第8回 旧JIL講演会
人材派遣の自由化と労働者保護
~改正労働者派遣法のポイント~
(1999年7月30日)

労働省大臣官房長 戸苅 利和

目次

講師略歴

戸苅 利和(とがり・としかず)
 昭和22年11月28日、東京都生まれ。昭和46年、東京大学経済学部を卒業して労働省に入省し、職業安定局庶務課長、労働基準局監督課長、職業安定局雇用保険課長、大臣官房会計課長などを歴任。平成7年に大臣官房総務課長、平成8年に労働基準局賃金時間部長、平成10年に職業安定局次長を経て、平成11年7月より労働省大臣官房長。

過去三回の労働者派遣法見直し

 労働者派遣法につきましては、本日お集まりの方々にはどういったものかご存じだろうかと思います。労働者派遣法で言っております労働者派遣というのは、派遣会社が自分で雇用している労働者を、ほかの事業主の指揮命令のもとに、業務に従事させる形態であります。雇い主は派遣会社であるわけですが、業務上の指揮命令は派遣先が行うということで、雇い主と使用者が分離しております。そういった意味で、労働者保護の面で通常の雇用形態とは違った特別の配慮が必要だということで、労働者保護に関する規定、それから労働者派遣という事業についての様々なルール、そういった二つの柱からなっている法律です。

 法律が初めて制定されましたのは昭和60年6月(翌昭和61年7月施行)でございますから、14年ほどたっているわけでして、これまでに何度か制度の見直しが行われています。法律を制定する過程の国会の審議等でも、我が国にとって初めての働き方だということもあり、施行して3年経ったら見直しをするということが法律に付け加えられておりました。

 それを受けて、平成2年に見直しが行われております。平成2年の見直しは法改正に至らず、法律の内容を変えずに、労働者保護の徹底を期すための運用上の整備でありますとか、適用対象業務の若干の追加ということでした。その後、平成6年に高年齢労働者の雇用の安定のため60歳定年を法定化したわけですけれども、これと合わせてそのときに高齢者が自分の意欲なり、能力なりに応じて多様な働き方ができるよう、高齢者に限って派遣を広範な分野で行える特例を設けました。これは、満60歳を超える人たちについて、特定の業務だけではなく、建設、警備、製造の業務以外に幅広く派遣を自由に行えることにしようというものでした。

 それから平成8年に労働者派遣法本体の改正が行われたわけでございますが、育児休業や介護休業を取得する人たちの休業中の代替要員について派遣を行えるようにしました。合わせてこの際、これは法律事項ではなくて政令で定めているものですが、対象業務が11ほど追加されて今日に至っています。

専門的業務に限定していた派遣労働

 法制定から3度にわたる見直しの中で、労働者派遣法の基本的な考え方として一貫してありましたのは、高年齢者や育児休業、介護休業の代替要員の派遣を除くと、OA機器の操作や機械の設計など専門的な知識や技術を必要とする業務、それから特別の雇用管理が必要とされるビルメンテナンス関係などといった、通常一般の単純定型的ではない業務について派遣を認めていこうというようになっていたわけです。

 専門的な知識や技術を持っている人たちから、好きな日時に好きな場所で自分の専門的な知識や技術を発揮したいというニーズが高まっている。企業の側も専門的な能力を持つ人を即戦力として必要なときに確保したいというように、需要と供給の両方からニーズが高まってきている状況に対応して、労働者の働き方の選択肢を用意しようということでした。

 ただ、その他の単純定型的な業務の分野についてまでこれを広げることになると、常用労働者と派遣労働者の入れ替えが進んでしまい、雇用の安定確保といった観点から問題が生じるのではないかという考え方に立ちまして、今、申し上げたような、専門的な知識、技術を要する分野、それからビルメンのように、通常の時間働くのではなくて、例えば人々がオフィスに出勤してこない土曜日とか日曜日、あるいは夜間に清掃するなど通常とは違った雇用管理を要する分野に限って認めていこうということで今日に至っています。

