パネルディスカッション
生涯学習社会における多様な能力開発と働き方

コーディネーター・コメンテーター
早川 信夫 NHK解説委員
パネリスト
宮本みち子、大沢真知子、藤本 真
フォーラム名
第86回労働政策フォーラム「生涯学習社会における多様な能力開発と働き方─「仕事」と「学び」のあり方を考える─」(2016年9月20日)

早川 先ほどまでのパネリストの講演や報告を聞き、若者、女性、そして今日は触れられていない高齢者など、働き方にもいろいろなステージがあり、これからは多様な働き方、学び方が求められる時代に入ってきたということが実感できたかと思います。

若者については今、大学生の就職活動が、10月の内定式を前に大詰めを迎える段階に入っています。就職率は上向いていると言われていますが、就職率は就職を希望する若者に対する割合であり、大学生の場合は3割近くが就職以外の道に進むなど、若者の雇用の現実は必ずしも安定的だとは言えません。

そうしたなか、企業の側からは、グローバル競争のなかで世界に通用する人材が欲しいにもかかわらず、大学をはじめとする教育の世界が若者を十分に育てていないのではないかという批判の声が聞かれます。

一方で、教育界からは、一所懸命育てて送り出そうとしているのに、企業が出身大学のブランドばかりを見て、学生を見てくれていないとの不満も聞かれます。このように、産業界と教育界との間では、すれ違いのような現象も起きているように感じます。

政府が「学び直し」という言葉を使い始めたのは、2006年の骨太方針からです。ただ、この10年でその言葉が十分社会に受け入れられてきたかというと、まだまだという感じがいたします。

本日は、3人のパネリストと、三つのポイントについて議論していきたいと思います。まずは、働くことと学ぶことを行ったり来たりできる社会の意義とはどういうことなのかということ。二つ目が、社会がその意義を理解するためには、どうしたらいいのかということ。その課題を探っていきたいと思います。

その上で、最後に、課題を乗り越えるために必要なことは何なのか、具体的な姿が見えるところまで議論を進めていければと思います。

議論に入る前に、パネリストの皆さんが頭に描いている生涯学習社会の理想の姿について、それぞれ述べていただきたいと思います。

理想の生涯学習社会とは

宮本 どんな状況でも、やる気になればチャンスがある、夢や希望や可能性を持てるかどうか。その一つの有効な手段として、教育や訓練が、誰にとっても常識として頭に浮かぶような社会のあり方ではないかと思っています。

大沢 2007年に、米国大使館と日本女子大で国際シンポジウムを開いたときのテーマが「Creating Second Chance For Women」でした。この時に初めて「セカンドチャンス」という言葉を聞き、非常に魅力的な言葉だと思いました。

そのシンポジウムで、基調講演をされた方は、もともとは金融機関で働いていたのですが、子育て中に会社が解散し、戻るところを失ってしまいます。そこで、自分のキャリアをもう一度見直し、自分が得意であるコミュニケーション能力と自身が再就職で苦労した経験を踏まえて、再就職支援の会社を起こしました。アメリカでも離職期間が長くなると、実際には再就職は難しい。そこで、教育機関とコラボレートすることによって、求職者がセカンドチャンスを得ていくための支援を始めています。私もアメリカに留学し、セカンドチャンスを得たということもあり、学び直しを通じて、自分が本当にやりたいことに出会い、新しい人生をスタートさせることができる社会を生涯学習社会と考えています。学生時代には自分がどういう人間かがまだ本当にはよく分からないものです。働きながら自分の可能性を探り、新しい自分を発見し、やり直しができる社会がいいと思います。

藤本 調査をしている人間としての立場から言えば、仕事と学びのあるべき姿というのは、仕事の役に立つ学習が、できれば安く、時間をかけずにできるということではないかと思います。

ただ、働く者として考えた場合は、学びのなかで自分の仕事を捉え直すことができるというのが理想の姿ではないでしょうか。学ぶことによって、今の自分は仕事のなかで何ができて、何ができないのか、また、今の仕事は社会全体でどう位置づけられるのかということも確認できる。そんな社会が理想と言えるかと思っています。

