パネルディスカッション:第50回労働政策フォーラム
今後の外国人労働者問題を考える
―経済危機が日系人労働者に与えた影響等を踏まえて―
(2010年12月4日)

パネリスト
野口  尚
厚生労働省職業安定局派遣・有期労働対策部外国人雇用対策課長
樋口 直人
徳島大学総合科学部准教授
井口 泰
関西学院大学経済学部教授・少子経済研究センター長
小野 五郎
埼玉大学名誉教授
コーディネーター
中村 二朗
日本大学大学院総合科学研究科長
労働政策フォーラム(2010年12月4日) 開催報告:パネルディスカッション「今後の外国人労働者問題を考える―経済危機が日系人労働者に与えた影響等を踏まえて」(JILPT)

中村

日本大学の中村です。今日は熱い報告が多くあり、その中で、「経済学者はどうも……」という話がよく出てきました。確かに経済学者はいろいろなことを、あたかも石ころを扱うように話してしまうことがあったりします。私も経済学者ですが、決してミスマッチをなくすために、ただただ賃金を上げれば良いなどとは思っておりません。

それでは、パネルディスカッションを開始します。まず、私の方で少し今までの報告をまとめた上で、論点の整理をしたいと思います。

日系外国人に対する政策的視点から

野口課長は現状報告および政策的な話をしていただき、3人の先生方からは異なる視点で報告がありました。樋口先生は、日系外国人に対する政策的な視点について、できるだけ現実を踏まえて問題点を整理するかたちでお話いただいたと思います。そのうえで、基本的には政策的な配慮がまだまだ足りておらず、いま時間的に遅れたなかで、できる限り早く対応すべきだ、というお話がありました。

統合政策の視点も交えて

井口先生も基本は同じですが、もう少し幅広い範囲での話でした。特に、外国人労働者をなぜ入れるのか。入れるべき合理性がどういうものかも含め、統合政策の話も交えたお話がありました。

中村二朗 日本大学大学院総合科学研究科長:労働政策フォーラム(2010年12月4日) 開催報告:パネルディスカッション「今後の外国人労働者問題を考える―経済危機が日系人労働者に与えた影響等を踏まえて」

中村二朗氏

このように、樋口、井口両先生の報告は、どちらかというと外国人労働者の受け入れやむなし、もしくはある程度、積極的に受け入れていきましょうというものでした。ただ、それぞれ理由は違っているかもしれません。井口先生は、むしろ日本の労働市場の効率化、あるいは日本の経済的な効率性を維持するためにも積極的に外国人を活用しようとの視点が、かなり色濃く出ていたと思います。

それに対して、最後の小野先生の報告は、受け入れは極めて慎重にやらなければいけないことを、さまざまな視点から整理されました。受け入れの是非については、現状は既に入って来ているのだし、今後のことも考えると、ある程度は受け入れざるを得ない。ただし、そのための最低限の条件があるということで、基本的にちゃんと制度設計をしたうえでの受け入れの話でした。

つまり、3人の先生とも、外国人労働者の方々を受け入れるのならば、きちんと制度設計をし、基盤整備をしてから受け入れるという意味で、ほぼ同じご意見だったと思います。

図表1 かみ合いにくい議論―その原因は?

図表1 かみ合いにくい議論-その原因は?:労働政策フォーラム(2010年12月4日) 開催報告:パネルディスカッション「今後の外国人労働者問題を考える―経済危機が日系人労働者に与えた影響等を踏まえて」(JILPT)

議論が噛み合わない部分とは

とはいえ、そこに到達するまでには、いろいろな議論がありました。少なくとも私が聞いている限りでは、大分噛み合っていない部分もありました。このテーマについては、私もここにいらっしゃる方々ほど専門ではないにしろ、いろいろな所で議論する機会があります。すると、噛み合わない部分がどうしても出てきます。その噛み合わない原因が何かを考えて、まとめてみたのが図表1になります。

問題を考える時間的長さや、「望ましい」の持つ意味とは

まず、外国人労働者を受け入れるか否か、あるいはその問題点を考える場合に議論するべき事柄の1つは「時間的な長さ」です。直近の問題を考えるのか、今後10年、20年先を考えるのか。それによって抽出される問題点が大分違ってきます。

次に、「望ましい」という議論が必ずでてきます。今日も小野先生から、「望ましい産業構造」の話がありました。この「望ましい」というのは、われわれ、経済学者にとっては非常に悩ましい問題です。どういう条件の下で「望ましい」のか。そもそも、「望ましい」とは、一体どういう意味を持つのか。これを説明するのは大変ですから、この「望ましい」という言葉が出てきてしまうと、議論がなかなか噛み合わないということになります。

外国人と日系人の並存の問題

3番目は「外国人と日系人の並存」の問題です。樋口先生から日系人のお話がありましたが、今後の外国人労働者問題というと、やはり日系人の置かれている立場と、一般的な外国人労働者という風にわれわれが考えるものとでは、若干の違いがあろうかと思います。先ほどの樋口先生の調査で、日系人が正社員になったり自営をするには、それなりのルートを持っていなければならない。一般的な外国人は、そういうルートがますます少なくなるわけです。

そういう経験から、今後をどのように考えていけば良いのか。そして、そこでの経験が、今後にどのぐらい活かせるかについても考えていかねばならないと思います。

外国人労働者をどう捉えるのか

4番目は「外国人労働者をどのように捉えるのか」。今は、統合の問題が随分出てきて、基本的には、定住のことをある程度、念頭に置いて考えています。ただ、その一方で「出稼ぎ的」な職がある限り、ある基準の年数は日本にいてもらうけれど、その職がなくなったら帰ってもらうといった枠組みも当然考えられるわけです。すると、どのような形で外国人労働者を捉えていくのかが問題になります。

議論する側の専門分野の問題は

5番目は、議論する側の「専門分野」に係わる問題です。私は経済学者です。議論する相手には、経済学者じゃない方もいます。すると、専門分野によって、物事を見るときの視野の範囲や枠組み、基準が異なってくるので、なかなか噛み合わない部分がでてきてしまう。ただ、噛み合う部分もあります。逆に言うと、むしろ今日のような機会に、異なる専門の中で、どういう部分が噛み合っているのか、噛み合っていないのかといった確認をすることも大事な作業になるわけです。

外国人労働者の非同質性や統合の課題も

6番目は時間の関係上飛ばして、7番目の「外国人労働者の非同質性」を考えてみましょう。一口に外国人労働者といっても、いろいろなタイプがあって、それぞれ日本の労働市場に与える影響や、受け入れるためのコストなどが違ってきます。そういう非同質的なものに対して十把一からげで議論することは難しいと思います。

8番目は、「統合」に関するそもそも論の問題です。国家には、それなりの歴史があります。いろいろな形で資産を形成しており、国としてのさまざまな社会保障もあれば、制度や枠組みもあります。それをパッと外から入ってきた者に対して、その果実をどういう形で分け合うべきなのか。これは大変難しい問題になってきます。統合の議論とは、基本的に果実(ストック)の部分をどう分け合うか。さらに、フローの部分をどう分け合うかの議論です。そして、それがそう簡単に整合的に決まらない部分もあろうかと思います。