 これまでに派遣が認められていた業務を以下に26並べてございます。枝番がついているのがありますので、番号は23番までになっていますけれども。ここにありますように、ソフトウエア開発ですとか、機械設計、放送機器等の操作、セールスエンジニアなどであります。

適用対象業務(労働者派遣法施行令第2条)

1号 ソフトウェア開発の業務

1号の2  機械設計の業務

1号の3 放送機器等操作の業務

1号の4 放送番組等演出の業務

2号 事務用機器操作の業務

3号 通訳、翻訳、速記の業務

4号 秘書の業務

5号 ファイリングの業務

6号 調査の業務

7号 財務処理の業務

8号 取引文書作成の業務

9号 デモンストレーションの業務

10号 添乗の業務

11号 建築物清掃の業務

12号 建築設備運転、点検、整備の業務

13号 案内・受付、駐車場管理等の業務

14号 研究開発の業務

15号 事業の実施体制の企画、立案の業務

16号 書籍等の製作・編集の業務

17号 広告デザインの業務

18号 インテリアコーディネータの業務

19号 アナウンサーの業務

20号 OAインストラクションの業務

21号 テレマーケティングの営業の業務

22号 セールスエンジニアの営業の業務

23号 放送番組等における大道具・小道具の業務

 今回の派遣法改正は、経済社会情勢が非常に大きく変化している中で、専門的な知識・技術を要する分野に限らず、もっと広い範囲で派遣労働を行えるようにしていこう、それによって労働力の需要と供給の迅速、円滑、的確な結合を図っていこう、これにより失業期間の短縮なり、あるいは、労働力の需要と供給の結合のスピードアップを図っていこうということです。これは労働者にとっても、職業紹介や縁故を通じた就職のあっせん、あるいは求人情報誌を見ての就職以外に、派遣といった手軽に利用でき、しかも派遣会社のほうで能力をかなり把握してくれていて、必要に応じて能力開発の機会もあるといった多様な選択肢が用意されるという意味でも意義のあることではないかと考えたわけであります。

ILO第181号条約の採択

 民間の労働力需給の調整についての国際的な基準として、これまではILO第96号条約があったわけですが、一昨年の6月にILO第181号条約がILO総会で採択されました。これがある意味で新たな民間の労働力需給調整についてのグローバルスタンダードだと思っています。ILO総会での採択にあたって大部分の国が政労使一致して賛成し、採択したという実情からして、労使ともそう思っておられることだろうと思います。

 ILO第96号条約は民間の職業紹介等の役割について、1) 国の果たす役割の補完的な位置付け、2) 国が十分な機能を果たせるようになるまでの一定期間という限定的な位置付け、のどちらかを批准する場合に選ぶことになっていました。原則として労働力の需給調整は国が行う、民間はそれを補完するという位置付けだったわけです。ILO第181号条約ではこれを大きく転換いたしまして、労働力の需給調整がスピーディに的確に行われるよう、民間事業者の活力や創意工夫も十分活用していこう、一方でこれを利用する労働者の保護をきちんと図っていこう、という2つの大きな柱を内容としています。

 この条約が新たなグローバルスタンダードだとすると、これまでのように専門的な知識、技術を要する分野だけに限ってそれ以外は禁止するといういわばポジティブリスト方式から、問題のある業者、問題のある分野、問題のある事業以外は広く派遣事業の実施を認めていくといういわばネガティブリスト方式へと転換する必要が一方でありました。

 このような労働市場の変化、ILO第181号条約等を初めとする国際的な動向、それから、グローバル化が進む中で、日本の企業も海外へ進出しているわけですが、同様に海外の企業も日本に進出してきているわけでありまして、海外の企業が日本で必要な労働力を確保したいときに確保できる国際的に通用する仕組みを整えていくことも、国際化への対応として必要なことではないか、ということで今回の改正に至ったわけであります。

労働者派遣法改正の趣旨(資料 No.1 参照)

 3度にわたって派遣事業についての法改正を行ってきたわけですが、今回の改正はこれまでにない大幅な、しかも考え方を大きく拡大した内容になっていると考えています。趣旨につきましては、社会経済情勢の変化への対応、それから労働者の選択肢の確保といった観点から、臨時的、一時的な労働力の適正、迅速な需給調整のために労働者派遣事業を行えるようにする。合わせて労働者保護措置の拡充を図るということであります。