早川 ありがとうございました。

さて、議論に入る前にもう一つ、各パネリストの講演・報告を受けて、会場の参加者から事前に質問を集めました。いくつか取り上げますので、お答えいただきながら進めていきたいと思います。

宮本さんについては、レジュメに含まれていましたが、講演では触れなかったところがありました。「仕事の世界をめぐる重要なテーマ」の一つとして「現代の労働市場は働けない人を作りやすい」と記述している部分です。これはどういう意味なのでしょうか(シート)。

シート 仕事の世界をめぐる重要なテーマ

  • 仕事を選ばなければ仕事はあるのか?
  • 現代の労働市場は働けない人を作りやすい
  • とくに若者は不就労者(失業者+無業者)が増えていく
  • 仕事の世界の高度化は、格差を拡大させやすい
  • 条件に恵まれない生徒たちがどのような教育を受ければ社会で自立することができるのか?
  • 健常者と障害者という単純な2項区分は実態にあっていない
  • “働けない人“はどうやって生きて行ったらよいのか?(20代の生活保護受給者の増加が著しい)

参照:配布資料「グローバル化・人口減少・格差の広がる時代の
仕事・くらし・学び」9ページ(PDF:635KB)

働けない人をつくりやすい現代の労働市場

宮本 現代の労働市場には、基本的な特徴があると思っています。まず、仕事が極めて高速であること。それから、一人が複数の仕事を同時にこなさなければいけないということ。最後が、ミスが許されないということです。この三つをうまくできないと、次第に職場から放り出されて、働けない人になっていく可能性が出てきてしまう。

仕事の世界をめぐる重要なテーマは他にもあります。まず、若い人たちの不就労者(失業者及び無業者)が増えていること。これは日本だけでなく、OECD加盟国の、いわゆる先進工業国はもっと当てはまるのですが、不就労の若者をつくり出さないためにも、教育や訓練などの取り組みが必要です。

次に、仕事の世界の高度化。高度に専門的な力を持った人たちには可能性がどんどん開かれる一方、チャンスに恵まれない人たちは狭い世界に閉じ込められてしまい、格差が広がっていきます。

条件に恵まれない生徒・学生の問題も指摘できます。高校現場を見ると実態がよく分かるのですが、恵まれない生徒たちが社会的に自立できるためには、どういう教育が必要なのかを真剣に考えなければいけません。

健常者と障がい者の単純な二項区分も実態に合っていないと思います。現在は、健常者の労働市場と障がい者雇用の市場の二つに分かれているだけですが、高度化する仕事の世界に入れない人たちは、健常者や障がい者でもなく、両者の中間にある人々が少なくないという感じがしています。様々な状況に合わせて働ける社会、そのための一つの解決方法が、本日のテーマの「生涯学習」のなかにあると考えています。

早川 現代の働く場には、どうも失敗を許さないというか、むしろ失敗を許さないからチャレンジングなことができなくなっている、そういう悪循環が起きているという指摘ですね。

生涯学習には高齢者も対象となってくると思いますが、生涯学習社会における中高年の位置づけについても宮本さんにコメントをお願いできますか。

高齢者が働き続けられる社会へ

宮本 日本は、高齢になっても働き続けたい人の割合が非常に多い社会です。高齢者が働き続けられる社会をつくることが大変重要ですが、60歳定年があり、一方、年金の満額受給開始は65歳となっています。

企業にすれば、60歳以降も長く活躍できる人材をどうやって養成するかということが重要になろうかと思います。

労働者側にしても、自分自身のキャリアをどのように長期にわたってつくっていくのか、健康管理等も含めて考え方を変える必要があるのではないかと感じています。

早川 大沢さんは高学歴女性についてお話しされましたが、高学歴女性の定義が狭すぎませんかという質問があります。それから、なぜ、特に工学系に女性がなかなか進出しないのでしょうか。

性別役割分業の意識転換を

大沢 私どもの研究所では、大学が女性のキャリア形成にどのような役割を果たせるのかという問題意識で調査をしました。その際、どこかに調査の対象を絞らなければならなかったので、今回は首都圏を中心に調査することになりました。