実証的に確認する作業すら困難

9番目の「その他」については、前半の報告をお聴きするなかで「うん?」と思う部分に触れたいと思います。極めて感覚的な議論が多い。要するに、外国人労働者が入ってきた時に、日本のどこにどういう影響をもたらすのかについては、人によっていろいろな議論があります。ただ、基本的には、それが実証的に確認されなければ、そういう話は議論の土台として乗ってこないはずです。しかし、日本は外国人労働者の受入れ数が先進国のなかで圧倒的に少ないので、乏しい経験のなかから普遍的・一般的なものを探り出す作業はとても難しいのです。

ただ、実際には外国人労働者の多い欧米諸国でも、実証分析をやるといろいろな結果が出てしまいます。例えば、外国人労働者が入ってくると、賃金が下がるという結果がある一方で、上がるという結果もあります。そういうことに対して、なぜ上がるのか、もしくは下がるのかについて、また次の方法を考えていくということで、その辺のコンセンサスも取れていません。つまり、実証的に確認しなければ正しい議論はなかなかできないとしても、それ以前に実証的に確認する作業自体が大変だということです。そういったこともあって、この問題はなかなか議論が噛み合わない部分があるわけです。

議論を噛み合わせるための3つの論点

今日のパネルディスカッションでは、できるだけ議論を噛み合わせたいこともあり、私の方で論点を3つに整理してみました。

簡単に説明しますと、1つ目は外国人労働者受入れの是非、もしくはその程度と受け入れのメカニズム、すなわち制度設計をどういう風に考えるのかを考える。そして、2つ目は、外国人労働者をどのように捉えるのかについてです。これは、定住型のようなものとして捉えるのか。それとも、ある一定期間を経過したら必ず帰ってもらうような外国人労働者を受け入れるのか。当然、労働者は多種多様ですから、すべてがそうではないにしても、どういったパターンでどのぐらい受け入れるのかという問題があります。

3つ目は、先ほども述べましたが、日本で「統合」というものをどのように捉えていけば良いのかです。特にやっかいなのは、統合時には当然、費用がかかります。先ほど、井口先生からは、統合時の初期的な費用はコストであり、それをかけることによって将来的な社会的費用は減少するとの話がありました。しかし、仮にそう考えたとしても、初期段階でかなり莫大な費用がかかるし、各期においても費用がかかります。すると、一体、誰がどういったかたちでその費用を負担するのかという議論も出てきます。単に受益者負担と言って良いのか否か。そもそも、どの程度の負担が妥当なのか。繰り返しになりますが、われわれがいろいろな日本の今の制度設計をした時には、ある意味、過去の蓄積から成り立っている部分があります。そういった過去の蓄積と毎期のこれからのフローのなかから、どういう風に費用を負担していくのかなどの難しい問題があるわけです。

論点1 外国人労働者受入れの是非・程度と受け入れのメカニズム

実は、この3つの論点は最初の報告で野口課長がポイントとして指摘した部分にかなり似ています。ただ、いろいろな視点を持った方がいらっしゃるので、できるだけ間口を広く取りました。このため、そのなかで議論できる内容はかなり多様ですが、これら論点の焦点をより絞ったかたちで、パネリストに議論してもらえたらと思います。

それでは、まず1番目のテーマについて、小野先生からお願いできますか。

受け入れるのなら応分の負担を

小野

小野五郎 埼玉大学名誉教授:労働政策フォーラム(2010年12月4日) 開催報告:パネルディスカッション「今後の外国人労働者問題を考える―経済危機が日系人労働者に与えた影響等を踏まえて」

小野五郎氏

受け入れの是非については、私は最初申し上げたように反対です。それは何故か。私は彼らを人間として受け入れるのであれば反対しません。2つ目の論点ともかち合うのですが、人間としてきちんと受け入れるとなれば、コストの問題も全部そこに含まれますが(今の日本に)そういう覚悟があるのか、ということです。

要するに、問題は、きれいごとをいってそれを隠れ蓑にして、本音はなるべく安く雇いたいということではないでしょうか。極論すれば、「共生」などときれいごとをいっている人が、陰で「あいつらには困った」などといっていたりする。私は、そういうことは止めてもらいたいし、受け入れるのならば血の通った人間として受け入れ、それだけの負担はするべきだと思います。そこまでの覚悟があれれば、受入れ規模もシステムも自ずと決まってくるだろうと思うのです。

外国人労働者受入れの覚悟が問われている

中村

ありがとうございます。では、野口課長、ご意見がありましたらお願いします。

野口 尚 厚生労働省職業安定局派遣・有期労働対策部外国人雇用対策課長:労働政策フォーラム(2010年12月4日) 開催報告:パネルディスカッション「今後の外国人労働者問題を考える―経済危機が日系人労働者に与えた影響等を踏まえて」

野口 尚氏

野口

現在の外国人労働者受入れの基本的な考え方は、冒頭申し上げたとおり、専門的な技術的分野の方々は積極的に受け入れ、それ以外の方については慎重に構えるとの基本線で一貫しています。したがって、こういう考え方を変更するということであれば、相当な議論をし、どう受け入れるのかについての国民的なコンセンサスを得なければならないと思います。

小野先生にお話しいただいた通り、外国人労働者の方々の受け入れは人間の受け入れであって、物を受け入れるのとはまったく違う覚悟が必要です。今はその覚悟が問われていると思いますし、覚悟について議論しなければいけないと思っています。

外国人労働者の議論は、景気の善し悪しで、出たり沈んだりするようなことになっています。今日のフォーラムもそうですが、今のこういう時期に、いろいろな論点や視点、考え方を集めて議論し合うことが大事だと思います。

ニーズに合致している帰国支援事業

それから、すみません。先ほど、樋口先生の報告のなかで政策的対応についてのご意見がありました。私どもに関わってくる問題ですので、ディスカッションに入る前に少し補足的な説明をさせていただきたいと思います。

まず、帰国支援事業について、恥ずべき事業であるといった趣旨のご発言をされましたが、私は恥ずべき事業とはまったく思っておりません。この事業は、(日系の労働者の方に)強制的に帰っていただくことを意図したものではありません。ブラジルの景気が良くなってきているなかで、「日本での仕事に見切りをつけて、ブラジルで新しい生活を組み立てたいのだけれど、帰るためのチケット代がない」といった方々のニーズに応えて組み立てた事業だと考えております。

また、OECDの専門家などの間では、この手の帰国支援事業はうまくいかないといったことが定番になっているようですが、わが国では、2万人を超える方々が、この事業を利用して帰国されているとの実績が出ています。つまり、ニーズに則って実施した事業で、現実にニーズに合っている。何ら恥ずべきものではないことを強調させていただきたいと思います。

比較的生活水準の高いブラジル人労働者

それともう1つ、ブラジル人がなかなか非正規労働の形態から抜け出せないというお話もありました。確かにそうだと思いますが、低賃金で働いていらっしゃる他の国の方々と比べて少し異なるのは、ブラジル人の方々は賃金水準が高く、最低賃金で働こうという方は現実にいなくて、ハローワークに来た方に、そういった仕事を紹介しても断られます。実は賃金水準が高いところで暮らされていますし、車も持ち、あるいは家も持っている方も多数います。いわゆる最底辺の労働者という風な目で受けとめられるのは、ブラジル人の方々にとっても不幸ではないかと思います。