 これまでの労働者派遣法は、専門的な知識、技術を要する分野について労働力需給の迅速、的確な結合ということであったわけですけれども、今回はそれと合わせて、事業の特性からして恒常的に派遣という雇用形態をとることは適当でないのではないかという分野に、あくまで臨時的、一時的な労働力の需給調整ということで派遣を広く行えるようにしようという考え方に立っているわけです。そのためのいろいろな措置を別途講じています。

改正法の内容(資料 No.1 参照)

(1)対象業務の原則自由化

 法律の内容でありますが、1つは派遣事業の適用対象となる業務の範囲ということであります。これまでは先ほどご覧いただいた26業務についてのみ労働者派遣を行うことができることにしていたわけですけれども、港湾運送業務ですとか、建設業務、警備業務、それからあらかじめ中央職業安定審議会の意見を聞いた上で政令で定める業務、これら以外の業務について派遣事業を自由に行うことができるようにするというものであります。

 港湾運送業務につきましては、現在、港湾労働法というのがありまして、そこで港湾荷役の労働者の派遣事業を別途行っていること、それからやはり、手配師等が横行しかねない危険のある業務であるといったことから外そうというものであります。建設についても伝統的に昔から手配師が横行していることがありまして、引き続きネガティブリストに入れています。警備については人命に影響しかねないこともあって、主管官庁たる警察庁が「派遣を導入すると警備業務の適正な運営に支障が生じるので適当でない」と主張されておりまして、そういった意味でこれも外しております。

 4番目の、あらかじめ中央職業安定審議会の意見を聞いた上で政令で定める業務については、これから改正法の施行に向けて審議会でご議論いただきます。警備業務と同じような考え方に立つとすると、医療関係の業務、例えばお医者さんですとか看護婦さんといったあたりは外していくことになるのではないかと思っております。いずれにしても審議会の動き、あるいは関係省庁のご意見もうかがって定めていこうということです。例えば手術のチームの場合、お医者さんの中に派遣されてきた人がいてもうまくチームワークが組めるかとかいろいろな議論がありまして、そのあたりがこれから議論になるだろうと思います。

 それから、製造業の現場、生産工程の業務です。これは省令で定めるものについて当分の間、労働者派遣事業を行うことができないこととするということであります。製造業のうちこれこれの業務については当分派遣事業を行わないようにしましょうということになるわけです。

 製造業の場合、実態として偽装請負的な事業が横行しているということでありますとか、構内下請といった形でいろいろな需給調整がすでに行われている中で、派遣の導入が需給調整の秩序を混乱させる恐れはないのかといった議論がございまして、当分は外していこうというものです。

 審議会でご議論いただくことになりますけれども、製造業の生産工程の業務については当面すべて外すことになるだろうと思います。あとは審議会での公労使の話合いの中で、こういった部分は大丈夫ではないかということでだんだん省令から落としていく格好になっていくのではないかと考えております。

 ただ、育児休業や介護休業の代替要員の派遣については、これまでも製造業について、生産工程、例えば製造ラインで働いていた労働者の方が育児休業をとるといった場合にも、その代替要員については派遣を受け入れてもよいというのが制度としてあるわけです。育児・介護休業の円滑な取得や、あるいは家庭生活と職場生活の両立の実現といった観点から、やはり製造業の生産工程の分野についても派遣が必要ではないかと国会で議論になりました。したがって、育児・介護休業の代替要員の派遣については、おそらく省令で除く格好になって、これまでどおり、製造業の生産工程であっても、育児休業、介護休業取得者の代替要員の派遣を行えるようになると思っております。

(2)事後規制の重視

 それから、許可基準の見直し、変更手続の簡素化等を行います。派遣法も制定以来十数年を経過しているわけですし、一方で適用対象業務が原則自由化になって、許可・届出の件数も大きく増加するだろうと思うわけです。

