JILPTリサーチアイ 第45回
コロナ禍のなかでの賃金の推移─5月・8月パネル調査の分析から─

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雇用構造と政策部門 副主任研究員 高橋 康二

2020年9月11日(金曜)掲載

1 はじめに

本稿では、コロナ禍のなかでの労働者の賃金の推移にどのようなパターンがあるのか、どのような労働者がそれぞれのパターンを辿る傾向にあるのかを明らかにする[注1]。結論として、賃金の推移の最大の分水嶺は産業であること、パート・アルバイトや営業・販売職は「低下・回復」型であるのに対し、輸送・機械運転職は「低下・低迷」型であること、他方で管理職のように賃金の低下と縁遠い人々もいることなどが示される。

新型コロナウイルス感染拡大により、2020年4月から5月の間、特に4月16日に緊急事態宣言が全国に拡大され5月25日にかけて段階的に解除されるまでの間、経済活動は大きな制約を受けた。それに伴い企業で働く人々の労働時間は減少(残業時間の減少も含む)し、賃金も低下した[注2]

しかし、緊急事態宣言が明けると、経済活動に対する制約も徐々に緩和され、賃金も回復し始めた。厚生労働省「毎月勤労統計調査」によれば、労働者1人あたりの4月、5月、6月の総実労働時間はそれぞれ前年比で-3.9%、-9.3%、-4.0%、きまって支給する給与は同じく-0.9%、-2.0%、-1.5%であり[注3]、5月を「谷」として回復しつつあることが分かる[注4]

とはいえ、ここで挙げた数値は労働者全体の平均値に過ぎない。実際には、賃金の低下と回復を経験した労働者だけでなく、賃金が低下したままの労働者もいれば、そもそも賃金が低下していない労働者もいるだろう。本稿では、コロナ禍のなかでの個々の労働者の賃金の推移にどのようなパターンがあるのか、どのような労働者がそれぞれのパターンを辿る傾向にあるのかを、パネル調査データにより明らかにする。

分析に用いるのは、JILPT・連合総研が実施した「新型コロナウイルス感染拡大の仕事や生活への影響に関する調査」(パネル調査)である。調査概要の詳細な説明は割愛するが[注5]、この調査データには同一の対象者の5月と8月の回答が含まれる。本稿では、4月1日時点で民間企業の雇用者で、5月調査と8月調査の両方に回答しており、4月1日から7月末までの間に離転職をしていない3222名を集計対象とする。

言うまでもなく、パネル脱落していない対象者で、かつ、離転職をしていない者のみを集計対象とすることで、小さくないバイアスが生じよう。しかし、今回のコロナ禍のなかで解雇や雇止めが大量には発生しておらず[注6]、多くの企業が休業や労働時間の削減により苦境を乗り切ったことに鑑みるならば、必ずしも間違ったデータ選択、対象選択ではないだろう。事実、上記調査の8月調査によれば、コロナ禍の雇用・収入への影響として、「収入の減少」を挙げる人々は59.9%に上るのに対し、「解雇」や「雇い止め」、「勤め先の休廃業に伴う失業」を挙げる人々はいずれも3%未満である[注7]

2 月収の推移の4パターン

コロナ禍のなかで、どのくらいの人々が賃金の低下を経験したのだろうか。上記調査の5月調査、8月調査では、コロナ前の通常月と比較した直近の月収の水準をたずねている。ここでは、それが「ほぼ同じ、またはそれ以上」であるか「9割以下」であるかにより、賃金が維持されているか低い状態にあるかを判断したい。

図1はその結果を示したものである。ここから、5月調査の段階では30%強が低い状態にあること、8月調査の段階ではそれが25%程度に減少していることが分かる。たしかに、5月調査の段階から8月調査の段階にかけて、賃金は回復したように見える。

図1 コロナ前の通常月と比較した直近の月収(N=3222,%)

図1 グラフ

注:集計対象は、5月調査、8月調査の両方に回答した者で、4月1日時点で民間企業に勤務しており、4月1日から7月末まで同じ会社に勤めていた者。

しかし、実際の賃金の推移にはいくつかのパターンがあるはずである。図2は論理的に考えられる4つのパターンを示したものである。

図2 月収の推移のパターン

図2

出所:筆者が作成。

第1は、5月調査の段階で通常月と同程度以上の月収が維持されており、8月調査の段階でも引き続きそれが維持されているパターンである。これを、①「維持・維持」型と呼ぶ。第2は、5月調査の段階では維持されていたが、8月調査の段階で低い状態にあった②「維持・低下」型である。第3は、5月調査の段階で低い状態にあったが、8月調査の段階で通常月と同程度以上に回復した③「低下・回復」型である。第4は、5月調査の段階でも8月調査の段階でも低い状態にある④「低下・低迷」型である。

