第6回 旧JIL講演会
働き方の変容と法改正
~改正労働基準法のポイント~
(1998年11月9日)

労働省労働基準局長
伊藤 庄平

目次

講師略歴

伊藤 庄平(いとう・しょうへい)
昭和18年8月10日、福島県生まれ。一橋大学法学部卒業後の41年に労働省入省。以来、大臣官房総務課長、賃金時間部長、大臣官房長、職業能力開発局長などの要職を歴任。平成8年より現職。

プロローグ

 この改正された労働基準法について、こんなに多くの方々に関心を持っていただいていることを大変ありがたく思っております。これから改正労働基準法のポイント、考え方等について、話をさせていただきたいと思います。

 この改正労働基準法は、これから労働省令、告示で細部を固め、トータルで機能していくわけです。9月25日に成立したのを受けて、目下私どもはこれを施行するために必要な省令、関係の告示等について中央労働基準審議会で議論を願っているところです。12月初めには審議会から結論を出していただき、関係の省令、告示を制定する。法律とそれらが揃い、全体の改正法の内容が揃うことになります。それで私どもは、1月から3月までの間一生懸命周知に努め、また関係の企業、あるいは労働組合等の方には労使協定等のやり直しをしていただき、大半は来年の4月1日からの施行で動き出すということになります。まだ関係の省令や告示が定まっていない段階でのお話ですので、大変恐縮ですが、その辺はおおよその方向でお話をさせていただきたいと思っております。

 今回の労働基準法改正は50年ぶりの大改正です。ただ、私どもから見ると、今回は時代の変化に合わせた、どちらかと言えば必要最小限の改正ではなかろうかという受け止め方をいたしております。この間50年、労働基準法の大きな改正と言えば、週40時間制の実現でした。この10年間で、従来の最低労働基準であった48時間をすべての企業について適用し、平成9年4月1日から週40時間制というところまでこぎつけました。したがって、法定労働時間で週8時間の労働時間短縮を実現したわけであります。零細企業、中小企業すべて含めて300万を超える事業所がある中で、大体80%を超える事業所で、この週40時間制を導入していただいている状況までまいりました。ここ10年間でも、残業等も含めた総労働時間は年間で220時間ぐらい減少しており、これを8で割ると相当な日数分の労働時間の減になっているわけです。

 今までの労働基準法は、若干戦前の工場労働法の流れを引き継いでおり、大量に、同時に労務管理をしていくといった部門では非常に有効に機能する画一的な内容になっているわけです。例えば、最近とみに言われるように、開発研究分野であるとか、あるいは金融とか、グローバル化した市場の中で世界各国のビジネスマンといろいろとやり合って新しい市場を開拓していく、そういうレベルの方の働き方に合っているかどうか、いろいろなことを見直す。週40時間制が定着した今、良いチャンスだということで、審議会で2年がかりでこうした議論を進め、今年の2月にようやくまとめて国会へ改正法案を提出したわけであります。

 その後、各方面でいろいろな論議を呼びました。また、誤解されている部分もまだあります。国会審議も、そういったことがいろいろ対象になりました。委員会の回数だけで、10回に及ぶ審議を重ねました。そして、ようやく各党とも、1つの政党を除き、ほぼ法案の内容についてご理解をいただき、修正すべきところは修正を加えて、この9月25日に成立したわけであります。

I 経済社会の変化に対応した主体的な働き方のルールづくり

 今回の改正は、項目としては広範に、また多岐にわたっております。第1の改正のグループは「経済社会の変化に対応した働き方のルールづくり」ですが、このことをお話しする前に、我が国の置かれている経済や産業の状況について、私どもがどういう認識のもとに、この改正を行ったかということについて、まずご理解をいただきたいと思います。我が国の経済や産業は、ご承知のようにキャッチ・アップの時代を終わりました。今まで、このキャッチ・アップの時代を通して見れば、我が国がここまで国際経済の中で力をつけてきたカギ、いわば、国際競争力のカギというのは、生産工程にある部分で非常に競争力をつけてきた。何をつくるかというよりはつくるものの目標があって、いかに良いものをつくるか、国際的に品質のよさで十分勝負できるというものを、いろいろな工夫を重ねて、またチームワークよろしきを得てやってきて、今の国際競争力をつくってきたわけです。ところがここに来て、競争の核が、そういうところにある部分では確かにまだ強いけれど、開発研究や、そういう開発力にある部分については、やはり正直言ってアメリカなどに水を開けられている。コンピューターソフトの問題もしかり、薬品や化学や、それから国際金融の問題もそうかもしれません。

 国際金融にしても、顧客の確保、国際金融のスキーム、ハイテクを利用した国際金融技術、そういった点では我が国の銀行マンも「日本はまだ赤ん坊ですよ」と自ら認めるぐらいの部分です。労働省が労働福祉事業団を通じて経営している労災病院では、相当高度の医療機器、例えばMRI(脳断層写真)といったハイテク機器もそろえていますが、残念ながら医者の方と相談して決めると、やはり外国製になってしまうわけです。そういう新規の開発力の部分というのは相当落ちている。また、これからの雇用のあり方等を考えても、新たな製品、新たなサービス、新たなソフトの開発能力をどう高めていくのかというのが1つの課題だろうと思います。

