JILPTリサーチアイ 第15回
アメリカ企業にみる内部育成重視
─タレント・オリエンテッド・ジョブ

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国際研究部 主任調査員 山崎 憲

2016年6月10日(金曜)掲載

内部育成型へ向かうようにみえる動き

長期雇用を前提として内部で育てていくのか、それとも必要な能力を持った人材をタイムリーに外部から調達するのか。企業が競争力を高める手段として、この二つは相反するものとして語られてきた。

どのように人材を活用するかは、企業が市場競争力を向上させるための重要な要素である。内部育成型の日本企業に対比するかたちで、外部人材を柔軟に活用するアメリカ系グローバル企業の優位性が指摘されたり、その反対に日本的な長期雇用を前提とした内部育成型の人材育成を再認識するべきだとの声があがることもある。

だがしかし、企業が競争力を高めるうえで、人材を内部で育成するか外部から調達するかということは、そもそも二者択一のものなのだろうか。ここ数年、アメリカ系グローバル企業の人材活用に関する調査にかかわってきたが、そうした単純なものではないと思うようになった。

その点に関して、興味深い調査結果がある。アメリカの人材サービス企業、スペンサー・スチュアート社が実施したものだ。同社は、スタンダード&プアーズ500社を対象に内部からCEOが昇進した企業の割合を定期的に調査している。2012年から2015年の4年間でみれば、内部昇進したCEOがいる企業の割合は74%にのぼった。2004年から2007年には63%だったので、CEOを内部昇進させる企業の割合は年々高まっている。一般的に考えるアメリカ企業の姿からすれば意外と思える結果ではないだろうか。

そうはいっても、こうした傾向はCEOのような役員層に限ったことではないか、と考えるかもしれない。その背後には、アメリカ企業の働かせ方に対する次のようなイメージがあるだろう。

役員に昇進するようなエリートは、有名大学でMBAを取得したのちに企業活動全般について英才教育が施される。範囲に制限のない仕事と大きな責任に加えて長い労働時間と引き換えに、一般従業員の水準をはるかにしのぐ高い報酬を手にすることができる。一方で、一般的な従業員は、仕事の範囲が限られているために、報酬は高くはないものの、労働時間も長くならない。また、そのことが外部の労働者と交換可能にすることにつながる。だから、一般的な労働者は、企業のニーズにあわせて必要な時に必要なだけ採用されるために、短期間で転職を繰り返すのだ、というようなものだ。

日本企業の海外進出と欧米企業の雇用管理の変化

だが、先行研究やこれまで私が調査してきた企業の実情からは、まったく違う姿が浮かび上がる。

1990年代、アメリカの研究グループは、雇用管理の変化に関する国際比較調査を行った。その成果は、「収斂する多様性─雇用システムの世界的変化(Converging Divergences-Worldwide Changes in Employment Systems)」としてとりまとめられている。ここで明らかにされたのは、アメリカ企業の働かせ方に多様性があること、そしてその多様性が日本企業の影響を受けているということだった。この調査が行われた動機は、1980年代に欧米市場で大きな競争力を持つようになった日本企業の働かせ方が各国企業の雇用管理にどのような影響を与えたのかということである。

日本企業の競争力の源泉に関する研究は、アメリカをはじめとして各国で1980年代からさかんに行われるようになっていた。それだけ各国の市場は日本企業に脅かされたということでもある。これが研究の動機となった。その結果、日本企業が組織効率において優れているということがわかった。その原因が、部門間、部門内の密接な情報共有と連携にあり、それが雇用管理によってもたらされていることが明らかにされたのだ。それを受けて、各国企業は組織効率の最大化にとりくむようになったのである。だが、その方法は、日本型というような一つのモデルに収斂したものでは必ずしもなかった。それが「収斂する多様性」というタイトルとなった。

調査結果は、労働組合に組織されているか、いないかで大きく二分された。そのうえで、競争力の源泉に着目して三つに分類された。一つめが旧来の方式を変更していないもの、二つめが低コスト、三つめが組織力だった。

実のところ、このそれぞれにおいて、どれも日本からみたアメリカ企業の働かせ方というステレオタイプには当てはまらない。いや、まったく当てはまらないというのではなく、部分的には当てはまったり、そうでなかったりすることで、全体として違う姿になるといったらよいだろう。