 やはり最近の規制緩和の議論で、許可・届出という入り口での規制、事前の規制ではなく、事業の運営に適正を欠くような場合にチェックしていくという事後規制重視という方向にある中で、役所側の事務に停滞を来さないということも考え合わせますと、許可・届出の関係書類を大幅に削減する、あるいは手続面での簡素化を図っていくのは当然の時代の流れでもありますし、制度変更に伴う必要な措置だろうと考えています。

(3)新たな対象業務の派遣期間は1年間に限定

 3番目が派遣期間であります。派遣期間については、冒頭に申し上げましたように、今回新たに派遣事業を認めようという分野については、あくまで臨時的、一時的な労働力を確保する必要性、働く側もあくまで臨時的、一時的に働きたいというニーズ、そういったものに限定して認めていく。ですから、派遣先が同一業務について労働者派遣を受け入れる期間を1年に限定するようにしているわけです。

 これまでの専門的な26業務につきましては、派遣会社が派遣労働者を派遣するときに、それを規制するというやり方をしております。1年以上の派遣契約を結ばない、ただし更新は認めますということで、2回の更新を認めています。ですから、Aという派遣会社がXという派遣労働者をαという派遣先に派遣するとき、派遣契約を1年以内に定めるということにしています。それを2回更新できるということで、A社がXさんをα社にという組み合わせが3年間できるわけです。人を替えればまた派遣ができるわけです。

 やはり専門的な業務で能力を活かすには1年ではなくて2年、3年必要だということもあるでしょうし、専門的な業務であれば常用労働者もそう簡単に代替されないだろうという考え方でそうなっているわけです。

 今回の改正は、派遣先を押さえてしまおうという内容になっています。派遣先が臨時的、一時的に特定の業務について人が必要だという場合だけ認めようということですから、ずっと必要なら常用労働者を雇ってください、あるいは契約期間に定めがあってもいいですから、とにかく派遣という格好ではなくて直接雇ってくださいという考え方です。派遣で入れるんだったら、1年以内の業務に限ってくださいということであります。

 ですから、αという派遣先が総務課の経理係に派遣労働者を受け入れる場合、今はAという会社から1年入れて、翌年Bという会社から入れると派遣契約が新しくなるのでそれは可能なわけであります。今度新たに認められた臨時的、一時的な業務については、αという派遣先が総務課の経理係であれば、それはAという派遣会社から来ようが、Bという派遣会社から来ようが、全部合わせて1年を超えることはできませんという仕組みにしています。Aという派遣会社からXさんという人が半年来て、Yさんという人が7カ月来ることはできないということであります。

(4)常用雇用の代替防止策

1) 派遣先企業の雇用努力義務

当初、労働省で国会に提出した法案では、派遣先が同一の業務に同じ派遣労働者を1年間受け入れた場合、派遣先は人を雇うときに1年間受け入れ続けた派遣労働者を優先的に雇ってくださいという努力義務を課すとしていました。これはこれで認められているわけですが、国会の審議の過程で、常用労働者と派遣労働者との入れ替わりがどんどん起きてしまっては雇用の安定という観点から不安がある、問題があるのではないかという議論になり、資料 No.1 の(3)のイに3つ「・」がありますけれども、これらが修正で付け加わっております。


2) 勧告・制裁

 まず、1年の期間制限に違反している派遣先に対して、労働大臣は派遣労働者の雇い入れ、その他必要な勧告を行うとなっております。例えばαという派遣先が、初めAさんという人を6カ月受け入れて、その後、Bさんという人を6カ月と1日以上受け入れ続けていれば、労働大臣はその派遣の受入れを止めるようにという勧告なり、Bさんを直接雇うようにという勧告をしようというものであります。勧告に従わなかった派遣先を公表するという制裁措置を講ずることで、派遣先に対する派遣期間1年の制限の実効性を担保しようという修正が行われました。