1.労働契約期間の上限を3年に延長

 現行の労働基準法では契約期間の上限を1年というふうに限っておりますが、この点について、産業界や自治体のいろいろな方から、新しい製品や高度な技術が総合化された新しいものを開発する等々の目的で人材を内外から呼ぶ場合、どうしても1年というのはネックになる。そういったプロフェッショナルの方から見ると、1年ごとに自分の能力を査定するのか、私の持つ高度な技能、技術、知識が欲しいのであれば、その事業が完了する3年なら3年、なぜ雇わないんだと。プロ野球の選手が複数年契約の方を大事にするのと似ているかもしれません。車でもモデルチェンジの際のカーデザインは、外国の優秀なデザイナーを入れたりしているわけですね。そういう場合もどうしても有期の契約になるが、1年というのがネックになってくる。そんな要請もありまして、今回、この1年の契約期間の上限について、新たに3つの分野で3年という延長を認めたわけであります。

 1つは、新製品、新しいサービス、これは金融商品の開発なども含めて適用対象になるわけですが、そういったソフトを開発していくために、エンジニア、研究者などの高度な知識、技術等を持った方を雇い入れる場合には3年でよろしいと。高度の技術、知識、技能等を持った方に限られるわけで、この「高度」というのは労働大臣が基準を告示で決めることになっております。

 例えば、技術関係はわりあい押さえやすいんですね。博士号を持っている方とか、修士課程を経て、そういった分野で実務経験を持っている方とか。あるいは、公認会計士とか、何とか士という国家資格を持っている方、これは相当あるわけです。そういう方は易しい。比較的基準は明快につくられていくと思うんです。ところが、デザイナーとかそういう感性部分の、例えば、ファッション関係の産業でも、今まで中高年向けに主力製品をつくってきたところが若い人向けに開拓していこうとすると、当然ファッション関係のデザイナーというものが必要になる。そういう人を一時的にでも、社の内外から持って来ようとすると、そういう方は基準をつくり難いわけです。その道である程度の第一人者とか、相当な評価を得ているということをどう押さえるか、今、検討しているところです。

 もう1つの分野は、事業を起こすとか、支店を立ち上げるとかいうことのために、期間を限ってプロジェクトを編成するといった場合に、これもやはり新製品の開発をしていく場合と共通しているわけで、マーケティングの専門家が社内にいない、あるいは、海外に拠点をつくるというような場合は典型的なことかもしれませんが、その国のファイナンスや、マーケットの実情をよく知っている者を入れていかなければいけない。新たに、高度の知識や技術、技能を持った方を雇い入れる場合、これは新製品の開発そのものではなくても、新しいことにチャレンジするケースとして、3年の契約でOKです、と。これが2つ目の範疇です。

 それから3つ目が、60歳以上の高年齢者の方です。定年退職後の雇用問題は、非常に深刻な面があり、私ども、65歳現役社会ということを目指して、こういう対策を進めているわけです。できるだけ長期間雇ってほしいということで進めているわけですが、今までは基準法があって、1年ごとにしかできないわけですね。これも3年間ということで最終的には法案を固めました。

 この点についても、いろいろな誤解を受けました。不安定雇用を増やす、あるいは若年定年制を事実上増やすと、こういうお話もありました。しかし、3年契約できるものは今申したような範疇に限られているわけで、4年制の女子大生の卒業生を3年契約で雇って、3年たったらちょうど結婚するころだから辞めてもらうという仕組みには絶対使えない。これは明らかに労働基準法違反になる。高度であるかどうかは、先ほどの基準でしっかり押さえてしまうわけですから、それはできない。

 むしろ、契約スチュワーデスのように、1年ごとに反復更新する実態があるわけですね。これは、今度の契約期間の上限ということから見ると全然別の問題ですが、むしろ、1年でそういう使われ方をする方が不安定雇用を増やしていく形につながりかねない。私ども、もう1つ未解決の問題としては、そういった短期の契約を反復更新する方々の、どこかの時点で突然、契約の更新をしませんという、いわゆる「雇いどめ」と言われているような問題に、どう対応するのか。裁判例の中には、場合によっては解雇権濫用の法理を類推適用できるんだというものもありますが、そういったものを1つの労働基準として画一的にできるかどうか、これは検討課題として残っているわけです。今回、そこまでの解決はできなかったのですが、引き続き研究していくという考えでおります。

2.新たな裁量労働制の導入―自律的、創造的な働き方のルール

 それから2番目の改正が裁量労働制の問題です。裁量労働制というのはどういうものかということからご理解いただかなくてはいけないのかもしれません。現在行われている裁量労働制というのは、研究開発職、そのほか10余りのいわば専門職種に限り、事業主が業務の裁量性が極めて高いために業務上の指示ができない、いわば「お任せ」になる方について、労使で協定を結べば一定のみなしの、例えば9時間なら9時間と1日の労働時間をみなしておくと、8時間プラス1時間の残業でできるわけです。そういった形で、労働時間管理をすることを認めているのが現在の裁量労働制です。

 平成5年に、労働基準法の週40時間制の実施を平成9年からと決めるための労働基準法改正を行っておりますが、この裁量労働制についてはその時から議論がありました。ホワイトカラーの方々で、事業の重要事項を決定する部門、いわゆる本社等の中枢で働いている方々について、実際上、労働時間管理というのは、労働基準法どおりにできているのか、できていないのではないか。そういった実情に合った労働時間管理の方法を考えないと、労働基準法という大基本が形骸化していくという指摘はすでにあったわけです。こういう声を受けて、研究会をつくったり、審議会での議論等を通じてここ数年議論をしてまいりました。

 その間、いろいろなことがありました。例えば、皆さんのお耳に新しい事案としては、電通の若い方の過労自殺と呼ばれるような事案で、裁判で会社が負けている。また、その後、労災保険の申請もあり、業務上として認めた事案がありました。この方は、まだ入って2年の営業マンですので、これからご説明する新しい裁量労働制の対象にはできないのですが、ただ、その事案を見て、私ども非常に心を痛めましたのは、確かにむちゃくちゃな働き方をされているわけですね。しかし、実態がなかなかつかめなかった。自己申告制というものがないと、後から調べようとしてもなかなかわからない。それで、いろいろな人の話を聞いて事実を固めていって、労災の処理等をするわけです。

