います。

 国際標準というレンズで年金、退職金を見るという場合、その国際標準のレンズは何かというと今回の退職給付の会計基準です。

 わが国の年金、退職金制度は特殊性を持っております。例えば厚生年金をとってみましても(厚生年金基金による)代行部分があります。イギリスの制度にも似た側面がありますが、大きく違っております。厚生省サイドからみれば代行部分は公的年金であり、特殊性ある日本の制度であるといえましょう。しかし国際標準という会計のレンズから見ると、必ずしも公的年金とはいえないところが難しいところです。

 公的年金という側面が幾つかあるにしても、国際標準というレンズで見るなら私的年金であり、少なくとも国際会計基準ではそのようにとらえられている。わが国でも紆余曲折はありましたが、代行部分は今回の退職給付会計基準(日本公認会計士協会「退職給付会計に関する実務指針(中間報告)」1999年9月)の対象になりました。その結果、(国への代行部分の)返上論などが出ております。いずれにしても、各国の年金制度にある特殊性でなく、共通の面を会計基準は見ていこうとしています。

 適格年金制度についても、厚生年金基金と違い母体企業からの独立性の点で多分に問題があり、統一して会計上の対象としてよいのかどうかという点がありますけれども、国際標準というレンズから見れば統一する。母体企業がそれをどのようにとらえて財務諸表に表すのかということが問題になっております。

 また、退職一時金については、外部に拠出して資産が法的に保護されている企業年金と全然違い、拠出性のない内部留保方式であり、これをトータルに母体企業の財務諸表に表してよいのかということに対しても、国際標準というレンズから見れば、やはり統一して見なければならない。

 そうしますと、退職金あるいは年金制度を国際的に共通性を持った形に変更することを考えてもよいのではないかという問題が出てくる。つまり会計基準が出発点になり、企業年金制度そのものを変える動きが、かなりあらわになってきております。そして方向としては、退職給付制度の改革、トータル・コンペンセーションといいますか報酬全体の中で退職給付の問題を考えていくようになっているわけです。

年金債務という視点の欠如

 従業員が企業に対して働いた結果として将来得る退職金や企業年金の持ち分、母体企業からいえば債務はいったいいくらなのかということが、今まで明確でなく、はっきりしていませんでした。つまり、債務という概念がなかった。

 バランスシート(貸借対照表)の貸方に退職給与引当金があります。これはもちろん母体企業の債務ですが、せいぜい税法で認められた基準を基礎につくられたものです。では、厚生年金基金において債務という概念はなかったのか。責任準備金(将来給付額の支払いのために保有しているべき資産に相当する額)が債務ではないかといわれますが、必ずしも債務とはいえません。なぜなら、従業員が働いてきた結果、将来得るであろう給付に見合うものとはいえないからです。

 これまでの考え方では現在から将来を見て掛け金の金額を想定し、(責任準備金に対して)積み立て不足が生じている場合は、現在から将来の一定年度、かつては7年から20年、現在では3年から20年になっていますが、その期間に一定の金額あるいは一定の割合で償却して補てんしてきました。その間にベースアップがあれば、将来給付額が上がりますので、積み立て不足がまた生じる。そういう意味では、積立不足を補てんする仕組みは適正な形で十分に行なわれてきませんでした(図表1参照)。

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 現在から将来を見て、積み立て不足が生じたら、それを一定期間で埋め合わせるという意味で、私は旧来の年金財政方式を「将来法」の見方であると思います。したがって、この考え方に基づいた責任準備金は、基本的に債務とはいえない。

 債務概念がない結果として、企業年金や退職金の給付に母体企業がリスクを負担しているという考え方も、経営者に意識されていたとはいえません。リスクにかかわるコストがどのくらいかかって、将来の経営にどの程度の影響を与えるかというとらえ方は、必ずしも十分でなかった。その出発点は年金の債務という概念が欠如していたからです。

退職金は「賃金の後払い」

 会計というのは、費用はいくらか、収益はいくらかという視点から出発しているのですが、今回の退職給付会計基準はそうではなく、債務はいくらか、従業員に対して持っている借金はいくらかというところから出発します。従業員が1年間働いて10年後に退職すると見込んだ場合、1年間働いたら、10年後の退職見込み時点に得るであろう給付額に見合う債務を負いますが、それは母体企業が従業員に対して1年の勤務に見合う10年満期の社債を与えている。これは、ひとつの比喩ですがそのように理解していただけたらわかりやすいと思います。

 架空の債権、社債ですから、会社が倒産したら、退職金は十分に保証されておりません。企業年金の場合も、積み立て不足が生じた場合、責任準備金の範囲内は基本的に埋め合わせる責任があるかもしれませんが、加算部分については無条件とは言えないでしょう。そういう意味では企業年金についても、毎年働いて得た債権、社債の相当分は保障されていない。こういう制度がほんとうによいのか、企業年金基本法のようなものがやはり必要だ、という意見が当然出てくるわけです。