3) 派遣会社への罰則

 2つ目ですが、1年の期間制限に反することとなる日以降、労働者派遣を行った派遣会社に罰則を適用するということで、30万円以下の罰金を科すことになっております。
 また、例えば、Bという派遣会社がαという派遣先に派遣しているときに、αという派遣先がB社だけでなくて、その前にA社から同一業務に派遣労働者を受入れていたことを知らないと、「知りませんでした」ということになってしまいます。ですから、派遣先のほうが例えば総務課経理係の派遣の受入れについて、いつから1年を超えるか派遣会社に通知するようにという規定を入れました。通知をしない派遣先とは派遣契約を結ぶなという禁止規定を入れています。こうなるといつから1年を超えるかがわかるわけで、派遣会社は通知をα社から受けていませんでしたと言えなくなり、期間制限を超えて派遣を行うことについて罰金をかけることが可能になる仕組みになっています。

4) クーリング期間

 それでは「継続して1年間」というのはどう計算するんだ、というのが大きな議論になりました。例えば夏休みに仕事がないので、1月から7月まで受け入れ、また9月から12月まで受け入れるケースもあります。こういった場合は継続して1年間になっていないのかどうかという議論がありました。
 ある意味でクーリング期間(同一業務について、派遣労働者の派遣契約が終了してから、継続ではなく新たな派遣労働者の受入れであると認められるために必要な経過期間)をどう定めるかが国会での一つの大きな争点になったわけです。これにつきましては、国会で3カ月と答弁しています。ですから、3カ月以上空いて受け入れれば、また1年間派遣の受入れが可能ということです。1月1日から12月31日まで派遣労働者を受け入れて、また3カ月空けて4月1日から受け入れるということであればオーケーということになります。
 逆に、1月1日から3月31日まで受け入れて1カ月休み、また5月1日から7月31日まで受け入れ、また1カ月休んで12月31日まで雇い続ける場合、派遣期間の正味は10カ月ですけれども、これではクーリング期間にならない。継続して1年経った1月1日以降は労働者派遣法違反になるという考え方にしております。

5) 専門的業務とを兼ねる場合

 専門的な26業務につきましては従来どおりの派遣契約の期間制限になっているわけですが、例えばOA機器の操作とお茶汲みの業務とをセットで一人の派遣労働者に頼むことがあり得るわけです。この場合、どちらの規定を優先して適用しようかという議論がありました。主たる業務のほうにすべきではないかという議論もあったのですけれども、やはり常用労働者との代替防止を徹底する観点から、26業務以外の業務が少しでも入っているのであれば、それは全部、今度の改正法の上限を適用しようということになりました。したがってほとんどの時間はOA機器の操作をしているけれども、お客さんが来たらお茶を出す、そのお茶を出す業務も派遣契約に基づいているような場合は、1年の期間制限を適用するという考え方に統一しております。

6) 同一業務とは

 それから、同一業務というのは何かというのが大きな議論になり、国会で一番もめたところでした。我々も非常に悩んだわけでありますが、基本的な考え方として、今回の派遣法改正は、派遣できる対象業務を広範な分野に広げようということと合わせて、派遣労働者の常用雇用への代替を厳しく抑制、防止していこうということであります。きちんと明確な判断基準をつくらないと混乱のもとになるだろうと考えまして、「同種の労働、同種の仕事といったものが行われていると思われる最小単位」として今回は考えていこうとしているわけです。
 具体的に申し上げますと、一番小さな組織単位、係ですとか班といったところで行われる業務を一つの業務ということで観念させたらどうかと考え、国会でもそのように説明しています。それでは生ぬるいのではないかという議論もずいぶんありました。ただ我々は、かなり厳しく考えたと思っているところであります。
 例えば総務課の経理係で係長さんがいて、その下に2人の係員の方がいる。1人の係員は旅費の計算をしていて、もう一人はほかの金銭出納の仕事をしている。初めは旅費計算のほうの仕事で派遣しました、1年たったら隣の人の仕事と入れ替えましたと言って派遣労働者を入れ替えることが可能になってしまうと、いくら何でもまずいのではないか。同じ係なり班の中では人を入れ替えようとみな同じ業務です、だから係を変えないとだめですというようにかなり厳しく考えたと思っているところであります。
 そうすると、例えば今まで5人いた係を2つの係に分断したらどうするかなど細かい議論が行われまして、そのあたりの詳細は、これから審議会でご議論いただいき、客観的で明確な判断基準を法の施行までにきちんと定めていこうと思っているところです。
 それから、現行26業務と合わせて今回拡大される業務を一緒に派遣労働者の方にやってもらうという派遣契約を結ぶ場合、該当する26業務の番号を書いて労働者、派遣会社に示してもらいます。こうして1年の期間制限を的確、確実に実施していこうと思っているところです。