 もう1つは、どうしてこんな働き方を同僚や上司が見逃していたのだろうか、労働組合もなぜ放置していたのだろうか、という思いがいたしました。結局は、そういった上層部の仕事を任される人たちになると、企業全体の労使のいろいろな目の中で、しかも、裁量性、創造性が発揮できるような仕組みというものを何か考えていかないと、今の労働基準法のままでは形骸化していってしまう、そういう思いを強くしておりました。

 それで、今回の新しい裁量労働制では、いくつかの要件をかけております。法律上、事業の重要事項を決定する部門しか対象にならない。いわゆる本社機能的なものを持っているところ、その企業の政策決定をする部門というところに当たるわけです。企画、立案、調査及び分析というようなことが法律に出てきますが、自分の置かれた企業の中で、事業を発展させていくために、問題を発見し解決するためにどんな材料を集めて分析しなければいけないのか。そして、問題を解決するための立案、企画をして、それを実際の企業の経営方針につなげていく、そういったことを一体なものとして任されている人というふうに法律上は想定しているわけです。なおかつ、仕事の進め方について労働者本人に任せているために、事業主は業務上の指示をしないこととしている業務、こういうのがまず大前提の要件になります。

 こういう業務について、いくつかの要件がさらに加わるわけですが、企業内に賃金、労働時間等の労働条件全般について調査、審議する労使委員会をつくって、労使委員会の全会一致でこういうことを決め、それを労働基準監督署長に届け出た場合に、初めて新しい裁量労働制を使えることになります。その労使委員会で、1つは、そういった業務の範囲を具体的に特定しなければなりません。ある企業の本社で、この裁量労働制の対象になる人というのは、職能資格制度等でランクづけをしているとすれば、こういうセクションの、こういう職能資格上のランクになっている人という扱いになってくるわけです。そういう業務上の業務範囲を特定すること、それから、労働者の範囲を具体的に特定することになります。

 もう1つ、これが非常に大事なのですが、勤務状況に応じた健康管理などの措置を労使で取り決めておくこと。例えば、かわりの休日を与える、そういった措置を労使で全会一致で決めておくこと。したがって、この前提としては、労働時間は、管理はしないけれども結果的に勤務ぶりがわかるような方法をとっておかなくてはいけないということになるわけです。したがって、例えばタイムカードでチェックするとか、そういった方法がどうしても必要になる。こういったことが前提になるわけです。これは、先ほどの電通の方等の、いわば反省の上に立ったルール化です。あと苦情処理も決めておく。もう1つ加わりましたのが、国会の修正で入った、本人の同意をとることをちゃんと決議しておく、こういうことです。

 そういったことを労使委員会で全部決めて、労働基準監督署長に届けて来た場合に、初めて新しい裁量労働制というものが実施できる。それで、労働基準監督署長はどういうことをするかといいますと、届けて来られるわけですから、1つの物差しを持っていなくてはいけない。その物差しは、監督署が使うと同時に、裁量労働制を実施しようとする労使の方々が使うわけですが、法律上、労働大臣がそういった物差し(指針)を決めると書かれております。この指針で、先ほど労使の委員会で全会一致で特定しなくてはいけない業務範囲とか、労働者の範囲とか、健康管理上の措置について、具体的な例示をしていくということになるわけです。

 したがって、労使がその具体的な例示から離れた取り決めをして届け出に来ても、本当に仕事を任せているんですかとか、指示をしないんですかというようなことを監督署でチェックされて、本当に法律が予定している仕事を任せている、あるいは全会一致できちんと決めている範囲内のことを履行できる担保がないと、裁量労働制の要件を満たす有効な届出とは取り扱わない。有効な届出でないと裁量労働になりませんから、通常の時間管理として8時間労働、8時間を超える場合は残業命令を出して、割り増し賃金を払って、という取り扱いをしなくてはいけない。今の基準法の原型のスタイルに戻ってしまって、それをちゃんとやっていないと、労働基準法違反ということになる、そういった仕組みになっています。

 だから、この指針というのが非常に大きな影響を持つわけで、実は、指針を十分検討して詰めるべきだというのが国会での1つの論点でした。この指針を、じっくりと時間をかけて事実上反映した形でつくりましょう、そのためには、若干時間がかかる。この裁量労働制の実施に関する部分の法規定だけが、施行時期を平成11年の4月ではなくて、その次の2000年の4月まで延期になりました。したがって、先ほどの契約期間などは99年の4月1日実施ですが、この部分は2000年の4月実施で、1年遅れということになります。

 この裁量労働制についても、非常に誤解を受けました。代表的な誤解の1つは、ホワイトカラー全般に拡大するという理解です。ホワイトカラー全般には広がっていかないわけで、事業の重要事項を決定する部門で、ある程度は自分で仕事の進め方、労働時間の配分等についても段取りできる人たち。事業主が具体的な個々の業務の指示をしないということが前提になっていますから、例えば、入って間もない右も左もわからない人を、裁量労働制の対象者にするということはあり得ないし、そういう労働者の範囲は必ず届け出てチェックを受けるという仕組みになっているわけです。

 もう1つは、裁量労働制は、労働時間ではなくて仕事の成果で賃金を決める制度だというふうにも評価されます。しかしよく考えてみると、皆さんの賃金もそうだと思いますが、いろいろな部分で業績や能力や、そういったものを見る部分のウエートが高まってきている。そういう賃金体系に移りつつあるのかもしれません。しかし、大半は基本給というのはしっかりあるわけですね。100%業績だけで賃金が動いている企業というのは、年俸制のところだってない。ある幅でしか動かない。まるっきり100%歩合制みたいに、この裁量労働制というのが誤解された面がある。むしろ私どもからすると、我が国の企業の人事管理や賃金管理は従来の職能資格制度からどんどん新しいものへと導入が進んでいます。