国益の観点で活躍してもらうことが大事

中村

ありがとうございました。それでは、井口先生、よろしくお願いします。

井口

井口泰 関西学院大学経済学部教授・少子経済研究センター長 :労働政策フォーラム(2010年12月4日) 開催報告:パネルディスカッション「今後の外国人労働者問題を考える―経済危機が日系人労働者に与えた影響等を踏まえて」

井口泰氏

1つ目の論点につきましては、図表2に基本的な考え方が書いてあります。まず申し上げなければならないのは、日本にまだ大国意識があることです。実は先進国は皆、そうなのですが、「ハブモデル」という、「周りの国はみんな自分の国に人を送ってくれるので、こちらで選んで、どこを受け入れるか決めている」との意識があります。でも実は、アジア太平洋全体のなかに幾つもハブがある。それはもうハブではないことを意味します。要するに、一生の間にいろいろな場所を動いている人たちがかなり多いのです。そういう人たちに、どうやって日本で心地よく居てもらうかという課題もありますが、むしろ、国益という観点から、日本のために活躍していただけるかということも大事なのです。

図表2 外国人受入れの必要性

図表2 外国人受入れの必要性:労働政策フォーラム(2010年12月4日) 開催報告:パネルディスカッション「今後の外国人労働者問題を考える―経済危機が日系人労働者に与えた影響等を踏まえて」(JILPT)

よく考えなければならないのは、日本が希望したからといって、誰でも外国人を受け入れられるわけではないということです。外国人の専門的・技術的な方を受け入れるといいますが、それだけではだめです。何のために受け入れるのかを問うていかねばなりません。特に、今後は日本市場が小さくなり、アジア諸国、とりわけ新興国との関係を強化しなければならないのです。私たちは、もっと新興国のことを勉強しなくてはなりません。まさに、そういうことのためにこそ、もっと外国人労働者に来てもらうべきです。企業においては、経営のために役立ってもらう、あるいは、その国との橋渡しになってもらう戦略を持って受け入れていくことが大事です。大学も、例えば「留学生を30万人入れる」などと数値目標を掲げて、数だけクリアすれば良いというのは間違いです。一つひとつ目的を持って、日本に来てもらうことが、その人たちの人格を尊重することではないでしょうか。

雇用を奪わない外国人労働者との協働

2点目に、こういった外国人との協働は、決して日本の雇用を奪わないということです。私たちが、もっと海外に出て行き、外国の人たちと協働できるようになった時、恐らくは日本国内の雇用をもっと増やせると思います。受け入れたら、どんな問題が起きるかという発想でなく、どのように受け入れるとプラスになるかを考える時代に来ていると思います。

3点目が、家族を受け入れる覚悟です。家族の呼び寄せに対して、十分な体制をとっておかなければなりません。家族の受け入れは、ある意味で国際法上の義務です。最終的にはそういう人たちに対して、継続的に地域でサポートできるシステムをつくることが大事です。

最後に地域統合との関係です。本来であれば、東アジアのなかでの移動を円滑化することにより、むしろ日本が活性化するといった議論をしなければなりません。例えば、日本のいろいろな資格を先方の国に認知してもらうことにより、日本の国家資格を取った方は、帰国してもそれを用いることによって、日本と当該国の間を循環し、いろいろな仕事ができるといったことも夢です。

「人間集団」の視点での議論を

中村

ありがとうございました。では樋口先生、よろしくお願いします。

樋口

今日、パネリストの中で私だけが社会学者です。その立場からすると、受け入れの是非自体は、さほど強い関心事ではありません。もちろん、政策論をする際に必要であることは理解していますが。社会学者としては、最初に小野先生が「人間」という風に言われましたが、社会学的には「人間集団」であるという前提をとらないと議論がおかしくなります。個々の人間ではなく、それぞれネットワークを持った人間として捉えるべきという意味です。それから、先ほど「家族」という風にいわれましたが、家族も含めたネットワークが移住過程のなかで発達し、蓄積されていくものなので、一たび受け入れたら受入国の都合で開閉自由というものではありません。

「人間」ではなく「人間集団」であるということは、入管のコントロール能力の低下がなぜ起こるかを考える時の一般的な説明の1つです。個々の移民の背後には人間集団が存在し連鎖移民を生み出しますから、それをコントロールするのは難しい。やはり、「労働力としての労働者受入れ」というより、「労働者である人間集団」を基本単位にしなければならない。要するに、経済学者の方がいっているだけでは、現実的な議論にならないのではないかと思います。

延べ労働時間の減少の影響は

中村

ありがとうございました。4人のパネリストから、それぞれ意見を出していただきました。基本的には(外国人労働者を)受け入れざるを得ない。そのなかで、人間(集団)として外国人の方々をいかに受け入れていくかというお話だったかと思います。

そして、受け入れの是非については、井口先生は基本的には日本自身のため、要するに、より活性化する役割も大きいという話でした。その一方で、厚生労働省などでは、将来的な労働力不足をいかに補っていくか。そのためには、日本人の雇用を先に考えれば、それほど多くの人は必要ないだろう、という考えも当然あるわけです。

そういった議論の際、いつも疑問に思うのですが、確かに頭数だけで考えれば高齢者や女性の方に働いてもらえば、労働力人口はそれほど減らないように見えます。労働力率を上げ、なおかつ生産性を少しずつ上げていく格好です。ですが、延べ労働時間で見ると相当の減少になりますよね。

今、日本はただでさえ労働時間をどんどん減らしてきています。また、基本的に高齢者や既婚女性は、いわゆるフルタイムではなく、パートタイムジョブが多いわけです。育児中の女性に毎日8時間以上働きなさいというのは難しいし、高齢者の方にもフルタイムで働くのが厳しい方も少なくありません。自分で裁量的に労働時間を選んで働ける就業形態があれば、確かに労働力率は増えるかもしれませんが、その場合は1日に5、6時間ぐらいの勤務時間になってしまうわけです。すると、幾ら頭数で増えても、トータルの労働時間、延べ労働時間で考えると、相当減ってしまうような気がするのですが、それでも大丈夫なのでしょうか。

縮小のなかで破綻しない方策を

小野

中村先生の発想は、恐らくは今の日本人の大半が同じだと思いますが、私はまったく違います。自分の子供が成人に達する約20年後のことを考えると、一体どうなっているのか。他の先進国も同様ですが、日本はいつまで成長できるなどと錯覚しているのか。もう縮むほかなく、そのなかでどうやって何とか破綻しないで行くかを考えるべきです。そこの考え方が根本的に皆さんと違うから、議論が噛み合わないのだろうと思っています。

中村

その点につきましては、拡大均衡がすべてにとって優越するとの考え方は経済学者にもありません。縮小均衡してもいい。つまり、労働力が減った分、その分だけ1人当たりの国民所得が増えれば良いとの考え方も当然あるわけです。