(5)労働者保護の強化


1) 適正な派遣就業の確保

 今回の派遣法の大きな柱は2つでございまして、1つは今申し上げた適用対象業務の大幅な拡大、原則自由化であり、もう1つは労働者保護措置の充実ということでございます。適正な派遣就業の確保ということで、派遣労働者の方々に社会・労働保険への適用を確実に行っていく観点から、1つは社会保険の不適用を理由として処罰されたこと等の許可の欠格事由への追加、それから許可取消事由への追加を行うことにしています。
 次は衆議院の修正で加えられたものですけれども、派遣元は派遣労働者の社会・労働保険加入の有無を派遣先に通知する。社会・労働保険が適用になっていない場合、そういった通知を受けた派遣先はその派遣労働者の派遣を受け入れないことを明確にしていきましょうと国会で明らかにしております。
 3つ目は、派遣先での派遣就業が円滑適正に行われるために就業環境を維持していく、あるいは診療所等の利用の便宜を図るなどの規定を派遣先の行う措置として追加しており ます。


2) 苦情処理

 次は苦情処理の問題であります。派遣会社と派遣先との取引上の力関係、あるいは派遣労働者と派遣会社との関係などもあり、行政のほうでも労働者派遣法の違反事案をきちんと網羅的にと言いますか、すべて把握するのはなかなか困難だと申し上げざるを得ません。それなら、違法事案があったときに派遣労働者の方から行政のほうに申告してもらうという申告制度を設け、申告があった場合にきちんと行政で派遣会社なり派遣先の指導を行い、改善を図っていこうということであります。これとセットで、申告を行ったことを理由とする不利益取り扱いの禁止を設けています。
 それから、公共職業安定所による派遣労働者に対する相談、援助。労使の方にお願いしています労働者派遣事業適正運営協力員。これは今でも設けているわけですけれども、法律上の制度として明記したところです。こういったことで、派遣労働者の方の苦情を適切に処理していこうということであります。


3) 個人情報の適正管理

 個人情報の適正管理は今回の非常に大きな眼目であり、これはもはや国際的な流れだろうと思います。今回のILO第181号条約でも、個人情報の適正管理が大きな事項としてうたわれております。事業目的に必要な範囲内での個人情報の収集、保管、それからその適正管理です。派遣を行うのに必要でない個人情報は、派遣労働者から聞いてはいけないということであります。必要だということで入手した個人情報についても、外部に漏れないようにということで、その保管をきちんとするようにと規定されたわけであります。
 さらに徹底を期そうということで、衆議院で修正されたのが資料 No.1 の(4)ハの2) から4) までです。許可基準に個人情報の適正管理等々の要件を追加します。個人情報をきちんと適正管理できるシステムになっているかどうか、個人情報を適正管理するための指導体制がきちんと整えられているのかどうかを要件にしていこうということです。
 それから3) は、派遣元責任者の業務に個人情報の管理を追加することにより、個人情報管理の責任者を明確化していくということです。4) では、派遣契約を締結するとき派遣先が派遣労働者を特定することを目的とした行為を行わないようにする努力義務を課しております。具体的には、派遣先が派遣会社に言って派遣労働者の面接をする、あるいは履歴書を派遣会社から出させてこの人がいいと言って特定するといったことをやらないようにということであります。特定する行為とはどの範囲かというあたりも、これからきちんと明確にしていこうと考えているところです。
 それから、秘密の厳守ということで、派遣元事業主は派遣労働者に係る個人情報を漏らしてはいけないという禁止規定、個人情報を漏洩してしまった場合の改善命令、罰則の適用といったことが書いてあります。
 セクシュアルハラスメントや母性保護については、派遣会社だけではなく派遣先にもそういった規定を適用します。現行派遣法でも、派遣元ではなかなか確保の難しい労働時間管理や安全衛生の事項などについて、派遣先に責務を課しているところであります。派遣労働者にしてみると、派遣会社よりも派遣先にいる時間のほうが圧倒的に多いわけでありまして、派遣会社より派遣先でセクハラを受ける危険性も高いわけですので、派遣元と派遣先の両方にこの規定を適用することになっております。