ちなみに、本稿の集計対象についてその構成比を求めると、①「維持・維持」型が63.3%、②「維持・低下」型が5.8%、③「低下・回復」型が11.1%、④「低下・低迷」型が19.8%となっている。マクロ的に見て賃金は低下・回復パターンを辿っているが、個人レベルでそのパターンを辿っているのは1割強にとどまっている。

3 個人属性・企業属性と月収の推移のパターン

それでは、どのような労働者がそれぞれのパターンを辿る傾向にあるのだろうか。表1は、個人属性・企業属性別に、月収の推移のパターンを示したものである。最上段の「計」と比べて5ポイント以上高い箇所に網掛けをしてある。ここから、以下のことが読み取れる。

第1に、「維持・維持」型は、契約社員・嘱託、「建設業」、「電気・ガス・熱供給・水道業」、「情報通信業」、「金融・保険業」、「不動産業」、「医療、福祉」、「郵便局・協同組合」に勤める人々、「管理職」、「事務職」、「建設作業・採掘職」の人々に多い。「維持・維持」型とは、別言すればコロナ禍によって賃金が影響を受けなかったパターンであるが、このパターンに該当するか否かには、全体として産業が強い影響を与えている。

第2に、「低下・回復」型は、パート・アルバイト、「飲食店、宿泊業」、「教育、学習支援業」に勤める人々に多い[注8]

第3に、「低下・低迷」型は、パート・アルバイト、派遣労働者、「運輸業」、「飲食店、宿泊業」、「サービス業」に勤める人々、「サービス職」、「生産技能職」、「輸送・機械運転職」、「その他(の職業)」の人々に多い。「維持・維持」型が産業との関係が強いのとは異なり、「低下・低迷」型は全体として職業との関係が強いと考えられる。

表1 個人属性・企業属性別にみた月収の推移のパターン(行%)

表1

注1:集計対象は、5月調査、8月調査の両方に回答した者で、4月1日時点で民間企業に勤務しており、4月1日から7月末まで同じ会社に勤めていた者。

注2:「生計維持」以外は4月1日時点の状態、「生計維持」のみ5月調査時点の状態。

注3:計と比べて5ポイント以上高い箇所に、網掛けをしている。

4 5月調査での維持/低下および8月調査での回復/低迷

前項の分析では、月収の推移の4パターンを並列に扱ったが、おそらく読者の関心が高いのは、(a)そもそも5月調査の段階で「維持」と「低下」を分かつ要因は何か、(b)5月調査の段階で「低下」した人々を8月調査の段階で「回復」と「低迷」に分かつ要因は何か、といった論点だろう。

そこで、2つの二項ロジスティック回帰分析を行う(表2)。第1は、5月調査の段階で「維持」されているか「低下」しているかを被説明変数とする(モデルa)。第2は、5月調査の段階で月収が低下していた人々を分析対象とし、8月調査の段階で「回復」しているか「低迷」しているかを被説明変数とする(モデルb)。分析結果からは多くのことが読み取れるが、ここでは、両方のモデルで有意な効果が表れている変数にのみ着目する。

第1に、パート・アルバイトは、5月調査の段階では低下しやすいが、(仮に低下しても)8月調査の段階では回復している傾向にある。「営業・販売職」の人々もこれと同じ傾向を示している。

第2に、「生産・技能職」と「輸送・機械運転職」の人々は、5月調査の段階で低下しやすく、8月調査の段階でも引き続き低迷する傾向にある。係数の大きさからすると、このことは「輸送・機械運転職」においてより顕著である[注9]

第3に、「管理職」の人々は、5月調査の段階で月収が維持されやすく、仮に低下したとしても8月調査の段階で回復しやすい。言うなれば、賃金の低下と最も縁遠い人々であると言える。

表2 5月調査での月収の維持/低下および8月調査での月収の回復/低迷の規定要因
(二項ロジスティック回帰分析)

表2

注1:集計対象は、5月調査、8月調査の両方に回答した者で、4月1日時点で民間企業に勤務しており、4月1日から7月末まで同じ会社に勤めていた者。

注2:「生計維持」以外は4月1日時点の状態、「生計維持」のみ5月調査時点の状態。

注3:カッコ()はレファレンス・グループ。**: p<0.01、*: p<0.05、†: p<0.1。

5 おわりに

賃金の推移の捉え方は無数にあり、その分析手法も様々あり得るが、さしあたりこれまでの分析結果をまとめると、次のようになる。

第1に、そもそもコロナ禍のなかで賃金が影響を受けたかどうかは、産業によって大きく異なっていた。最大の分水嶺が産業であったということが、今般のコロナショックと賃金の推移との関係を特徴づけている。