小労働政策フォーラム(2010年12月4日) 開催報告:パネルディスカッション「今後の外国人労働者問題を考える―経済危機が日系人労働者に与えた影響等を踏まえて」

労働力が本当に足りなくなるか否かは、例えば海外直接投資によって生産性の低い部分が外に出て行くようなことがあれば帳尻としてどうなるかなどというのは、非常に難しいところです。

ただ、一方で高齢化に伴い後期高齢者が増えて、介護も含めさまざまな医療問題も出てきますと、これは非貿易材で輸入はできません。対人サービスは、現状では生産性が低いわけです。望ましい産業構造ではなく、必要な産業構造を考えていくと、果たして今の人口の推移の仕方で10年、20年後をどう読むべきなのか。厚生労働省とか経済産業省がいっているような話で本当に済むのか。私はかなり疑問に思っています。

さまざまな問題を組み合わせた議論を

井口

今の議論は、非常に大事だと思います。図表3に過去の労働力供給推計がどう推移してきたか、おおよそを並べておきました。最新のものではありませんが、2010年6月に政府が出した「新成長戦略」の数字とそれほど違わない数字を掲げています。政府の今の推計を見ますと、2030年ぐらいまでの間に、年間当たりの労働力人口の減少幅を10万人程度に抑えて、最後でも30万人までいかないようにしています。

図表3 新旧人口推計(中位推計)を基にした労働力人口と
減少幅の試算(単位:千人)

図表3 新旧人口推計(中位推計)を基にした労働力人口と減少幅の試算(単位:千人):
労働政策フォーラム(2010年12月4日) 開催報告:パネルディスカッション「今後の外国人労働者問題を考える―経済危機が日系人労働者に与えた影響等を踏まえて」

資料出所:井口泰作成。

推計Aは経済企画庁経済研究所『経済分析』第151号による推計。推計Bは、女性・高齢者の労働力率を一定の制度的前提(注)で引き上げた場合の年齢別労働力率を用い、2002年推計の性・年齢別人口に乗じて筆者が試算。

推計Cは2007年12月の厚生労働省・雇用政策研究会の推計。

※2010年ではなく2012年、2020年ではなく、2017年の数値が公表されている。

注:2001年から2028年にかけて、厚生年金支給開始年齢を60歳から70歳に引上げること、十分に高い保育所在所率を実現すること、2020年の女性の高等教育進学率が男性の80%となり以後横ばいとなることなどを仮定している。

しかし、これはものすごく厳しい内容です。先ほどの中村先生のご指摘のように、フルタイム換算したら、労働力人口はもっと減るだろうという問題があります。私がもっと心配しているのは、推計されていない2030年以降の労働力人口には、ちょうど2000年から2010年ぐらいの非常に低い合計特殊出生率が反映されてくるので、この後の人口減少がもっと厳しいものになることです。今のうちは労働力率を上げればいいと言っていられますが、その後、ものすごく厳しい時代が来るのです。従って、こういう推計だけで労働力人口の議論をするのは非常に難しい。ですから、出生率低下の労働市場に及ぼす問題や外国人と日本人の協力などを含め、いろいろなことを組み合わせながら議論して欲しいと思います。

中村

私も大賛成です。これから10年後に一番大事になるのは、インフローよりもむしろアウトフローです。日本の頭脳労働者というか、高度な技術を持った人が海外に出ていってしまうリスクをいかに低めるか。つまり、ヒューマンキャピタル当たりの総資源量を考えたときに、いかに優秀な人にとどまってもらうかを考える。先ほど小野先生からお話がありましたが、優秀な人が留まるような環境をつくれば、外からも自然と優秀な人が集まってくるでしょう。しかし現状は、そういった人たちが出ていく兆しがあるわけです。その辺のことも考えないと、中長期にはかなり厳しい状況が来てしまうのではないかということです。その点について、野口課長、お願いします。

労働生産性を高める取り組みの模索を

野口

少子化問題は、やはり少子化対策を一生懸命やらなくてはなりません。先ほど、育児支援がうまくニーズに当たっていなくて病気になられてしまったという小野先生のご発言がありましたが、そういったことも含めてきちんとできるような少子化対策を一生懸命やる。それから、ワーク・ライフ・バランス、労働時間の問題も避けて通れない課題だと思います。そのうえで、結果としての出生率の向上をめざすことは明らかにさせていただきたいというのが、今回の成長戦略です。

ただ、それでもすぐに出生率が上がるのかという問題があります。たとえ、一生懸命やっても、実際に数値が追いついてくるには20年ぐらいはかかるだろうし、その間はどうするのかといった議論が当然あるわけです。

成長戦略上、そこは就業率の向上を図るとともに、労働生産性を高めなくてはなりません。成長戦略では、2%を上回る実質成長率の実現が目標になっていて、その2%を上回る労働生産性の伸びをめざすといったビジョンになっています。成長産業のなかには、労働生産性が必ずしも高くない分野も含まれていますので、さまざまな労働生産性を高めていく取り組みをしていかねばなりません。労働時間の問題についても、一方では今の日本の労働時間が良いのかといった議論もあるわけです。例えばドイツは、非常に生産性の高い国だと認識されていると思いますが、日本に比べて極めて少ない労働時間です。今の日本の労働時間をそのまま前提とするのが良いのかという議論も、合わせて考えていかなければいけないと思っております。

それから、中村先生のお話にありました、労働生産性を高めるなかで、高い能力の方々を日本に呼ぶ、あるいは日本に留まってもらうことが労働生産性向上の大きな要素の1つだろうとも思っています。

論点2 外国人労働者を、どのように捉えるのか

中村

ありがとうございました。議論は尽きませんが、時間の関係上、次の論点の「外国人労働者を、どのように捉えるか」に移らせていただきます。一時的な労働者として、ある期間、働いたら後は必ず帰ってもらうというタイプの労働者を相対的に多く入れるのか。ただし、これはあくまでも相対的です。そういうタイプだけ入れろとか、そういう議論ではありません。

その場合、どのようなタイプの人たちを、どういったかたちで入れていくのか。ただ、この問題を考える時も、産業構造など将来的に日本が置かれた状況に依存するわけです。いま現在で話すのは非常に難しいとは思いますが、基本的にある程度の想定のもとで、どのような形で外国人労働者を捉えていったら良いのか、ご意見を伺いたいと思います。樋口先生からお願いできますか。

格段に低くなる世論の抵抗

樋口

外国人労働者を定住型と期限型に分けた場合、冒頭の野口課長の報告で移民受け入れに対する(朝日新聞の)世論調査が示されていました。賛成26%対反対65%で、受入れ側に分の悪い結果でした。私も2007年に東京で類似の調査をしています。その結果は、「外国人一般の増加」に対しては賛成26%、反対74%と朝日の結果とほぼ同じでした。ただし、「外国人労働者の受け入れ」となると賛否がほぼ拮抗します。労働力が必要であるとの認識はあるわけで、「労働者」としての受け入れならば、世論の抵抗は格段に低くなるだろうといえます。