工学系女性、いわゆるリケジョをどうやって増やしていくのかということですが、小学校ぐらいまでは、理科や数学が結構できる女子生徒がいても、その後理系をだんだん選択しなくなっていくと聞きます。そういう意味では、大学から支援を始めるのではなく、性別役割分業意識が子どもの専門の選択に影響を与えないように、社会全体で意識転換をしていく必要があると思います。

早川 藤本さんには、これからの社会では、非認知的能力が必要とされるようになるのではないか、その能力を高めるためには、どうしたらよいのかという質問が寄せられています。

非認知的能力を高める必要性

藤本 おそらく、ヒューマンスキルとか、リレーションスキルなどといったものがそれに該当するのだと思います。よく中小企業の方にお話を伺いますと、そういう能力は会社ではどうともできないから、初等教育で何とかしてほしいとおっしゃいます。

もし、仕事に必要な能力として非認知的な能力の比重が増すのであれば、仕事に関わる学びを広く捉える必要が出てくると思います。

早川 文部科学省は10年ごとに高校までの学習内容の見直しをしており、各学校の授業は学習指導要領に基づいて行われています。

このほど発表された次期学習指導要領に向けた審議のまとめによると、非認知的能力については、小学校段階からの取り組みの重要性が強く指摘されていますので、教育の姿もこれからだんだん変わっていくかもしれません。

テーマ1:働くことと学ぶことを行ったり来たりできる社会の意義

早川 さて、いよいよ最初のテーマ、働くことと学ぶことを行ったり来たりできる社会の意義について、議論していきたいと思います。大沢さんはどうお考えですか。

再就職の場がない高学歴女性

大沢 日本では高学歴女性が再就職する際にどのような困難に直面するのかというところから話を始めたいと思います。

ある程度、仕事の能力が付いた頃に結婚や出産などで辞める場合、いずれ子どもが大きくなったら、また労働市場に戻れると思っている女性が多いです。ところが、再就職のために仕事を探す段階になると「こんなに大変だとは思わなかった」という声を多く聞きます。

それはなぜかというと、やはり再就職者の労働市場がないからだと思います。ある程度トレーニングをすれば労働現場に戻れる能力が身に付けられるにもかかわらず、そうした人たちを受け入れる職場がない。インターンシップの導入などを積極的に行って、再就職に向けて具体的な支援をしていく時期に入ってきていると思います。

大学も初職においてはものすごく手厚い支援をしますが、セカンドチャンスを求めている元学生の就職支援はほとんどやっていません。背後には、そのためには大学が管轄の役所の許可を取る必要があり、そのような就職の斡旋を勝手にやってはいけないという規制もあります。要するに再就職市場が十分に整備されていないという日本の労働市場の構造問題が背後にあるということを強調したいと思います。

働き手と仕事をつなぐ存在が必要

宮本 女性だけでなく、仕事の世界とのマッチングが非常に重要な段階に入っていると思っています。

女性のセカンドチャンスでは、働きたいと思っている女性と、今はまだ労働市場として明確になっていないけれど、可能性のあるところを見出しながら、両者をつないでいく人が必要です。フリーターにも同じことが当てはまり、職歴がきちんとつくれない若者たちとの間に入る人が必要です。

生活困窮者自立支援制度は、生活が困窮して、このまま放っておけば生活保護しかない人に対して、その一歩手前のところで仕事に就けるための支援をして、自立を助ける仕組みとして昨年始まりました。ここでも、コーディネーターが必要だという考え方に立っています。

今後は、女性であろうと困窮者であろうと、若者や高齢者もそうですが、仕事の世界のある部分をうまく切り取れば、その人たちを仕事につなげることができるというスタンスに立って活動する専門性を持った人材がたくさん必要になってきます。そのプロセスのなかで、仕事に就きたい人々、それを支援する人々双方の教育が必要になるわけで、こうした、働き手と教育訓練が一体化した社会イメージが、生涯学習社会の姿なのではないかと思っています。

早川 大沢さんも、宮本さんも、セカンドチャンスの「チャンス」がそもそもない、そのためのつなぎ役がいないと指摘されました。このことは、以前から随分言われているような気もします。なぜ、マッチングがうまくいかないのか。つなぎ役も立派な仕事になると思うのですが。宮本さん、いかがですか。