 例えば、20年間働くと想定すれば、20年後の退職給付見込額に対して、毎年20分の1ずつ債務が発生するというとらえ方をします。日本の場合、支給倍率が後半になるほど高く、これはバック・ローディングといわれますが、いずれにしても、毎年20分の1ずつ均等に割り当てることを原則として考えていこうというのが今回の会計基準です(図表2参照)。

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 これは、経営者からすれば債務です。企業年金制度も退職金と連動している例が多いので、退職金と同様に考えてよいと思いますが、懲戒解雇に匹敵する行為を行えば、退職金は出ない。だから、日本の退職金は功労報償的な性格を持っていて、決して毎年20分の1ずつ発生する債務ではないと考える経営者が少しはいるかもしれません。しかし、今回の退職給付の会計基準では、退職金を「賃金の後払い」ととらえます。確かに功労報償的なとらえ方もまちがいではありません。しかし、それはそれとして、法的な限界や雇用形態の特殊性はあるかもしれませんが、国際標準というレンズで日本の退職一時金や企業年金の実態を見た場合、賃金の後払いととらえるわけです。

 例えば毎年20分の1ずつ割り当てて、現在まで働いた分の退職給付債務を出し、これに見合う資産は現在あるかどうかを見る。現時点で足りない分は積み立てる。そして、いろいろな会計上の処理基準はありますが、母体企業のバランスシートにオンバランスする。旧来と違って今度はこれが表に出るわけです。

 つまり、これまでは現在から将来の掛け金収入を基礎として見るのに対して、今度の退職給付会計基準は現在から将来という見方ではなく、過去から現在まで働いてきた結果として生じた後払い賃金(退職給付見込額)の現在の価値―これは、将来給付債務の価格であるといっていいかもしれません―を、債務として確定する見方を第一の前提にしております。

 確かに旧来の退職給与引当金も賃金の後払いという性格を色濃く持って会計処理していたことはまちがいありません。しかし、債務という概念は十分でなく、税法上の基準に縛られていたために、債務という概念のもとに整合的にとらえ、従業員の持ち分についてきちんととらえる視点が欠けていたと思います。

 これはアメリカでも同様です。アメリカで年金の会計基準ができたのは1985年のことです。1974年からエリサ法(従業員退職所得保障法)はございましたが、同法の積み立て基準に基づいたものは必ずしも債務とはいえない。したがって、1985年に初めて会計で債務の金額を明らかにしたわけです。

退職時の給与を基礎に算出

 現在の給与を基礎として将来の給付額を算出した債務を累積給付債務(ABO)と呼びます。これに対して、将来の退職時の給与を基礎とした債務を予測給付債務(PBO)といいます。

 会計基準が債務を特定、あるいはそのとらえ方を明確にする。しかもその債務は、現在の給与に基づいて決めるのではなく、将来の退職見込み時点で得る給与を基礎として、現在の債務を確定します。ですから、債務は将来の昇給をも組み入れたものになります。

 現在まで働いてきた分の債務を決めるのに、なぜ退職見込み時点の給与を基礎とするのか。恐らく旧来の経営者の感覚では必ずしも十分に理解できない。厚生年金基金は昨年、掛け金を決定するときにベースアップ部分も組み入れてよいことになりました。会計においても、将来の給与を見込んで、現時点の債務を出していくということです。

 ベースアップを入れるべきか、あるいは就業規則にある確定した昇給を入れるべきかという点は、今回の会計基準設定にあたって議論になりましたが、結局、日本公認会計士協会から出た実務指針では、ベースアップ部分を入れなくてもよいことになりました。 ベースアップ部分は現在そんなに高い割合ではないので、大きな議論にはならないと思いますけれども、ベースアップ部分が0.5%であれ、1%であれ、組み込まれることがかなりの程度予想されるなら、それを含めた形で計算していくのが国際標準です。しかし日本の場合は明確にしませんでした。

 就業規則上、勤続3年未満の場合は退職金が出ないという場合であっても、勤続3年間を退職金ゼロでなく、受給権があるものと見なして振り分けます。これも旧来の会計上のとらえ方にはなかったものです。受給権が確定していないのになぜ割り当てるのか、債務概念は受給権を取得して初めて生じるものではないのかという疑問が出ますけれども、20年間働く見込みがあるとすれば、その高いほうの見込みをとって割り当てる。国際標準からすれば、受給権を取得したかどうかは問題ではないということですね。ここでも今回の退職給付会計基準が法律や受給権ということではなく、実態に合わせたとらえ方をするということを表しています。

迫られる意識改革

 以上、(1)退職金は賃金の後払いという考え方に基づいて現時点の債務をとらえる(2)債務は将来の退職見込時点の給与を基礎にして割り当てる(3)就業規則によって退職金の受給権が確定していない場合でも、受給権があるものと見なして割り当てる、という3つのとらえ方を今回の会計基準は強制するわけです。これらの点において、経営者は意識改革を迫られます。