 正直言いますと、もし経営者サイドの方がいたら恐縮ですが、これが使用者サイドのペースでどんどん進んでいく。しかし、業績重視の、能力重視の、成果中心の人事管理や賃金体系に変更していく場合に、この裁量労働制が非常に便利なのは事実です。したがって、裁量労働制の実施とあわせて活用していくという姿になると思います。しかし、その際には、労使委員会の全会一致の原則が、法律上かかっているわけですから、使用者が提案してくる賃金の変更や人事体系の変更等について、労働側の代表がノーと言えば、裁量労働制が使えない。これから我が国の人事管理等が大きく流れを変えていく中で、また、こういう変化する流れがとめどもなく、ある意味では当然の、大きな流れとしてそういう傾向が進んでいくわけです。そういった中で、労働側がそういった変更にやはり参加してほしい、参加していくべきだと、こういった思いが、この労使委員会という今までの裁量労働制にはない発想として織り込まれているわけです。

 我が国のホワイトカラー、ビジネスの中枢にいる人たちの扱い方というものが使用者ペースで決まっていくだけではなく、あまり組織化が進んでいない、あるいは労働組合に対して魅力を感じていないホワイトカラーの中枢部の人たちが、そういった労使委員会や、労働組合を通して――労働組合がない場合ももちろんあると思いますが――こういった人事管理や賃金体系の変化に参加していく1つの足がかりとして、この裁量労働制の細部の要件は決められている。これらの点について、いろいろ国会審議等も通じてご理解をいただくのに、やや時間がかかった面はあります。

 今、雇用の問題が大変厳しい1つの理由として、量的な問題もあるけれども、ホワイトカラー層にまで雇用の不安感が広がっている。そういうところに深刻さの1つの材料があるわけです。そういったことに対応して、ホワイトカラーの方々も強くならなくてはいけない、自立していかなくてはいけない。その企業内だけで、組織の中でうまくはまっていればそれで良いというのではなく、やはり自分の能力を磨いていかなくてはいけない。

 例えば、今度12月から、雇用保険の方でそういう自己啓発する場合の費用等について援助する給付制度が始まりますが、そういうものを利用する。労働者の方もこれからは自立したビジネスマンでなくてはいけない。経営者自身ももちろん、そういうことを期待しているわけですから、自ら学習する場合に、自分の才覚で仕事を組んでしまえば、上司が残っているからと気兼ねするのではなくて、自分の能力を磨くためにそういうところへどんどん行ける、時間のやりくりを自分の判断でできる。別の言葉で言えば、仕事に対して主人公であると同時に、労働時間に対しても自分が主人公なんだと。管理されることに慣れ切って、何事もなければこれで一生何とかやっていけるという時代は過ぎて、自己管理できるタイプのビジネスマンが、これからグローバル化すればするほど我が国も必要なんじゃないだろうか、そういった思いもこの裁量労働制の新しい提案の中に入っているわけであります。

 皆さん方にもっとご理解いただくには、労働大臣が決める指針を見ていただいて、こんな範囲なのか、こんな姿なのかというイメージが具体的に浮かばないと難しいのかもしれませんが、これは、できあがるのが99年の夏ぐらいになるんじゃないかと思っています。それで、99年の夏ごろか、秋にはそれを出して、2000年の4月1日から新しい制度の実施に入る。時代の変化、いろいろ流れが早いので、私ども迅速に対応したいと思っていますが、指針については、できるだけ早く方向性を広く周知できるように努力して、この新しい裁量労働制というものが、本当に目的や指針にかなって利用されるように努力したいと思っております。

II 職業生活と家庭生活との調和、労働時間短縮のための環境づくり

 新しい働き方として2点申し上げましたが、今度は別のジャンルの問題に移りたいと思います。これは、「職業生活と家庭生活との調和、労働時間短縮のための環境づくり」という部分です。ここでは時間外労働のあり方が1つの焦点になりました。と申しますのは、この基準法の改正に先立って去年の通常国会で、男女雇用機会均等法強化の改正が成立いたしております。その際に、残業に関する女性の保護規定と深夜業に関する女性の保護規定が、99年の4月1日から解消されることも一緒に成立いたしました。これは今回の労働基準法の改正が成立したからいいのですが、成立しなかったとしても、その部分だけは99年の4月1日から動くことが決まっていたわけです。

1.時間外労働の上限基準を設定

 しかし、そういった改正がなされた中で、今度は、男性の方も女性の方も、時間外というものについてはいわばフリーな領域になるわけです。一方では、家庭と仕事の調和、両立といったことが、女性の職場進出が進んでいるということに限らず、我が国の少子化の問題、あるいは高齢化に伴う介護の問題等々、これからの大きな国全体の課題でもあることを考えると非常に大事な課題になるわけで、残業のあり方についてルール化していかなくてはいけない。今は8時間労働、週40時間労働という法定労働時間が決まって、これを超えて労働させる場合には、労使で協定を結んで時間外労働をするということになっているわけですね。36協定と呼ばれる制度ですが、これがなければもちろん残業はできない。労使が合意するということが大前提ですので、労働側が反対すれば残業はできない仕組みで、これ自体相当強い規制のはずなのですが、長時間残業が現に存在していることを見れば、そう強い歯止めにはなっていないのかもしれない。そこで今回は、36協定を結ぶ場合でも、労働大臣が時間外の上限に関する基準というものを定めて、この基準に適合するようにしなければならない。この36協定が労働大臣の定める上限基準に適合していない時は、労働基準監督署長は指導をするという一連の条文を基準法の中に新たに入れたわけであります。ただ、これは罰則がありません。ほかの労働基準法の規定と違うのは、罰則がない。もし違反したら厳しく指導するという他の労働基準法の規定と変わらない程度の指導は受ける、こういうレベルですが、罰則自体はない。こういう形になっております。