ただし、例えば3年なり期限を切って帰国させるといった話は、先ほどお話した人間集団としての移民に関する受け入れ論としては、もっとも乱暴なものですし、実際、どこかで破綻していくわけです。よほど非人道的な手法を使わない限りは破綻しますので、仮に日本がシンガポールぐらいの決意を持って、「わが国は非人道的にやっていく」となるのであれば話は別ですが、そうでない限り、あまり現実的ではない。だから、定住化する蓋然性がある人の受け入れを前提にしないと、話は始まらないと思います。

定住か否かの単純な議論ではない

中村

ありがとうございました。では、井口先生。

井口

先ほど、定住か否かという話がありました。この定住というのは、最終的には永住であったり帰化であったりということを含めていると思うのです。ただ、今世紀以降の先進国のマイグレーション・ポリシーの1つのベストプラクティスは、最初から永住者を受け入れるシステムではなく、一旦、留学生で入ってもらったり、労働者で来てもらったりして、そのなかでハイパフォーマンスな方々に永住権を与えるというものです。しかも、その際に、言語能力についても最低基準をつくって言語習得の励みを与え、日本社会への統合を促進するようなことが、ベストプラクティスになると思います。

その意味では、定住かそうでないのかといった単純な議論にはなりにくいことをまず1つ確認したいと思います。そして、今申し上げたようなベストプラクティスは基本的に強化していかなければならないと思います。

見直しが必要なローテーション方式

もう1つの問題は、ローテーション方式です。この方式による受け入れは、技能実習制度が最たるものですが、これが規模的にも相当大きくなってきました。しかも、内訳をみると、水産加工業や農業、製造業では繊維産業などが中心になっていています。本来であれば、低賃金で人材が定着しない業種で、しかも、帰国しても技術移転になるかどうかもわからない実習生を受け入れている実態もみられます。この仕組みについては、実習生を受け入れないと地域経済が困るからといって、このまま放置して良いのかどうか、もっと議論してもらわねばなりません。まず、地域が、自分で考えなければならない問題です。

加えて、先ほど樋口先生もおっしゃったと思いますが、3年経過したら帰国させるなどといったローテーションの仕組みは、ある意味で非人道的な面があります。本人がせっかく日本についていろいろなことを知って日本語も勉強しているのに、「もう来るな」「二度と来る方法もない」というわけです。また、受け入れる側は、その人たちの意欲や能力を活かせないが、強制的に帰さざるを得ない。その人たちが、もしかしたら不法残留するかもしれないというリスクまで抱えているわけです。

このため、ヨーロッパ諸国のなかには、一定年限までローテーション方式をとる場合でも、例えば、要件を満たしたら延長したり、別の資格をとって来られる仕組みをつくっている場合があります。一定期間以上いる場合は、もう労働移動の自由を認めなければならないと考えます。長期間になってきたら、自動的に帰すということでなく、移動の自由や期間更新などを認めることになると思います。

そして、そういうローテーションを認める分野は、できるだけ範囲は小さいほうが良い。ある意味で差別を温存するようなものだからです。そういうものを、先進国としてはできるだけ限定的にしか使うべきではないという考えは、皆さんの理解を得られるのではないかと思います。

外国人労働者は本当に来るのか?

中村

では、小野先生、いかがですか。

小野

樋口先生、井口先生がいわれたとおり、期間を限っての受け入れで成功しているところは、すべて、もの凄く強権的なところで、日本には馴染まないだろうと思います。

ただ、私が根本的に違うのは、外国人労働者はいずれ来なくなるだろうと思っているので、将来ともに来るとの前提での議論で制度設計して良いのかということなのです。

私が子供のころに習った日本の人口は8,000万人ぐらいでした。将来、その辺まで下がってきて、そのときには年寄りがたくさんいて面倒を見るのが大変です。それも覚悟して制度設計をしないことには、財政もうまくいくわけがない。高度成長期の頃は、鉛筆をなめて数字をでっち上げても良かったかも知れない。だけど、今はそんなものではだめです。計量的な予測は、経験があることについては良いけれど、経験がないことについては、せいぜい10年ぐらいの短期的ものでなければなりません。20年、30年先の予測は、むしろ常識的に考えたほうがよほど当たります。

私のいいたいことは、統計的・実証的に有意か否かということではなく、常識的に考えてみてください、ということ。本当に外国人労働者は来るのですか。小さい国は何とかできます。だけど、日本ぐらいの大きさの国、大きいといってもアメリカのように資源や土地が広い国ではないのに、それができるのでしょうか。そこに私は一番疑問を感じているのです。皆さんの反論も聞かないで帰ることになり申し訳ありませんが、体調の関係上、ここで失礼します。

中村

ありがとうございました。小野先生はここでご退席されます。では、野口課長、よろしくお願いします。

相当難しいローテーション方式

野口

今、3人の先生が話されたことと同感で、ローテーション方式は日本ではうまくいかないのではないかと思います。私の資料でシンガポールの例を出しておりますが、シンガポールでやっている政策に違和感を感じる方が日本では大半だろうと思いますし、そういった違和感を感じるようなことをやらないと貫徹し得ない問題だろうと思うからです。

人を受け入れるわけです。好きになる人もいれば、親御さんの問題、介護の問題が出てくる人もいます。EPAの関係で看護師あるいは介護福祉士の候補者の方々を受け入れていますが、現実に施設に行ってみると、実は今度結婚するだとか、彼氏が母国にいてどうだとかいう話を聞きますし、親御さんの具合が悪くなったなどという悩みを聞かされたりもするわけです。樋口先生のおっしゃるネットワークですね。そういう集団というような人も受け入れるわけですから、ローテーションという形でスパッと切ったやり方は、現実には相当難しいとの思いがあります。

ある労働分野、ある地域、ある業種などと区切って、「○○人を限定で受け入れましょう」などということを仮にやったとしてうまくいくのだろうかという問題と、そういう場に来られたとして、過去の経験からすると、どうしてもいろいろな問題で滞在が長期化するわけです。すると、そういう方々も日本人化してきて、高賃金になってくるので、当初の目的とは変わってくることもあるのではないか。つまり、いろいろな意味で難しさがあるのではないかと思います。

言語能力も含めた人材育成の必要性

中村

ありがとうございました。お三方、大体共通の意見として、ある程度、有期雇用みたいな形での方法はよくない。ポイントシステムのような形で、その人の能力を評価することによって定住化のような形に持っていけば良いのではないかという風に捉えてよろしいでしょうか。

だとすると、日本語の言語能力もそうですが、さまざまな職種について、その職種に必要な能力を伸ばしていかなければならないことが当然出てきます。しかし、企業はいま、日本人の労働者に対しても、人材育成をしなくなってきています。そういうなかで、その人の能力が上がって、実際に定めたポイントシステムのなかで、ある一定の点数が取れれば良いのですが、仮に取れなかったら、企業としては人材育成した分のコストがパーになってしまいますよね。ならば、どのようなシステムが日本のなかでうまく機能する形になれるのでしょうか。

高度人材のためのポイントシステム

井口

今、政府が考えているのは、どちらかというと高度人材のポイントシステムですので、学位とか年齢が若い方が点数が高いとか、言葉ができるなどといった基準が考えられます。

中村

高度人材のシステム設計は比較的簡単だと思いますが、そうでない人材についてはどうなのでしょう。

井口

現在の出入国管理制度では、一定以上の技能あるいは一定以上の学歴や実務経験を持つ外国人でないと在留資格の要件を満たせず、従事する活動に必要な知識や技術を持っている人だけが対象でした。ポイントシステムを導入する際に、一定以上の技能や学歴を有しない者について、どのような場合に、そのほかの要件で点数を補って受け入れを認めるのかについて、関係行政当局にはしっかり判断してもらわなければなりません。