(6)施行日

 施行は6カ月以内の政令で定める日ということになっております。
 交付日が今年の7月7日であります。これから6カ月以内ということですが、とにかく早く施行するようにと国会でも言われ、各方面からも言われておりますので、我々としては年内には施行したいと考えております。
 それから法施行3年後の見直しという規定があり、3年後に必要な見直しを行うということであります。それに向けて改正後の派遣事業の実態を調査、分析していくことが、これからますます重要になってくると思っています。以上が法案の内容であります。

労働者派遣事業の現状(資料 No.2 参照)

 現在、派遣事業がどんな実態にあるかということで、少し時間がありますので、資料 No.2をご覧いただきたいと思います。

 資料 No.2 は派遣会社から毎年出していただく派遣事業の報告を取りまとめたものです。派遣労働者の数は、平成9年度で約86万人でございます。前年に比べると18.1%の増となりました。適用対象業務を平成8年12月に11業務増やしたことも大きく影響しているのではないかと思います。派遣法が施行されたのは昭和61年7月ですが、その翌年の昭和62年度の派遣労働者数は約30万人でした。大体3倍ぐらいに増えている状況であります。

 一般労働者派遣事業における登録労働者数は約69万5000人。派遣労働者86万人のうち69万5000人は登録型であります。ただ、複数の派遣会社にダブル登録、トリプル登録している方も全部入っておりますので、実人員でどのぐらいになるかはわかりません。登録型の派遣労働者を常用換算しますと17万9000人、大体18万人ぐらいになります。常用雇用の派遣労働者と合算すると常用換算した派遣労働者数は全体で約34万人になる状況でございます。

 派遣を利用している派遣先は約28万件です。昭和62年には8万6000件でしたが現在は27万9000件まで増えています。年間の売上高は1兆3335億円。昭和62年度は5032億円でした。派遣元事業所数は、1万6000事業所です。昭和62年度の派遣元は8259事業所でした。ですから、派遣元事業所の伸びよりも、派遣労働者や年間売上高、派遣先の伸びが非常に大きいということではないかと思います。

 諸外国はどんな状況かを参考までにご紹介しますと、ドイツの派遣労働者数は17万6000人といわれています。労働者の大体0.6%ぐらいではないかと推計しております。フランスは21万1000人で労働力人口の1.1%。アメリカは126万8000人で1.2%ぐらいといわれています。1.8%というデータもあります。イギリスは145万人でありまして、労働者全体の6.9%となっております。調査の方法が国によって少し違い、一律には比較しかねると思いますが、そんな状況であります。日本は常用換算すると34万人であり、雇用者全体の0.6%でございます。

 諸外国の例を見ますと日本のように業務を限定するのではなくて、派遣期間を限ってみたり、あるいは派遣の目的を限ってみたり、例えば、労働者が急に病気になった替わりとか、急に辞めたのでその欠員補充とか、そんな格好の国もあります。一方、アメリカやイギリスのように派遣期間、派遣業務についてまったく規制のないところもあります。

 ただ、諸外国を見ますと、派遣期間は臨時的、一時的なものに限られているという印象を強く持たされるわけであります。具体的に申しますと、ドイツは1週間から3カ月未満というのが全体の51.4%です。それから、表記の仕方が違って恐縮なのですが、フランスは平均2.15週間といわれております。アメリカは約2週間、イギリスは約9週間。こう見ると欧米諸国は臨時的、一時的な目的のために派遣を使っていることがかなり明確に言えるのではないかと思います。日本の場合、26業務の登録型については2.8年、常用型は5年となっています。