 上限基準が具体的にどういうふうに決められるかというと、実は現在、労働大臣が法律に根拠のない形で、長時間残業を抑制するために指導しているわけで、その指導のベースになる告示を出しています。年間単位でいえば360時間を限度にしなさい。例えば、4週間なら43時間とか、1カ月なら45時間とか、そういう基準を決めて指導しています。それを受けて来年の4月1日からスタートするという方向で審議会の議論は進んでいるので、当面360時間は変わらないのではないかという見通しです。将来は状況を見ながら見直していくということになるわけですが、この新しい基準として決まったら格上げされますから、これに収まらないときは相当な指導を受けるということになっていくわけです。

2.一定期間、時間外労働の上限基準を短縮

 もう1つは、新しく決められる上限基準を使い、女性の残業制限に関する保護規定が99年の4月1日から解消されることに伴う措置が講じられます。育児・介護といった家族責任を持っている方が希望すれば、3年間は──これから決めるのですが、議論としては3年間の方向です──急激な生活上の変化を緩和するための措置として、育児・介護といった家族責任を持つ方に限って、また、希望する方に限って、この労使協定の中で現在の女子保護規定の水準を超えないようにしておかなければならない。年間で言えば150時間です。非工業的業種と工業的業種で少し違っている部分がありますが、例えば、工業的業種だと1週6時間という制限もあります。非工業的業種だと4週で36時間とか、たしかそういう制限があったと思いますが、それも残るわけです。ですから、そういった制限は受ける。この上限基準でそういったものがきちんと決められるわけで、そのことを決めていない36協定は指導を受ける、こういうことになるわけです。

 これは経過措置ですから女性に限られるわけです。これまでであれば女子保護規定の対象となる女性で、育児・介護をする人ということです。女性だけにそういう家族責任を任せていて良いのかという議論は当然あり得るわけで、これは経過措置で3年間だけそうします。3年後には、今度の改正法の附則の中ではっきりとうたわれているわけですが、育児や介護の家族的責任を有する人の長時間残業については、その残業を免除できる請求権の在り方について検討して、この経過措置が終わるまでの間に必要な措置を講ずべし、こういう法律上の規定が入っております。したがって、3年後には新しいパターンの残業に関する在り方が、コンセプトを家族責任、育児や介護ということに変えて出てくる。これは次の段階の法改正になるわけです。そういったこともこの労働基準法改正の中に入れられています。

 この点をめぐっては、今の上限基準では不十分だ、罰則つきで男女両方の残業を規制すべきだ、そういう主張は国会論議の中でも強く出ました。ただ、罰則で規制するとなるとすべての事業に例外をつくれない。例外をつくるためには、罰則がついている限り罪刑法定主義という原則がありますから、犯罪になる場合の構成要件をきっちり書く。そのためにはあいまいな例外規定はつくれないので、残業を例外なくある時間で抑えてそれ以上は働かせてはいけないという世界になるわけです。そこは、緊急の場合、どうしようもない場合には指導のベースで、ある程度対応ができるという余地を残しておきたいというのが私どもの上限基準を提案した考えなんです。

 それから、男女共通規制という主張をなさる方は、罰則でやらない限りだめだと、こういう主張の対立が相当ありました。ただ、これは週40時間制を実施してきて、8割を超える普及率まできたと申しましたが、40時間制も導入に当たって相当難しさと抵抗もありました。これと違うのは、1つは経済活動の上限だということです。40時間は上限ではなくて、それ以上働いたり仕事をしなくてはいけない状況なら割増賃金を払って仕事はできる、残業すれば良いわけです。この残業の規制というのは、それ以上は仕事ができない、いわゆる会社のシャッターを、あるいは工場のシャッターをおろしなさいという定めになるわけです。残業は天井なんですね。なかなか厳しい。これを罰則をもって画一的にできるかどうかというあたりは、私どもも大変悩みましたが、この千差万別ある経済活動や産業活動の中で、実態的な調査・データもなしに働き方の天井をすぱっと決めてしまうということはできない。

 確かに外国には例があります。特に欧米で見ますと、アメリカ、イギリスはそういう制限がない。大陸系ではドイツが残業の上限を決めています。我が国の場合、残業は雇用調整の第1手段なんですね。残業が抑えられているとすれば、仕事が増えればクリアする方法としては人を増やすしかない。人を増やしておいて仕事が減った時はどうするかといえば、解雇するしかない。日本の場合、残業がある程度弾力性があるものですから、今までレイオフ等が一般化せずに、ある程度長期雇用を守る仕組みとして安全弁になっていたわけです。そういったことからすると、もし、残業をあるレベルで罰則つきで制限しますと、それ以上仕事をするためには人を増やす。しかし、一方でレイオフが発生しやすい、雇用調整弁としては残業が使えない可能性が出てくる。この辺をどう解決するかというのもクリアできていない問題があるわけです。