 基準に基づいて債務を確定し、それをオンバランスすることになるわけであり、退職金や企業年金へのコスト意識を明確に持たざるを得ません。債務はこんなに多いのか、コストがこんなにも将来の業績に大きな影響を及ぼすのか、というクールなとらえ方を経営者に強要するわけです。旧来の経営者のコスト意識、債務意識が不十分なものであっただけに、今回の退職給付の会計基準が与える影響はとても大きなものであると思います。

 債務には利息が加算されます。退職金の場合、利息分の増加に見合うよう企業内の資本効率を高めなければ、とても維持できない。企業年金についても、利息分に見合う運用利回りがないとたいへんなことになる。利息分に見合う運用利回りが低かったら、明確に企業のコストに影響を与えます。そして、これを母体企業の損益計算書に記載しなければならないというのが今回の基準の仕組みです。

 日本と違ってアメリカでは、債務に見合う年金資産を持っている例が結構多いようです。利回りが非常に高い時期もありますが、それを置いたとしても、100%積み立てたら利息の増加分を補って余りあるリターンをあげられ、黙っていても業績によい影響を与える。会計上はそういう仕組みでとらえています。

 今回の基準は債務概念から出発しましたが、企業全体の収益にどの程度、企業年金がかかわっているのか、あるいは退職金が関連しているのかという視点で見ることを求めているといってよいかと思います。

 アメリカではもっと進んで、年金基金を一つの事業部、ディビジョンともいいますが、利益を生むプロフィット・センターだという見方すらあります。場合によっては利益を上げて、母体企業の業績を引き上げる、そういうディビジョンです。アメリカで年金会計基準ができたとき、個々の年金基金をプロフィット・センターとしてとらえました。年金というのは金融商品であり、企業年金は金融子会社のようなものという考え方です。

 旧来の財政方式ですと、年金資産の運用と将来の給付、債務を同じ土俵で考えます。ところが今回の基準はまったく別個のものとして見る。企業年金には資産があり、退職金にはそれがなく内部留保だといっても、債務というレベルでは同じです。ですから、企業年金と退職金をトータルで会計上とらえることが可能になります。

 イギリスはどうもこの考え方になじめないんですね。イギリスはアクチュアリーがたいへん強い社会といわれておりますから、国際標準の見方に今も対応できていません。しかし、最終的には国際基準に従わなければいけないなというのが最近の結論のようであります。

「見なし債務」のとらえ方

 さきほど賃金の後払いと言いましたが、毎年発生する債務、あるいはコストというのは、別の言い方をすれば、労働の提供の対価として将来給付される金額についての、従業員と事業主との取り引きだということになります。あたりまえと言ってはあたりまえなわけですが、会計上は必ずしも十分ではありませんでした。

 退職給付の会計基準は来年4月から導入されますので、今は実務で手いっぱいであるためか、日本でそれの持つ意味は必ずしも十分に理解されていません。日本の基準は、昨年2月に国際会計基準委員会(IASC)から出された国際会計基準19号(改訂)の従業員給付にすべて従ったわけではありません。しかし、大枠では従っています。

 日本の経営者は年金や退職一時金にかかわる債務という概念をもう少ししっかりととらえておかないと、今後、従業員に対する給付の債務概念をまた誤ってしまうかもしれません。国際会計基準は「見なし債務」というたいへん重要な概念を随所に入れています(図表3参照)。定義は非常に難しいのですが、法的な規定を超える概念であり、非公式に慣習として与えていた給付で、制度をやめたりした場合、労使関係に許容しがたい悪影響を及ぼすという概念として、「見なし債務」をとらえています。

図表 3 国際会計基準19号(改訂)における「見なし債務」概念
追  補 公開草案との比較
範 囲
 本基準書は、以下のものを含む全ての従業員給付に適用される。
(c)見なし債務(constructive obligation)を生ずる非公式の慣行(informal practices)によるもの。非公式な慣行は、企業が従業員給付を支払う以外には現実的な選択肢をもっていない場合、見なし債務を生じさせる。見なし債務の例としては、たとえば非公式の慣習を変更すると従業員と企業との関係に許容しがたい悪影響をおよぼす場合に生ずる。(3項)
公開草案
「(c)企業の慣習による正式でないもの。」(3項)
(直接または当該制度を通じて間接に)
利益分配および賞与制度
 企業は、利益分配および賞与制度の予想コストをつぎの場合にのみ、認識しなければならない。
 (a)過去の事象の結果、当該支払いを行なう現存の法的債務または見なし債務を有する場合。(17項)
公開草案では、同種の文言なし。(該当項?23項)
退職後給付:掛金建年金制度と給付建年金制度との区別
 (a)企業の法的債務または見なし債務は、企業が基金に掛金を支払うことに同意した金額に制限される。(25項)
企業の債務は、法的形式によっても実質的にも、企業が基金に掛金を支払うことに同意した金額に制限される。(27項)
多事業主制度
 本基準書中の定義は、企業が集団管理制度を(正式な条件を超える見なし債務があればそれを含めて)、制度の条件にしたがって掛金建制度または給付建年金制度として分類することを要求している。(33項)
33項に新たに追補