また、一般的に全労働者にポイントシステムを採用できるかどうかとなると、私個人はポイントシステムをすべての分野に適用するのは、少し無理があると思います。イギリスでは、5段階のポイントシステムを入れようとしていますが、一番ネックになったのが技能の判定です。技能の判定のために、もの凄い数のスキル・テストをつくり直さなければならなくなる。これは、日本でいえば、技能検定制度をすべて見直すに等しいことになってしまいました。つまり、そこまでコストと時間をかけない限り、低熟練職種の人たちの技能判定はできないのです。これには、コストがかかりすぎるのではないでしょうか。

ただし、日本語に関しては、是非、国全体の日本語標準をつくって欲しい。現在の能力試験とは異なる実務的な内容の標準とし、生活や就労するうえで必要な最低の基準を決めていくことはできると思います。

ポイント制の実務的な検討課題

中村

では、野口さんからお願いします。

野口

ポイント制については、イギリスで導入された制度がモデルとなり、日本でも制度を考えたらどうかということで、実務的に2点の検討課題があがっています。

現在、活用方策として具体的に検討が進められているのは、いわゆる専門的高度人材のなかで、さらに高度な人を抜き出す基準としてポイントが利用できないかということです。例えば学歴とか年収、職務経験、日本語能力などの客観的な基準をつくってポイント化することで、一定以上の人については、高度人材の中のいわばスーパー高度人材であるとの位置づけをする。そして、こういう人たちに、より日本に来てもらえるように優遇措置をつくったりできないか、ということがあります。

それからもう1つ、高度人材であっても、現在の入国資格のさまざまな条件では読みにくい人たちについて、ポイント制という新たな基準を用いることで何とか来られるようにできないかを検討課題に据えています。

ポイントシステム以外で入った人の目配りを

中村

ありがとうございました。では、樋口先生。

樋口直人 徳島大学総合科学部准教授:労働政策フォーラム(2010年12月4日) 開催報告:パネルディスカッション「今後の外国人労働者問題を考える―経済危機が日系人労働者に与えた影響等を踏まえて」

樋口直人氏

樋口

ポイントシステムの話になると、あたかも受入れ国がポイントを計算してコントロールできるかのような論調になりますので、一応、「それは違うのではないか」ということを申し上げておきます。

自由主義を標榜する国家は、経済的な考慮だけで移民をコントロールできるわけではありません。自由主義には経済的なものもあれば政治的な自由主義もあって、そこには、経済学では変数に組み入れられない人道的な配慮などというものがあります。ポイントシステムを導入したとしても、現実の移民はポイントシステム以外で入ってきた人によっても構成されるわけです。そうした人は、恐らくはポイントシステムを適用された人たちと同程度の数にはなるはずで、その人たちに目配りしないと、議論は破綻すると思います。

また、ポイントシステムを導入する思考の欠陥は、学歴や資格などといった人的資本にしか着目していないところにあります。ここ20年くらいの移民研究の成果をみると、移民が持てる力として先ほど述べたネットワークが注目されています。そもそも、移民は求職に際してネットワークに依存する度合いが高いものです。その力をうまく活用できれば、集団として社会的に上昇することも可能だし、うまく活用できなければ、かえって第2世代の方が社会的に下降していく可能性もあるといわれています。

集団の持つソーシャルキャピタルに着目を

日本の経験でいえば、ニューカマーのなかで経済的同化仮説が当てはまるのは、パキスタン人だと思います。いま不況と円高で苦しんでいますが、パキスタン人は日本からの中古車輸出で成功し、2000年の国勢調査をみると4分の1がビジネスをしています。非常に成功した集団だといって良い彼らが、ポイントシステムに基づく移民だったかというと全然そうではなく、彼らは集団の社会関係資本を使ったわけです。そのなかには、日本の公的機関では公安警察しか関心を持たないモスクが、社会関係資本を蓄積する場になっているという報告もあります。外国人雇用対策としても、集団が持てる社会関係資本を、もう少し積極的に活用する必要があると思います。そうでなければ、何かあたかも人的資本だけで物事が解決できるかのような幻想が広がりかねません。

高度人材以外を「入れる基準」はあるのか

中村

ありがとうございました。2つ目の論点の議論は、このぐらいにしたいと思うのですが、お話を聴いていて1つだけわからない点があります。今後、高度か単純かで分けられない中間層がかなり多く入って来る……。というか、ある意味では入ってきて欲しいわけです。すると、そういう方たちに対して、「入れるための基準」がどうしても必要になりますよね。でも、そういう基準って、どんな風につくれるものなのでしょう。ポイント制は、確かにうまいシステムかもしれませんが、先ほどから議論されているように、ある程度の高度人材でなければ適用が難しい。ならば、その下の人たちをうまく扱うようなシステム、制度設計が今はどの程度考えられているのか。あるいは、諸外国でそういうシステムがうまく機能している例があるのか。そういうことを教えていただければと思うのですが。

使える他国のノウハウ

井口

例えば、「技術」という在留資格は、ほとんどの場合、4年生大学などを卒業している方に限られていますが、実は実務経験10年というものもあります。ただ、航空機整備士のような人たちもそうですが、日本国内の養成校を卒業しても、そのままではなかなか在留資格は出してもらえません。養成期間を含めても、実務経験が10年ないからです。自動車整備や美容、測量技師なども同様です。

私が提案しなければいけないと思っているのは、アメリカなどでもやっていることですが、養成した学校のレベルをもう少し見分けていく方法です。大学はすべて同じとか、専門学校はすべて同じではなく、やはりしっかりした教育のできるところで養成された人や、それに伴って日本語能力も保証できている人については、技術の在留資格を円滑化する方法もあるはずです。

現行制度のなかでも幾つか方法があるということと、その際には、海外の入管行政のいろいろなノウハウが使える余地があるということを申し上げておきたいと思います。

中村

今のお話は入ってくるときの基準ですね。今後、入ってきてから、永住資格のようなものが取れるかどうかの基準は結びつくのでしょうか。

井口

入管行政の出している永住許可のガイドラインのなかに、「こういう場合は入れます」「5年で取れます」などということが、詳細に書かれています。私自身は、既存のガイドラインに書かれていることを、どのようにポイント制度に移行させるかという問題については、非常に関心を持っております。これが、もっとオープンな形で少し広くなってくれることを期待しています。

職の競合を念頭に議論を

中村

ありがとうございました。野口課長、何かありませんか。

野口

その前にすみません、一言だけ。中村先生が、何かそういうことをすることが大事なんだとの前提でお話されたのが……。

中村

いえ、そういうことではありません。あくまでも、そういうような制度設計があり得るのかという可能性の話です。

野口

高度専門人材と言われる人については、もちろん積極的に受け入れるとしていますが、現実的には、端的にいえば日本人の方と外国人の方の職の奪い合い的な部分はあるわけです。それでも、より大きな立場、経済面、あるいはいろいろな生産性の面などから見て、ある種、割り切っている部分があると思うのです。今の議論は、それを広げていくことになる。そうしますと、この競合部分がかなり増えてくることになりますので、その点をよく考えておかなければなりません。単純にポイント云々という話とは少し違うところがあるのではないかと思いました。

論点3 「統合」に関するそもそも論―われわれは果実を分け合えるのか?