 ドイツの場合、ある人はこんな見方をしておりました。向こうは残業制限があり、しかも解雇制限があるために、労働投入量が──これは確かに統計で見ても同じなんです──一定なんですね。日本のように景気の波に対応して労働投入量が変動していない。ある生産目標を決めると、景気が良い、需要が多いということにかかわらず、大体一定の生産量を決めている。だから、ベンツを買おうと思っても何カ月も待つということがあるわけですが、逆に言えは、労働投入量が一定ですから景気が少し良くなったからといって雇用需要がわっと増えるという仕組みではない。やはり、1度高失業率になった場合の解決策というのは難しい構造を持っているという話を聞いたことがあります。残業の問題というのは、そういうところまでどうクリアしていくか、本当にその見通しが大丈夫かを議論しながら、もし男女共通規制ということを図るのであれば議論していかなくてはいけない。ただ、残念ながらまだそこまで到達するだけの材料、あるいは雇用調整の在り方をめぐる労使間の論議も進んでいない。今できることは、こういった新しい上限基準を法律に基づいて決めてかっちりと指導して、不当な長時間残業は抑え込んでいく、そういう仕組みが今は一番現実的である。しかもそれを使って、育児や介護の人について必要な配慮をしていく、こういう仕組みを考えるべきだろうということで今のような提案になったわけであります。

 この国会審議の中で、先ほど育児や介護の人について、急激な変化を避けるために3年間経過措置を講ずると申しましたが、これ自体の枠組みはつくっていたわけですが、具体的に急激な変化を緩和するために何時間を上限にするかということは法律では書いてなかった。これが国会審議の中で修正が入り、年間で言えば現在の女子保護規定の制限の水準である150時間にすべきだということで、その部分が国会修正で明示されたわけです。

3.1年単位の変形労働時間制の見直し

 それから、今の延長線上の問題として、1つは1年単位の変形労働時間制の扱いの問題があります。すでに1年単位の変形労働時間制というのは労働基準法にあって、中小企業等を中心に40時間をこなすためにかなり活用されている制度です。どういう制度かというと、労使で協定を結び、年間単位で労働時間管理をする。したがって、年間で週平均40時間というものを実現するという仕組みなんです。どういう場合に可能かと言いますと、例えば電機製品をつくっているところも電機製品の部品を納めているところも、エアコンとか季節性の高い製品というのが当然あるわけです。そうすると、繁忙期がずれていて繁忙期と閑散期というのが当然出てくる。そういうものを活用して、繁忙期には土曜日も出勤する、そのかわり閑散期に3連休をつくってみたり、盆とか年末年始の休み等を長くしたり、夏休みをつくるとかということで、年間単位で見れば週40時間が達成できている。こういう姿が1年単位の変形労働時間制という制度であります。

 しかし、我々がいくら労働時間を忙しい時に変動させるといっても、所定労働時間ですからあまり長くしてはいけないということで、1日であれば9時間、1週であれば48時間と制限しています。それから、1週間に1日の休日を確保することを義務づけているのみです。今度の改正では、変形制を使う場合には、休日日数を一定日数以上確保してほしい、1日の労働時間を動かすだけではなくて、年間の休日も法定休日の日数を超える一定日数以上つくってほしい、こういうことで忙しい時の労働時間の変動幅が、1日9時間、1週48時間が上限というのがきついのであれば、それを1日10時間、1週52時間まで伸ばしましょう、こういう改正をしているわけです。

 さらに、この部分については今、審議会で議論していますが、時間外労働の上限基準が、この変形制を使う場合には一般の場合より短く定められます。忙しい時に労働時間を伸ばしているわけですから、残業は短くて良いはずだという考えです。どれだけ短くするかはこれから決まるわけです。

 それから、今までの変形労働時間制というのは1月から12月までが一つの単位として、年間時間管理をやっていますから、途中で入ってきた人、あるいは、途中で定年退職でやめるような人は変形労働時間を使えないという仕組みだったわけです。ある繁忙時期に、皆が土曜日出勤になっていても、年度途中で入ってきた人は土曜日は出勤日ではない。土曜日に出勤して仕事をさせると、休日の割増賃金を払ったりしなくてはいけない、こういう仕組みになっていた。今度は途中から入ってきた人もこの変形制を使って良い。ただ、閑散期が終わったところで入って来て、忙しいところだけいた人もいるわけですから、終わったら週の数で割ってみて、平均40時間を超えているかどうか。40時間以上働いていたらその部分については割増賃金をきちんと払って下さいという精算措置を条件にして途中で入ってきた人、あるいは途中で辞める人についても変形制の対象にして良いとしています。

 年間で言えば忙しい時にある程度働くけれども、閑散期には思いきって休む、めりはりをつけて年間の総労働時間を少なくしていこう、ということをねらっている制度です。

4.年次有給休暇の付与日数の増加

 それから、年次有給休暇の点の改正も行われています。勤務すると半年後から年次有給休暇の権利ができて、1年ごとに1日ずつ増えていく仕組みになっておりますが、これがその事業所に定着したら、6カ月で権利が得られる、それから2年間、つまり2年6カ月ということですが、それ以後は1日ずつ増えて、今までは20日というのが上限ですから、10日が基礎日数で20日に達するまでに10年6カ月かかるわけですね。今度はこれで計算すると、6年6カ月で20日という上限に達することになります。もし途中で労働移動等があっても、年次有給休暇の権利の復活がある程度早くできる。今までの制度では途中で転職したりするとまた10日から全部やり直す仕組みですが、1年に2日ずつ増える仕組みによって挽回が早期にできる、こういうことをねらっているわけです。