保険が付された給付
 企業は退職後給付制度に積み立てるために保険料を支払うことがあろう。企業が(直接または当該制度を通じて間接に)以下のいずれかの法的債務または見なし債務を有しない限り、企業は当該制度を掛金建年金制度として取り扱わなければならない。
(略)
 企業がそのような法的または見なし債務を持続する場合は、企業は、当該制度を給付建年金制度として取り扱わなければならない。(39項)

 保険証券にもとづく権利の取得は、保険会社が当期および過年度の従業員の勤務に関連する将来の従業員給付の全額を支払わない場合に、企業がさらに掛金を支払う法的債務または見なし債務を負い続ける場合には、清算にはならない。(113項)

公開草案
「保険会社が当期および前期以前の従業員の役務に関連する将来の従業員給付の全額を支払わない場合でも、法的形式によっても実質的にも、企業が(直接または当該制度を通じて間接に)掛金を支払うべき予知し得る債務を持続していない限り...」(38項)
公開草案
 基準113項に該当する項目なし。
退職後給付:給付建制度
 見なし債務の会計処理:企業は、給付建制度の正式な条件のもとでの法的債務のみならず企業の非公式の慣習により生じる見なし債務についてもすべて会計処理しなければならない。企業が従業員給付を支払う以外には現実的な選択肢を有しない場合には、見なし債務が発生する。見なし債務の例としては、企業の非公式の慣習の変更が従業員と企業との関係に許容し難い悪影響をおよぼす場合がある。(52項)
新たに追補
認識および測定:給付建債務の現在価値および現在勤務コスト
 給付の勤務期間帰属:給付が将来の雇用を条件にする(いいかえれば、給付の権利が確定していない)場合であっても、従業員の勤務は給付建制度に基づく債務を発生させる。その後の各貸借対照表日現在において、従業員が給付の権利を付与されるようになるために将来の勤務を提供しなければならない年数は減少するので、受給権取得要件を満たさない従業員の勤務は見なし債務を生じさせる。(69項)
公開草案の66項の変更:
 原文は「見なし債務」でなく単に「債務を生じさせる」という文言。
付録3 結論の根拠
 給付建債務は、貸借対照表日現在の制度の条件中に示された(または当該条件を超える見なし債務があればそれから生じる)すべての給付の増加を考慮しなければならない。(3(f))
公開草案の該当項
「給付建債務は、企業が給付の増加を信頼できるように見積もることのできるすべての場合に、とくにその増加を斟酌する基礎のうえにたって測定しなければならない。」(5(g))

 例えば、懲戒解雇の場合には退職金を与えないという就業規則があるので、退職金は賃金の後払いでなく功労報償的なものであると言ったとしても、見なし債務の概念を基礎に考えると、それは会計上、債務に入れなければなりません。

 それから厚生年金基金の代行部分についてですが、最低責任準備金を返上すれば、それをもって債務は終わるという考えがあります。しかし、見なし債務の概念を使うと、当然これも債務として組み込まなければならないと思います。

 厚生省の方から、どうしたら代行部分が会計上の債務の対象から外れるかということを聞かれました。局長通達か何かで大丈夫かと。私は法律で明確に規定すれば個々の企業の債務から外れる、つまり今回の基準の対象外になると答えました。しかし、代行部分の保険料凍結を解除した後、その債務を誰が持つことになるのかがわからないという状況で外すわけにはいかない。もし、外したら国際的な信義にもとります。なぜかといえば、今回の会計基準に代行部分をちゃんと入れると書いてあるわけですから。

 このように見なし債務はたいへん重要な概念であると思います。企業年金に限らず、さまざまな福利制度においても考えなければいけない問題です。

年金にはリスクが発生する

 旧来、企業年金への債務概念が必ずしも十分でなかったと何回か述べましたが、退職金についても同様です。企業年金にリスクが発生するという意識が、経営者、あるいは従業員の側にも十分にはなかったと思います。

 債務には退職時まで働いた結果受けるであろう将来の給付を現時点で見込みます。したがって、昇給のリスクを現時点でどう盛り込むかという問題が絶えず存在する。債務概念がない場合、こうしたリスクは意識の中に入ってこなかったわけです(図表4参照)。

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 それから、さまざまな基礎率というリスク―例えば、退職率をどの程度見積もるのか。かりに高く見積もれるならば、年金にとってリスクはないものと見ることになります。つまり毎年の債務の発生率を低く見るわけですから。死亡率も同様です。絶えず現時点から将来を見て、現時点の債務を確定していかねばなりません。

 アメリカのゼネラルモーターズ(GM)に業績が悪くてたいへんな時期がございました。そのときGMは、年金の問題に限って申しますと、ありとあらゆる方法を使ってコストを引き下げ、業績をよく見せようとしました。