 こういった実態があるものですから、どうも日本の場合、派遣をあまり広く導入すると常用労働者が派遣労働者とどんどん入れ替わってしまうのではないかという強い主張があるわけです。そういう意味で、臨時的、一時的な労働力の需給調整のため派遣を可能にしたという今回の労働者派遣法改正の趣旨、目的に沿った運用をいかに確保していくかというあたりも、大きな課題になってくるのではないかと思っています。

 資料 No.3 は、衆議院で政府の提出した派遣法案のどの事項が修正されたのかということでございます。

 それから、資料 No.4 ということで、衆議院と参議院での国会の附帯決議をつけさせていただいております。これをお読みいただきますと、どういったところが今回の改正労働者派遣法審議にあたって大きな争点になっていたかということがおわかりいただけると思います。いずれにしましても臨時的、一時的な派遣という目的をいかに担保していくか、労働者の保護について派遣先を含めてどう担保していくかということで、いろいろ必要な措置を講ずべし、検討すべしということがうたわれています。

改正法がもたらす労働者へのメリット

 我々としては今回の労働者派遣法改正によりまして、労働者の方にもかなりいろいろな面でメリットが生じるのではないかと考えております。一つはパートタイム労働者やアルバイトといった方に比べると派遣労働者の賃金水準はかなり高いわけであります。法改正により、派遣労働者の賃金が下がってしまうのではないかという議論もあるわけですけれども、むしろ今回拡大した分野のパートタイム労働者やアルバイトに比べますと、同じ業務でも派遣労働者の賃金はかなり高水準になるのではないかと思っています。

 なぜかというと、一つは派遣会社の存在が大きいのではないかと思います。派遣会社が事業を有効に運営していくためには、顧客である派遣先の信頼を確保していかねばならないわけで、そうなると定型的な業務であるとしても、それなりに業務を効率的に処理するためのノウハウを身につけているとか、いろいろ細かな気配りができる訓練を受けているとか、あるいは派遣会社がその人の特性をきちんと把握していて、派遣先のニーズに一番合った人を派遣するとか、いろいろな努力をするのではないかと思っております。そういった意味で、今までかなり高い技能やいろいろなノウハウを持っていてもパートタイムでしか働けなかった人たちが、派遣労働者になることによってより高い賃金を得る可能性が高まるのではないかと思っております。

 また、今までパートタイムやアルバイトの方は、本当に適した就業先を自分で探さないといけなかった状況だろうと思います。そういった人たちにとりましては、派遣会社が自分のニーズ、能力に合ったところをスピーディーに探してくれるという意味で、仕事を探す期間が短くなる。自分に合ったところに巡り合うまでに離職と就職を繰り返す無駄がなくなるということでも、かなりのメリットがあるのではないかと思っています。

 派遣会社間の競争が激しくなることもあり、派遣会社は恐らく派遣労働者の能力開発に相当熱心に取り組むだろうと思います。何かトラブルがあったとき、派遣会社と派遣先との交渉による円滑な解決も、かなり期待できるのではないかと思っています。

 さらに言えば、中高年労働者の方のように、なかなか直接雇ってもらえない場合でも、いったん派遣で行ってみる。そのうえで常用雇用への道を開いていくということも新たな方向として考えられるのではないか。これによって、中高年の方の就業機会も増えるのではないかと考えております。

 最近、非常に期待の高いベンチャー企業、あるいは中小企業が新規事業分野に乗り出すプロジェクトにとっても、企業が軌道に乗るまでの間、専門家を派遣会社から派遣してもらうことで必要な人材を的確、迅速に確保できるようになる。従来以上にベンチャー企業等の発展、あるいは事業の軌道に乗るまでに要する期間の短縮を図れるようになるのではないかと思っています。

 いずれにしても我々といたしましては、労使の納得を得られる形で早急に細部を詰めて新しい労働者派遣法を施行し、労働力需給のミスマッチの解消、あるいは失業期間の短縮に効果をあげていきたいと考えています。