第2に、パート・アルバイト、「営業・販売職」の人々が典型的な「低下・回復」型の推移を辿っていた。コロナショックの第一波の時期、すなわち全国に緊急事態宣言が敷かれていた時期に、パート・アルバイトに対して緊急避難的に休業措置をとる企業が多かったこと[注10]、多くの店舗が営業を自粛していたことなどが関係していよう。そして、緊急事態宣言が解除されてから、徐々に休業や営業自粛が明けていったことにより、比較的スムーズに賃金が「回復」しやすかったものと考えられる。

第3に、「輸送・機械運転職」の人々が典型的な「低下・低迷」型の推移を辿っていた。緊急事態宣言が解除された後も、観光や遠距離の出張、遠距離でなくとも「移動すること」自体が引き続き敬遠され、人間を運ぶ運転手・運転士等の仕事が依然として減ったままであることが関係していると考えられる。

第4に、「管理職」の人々は賃金の低下と最も縁遠かった。その理由についてここでは十分に考察しきれないが、企業の中核で働いており緊急時においても仕事が減らないこと、在宅勤務の導入率が高く緊急時においても仕事が滞りなく進められる体制が整えられていること[注11]、などが関係していると考えられる。

コロナ禍のなかでの賃金の推移は個人属性・企業属性により複雑に異なっており、それゆえ事前に予測することが困難だと言える。そのことを踏まえ、今後コロナ情勢が別の局面に入り、労働者個人に対する新たな経済的支援が必要になった時には、できる限り先手を打って包括的な制度を導入することが求められると言える。

脚注

注1 一般に「賃金」という用語は、時間あたり賃金率に代表されるように「労働サービスの価格」という意味で使われる場合と、月間給与のように「労働による収入」の意味で使われる場合がある。本稿では後者の意味で使っており、このため、残業時間や所定労働時間等の変更により大きく左右される可能性がある。

注2 コロナショックによる労働時間の減少と賃金への影響については、高橋康二(2020)「労働時間の減少と賃金への影響──新型コロナ「第一波」を振り返って」を参照。

注3 同調査の「きまって支給する給与」には、残業手当を含み、賞与・一時金を含まない。

注4 こうした経済活動の回復傾向については、中井雅之(2020)「経済活動の再開が進む中での雇用動向─新型コロナウイルスの影響による女性非正規の雇用の減少が顕著─」を参照。

注5 本稿で集計対象としている民間企業雇用者のサンプリングについて大まかに言うと、連合総研の「第39回勤労者短観」(4月実施、インターネットモニター調査)の回答者を、5月と8月に追跡した形となっている(ただし、欠落分は5月と8月にそれぞれ補充している)。サンプリングにあたっては、もともとの勤労者短観においても補充においても、「就業構造基本調査」に基づき、性別×年齢層×居住地域ブロック×正社員・非正社員(180セル)別に層化割付を行っている。調査概要の詳細および調査結果の概略は、渡邊木綿子(2020a)『「新型コロナウイルス感染拡大の仕事や生活への影響に関する調査(一次集計)結果(5月調査)』(PDF:956KB)、渡邊木綿子(2020b)『「新型コロナウイルス感染拡大の仕事や生活への影響に関する調査(一次集計)結果(8月調査)』(PDF:1.0MB)を参照。

注6 完全失業率も、コロナ前に比べれば上昇したものの、7月までの値をみる限り2%台を保っている。

注7 注5・渡邊(2020b)を参照。そこでの集計対象は、4月1日時点の民間企業の雇用者である。

注8 「保安・警備職」については、Nが小さいので言及しない。

注9 「生産・技能職」の「低下・低迷」傾向については、もちろんコロナ禍の影響を強く受けていると考えられるが、コロナ禍以前から連続している側面もある。試みに、日本銀行「全国企業短期経済観測調査」の雇用人員判断DIを見ると、非製造業ではまさにコロナ禍が立ち込めてきた2020年3月から悪化し始めたのに対し、製造業では2019年3月から悪化し始めている。

注10 厚生労働省「毎月勤労統計調査」によれば、4月、5月、6月の総実労働時間(前年比)は、一般労働者ではそれぞれ-2.9%、-9.0%、-4.0%、パートタイム労働者ではそれぞれ-9.9%、-13.5%、-6.0%であり、パートタイム労働者の方が「谷」が深かったことが分かる。

注11 高見具広(2020)「フルタイム労働を襲ったコロナショック─時短、在宅勤務と格差」を参照。