 ひとつは昇給を低くするという形です。それから死亡率を高くする。退職時の年齢を2年ほど延ばす。給付までの期間が長くなり、その分債務が小さくなりますので。また、債務を割り引く率を高くとる。GMとしては、リスクをそのまま表すのではなく、リスクに対する楽観的な見通しのもとに現在の債務を出したと言ってよいかと思います。

 もちろん昇給や基礎率の側のリスクだけではなくて、運用収益側のリスクもあります。将来の運用収益をどう見ていくか。期待運用収益を高く見れば、当然、年金基金の財政はよくなります。つまり、リスクをどう見ていくかが問題であり、いつも現在時点でこれらを見越してとらえていく。こういう意識が必ずしも十分でありませんでした。もちろん、こうした一種の操作は後で付けが回ってくるのは当然ですが。

 それから、年金の受給待機期間中も企業はリスクを負っているという意識についてです。例えば60歳で退職して、すぐ給付されればよろしいわけですが、2年なり3年の一定の受給待機期間があります。待機期間の予定利率を5.5%と見れば、この期間にもし運用が3ないし4%であるとしたら、少なくとも利差分はやはり企業がリスクを負担しております。この5.5%の運用利回り、予定利率を設定したら、それは予定利率であるということではなくて、実際の運用利回りとの関係、または債務の割引率との関連で、企業はコストを負っています。

 それから当然のことながら、受給している期間の利回り、予定利率のリスクも負うことになる。つまり、3つの期間(在職中、受給待機期間、給付期間)のリスクを現時点ですべて認識して、母体企業のバランスシートや損益計算書に表しなさい、問題をはっきりさせなさいということであります。そうした結果として、いま予定利率をどう設定するのか。予定利率の引き下げが幾つも事例としてあがってきています。

 退職給付の会計基準ができるまで、少なくとも在職中のリスクについては何とかとらえていました。しかし、受給待機期間からの部分は必ずしもとらえていなかったと思います。つまり、コストが発生する要因になるという点で明確ではなかった。そういう意味で、今回の基準は企業年金や退職金にコストが発生するということを明確にしたと言ってよいでしょう。

債務は市場の利回りにより伸縮自在

 年金基金というのはプロフィット・センターで、あたかも金融子会社のようだという話をしました。日本でも同じように言ってよいかどうかという問題はありますが、仕組みとしてはアメリカと同じです。

 債務は市場の利回りによって変動します。つまり市場の利回りによって、債務が伸縮自在になる(図表5参照)。例えば皆さんの企業で、債務を割り引く「割引率」が今まで4%、場合によっては5%だった。それを1%下げる。割引率を下げれば、当然債務は増加します。割引率を引き上げれば、逆に債務は小さくなります。どんな割引率を使うかによって、債務が増加したり減少したりする。こういう債務のとらえ方は今までわが国の会計基準にはなかったと思います。今回の基準が初めてです。

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 債務は市場の利回りによって変わるものではないという考え方があります。これに対して、今回の退職給付の会計基準では、債務というのは伸縮自在であるととらえます。市場の利回り―厳密にいえば「安全性の高い長期の債券の利回り」と会計基準では表現しておりますが―が上がれば当然債務は小さくなり、利回りが下がれば債務は多くなる。

 債務が市場の利回りによって減少すれば益、増加すれば損になります。資産の運用の結果として保有している有価証券の時価が簿価より下がれば母体企業にとって損失であり、上昇すれば利益であるという処理は、厚生年金基金の年金資産の時価評価の規定にもありますから容易に理解できます。しかし、母体企業の債務サイドがボラティリティに富む債務であるという問題意識は少なくとも今まではありませんでした。こうした考え方は今回の退職給付の会計基準で初めて導入されたものであり、それが母体企業の業績にも影響します。

 ただ、割引率を引き下げた結果として増えた分―これを債務の評価損といっておきましょう―を全部母体の業績に影響させないで、例えば10年に分割して―今回の会計基準では平均残存勤務期間内に償却すると規定しておりますが―少しずつ償却する(費用化する)ことも可能です。いずれにしても、長期か短期かは別にして、年金債務の増加、場合によると減少が母体企業に影響する側面を持つ。それが費用―これを「退職給付費用」と言いますが―の構成要素に入るわけです。

退職給付費用の構成要素

 年金のコストのことを日本で退職給付費用といいます。企業年金と退職金とのトータルの費用という意味で退職給付費用です。アメリカではペンション・コストといいます。退職一時金はなく、年金だけですから。

 退職給付費用には、実はいろいろな要素が入っています(図表6参照)。経常的な退職給付費用には勤務費用(1年間働いたことによる将来給付の増加分)や期首から期末までの債務(これは年金債務と退職一時金債務の合計です)の増加分である利息費用があります。それから、持っている年金資産の「期待運用利回り」を引いた部分が1年間のコストです。ですから年金費用、あるいは退職給付費用といっても、さまざまな性格のものが入り込んでいて、経営者や従業員にとって、わかりにくいものとなっています。