中村

ありがとうございました。では、最後のテーマ「統合に関するそもそも論」に移りたいと思います。基本的に統合しなければいけないとの大前提はあります。ただ、そのコストを、誰がどのような形で支払うのかといった、さまざまな難しい面があるわけです。もう少し幅広くとっていただいて構いませんが、その辺を踏まえて、ご意見を伺いたいと思います。

バランス取れる120時間の就労準備

野口

私どもの方で紹介させていただきました就労準備研修。これは、3年間の緊急経済対策の枠組みで実施しているものでありまして、昨年度、今年度、そして来年度もぜひ実施したいということで、今、予算を要求させていただいている状況です。これは統合政策の1つといえる事業だと思いますので、それについて、まず申し上げたいと思います。

どんな事業を組み立てるかについては、樋口先生からお話がありましたが、大規模な何百時間ということも可能性としてはあるかと思います。ただ、今は120時間コースになっています。これは現場感覚からしますと、120時間コースの参加でも結構大変です。これが仮に500時間、600時間となると、恐らく参加者はいなくなるのではないかというのが現実だと思います。十分、不十分の議論はありますが、現実には120時間で何とか成果を出すということで、現場でさまざま工夫、改善に努めています。

この就労準備研修で何が一番ネックかといいますと、研修期間中、手当が出るわけではありませんので、職に就かずに研修に参加することが想定されます。すると、「生活をどうするのか」といった議論が必ず出てきます。そこで結果的には、この120時間がギリギリ受け入れられるレベルで、これより多くしたら受講者がガクッと減ってしまうかもしれませんし、また少ないと成果が出にくいだろうということです。

この研修の成果については、参加者からアンケートを取っています。就職率という数字も出ておりますが、個人的には、日系ブラジル人の方から寄せられた回答が強く印象に残っています。彼らはブラジル人コミュニティの中で過不足なく暮らせています。製造現場においても、派遣事業者の通訳付きで働いていたため、何ら過不足なく暮らせる状況で、日本人とはあまり接しないし、日本語もできなかった。ところが、この就労準備研修で日本語を少しやってみてコミュニケーションが取れるようになってきたら、凄く面白くなってやる気も出てきたという意見が相当あります。

つまり、日本人との関わり自体、まったく違う世界のものだとして視野の外にあったのだろうと思うのです。それが日本語というツールを覚えることによって、コミュニケーションが取れ、こちらが言ったことや相手のいったことも何となくわかるようになり、それが凄く励みになっているという話を聞いて、なるほどと実感しました。

私自身、実はそういう根っこの部分が大事なのではないかと思っており、是非また来年度も実施させていただければと思っております。事業の実施については、単純に研修時間を多くするなどといった議論もあるのですが、そういう難しさを抱えつつ、どう実効性を高めていくかを考えたいと思います。

コストをどう受け止めるか

今年の状況については、実は参加者が減っていて、今、集めるのに苦労しています。現在、パンフレットも作成し、ブラジル人コミュニティなどに参加を呼びかけています。ご紹介したのは一例であり、日本語教育そのものをどうするのかというのは大問題です。私どもは、ハローワークにおける就職対応というなかでやっておりますが、もちろんそれだけで済むわけではありません。

今後、とくに日本語という問題を長期的な視点で考えていかなくてはならない。そのコストが一体どのぐらいになるのか。もちろん、コストなのか投資なのかという議論はありますが、相当お金がかかることは確かです。それを、どう受けとめていくのかを考えていかなければいけないと思います。

動機付けの面で未だ不十分

中村

ありがとうございました。井口先生、お願いします。

井口

私からは、まず日本語講習のことを申し上げて、それからもう1つ、統合政策のそもそも論について申し上げたいと思います。

日本語講習ですが、外国人集住都市会議の滋賀、三重、岐阜、岡山ブロックというところで、本年11月の外国人集住都市会議の首長会議の政策提案に、日本語学習機会の保障を盛り込むため、その制度設計をいたしました。日本語学習のスケジュール案のうち、実施可能と考えられる案の1つが、週1回あるいは2回、金曜日または週末でいいから、事業主に労働時間をちゃんと調整してもらい、必ず日本語講習を受講してもらえるようにするというものでした。その場合の年間の受講時間数が、120時間でした。

図表4 欧州諸国における言語能力標準と永住・国籍取得

図表4 欧州諸国における言語能力標準と永住・国籍取得:
労働政策フォーラム(2010年12月4日) 開催報告:パネルディスカッション「今後の外国人労働者問題を考える―経済危機が日系人労働者に与えた影響等を踏まえて」

(資料出所)欧州委員会第Ⅲ総局言語部および第Ⅴ総局人の移動部(2008)に筆者が修正。 (注)フレマン語圏のみ。

ただ、最終的な提案には、そこまで具体的な内容を書き込むことはできませんでしたし、さらにもう1つ困ったのが動機づけでした。図表4に出ていますが、ヨーロッパでは「A1、A2、B1、B2、C1、C2」というヨーロッパの言語標準の参照枠に従い、少なくとも最低生活するためのA1とかA1―1、それから、できれば就労まで含めてB1あるいはB2くらいのところを永住権取得の要件として、学習の動機付けにしています。いくら受講してもらっても、受入れ国として何も提供するものがないのでは、励みにならないからです。そういう意味では、まだ制度設計そのものが不十分ということです。

それから、もう1つ大事なことは実務的な日本語の標準がないとだめです。標準をつくらずに言語講習の一制度だけつくっても仕方がないのです。そういう点については、法務省や厚生労働省だけではなく、もちろん文部科学省とも協力してもらい、複数の段階をもった実務的な日本語標準を国として作成する作業を加速していただけたらと思います。

契約概念が求められる統合政策

それから、統合政策とは、一方的に、受入国社会が外国人を受け入れる政策なのではなくて、外国人自身にも、一定の努力をしてもらうという意味で、「双方向的」です。ですから、統合政策をやる際には、ある種の契約概念が必要です。「皆さんが、この町に来たら、行政はこういうサポートをします。だから、皆さんはこの講習を受講してください、このような時には、是非そのように行動してください」などと確認する。そのために、オリエンテーションができる場所もつくっておかねばならない。このように制度を整備しておかないと、行政が、熱心にサービスを提供しても、外国人がだんだん来なくなったとか、その後、外国人はどうしているかわからないといった状況が生じ、施策にどの程度の効果があったかも全くわからない状態になってしまいます。統合政策を考える際には、確かに日本型の統合政策を工夫しなければならないのですが、その際に、どうしても「双方向的」な行動によって効果を高めることを、ぜひ考えていただきたいと思います。