自治体レベルに力と自覚を持たせる

宮本 第一に、男性労働力が潤沢であった時代のままの意識があり、社会の仕組みを変えなければいけないという切実な問題意識がないということ。それから、マッチングが必要な人の多くは、仕事に就けないハンディを持っている人が多い。この人たちにきちんと仕事を与えるという問題意識が弱く、とくに公的な自覚や責任が弱いのです。

今回の生活困窮者自立支援法も成立までに10年がかりでした。そのくらいの問題意識がないと、なかなか仕事を求めている人と仕事の世界とをうまくつなげるという仕組みは簡単につくれないでしょう。

早川 誰が本気にならないといけないのですか。

宮本 国だけでは難しいところもあります。今、市町村などの基礎自治体がその力を持つべきだという意見がありますが、これまで国や県レベルが行っていた労働行政というものを基礎自治体はやったことがないのです。基礎自治体のレベルで、人が働くことや学ぶこと、さらには生活を成り立たせるということにもっと自覚と力を持つ必要があるのではないかと思います。

早川 藤本さんは、お二人の話を聞いて、どう考えましたか。

公的職業訓練やキャリア支援の充実を

藤本 日本では、人と仕事を結びつける最も強力な存在が企業であり、さらに日本の企業は、スキル開発や能力評価に関しても自信を持っていると思います。

裏を返せば、企業は資格のような社会的な能力評価の仕組みを全く信用していない。報告した調査のなかで企業が重視する資格を尋ねましたが、圧倒的に多く挙がるのは、安全衛生と免許系の資格で、個人の能力を測るような検定・資格はほとんど挙がってこない。こういった状況をどう変えていくのか。ジョブカードというのは、解決に向けた一つの取り組みなのだろうと思います。

仕事と人とのマッチングにおいては、公的職業訓練やキャリア支援をもっと充実してもよいのかもしれません。

大沢 要するに、企業に入って、そこで様々な仕事の経験をしながら組織の上に上がっていくような内部労働市場を日本はうまく作ってきたのですが、労働市場を渡り歩きながら自分でキャリアを形成するという外部労働市場はまだ作られていないのだと思います。

もう一つの問題は、非正規労働の問題です。非正規労働者でなかなか経済的に自立できない人への支援に資源が投入されていかないと、自立できない若者はいずれ中高年になり、高齢期には生活保護を受けることになる。そうなれば、結局は社会全体のコストになります。

同時に、男性の雇用保障が揺らいでいるなかで、妻の就業が暮らしの安心を得るためのセーフティネットとして機能するということを考えると、外部労働市場を整備して、学び直すことで新たな職業能力を身に付けて仕事を持ち、キャリアを形成していける社会をつくっていくことの重要性が高まっていると思います。

経済給付のある支援制度を

早川 今日、この場にお集まりの方々は、自ら学ぼうという姿勢を持たれている人が多いと思いますが、そうでない人も中にはいると思います。そうした人たちを学ぶことに振り向かせるために、何ができるでしょうか。

宮本 この10年間、毎年、工業化された国を回って、うまく仕事に就けない若い人たちに対する各国の施策を見たり聞いたりしてきましたが、日本よりも非常に発達しています。多くの国は外部労働市場の国ですので、仕事に就けていない若者たちに対して教育訓練をする時には、目標をはっきりと設定できます。つまり、職業資格とそれに対応する職業訓練制度を持っているのです。

なぜ若い人たちが訓練を受けに来るのかというと、経済給付が付いていることが大きいと思います。経済給付を受給する代わりに教育訓練を受け、求職活動をします。

日本では、経済給付付きの教育訓練と求職支援の制度は、若い人たちの総人口比で見ると僅かしかない。メニューはパソコン、簿記等々と、極めて限定的です。

テーマ2:社会のなかで生涯学習の意義に対する理解度を上げていくのはどうしたらいいのか

早川 藤本さんの調査などを見ますと、忙し過ぎるとか、時間がないということで、学びたいけど学べない現状があるようです。

学ぶことが個人の努力に委ねられている現状があるとすれば、どうしていったらよいのでしょうか。

キャリア形成意識の変革を

藤本 仕事ができるような人ほど学びの意欲は高いと思うのですが、日本の企業では、仕事ができるようになると、どんどん仕事を振られるような状況があります。そのなかで、「学ばせてください」と言うことはなかなか難しい。法政大学の諏訪康雄先生が提言する「キャリア権」のように、個人が能力開発やキャリア形成をする権利を持つという声を社会全体で高めていき、個人と企業の意識を変えていくのも一つの方法だと思います。