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 運用利回りが高くなればなるほどコストは小さくなる。それは金融会社が金融資産にどう投資して、どう運用利回りを高くするかという性格と相通ずるものがあります。利息費用もこれに似ているわけで、債務に対して毎年発生するものですから、割引率を利子率として期首の退職給付債務に乗じた数値となりますが、そういう意味では利息費用サイドも金融商品に類似した性格を持っています。

 退職給付費用には、先ほどから述べておりますように市場の変動にかなりの影響を受ける要素が組み込まれています。アメリカの場合、積み立て不足が比較的なく、しかも運用利回りが高い。過去数年で大企業300社中一番多い利回りは9%という状況です。9%ですから、積み立て不足はそんなに多くない。場合によっては余剰です。ですから年金のコストは小さくなる。

 したがいまして、今後の市場の動向にもよりますが、旧来の年金制度を続けていく企業では、早い時期に積み立て不足を解消していればいるほど、年金資産の絶対額が多いので運用利回りの部分が多くなります。一方、積み立て不足が多ければ多いほど、絶対額が小さくなるので、相対的にコストの部分が大きくなります。

積み立て不足の解消は急務の課題

 積み立て不足を持った企業が母体企業の業績の足を引っ張ると、巷間言われておりますが、今回の会計基準はそれを直接に業績に反映させる仕組みを持っている点が留意すべき点です。積み立て不足を比較的短い期間に補てんできる企業とそうできない企業とでは明確に差が出てくる。これが国際標準というレンズで見た時のもうひとつの側面です。

 積み立て不足の部分をある程度きちんと戦略的に組み込まない企業にとっては、早い時期に対応しないと、問題はますます明らかになってしまう。運用効率を高めている企業、あるいは積み立て不足を解消した企業であればあるほど、コストが小さくなる仕組みを持っている。運用効率のよしあしが明確に出てくるので、運用機関側の選別はますます重要になります。

 ただ、今回の日本の基準では、市場の利回りによって債務が伸縮することにまちがいはないのですが、伸縮の基本的な要因である割引率の選択についてかなりのアローアンス(許容、容認)を持たせています。国際会計基準はそうしたアローアンスを基本的に許しません。例えば、決算日に市場の利回りが前期より高くなれば、債務は小さくなる。前期より下がれば当然債務は増えます。それが国際会計基準です。

 しかし、日本の基準は少しアローアンスを持たせて、「一定期間の債券の利回りの変動を考慮して決定することができる」としています。日本公認会計士協会の実務指針では、一定期間を「おおむね5年以内をいう」と述べていますが、つぎのように限定を付している点も注意すべきです。「単に一定期間の平均値を採用するという方法に限らず、一定期間の変動を踏まえた上で、期末時点における退職給付の見込支払日までの期間の割引率として適正なものを選定することを意味する」。いずれにせよ、割引率の選択は重要です。

 将来支払う分の債務は今いくらか―退職給付債務の現在価値―ということを評価する場合、今回の退職給付会計基準は次のような考え方を前提にしていると言えましょう。例えば、10年後に支払う債務に見合う最も安全な債券をいま保有しているとしたら、その債券の価格は今いくらかという考え方です。いちばん安全な債券は何かといえば、国債です。

 リスク・フリーの国債を今買えばいくらか。その国債の価格を債務として計算する。ですから、国債の価格が市場の利回りの変動によって高くなれば、債務は高くなるという形でとらえます。先ほども言いましたが、日本の基準では「安全性の高い長期の債権の利回り」を用いるという言い方をしています。

 国際会計基準では、いちばん安全だと利回りが低くなり、利回りが低くなると債務が多くなるので、そこまで言わなくてもいいだろうということで、「優良会社の債権の利回り」としています。ですから、国債よりも利子率は少し高くなります。リスク・プレミアムが入りますから。

 何回も申しましたが、退職給付の会計基準は、債務という年金にかかわるリスクを明らかにしました。その結果について、退職給付会計基準を来年の4月1日以降に導入したら、膨大な債務が発生すると懸念されています。それも、よく言われている年金の積立不足はもちろんですが、退職一時金の債務もかなりのものになります。今まで、退職一時金は税法上の期末要支給額の40%を採用している企業が多いからです。(この税法基準も40%から引き下げられて最終的には期末要支給額の20%になります)。

 かくして、問題は、事業主がリスクを一方的に負担するのではなく、リスクをどのようにシェアするかという問題が出てきます。例えば、確定給付年金制度から確定拠出年金制度への移行も、リスクをどうシェアするかという問題といってよいと思います。必ずしも明確ではありませんが、年金制度改革の論点に「リスク・シェアリング」の問題が起きていることを考えておかねばならないと思います。

従業員給付という概念

 企業年金であれ、退職一時金であれ、拠出か非拠出かに関係なく、債務の次元で統一的にとらえていく。こう見れば、債務という問題は退職一時金だけではない。企業年金だけでもない。もっとさまざまな給付がある。したがって国際会計基準では、従業員給付(エンプロィー・ベネフィット)という言葉で統一しています。