日本からみたアメリカ企業の働かせ方は、中途採用中心で厳格に定められた狭い職務範囲であり、市場横断的な職務給を持ち、成果に基づいた評価をしており、専門性を重視した昇進・昇格をするとともに、自己責任に基づく能力育成をし、勤続年数は短く、総額人件費や経営戦略に柔軟に対応した要員管理をしているといったものとして、一般的に理解されてきた。これらひとつひとつを部分としてとらえれば誤りだというわけではない。だが、その組み合わせや、制度の運用によって、競争力の点で日本企業とあまり変わらない雇用管理へと変化してきたことを「収斂する多様性─雇用システムの世界的変化」は明らかにしたのだ。日本企業は思った以上に世界の雇用管理に影響を与えてきたのだ。

組織効率の最大化を競争力の源泉とする類型は、「ジョイントチーム型」と「人的資源管理型」「進出日系企業型」として整理された。この三者に共通するのは、一人一人の働く範囲を大くくりにすることや自律的なチームワークや能力育成を刺激する報酬システムの導入、長期間の雇用保障、充実した福利厚生などだ。こうした制度は部分的にみれば日本企業と似ているものもあるし、そうでないものもある。だが、日本企業と似ているかどうかではなく、大事なことはそうした制度の本質である。これらの制度が一人一人のやりがいに働きかけることで、なんらかのチームに所属する労働者の協働をうながし、そのことを通じて組織効率を高めることへとつなげていることに注目する必要がある。

労働組合の有無 類型 競争力の源泉 雇用管理の特徴
あり 伝統的ニューディール型 フォードシステム 制度化、公式化された交渉により労働協約が厳格に管理
対決型 低賃金・アウトソース 労使対決型
ジョイントチーム型 組織力 労働組合が経営に協力
職務区分の削減、大くくりの職務範囲、知識連動給
なし 官僚型 フォードシステム 労働協約に準じた制度化、公式化
低賃金型 低賃金・アウトソース 低賃金
人的資源管理型 組織力 知識・技能給、従業員間の情報共有の促進、問題を早期に発見して解決する苦情処理手続、チームワーク方式、長期勤続を前提とした雇用安定、充実した福利厚生
進出日系企業型

多様化する雇用管理(Katz(2000)ら「収斂する多様性─雇用システムの世界的変化(Converging Divergences-Worldwide Changes in Employment Systems)」)より作成

組織効率の最大化から見た雇用管理

企業競争力をどうやって高めているのか、というフィルターを通すことで、ひとつひとつの制度の背後にある本質にはじめてたどり着くことができる。日本でも経営環境に応じて雇用管理は変化する。採用ということだけをとりあげても、中途採用中心か新規学卒採用中心かといった差があらわれる。それはアメリカ企業にも同じだ。

重要なことは、制度や慣習の差にとらわれることではなく、企業競争力の源泉をどこにおいているのか、ということを見出すことである。

この話は、ワールドカップ・サッカーのようなスポーツに置き換えるとわかりやすい。

ワールドカップに出場する国の選手の特徴はそれぞれ異なっている。平均身長、持久力、俊敏性、社会環境、生活習慣、コミュニケーションの取り方などがそうだ。チーム戦術も異なる。フォワード、ミッドフィルダー、ディフェンスといった役割を持つポジションの人数と配置や戦術もそれぞれの国で違う。だが共通していることがある。相手チームよりも多くの点をとり、失点を少なくする。その目的に向かって、組織力を高めているということだ。

そのために、チームメンバー間の「連携」が求められる。具体的には、自分の与えられたポジションの範囲を超えて動き回ったり、ディフェンスが相手のゴールまで攻め上がり、その反対にフォワードが自陣のゴールの守りを固めるといったことだ。一つのポジションだけでは「連携」をつくることは難しい。与えられたポジションの範囲を超えてチーム全体の方向を見据えなければならない。そのために、チームで何度も繰り返し「連携」の練習をするだけでなく、幅広い役割がこなせるように個人の能力を高めている。個人の能力の向上も「連携」も一朝一夕につくることはできない。競争が激しさを増すほど、個人の能力や「連携」に高いレベルが求められるようになり、戦術も進化し続けることになる。

企業においても同じことがいえる。経営環境が目まぐるしくかわるなかで、組織力を高めるための方法も新しくなっていく。だからこそ、中核を担う人材はある程度の時間をかけて育成するのだ。

戦略的人的資源管理と情報通信技術の進展

「収斂する多様性─雇用システムの世界的変化(Converging Divergences-Worldwide Changes in Employment Systems)」が公表されてからおよそ20年の月日が流れた。アメリカ企業の雇用管理はそれ以降どうなったのか。ここ数年かかわってきた企業調査から得られたことを紹介したい。