 この年次有給休暇は、正直に申し上げて、取得率が大体5割です。年次有給休暇の取得促進を呼びかけても、半分という比率は変わらないんです。経済情勢が厳しいこともあってなかなか取りにくいのだろうと思います。今、年間の総実労働時間1,896という数字まできていますが、年間の総実労働時間は1,800時間が最終目標なんです。今、年次有給休暇を見ますと、大体平均すると、休める権利としては17日から18日ぐらいを持っておりますが、実際に取得しているのはその半分、大体9日ぐらいです。倍取っても8日は取れるわけですね。8日取ると、年間の総労働時間は64時間縮まる。そうすると1,830時間台に入りますから、1,800時間達成という大変難しい目標も姿が見えてくる。この1,800時間という目標を掲げてもう10年経ちますし、いつまでも達成できないで私もしょっちゅうお叱りを受けるわけです。今、経済情勢が大変厳しい。労働時間だけ減らせというのがなかなか難しいご時世であることはよく承知しているのですが、実は、年次有給休暇の取得率が欧米等に比べてものすごく低いというところに達成できないネックがあるわけです。取る方も日数を保険の意味でとっておくというようなこともあるのかと思いますが、今回、日数が増えるテンポが倍になるということですので、安心してできるだけ取っていただいて、また元気に仕事をする時はする、こういうパターンになっていけば良いのではないかと思っております。

III 労働契約の個別化、複雑化に対応したルールづくり

 それから、次のジャンルの改正に移りますが、1つは、労働契約のとらえ方が今までのように学卒を大量に採用して、ほとんど中途採用はないという時代から大分様子が変わってまいりました。やはり個人個人の能力を見ながら中途採用等をしていくケースがすごく増えていますし、当然、日本に投資してくる外資系の企業等はそういうことをかなりやってきていたわけです。そういった労働契約を結ぶに当たっての個別化というか、そういった傾向はこれからもどんどん進んでいくかと思います。

1.労働関係の入り口から出口までを通じた労働条件の明確化

 我が国の企業でも、例えば勤務地を限定した採用の仕方とか、個人個人によって労働契約の内容等も違ってくるケースももちろんあるわけです。それから、パートの方を一定期間だけ契約するというような雇用契約までいろいろなバリエーションが出てくる。したがって、私どもはそういったことに対応して考えるのは、労働契約というものを雇われる側も雇う側もはっきり意識しておきましょうと。したがって、労働契約の基本的な事項、いわば労働条件の基本的な事項については書面で明示しておく、こういう規定を義務づけとして新しくつけ加えました。これはまず、労働契約の入口面での改正です。賃金だけ書面明示になっていたわけですが、それ以外でも基本的な労働条件というのは書面明示が義務づけられる。特に、おそらく影響が大きいのはパート労働者で、今までパート労働法に基づいて雇い入れ通知書というものを努力義務で交付してもらうように事業主の方にお願いしてきました。この雇い入れ通知書の中の項目の大部分は、99年の4月1日以降は労働基準法に基づく義務として交付しなくてはいけない、努力義務ではなくなるということになるわけです。したがって、雇い入れ通知書を交付するという事務が非常にウエートを増して、交付しないと罰則つきの条文に引っかかるということになる。実質上、パート労働法の強化にもつながっているわけであります。

2.労働条件に関する民事紛争の簡易・迅速な解決

 それから、実は今、労働基準監督署の窓口が非常に忙しい。何が忙しいかというと、労働基準監督官は、本来は出歩いて労働基準法違反事業所を監督して歩くことなんですが、解雇とか賃金不払いとかの個別事案の相談、申告が非常に増えているわけです。東京都も非常に多い。そのうち、労働基準法違反そのものを争うというのは、例えば解雇の場合だと、解雇予告手当は払っているかどうかとか、そういうケースです。むしろ問題は、解雇か解雇でないのかよくわからないケースとか、むちゃくちゃな理由で解雇している。我が国の場合、ご案内のように、判例において解雇権濫用の法理というのは相当確立をしております。合理性のない理由で解雇した場合、裁判で争えば無効というある程度の積み重ねというのが判例上できておりますし、私どもはそれに基づいて情報提供しているわけですが、これは労働基準法違反事例ではないんですね。そういう相談が非常に増えてきている。そういった事態にも対応して、労働者が請求した場合には――請求しないのに事業主がそういうことを書く必要はないんですが――退職が解雇であるかどうか、解雇である場合にはその理由をきちんと文書にして労働者の渡さなければならない、その証明をしなくては いけないという義務づけを新しくつけ加えさせてもらいました。窓口で見て、解雇なのか解雇でないのか、それ自体労使の認識が一致していない事案というのが相当あって、指導に手を焼くわけですが、その辺を明確にしている、こういうことが1つ。

 また、労働基準法違反、解雇について解雇予告手当を払っていないという事案であれば、労働基準監督官が労働基準法違反として是正勧告をして、もし悪質であれば検察庁に送致するということになるわけですが、解雇がむちゃくゃな理由だとか、賃金を不当に切り下げているとか、そういうケースの相談に対しては今までの判例理論等に照らして事実関係を整理し、各都道府県の労働基準局長が早い段階で助言や指導をして解決を促していきます。こういう規定を労働基準法に加え、すでに10月1日から動いているわけです。さらに、全国の労働基準監督署にこの10月から新たに300人を超える相談員を配置し、そこで相談があればきちんと対応し、最終的には局長の助言・指導までもっていく。ただ、事実関係を整理しているうちにそういう事案の大半は解決してしまうんですね。最後までもめるケースはそうはないので、相談に来たら事実関係を聞いて、事業主からも事業の事実関係を聞いて整理して、両者の認識が揃うと、大半は両者が納得する解決策が出てくるんですが、残るものもある。そういう事案については、今までの判例理論なりそういうものに照らして、もちろん途中で学識者の意見も聞きますが、労働基準局長が助言・指導をして早い解決を促す。それによって裁判に行かずとも解決してくれれば我々も大変ありがたい。裁判に行けば時間、費用も非常に大変ですし、労働者個人の立場から見ると、なかなか難しいわけです。労働契約関係のいわば雇用の段階、退職の段階、それにまつわる紛争の処理、こういうものを今回の改正で労働基準法の中に1つの体系として位置づけたということです。