 従業員給付には他の退職給付のほか、驚いたことに、長期勤続休暇や研究休暇なども入っています(図表7参照)。それから「非貨幣性の給付」。例えば、医療介護や住宅、自動車、無償または補助つき物品・役務という債務も、企業年金や退職金と同じように、従業員給付としてトータルにとらえます。

 

図表 7 従業員給付とはなにか
(a) 賃金、給与および社会保険掛金、年次有給休暇及び有給疾病休暇、利益分配及び賞与などのような短期従業員給付(期末後12カ月以内に支払われる場合)、勤続年数中の死亡給付(雇用関係終了後の給付制度を通じて支給されない場合)並びに現従業員に対する非貨幣性給付(例えば、医療介護、住宅,自動車及び無償又は補助付きの物品又は役務)
(b) 年金、他の退職給付、雇用関係終了後生命保険、勤続年数中の死亡給付(雇用関係終了後の給付制度を通じて支給される場合)及び雇用関係終了後の医療介護のような雇用関係終了後の給付
(c) 長期勤続休暇又は研究休暇、記念日又は他の長期勤続給付を含む他の長期従業員給付、並びに期末後12カ月以降に支払われる範囲内での、利益分配、賞与及び繰延報奨
(d) 解雇給付、並びに
(e) 持分報奨給付

 期末後1年以内に支払うこれらの給付については、会計上は債務と認識しないで、払った時点で見る。これをキャッシュベースといいます。しかし、1年以降に支払う範囲の給付は債務として認識しなければなりません。

 細かい問題ですが、例えば有給休暇でも、単年度で消化されるものは債務ではない。しかし、1年以上にわたって繰り越すような有給休暇などは母体企業にとって債務になります。このように、さまざまな給付を債務という概念でトータルしてとらえていくという考え方が問題になっているわけです。

 さすがに、わが国の退職給付の会計基準はそこまで言っておりません。退職金と企業年金の部分だけをとりあえず問題にしました。国際会計基準はいわゆるストック・オプションまで含めてとらえています。トータル・コンペンセーションの中で従業員給付をとらえ、それを債務という概念で統一するわけです。私は従業員給付を労働報酬という形で見ることができると言っています。あるいは、労働債務という概念で統一することができると思います。

 今現金で支払う給与、少し遅れて支払う一時金、もっと遅れて支払う年金、という時間差がある。時間がたてばたつほど、債務という形で統一してとらえる。時間がたてば利息という問題が出ますので、利息分を引いた現在価値に直していつも見ていくわけです(図表8参照)。

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 まだ日本ではこれらを別問題として見ています。しかし、時間がたてば企業のリスクは増えていく。負担しなければならない利息をヘッジできなくなる。そうすると、現在時点でリスクを断ち切る、つまり退職一時金を給与に入れて前払いするという動きにもなり得るわけです。

 従業員に自社株を支給するストック・オプションも同じだと思います。ただ、将来の株価の変動に伴うリスクという問題があります。企業がストックオプションを与えたことによって、市場で株式を売買すれば得たであろう利益が得られなくなる可能性があるからです。

退職給付信託投資方式の登場

 改革の動きはいろいろございますが、いくつかお話します。まず、退職給付信託方式の問題です(図表9参照)。私たちが会計基準をつくったとき、まさかこのような問題が起きるとは思ってもいませんでした。ところが、最初にソニーが退職給付信託という方式によって積み立て不足を解消すると発表し、最近では日産もこの方式の導入を表明したようです。

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 どういうことかと言いますと、企業が持っている株式―その最大のものは持ち合い株でしょう―を大量に市場に売り出しますと、株価が下がります。しかし、現行では含み益がありますので、信託の設定をした当該株式を預けて、含み益を含む株式拠出相当額を積み立て不足分用として拠出する方法です。

 拠出するといっても、厚生年金基金法ではキャッシュによる拠出が原則です。株式による拠出は現在認められていません。この法律は改正される予定ですが、株式で拠出したものを退職給付に充てると特定する、そういう信託契約を結べれば、積み立て不足を補てんしたと見なされると、実務指針で述べています。(退職給付の会計基準では、退職給付信託の問題について、一切言及しておりません)。

 預けた有価証券、株式について企業は議決権を旧来どおり保有します。配当その他の利益は信託のほう、最終的には基金、あるいは退職一時金の給付に使用されます。そういう他益信託であります。それから、実務指針では含み益があった場合、他の企業に売ったのと同じように見なして、売却益を計上します。(もっとも、実務指針では4月1日以前に実施された場合、導入時点の時価によって売却益も拠出額も認識されます)。

 つまり、一石三鳥です。積立金不足を解消するというのがひとつ、それに持ち合い株を売却しないで信託に預けることにより、議決権を保有し続けるという点で持ち合い関係を実質的に維持できること、それから含み益を売却益として表に出して、母体企業の業績に反映させることができることです。