この20年の変化のなかでもっとも大きなことは、グローバル化の進展と情報通信技術の発達である。グローバル化により、国境を超えた企業間の競争は激しさを増した。こうしたことに対応するため、企業は戦略的人的資源管理を活用するようになった。その背景にあるのが、情報通信技術(ICT)の発達である。

もう少しかみ砕いて説明しよう。

1990年代に整理された「ジョイントチーム型」「人的資源管理型」「進出日系企業型」という雇用管理のモデルは、一人一人のやりがいに働きかけることで協働をうながし、組織効率を高めるもとして登場した。これを人的資源管理的手法という。ここに、経営戦略を重ね合わせたものが戦略的人的資源管理である。

グローバル化は、国境を超えたM&Aやパートナーシップ関係を活用することで複数の企業グループで組織効率の最大化による競争をもたらすようになった。この動きは2000年代に加速した。グローバル規模の企業グループの編成である。これを可能にしたのが情報通信技術だった。これにより、地球上のどこに位置する企業やどこで生活する労働者であろうとも、結びつけることができるようになった。

ここでいう企業グループとは、対等な関係にある水平的提携によるものと下請け元請け関係とでもいうべき垂直的提携によるものとの双方がある。企業は、経営戦略を遂行するうえで欠くことのできない部分を企業内に留める一方で、一時的なプロジェクトのためのパートナー関係や、コスト低減のためのアウトソースなどを通じて企業グループを形成する。こうした水平的・垂直的それぞれの提携関係のなかで組織効率の最大化をめざすようになったのである。

経営戦略は、企業グループの全体像を描くなかでつくられる。戦略的人的資源管理はこうした経営戦略に重ね合うものだ。一人一人のやりがいに働きかけて協働をうながすことで組織効率の最大化をめざす人的資源管理に、水平的・垂直的提携関係を通じた組織効率の最大化が加わったものである。この結果、中核的な役割を期待する人材が企業内に留まり、それ以外が外に置かれるようになったのである。

両者の違いを整理しよう。

中核的な役割を期待する人材には連携と協働を求める。それらを通じて、企業の組織効率の最大化をめざす。そのために、個々の労働者の職務範囲はあいまいに、そしてより広くするとともに、広範な部門間異動と専門的知識の蓄積を促す。こうすることで、組織全体をみわたすことができる経験と知識を養成しているのだ。これは、企業の役員層のような上層の人材だけに限った話ではない。経営戦略からみて生産現場が中核を担う場合、ブルーカラー労働者も含む。

一方で、水平的なパートナーシップ関係のなかで一時的なプロジェクトを担ったり、中核的な業務ではなく、コスト削減につながるような定型的業務を担う人材は、企業の外側に置かれるようになる。言い換えれば、一時的に必要な専門的能力を持つ人材や限定的な職務を担う人材は企業の外に置くことで、企業グループ全体の組織効率の最大化を目指すということになる。

タレント・オリエンテッド・ジョブとタスク・オリエンテッド・ジョブ

中核的な役割を担う労働者はどのように育成され、管理されているのだろうか。アメリカ企業のヒアリング調査を通じて耳にした言葉がそのことをよくあらわしている。

それが、「タレント・オリエンテッド・ジョブ(Talent Oriented Job)」だ。

「タレント」とは、個人の潜在能力やチームへの貢献度、目標の達成度合いを総合的にあらわしたものだ。「タレント・オリエンテッド・ジョブ」を導入するために、企業は個々の労働者の職務範囲をあいまいにするようになっている。そのうえで、評価を職務記述書から引き離している。アメリカ企業にはひとりひとりの職務区分や仕事の内容を定めた職務記述書がある。従来型の企業は、この職務記述書に基づいて個々の労働者の評価を行ってきた。変化は、職務記述書と評価の一対一の関係を崩すものとしてあらわれた。

もう少し詳しく説明しよう。

年度や四半期ごとに労働者の評価は行われる。その場合、直属の上司、メンター、人事担当者、関係部門の管理者などが協議する。期待される役割にどの程度こたえることができたか、といったことがその中身だ。評価されるのは、職務記述書の内容よりも広い範囲の職務や潜在能力、チームワークへの貢献などの行動となる。

潜在能力とは、従事している職務では使う必要がないが、将来的に必要となる知識や能力のことであり、チームワークへの貢献とは、同僚と重なり合う職務や後輩の育成などのことである。これらは、職務記述書の内容をどれだけ実行できたかではなく、企業が期待した行動をどれだけできたかというものである。