IV その他-児童労働の最低年齢の引き上げ

 それから最後に、関係ある方はあまりおられないかと思いますが、児童を使う場合の最低年齢というのがあります。実は国際的にはいろいろな分野で問題になっており、労働基準と貿易ということで、WTOやILOでも問題になることがあるわけです。アジアの国々の中では児童労働というのが非常に問題になっている。先進国から見ると、それで安く物を輸出してくるということに対する不満もあって、貿易と労働基準ということが国際会議等でしばしば問題になるわけです。日本はそういうことが問題になるような実態はほとんどないんですが、ILOの条約に絡めますと、1つは基本の年齢で15歳以下は軽易の許可をもらった場合しか使ってはいけない、ILO条約は義務教育の修了までということになっているわけです。したがって、これは15歳でその年の義務教育が終わる3月31日までと若干伸ばして引き上げております。

 それから、軽易な業務で許可を受けて使用できるもっと下の年齢も、12歳から13歳に上げる。これは全部ILO条約の水準に合わせているわけです。日本は児童労働で問題になるような実態はないですが、法制上も国際的な基準に揃えておかないと、何となく脛に傷を持ったような法制では国際会議に出ても具合が悪いということで、その辺の整合性をとった改正をしております。ただ、この部分は新聞配達の少年に響くんですね。ですから、実施時期を平成12年4月とし、今働いている方が急に新聞配達等ができなくなるということにならないように実施時期をずらしているわけです。

結び

 以上が、今回の改正の大まかなポイントです。途中で論議のあった部分についても説明を加えましたが、決して我田引水ではなくて、ルーチンの仕事をして物を生産し、あるいは国民生活を支えるためにサービスを提供する人から、ビジネスの先端部分で新しいものを考えたり、新しいソフトをつくったり、あるいは世界に通用する製品やサービスをグローバルな市場に出して活動をする人に至るまで、各層で働いている方々全体について、労働基準法というものが当てはまる、いわば形骸化している部分がない姿をつくろうというのが今回の改正のねらいであります。そういう意味では古い部分はそっくり残したままなんです。選択肢として新しい裁量労働制が加わった。契約期間の3年というのも、1年という形式では残っているわけで、3年はそういう新しい製品開発等の専門家に対してだけです。

 時間外労働について言えば、均等法を強化するために行われた女子保護規定の解消は、今回の基準法改正でなくて均等法とのセットで行われているわけで、今回は上限基準の法律上の設定というような形で許可しています。ですから、後退させているというよりは選択肢を増やしながら、食卓に並べるおかずみたいなもので、長年食べなれたものが並んでいたわけですが、これも好きだったら体に良いから食べてごらんということで別のおかずも並べてみた。ただ、そのおかずがどうも気にいらないということでいろいろな議論があったわけですが、そういう意味合いで我々も古いものでまだ徹底されていないところがあれば真剣にこれを徹底させる。しかし、それが実情に合わない部分があれば、そういう部分で働く人たちが保護されつつ、自由に、先ほど仕事に対しても、労働時間の配分についても自分が主人公なんだという気分で仕事に向かえるような制度が、新しい選択肢として加えられ、それを使うかどうかは労使全員一致で決めてくださいと、こういう仕組みにしております。

 おそらく、全体を通して話を聞いていただければ、断片的に伝わっていた情報とかなり違うという印象を持っていただけたのではないかと思います。そういった趣旨の改正ですので、より労働基準法らしさというものが徹底するような最後の詰めをして、99年の1月からは個々の企業の方に労使協定等のやり直しをしてもらえるような仕組みにもっていきたいと思っています。

 物をつくり、サービスを提供して、国民の生活を支えている人から見れば、ある程度労働時間で成果がわかるわけですね。成果が労働時間に比例する。ただ、これからの仕事というのは必ずしもそれだけではなくて、創造的な活動や知恵や発想が大きく富を膨らます部分というのがあるわけで、これを期待されている人たちにとっては労働時間が成果に直結しないわけです。しかし、かといって成果だけで100%決めるというのは困るし、いろいろなルールをきちんと揃えなくてはいけない。いろいろ議論した結果として今回のような提案がなされていることについては、ぜひご理解をいただきたい。新しいことについて、基準法ですと基本法ということもありますし、長年定着している法律ですから、変えること自体何となく重みがあるんです。これはなかなかつらいことですが、ただ、これは法律の改正だけでなくて、新しい事業を起こそうとか、ベンチャー精神とか、新しい時代に合った姿をつくっていこうというのはいろいろな分野で行われているわけです。

 アメリカの少年野球と日本の少年野球を両方見ている方が、こういうことを言っていました。母親が一生懸命応援に行っている姿は一緒だが、向こうはボール球を空振りして三振して帰ってくると「ナイストライ」といって褒める。日本の母親は三振して帰ってくると「ボールをよく見て打たないとダメじゃないの。フォアボールでも良いんだから歩きなさい」と。これがどうも管理されている中で、じっと収まっていれば何とか一生やっていけるという気分を生んでしまうのではないか、ベンチャー精神等に響くのではないかというような話を聞いたことがありますが、今、日本に求められている、閉塞感を打ち破るような雇用のしかたを皆で知恵を出していこうということにつながる話かもしれませんが、労働基準法の改正の中にも幾分なりともそういうものが入っている。ただ、100%ではないので、50年ぶりの大改正と言われるとやや面映ゆいところもありますし、残っている課題も多々あるかと思います。いろいろな機会にご意見を寄せていただいて、さらに良い労働基準法を目指して努力していきたいと思います。今後ともよろしくお願い申し上げます。