また、常に学び続けている組織でないと生き残れないというような考え方が、企業関係者にも広がっていくかどうかが、一つの鍵を握っていると思います。

早川 今、漠然と企業という言葉が出てきましたが、企業の誰が学ぶことに対して理解が弱いと言えるのでしょうか。人事担当者ですか、それとも、経営者でしょうか。

藤本 誰かというより、職場の状況が学びを難しくしているのではないでしょうか。90年代の後半以降、新卒採用の縮小や、正規から非正規への雇用の入れ替えなどにより、職場の人数が減って、キーマンとなる30代や40代は労働時間がどんどん増えてきています。職場が忙しいなかで、キーマンが大学などで過ごすわけにはいかない。

こうした状況をまずいと思っている人は、人事担当者や経営者にもいると思うのですが、それを意見表明できないような状況もあるのではないでしょうか。

早川 もう一つの課題として、働きながら学びたいものが教育の場に用意されているのだろうかという点を挙げたいと思います。先ほど、企業が社員を大学などに出しても仕方がないと思っているというようなお話もありました。そういうことがあるとすると、教育の場はなぜそこに気づけないのでしょうか。

鍵握る企業とのコラボレーション

大沢 日本女子大学は2007年からリカレント教育課程を作り、女性の学び直しと再就職支援をしていますが、最近は、初職で非正規雇用に就いた若い女性たちが、キャリアを持ち安定した仕事に就きたいという理由で入学するケースが増えてきています。再就職の意欲を持つ人のバックグラウンドも多様になってきているので、それらの多様なニーズにどう応えていくのかが教育プログラム策定の課題となっています。

なぜ教育制度がこのようなニーズに対応していないのか。その理由は、支援に時間がかかる割にはコストに見合わないからだと思います。担当者は、少ない受講生の多様なニーズに応えながら、就職まで支援しなければならない。それがなぜ大変なのかというと、やはり外部労働市場が整備されていないからです。企業側も、外部労働市場にいる求職者を採用し、どう活用していったらよいのか、そのノウハウが乏しいように思います。ですので、先ほどインターンシップについて触れましたが、それも含めて、企業との情報共有やコラボレーションによるキャリア開発をしていくことが、外部労働市場を整備していくための鍵になってくると思います。

宮本 放送大学はもともと、アカデミックな教養科目中心で、社会人を対象にした大学でしたが、インターネット上の双方向型のオンライン科目もつくるようになりました。それに伴って、より実践的な知識やスキルを身に付けられるような科目をつくることができるようになっています。

「女性のキャリアデザイン」というオンラインの科目を国立女性教育会館と共同で開講するようになりましたが、この企画を考えている時につくづく感じたことは、放送大学のように全国の国民を対象にして、年齢も様々、女性といってもどこにターゲットを当てたらいいのか分からないような状況のなかでは、キャリア支援という科目をつくるといっても大海に石を投げるようなものだという感覚でした。

実践型の科目については、大沢さんが指摘するように、やはり企業と連携してキャリア開発をしていく必要があるでしょう。それが、日本型の内部労働市場に風穴を開けることにもなると思います。

早川 企業と大学のニーズの部分もつないでいかなくてはいけないと言うことですね。

宮本 そうですね。現在は大きな企業は企業内研修、小企業は職業訓練校への外部委託などで訓練を行っていますが、今必要なのは、その範囲にとどまらない部分だと思います。お互いに知恵を出し合いながら、企業からすると、社員の養成をより効果的にできる、大学側からすると、社会のニーズに応えられるものにしていかないと、この問題はうまくいかないと思います。