評価のときに行われる協議の場では、評価される労働者がどのような部署に異動することが望ましいかということも話し合われる。アメリカ企業の人事異動は本人の意思によるもので、企業側が命令によって行うものではないと日本で考えられることが多い。制度の表面だけをみていればそうだ。本人が希望しなければ異動がおきないからだ。だが実際は、企業側によって提示されたキャリアプランを真っ向から拒否することは難しい。最終的な決定権は本人が握っているようにみえながら、企業側の意向に沿うように促されているのである。

このことは、タレント・オリエンテッド・ジョブと対峙する働かせ方であるタスク・オリエンテッド・ジョブと重ね合わせて考えるとわかりやすい。タスクとは職務記述書の内容に限定した職務のことである。一般的にアメリカ企業の働かせ方として日本で考えられているものに近い。評価は職務記述書に限定して行われ、潜在能力もチームワークへの貢献も考慮されることはない。ひたすら、職務記述書をこなすために必要な現に発揮している能力としての顕在能力が評価される。この働かせ方では、一人一人のやる気を刺激して協働を促すことは望めない。

タスク・オリエンテッド・ジョブは確かにアメリカ企業の従来の働き方だった。しかし、いまや多くの企業がタレント・オリエンテッド・ジョブへの脱皮をはかっている。

調査で訪れた企業は、必ずしも「タレント」という名称を使っていなかったが、どれも似たような傾向を示していた。「ジョイントチーム型」「人的資源管理型」「進出日系企業型」が今から20年も前に発見されたように、変化はすでに始まっていたのだ。

戦略的人的資源管理の時代

戦略的人的資源管理の時代へと突入したことで、さまざまな面に変化があらわれている。パートナー関係にある特定の大学を通じた新規学卒採用の枠を増やす動きもその一つだ。日本ではあまり知られていないが、アメリカ系グローバル企業の多くが、特定の大学を通じた新規学卒採用を一定数ではあるが行ってきた。この関係を強化することで、中核的な役割を期待する人材の選別と養成を早期に始めようとしている。

労働組合のある企業も変化のなかにいる。労働組合とブルーカラー労働者にタレント・オリエンテッド・ジョブを導入するための協約が結ばれるようになってきた。これにより、生産現場を競争力の源泉とする企業の組織効率の最大化が強化される。

人材ビジネス企業との関係も変わりつつある。採用の多くは、縁故や人材ビジネス企業を通じて行われてきたが、その多くが一過性の関係だった。そこに、10年以上にわたる長期間のパートナー関係を結ぶ人材ビジネス企業が登場した。パートナー企業の中核的な役割を担う人材像を共有するためだ。その企業にふさわしい「タレント」を持つ人材を紹介すると言い換えてもよい。企業同士が長期間のパートナー関係を構築するのと同じように、採用される人材にもまた長期間の雇用関係が期待されるのだ。

企業が行う教育訓練も変化している。どのように「タレント」を伸ばすことができるかといったことが意識されるようになってきている。

その一方で、タスク・オリエンテッド・ジョブを外部に求める動きも加速している。スマートフォンのアプリケーションを通じて、サービスの利用者と提供者をつなぐビジネスモデルである、シェアリング・エコノミーの登場と急拡大だ。ここで中核的な役割を担うのは、ビジネスモデルを描いたり、全体のシステムを構築する人材だ。こうした人たちは、タレント・オリエンテッド・ジョブのなかで管理される。一方で、サービスを直接提供するのは、タスク・オリエンテッド・ジョブを担う人たちだ。サービスの提供者は個人請負労働者となる。企業との関係では下請け元請けという、垂直的連携のなかに置かれる。そのうえで、請負労働であるがゆえに、健康保険や年金といった社会保障、労働時間や最低賃金などの労働基準、労働組合を組織して企業と労働条件について交渉するといったような権利の外に置かれる。こうした労働者の数が急増し、社会問題としてとりあげられるようになった。

片方では中核的な役割を担う人材を重視する管理が進み、もう片方では水平・垂直的連携が個人請負労働や社会保障の問題も絡み合いながら進んでいる。繰り返すが、中核的な役割を担う人材とは、一握りのエリートのことを指すわけではなく、経営戦略上、重要な部門を担う人材のことであり、当然ながら、場合によってブルーカラー労働者も含む。

アメリカで進んでいることは対岸のできごとではない。グローバル規模でおきている。だからこそ、一つの企業だけでなく、水平・垂直的連携や教育制度、文化、慣習の違いを含めた多角的な調査・研究が求められている。かつて考えたアメリカ企業の働かせ方は、もはや昔のままではないということを念頭に置きながら。

参考