 しかし、この方式は信託、あるいは年金という趣旨から見ると、いろいろな問題が出てきます。なぜなら、年金を信託に預けた場合、信託は必ず基金、受益者のために運用するわけです。しかし、企業が議決権を保有したままである場合、議決権はほんとうに基金の目的に沿って使われるのだろうかという問題が生じます。

 株式を拠出した結果、基金全体のポートフォリオ(資産の内訳)がゆがめられるのではないかという点も問題です。つまり長期的な視点に立ったポートフォリオの組み方が、ゆがめられる恐れはないのかどうか。それから、売却や議決権行使について、受益者側の利益と企業側の利益が相反することにならないかなどさまざまな問題があります。受託者責任の問題にも当然かかわってきます。

ハイブリッド型年金制度の検討

 日本版401(k)の導入問題が出てきていますが、果たして年金制度、ましてや企業年金といえるかどうか問題になっています。

 ただ、旧来の制度からすると確定拠出年金への全面移行はそう簡単ではない。そこで「ハイブリッド(混合)型年金制度」というのが検討されています。このうち「キャッシュバランス・プラン」について見てみることにしましょう(図表10参照)。先日の新聞報道によれば、日本でも厚生省がこの制度について方向を打ち出しました。

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 この年金制度ではリスクを事業主と従業員とで分け合います。すでに述べたとおり、現行の退職一時金制度では、退職時の給与について昇給という形でリスクを負わなければなりません。この制度では事業主はこのリスクを負いません。現時点の給料で将来の給付を決めてしまう。これにより昇給のリスクを解消する制度です。

 給付を確定した場合、それに見合う資産を拠出して、ある種の期待運用利回りを設定しなければなりません。しかし当然、期待運用利回りは実際の運用利回りと違ってきます。事業主はこうしたリスクも負いません。つまり初めから運用の利子率を決めてしまう。運用の利子率が高ければリスクを負うことになるので、石橋をたたいても得られるであろうリスクとします。それは何かといえば国債の利子率。アメリカでは、消費者物価指数の増加分だけとするなど幾つかのパターンがあるようです。

 米国のある実証データによると、確定給付型とキャッシュバランス型とを比較すると、次のようになります。例えば、退職時の一時金相当額は、転職せずに退職するまでずっと同じ企業にいた人の場合、確定給付型とキャッシュバランス型とでは、ほぼ3対2の割合になります。一方、5年ごとに転職を繰り返している人の場合ですと、ほぼ1.5対2になります。つまり、転職を繰り返している人にとって、キャッシュバランス型はたいへん役に立つわけです。

 アメリカでは今、このような新しい制度に変わった場合、従業員にきちんと損得の情報を知らせるため、「年金を知る法律」(ペンション・ツー・ノー・アクト)を出そうとしています。新しい制度は退職が近い高齢者にとって不利となるわけですから、こうした年金の情報を知ら せる法律について、日本でも考えていかねばならないのかもしれません。

キーワードは「リスク・シェアリング」

 退職給付の会計基準が多面的に影響を与えているということを、少しはおわかりいただけたかと思います。今回の退職給付の会計基準の考え方を押し進めていくと、制度そのものを変革することになる契機を持っています。その際のキーワードは「リスク・シェアリング」であると、私は考えております。事業主と従業員が年金や退職一時金に関わるリスクをどちらがどれだけ取るかという制度改革の方向にいかざるを得ないと思います。

 会計というものはすべての数値を現在時点で換算して、それぞれの性格の違いや働く人の意識などを無視して、貨幣という価値で統一して表します。現時点の市場利回りという甚だ無慈悲な形でとらえるんですね。それを日本は慈悲のある制度に組み替えられるかどうか。現状は無慈悲にとらえた数値に基づいて、クールに制度改革を行っていく方向にあるようですけれども。クールヘッド・ソフトハートという視点にたって、新たな経営のあり方が問われればよいのですが、なかなかそれは難しいことでしょう。

 国際標準の会計というレンズからみても、制度の改革はやむを得ないようです。ただ、その中で幾つか考えないといけないことがあります。雇用の流動性に合わせた年金制度について、トータル・コンペンセーションの中でとらえるというお話をしました。そうしますと、トータル・コンペンセーションの分け前、パイをどうとらえるかがたいへんな問題になると思います。

 パイを明らかにする役割の一つが会計数値であるとすれば、旧来のようなパイのとらえ方でよいのか。長期雇用の場合、若干緩いアローアンスがあるとらえ方であっても、ある程度、長期的な勤続の中で修正しながら公平性を保つ形で分配を行えました。それが今後、比較的短期雇用になると、パイそのもののとらえ方を考え直さなければならない。それに、企業のパフォーマンスのとらえ方自体も甚だ難しくなってきています。パフォーマンスをどうとらえ、パイとして確定するかということが、たいへんな問題になってきます。次のテーマはこうした分配の問題であると思います。分配のパイはいったいどうあるべきかを考えていかねばなりません。

 以上、あれこれお話しいたしましたが、これをもちましてひとまず終えたいと思います。