早川 より具体的な議論が必要ということですね。藤本さんは、キャリア権のようなものを主張すべきだとおっしゃいましたが、どうしたら機運を盛り上げていくことができるのでしょうか。

テーマ3:課題を乗り越えるために必要なことは何なのか

専門職集団が機運を高める役割を

藤本 企業や組織よりも優先して専門職の組織が確立されたドイツのような国では、特定の職業の集団が、職業訓練のカリキュラムをつくって、そこで学ばせるというようなことをしています。日本では、医師や看護師などを除くと、社会的な地位の確立した専門職の集団は多くありません。ただ、機運の盛り上げに貢献できるとしたら、一つはそうした専門職の集団だと思います。

早川 専門職の集団というと、他にどういった職種が考えられますか。

藤本 専門職の協会というのは、結構多くあります。

大学の病院などに営業をするMR(Medical Representative)という専門職がありますが、MRの協会があり、MR資格試験というものがあります。民間資格で、別にMR資格を取っていなくてもMRの仕事はできるのですが、取っていないと「もぐり」と言われかねないほど定着しています。その資格を取るためには、当然勉強が必要ですし、更新もしなければならない。専門職集団が学び直しや、働きながら学ぶということの機運を高める役割を果たし得るという好事例と思っています。

生涯教育の権利を認める

宮本 放送大学のケースですが、大学院には毎年400人の修士学生が入ってきます。修士で学ぶことが直ちに職場で評価され、活かされるのは医療系です。医療系の職種の人たちは、必ず学会で発表し、投稿し、それを繰り返すということが奨励されているので、大学院へ来て学ぶメリットが見えやすい。

ところが、それ以外の職種で民間企業などに勤めている人たちは、学習成果とキャリアが直結しないことが少なくない。とても苦労して修士課程に通って修士論文を書いても、キャリアの上で具体的な効果が見えないことが普通にあります。

また、時間の問題で言えば、生涯学習のための時間の保障、休暇制度を権利として認めることも国はできるはずだと思います。

仕事と学びを充実させるために必要なこと

早川 最後のまとめに入りたいと思います。パネリストの皆さんから、仕事と学びをより充実させるために何が必要なのかということを、一言ずつお願いします。

藤本 仕事と学びの位置づけの転換だろうと思っています。今は仕事が「主」で学びが「従」、つまり、仕事に役に立つための学びをするという考え方です。これからは、学びが「主」で、仕事が「従」、学んだことを活かせる仕事の場を考えるといった社会になればいいなと思います。

大沢 ワーク・ライフ・バランス社会で重要なことの一つが、学び続けるということだと思います。そのためには効率よく働き、学ぶ時間を確保しなければなりません。働き方を変えることで、学ぶことも含めたバランスよい充実した人生を私たちが取り戻す時代が来ていると思います。

宮本 放送大学の学生さんから学んだことですが、学び続けるというのはある種の習慣なんですね。習慣が身に付くと、人は他人から「やめたら?」と言われても学び続ける。そのくらい学ぶことの魅力というのは大きい。全ての国民に学び続けるチャンスを与える社会になるということが、成熟型社会のあり方ではないかと思います。

早川 1時間半にわたって議論をしてきましたが、今日の議論を本当に聞いていただきたかったのは、産業界のリーダーと言われるような方々だったなと思いました。社会に対する発言力や影響力が大きい人たちの認識が変わっていかないことには、この社会は変わっていきません。生涯学習社会が本当に必要だという意識が会場の外にも発信され、認識されていくことが現在の課題だと感じました。本日のフォーラムの発信が、大きな意味での国民的な議論につながるよう期待したいと思います。

プロフィール(コーディネーター・コメンテーター)

早川 信夫(はやかわ・のぶお)

NHK解説委員

福島県出身、東京大学経済学部卒業後、NHK入局、報道局社会部、科学・文化部で主に教育・文化取材を担当。1994年「週刊こどもニュース」企画・創設。1997年解説委員、2005年解説主幹。著書『教育は変えられるか』(NHK出版)、『これならわかる教育改革1・2』(中央出版)等。出演番組「時論公論」、「おはよう日本」、「くらし☆解説」等。ラジオ「先読み! 夕方ニュース」を担当。

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