負担は国と雇用企業が折半で

中村

ありがとうございました。樋口先生、お願いします。

樋口

経済学の方は、「統合」という言葉を割と留保なしに使いますが、私は留保しながら5年前に「統合」という言葉を使って、袋だたきにされた経験があります。統合というのは、それこそ、八紘一宇とどう違うのですかという言われ方をするわけです。それはなぜかというと、経済的な統合は賃金格差がなくなるということで、それを望ましくないという人はいないわけです。ただ、社会的な統合というと、集団の独自性がなくなるということなので、統合という言葉を安易に使っていいのかとなりますが、この場では忘れておきます。そうしないと、話ができませんので。

その場合、果実を分け合うのであれば、私は国と雇用企業が折半するような仕組みにしたほうが良いと思います。雇用企業は短期的な費用負担という意味。国は、長期的に必要な投資という意味です。単に利用者負担とする考えでなく、もっと公的に必要な投資という趣旨としてやった方が良いだろうと思います。

中村

国と自治体が分け合うということですか。

樋口

いや、自治体も含めて国と雇用企業が半々で負担するような仕組みです。

中村

国と企業が…。要するに人頭税方式みたいな話ですか。それでコストを分け合う。自治体はどうなのですか。

樋口

では、国家といっておきます。中央政府と地方政府間の配分については、あまり考えてませんから。

中村

では、直接的な受益者と政府が分け合ってやるということですね。わかりました。

本人負担は最小限の範囲で

井口

いまコスト負担の話が出ましたが、これは制度を実現する際に、本当にしっかり議論しなければならないテーマです。その意味で、早い時期から議論してもらった方が良いと思います。外国人労働者本人にも、若干の負担もしてもらうことなしに、雇用情勢が厳しく、財政が大変ななかで、新たな制度をつくるのは、やはり難しいと思います。

しかし、その一方で、これは、将来の日本社会に対する投資です。その意味からいうと、本人負担は最小限の範囲で留めていただくことが原則でなければならない。それから、これは、地方分権の動きにもよりますが、自治体は自治体なりに、いろいろな形で責任を負っていかなければならないなかで、制度を導入する以上、国が中心になって財源確保に動いてもらわねば、自治体だけではどうしようもありません。スウェーデンなどは、自治体に徴税権があって税率を上げ下げできますが、日本はその点の制約が厳しく、地方にすべてを任せられる状態にはありません。実施し、運営するのは、自治体が中心だといっても、結局は国の支援や国の機関との協働なしには、制度は成立しないと思っております。

国と地方で、それぞれの役割が

中村

ありがとうございました。野口課長、いかがですか。

野口

現在、国と地方の議論が非常に盛んになってきていますが、やはりそれぞれの役割があろうかと思います。国は全国的な物差し、例えば、先ほどの日本語教育の指標ですね。どの程度日本語ができているかを判定する手法が、あまりにバラバラではうまくないので、そういうことは国がやらねばなりません。就職支援についても、一地域でマッチングするよりは、全国ネットワークでマッチングしたほうが良いでしょう。

一方、地方のなかでは、一人の市民として、その市民を支えるし、市民から支えてもらうという立場ですから、地域社会のコミュニティーの一員として、地方政府が面倒を見るところもあります。そういう意味では、セーフティーネット的、社会保障的な全国ネットワーク、あるいは全国的な基準づくりの部分と、地域として住民としての支え合いという部分を、うまくミックスしていかなければいけない。どういう事業をやるのか、それに費用がどうかかって、その負担をどういう風にするのかも含め、国と地方が協力して合意点を見出すしかないのではないかと思っています。

実施主体がNPOの事業も

中村

そういう時、オランダのようにNPOやNGOが介在することは、日本ではあまり考えられないのでしょうか。

野口

例えば、文科省でいま「虹の架け橋事業」という形で、南米人の方々のお子さんなどをどう学校につなげていくのかという事業を実施していますが、その実施主体はさまざまな地域で活躍しているNPOの方々に本当に尽力いただいていると聞いています。

中村

ありがとうございました。外国人労働者もしくは外国人の方々に対する問題は、やはり噛み合う部分とそうでない部分が、どうしても出てきます。もっと対象を絞って、時間をかけて議論すべき事柄だと思っています。ただ、今回、時間は短くとも、今後の問題点のほんの少しでも、ある程度、思い浮かばせることができたのではないかと思っています。今日は皆さん、どうもありがとうございました。

プロフィール(五十音順)

井口 泰(いぐち・やすし)関西学院大学経済学部教授・少子経済研究センター長

1976年一橋大学経済学部卒業、労働省入省、80~82年エアランゲン・ニュルンベルク大学留学、92年職業安定局外国人雇用対策室企画官、URサービス貿易交渉及びOECD・SOPEMI参加、94年外国人雇用対策課長、95年関西学院大学経済学部助教授、97年同教授、99年博士号取得、2000年リール第一大学客員教授、2001年マックスプランク研究所客員研究員、2003年から外国人集住都市会議アドバイザー、2005年から少子経済研究センター長、05~10年規制改革会議(海外人材担当)専門委員、主著に『外国人労働者新時代』(ちくま新書)ほか。

小野五郎(おの・ごろう)埼玉大学名誉教授

1943年東京都生まれ。東京大学経済学部卒業後、通産省に入る。30歳代半ばにメキシコに渡り、国連工業開発機構専門家として勤務。信州大学経済学部教授などを経て、92年より埼玉大学経済学部・同大学院経済科学研究科教授。現在は、埼玉大学名誉教授。専門は、経済政策、産業政策、地球環境、価値論など。

中村二朗(なかむら・じろう)日本大学大学院総合科学研究科長

1978年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程終了。京都大学経済研究所助手、東京都立大学経済学部教授などを経て、2005年より現職。著書に、『日本経済の構造調整と労働市場』(編著、日本評論社)、『労働市場の経済学』(共著、有斐閣)、『日本の外国人労働力』(共著、日本経済新聞出版社)など。

野口 尚(のぐち・ひさし)厚生労働省職業安定局派遣・有期労働対策部外国人雇用対策課長

1961年千葉県生まれ。1985年厚生省入省。自治体は、北海道滝川市、岡山県岡山市に勤務。日本社会事業大学助教授、医政局看護課看護職員確保対策官、内閣法制局第四部参事官、労働基準局勤労者生活部企画課長を経て、2010年8月より現職。

樋口直人(ひぐち・なおと)徳島大学総合科学部准教授

1969年生まれ。一橋大学大学院を経て、1999年から徳島大学教員。専門は社会学で、現在の研究テーマは在日外国人、社会運動と政治で、在日南米人を対象とするフィールドワークを15年前から続けている。主な著編書に『顔の見えない定住化』、『再帰的近代の政治社会学』、『国境を越える』、『社会運動の社会学』、『社会運動という公共空間』。


渡邊博顕(わたなべ・ひろあき)JILPT副統括研究員

失業の地域構造分析に関する研究を担当するかたわら、外国人労働者問題の調査研究も手がける。主な業績と研究成果に『地域雇用創出の新潮流―統計分析と実態調査から見えてくる地域の実態』(JILPTプロジェクト研究シリーズNo.1、共著、2007年)、『地域雇用創出の現状に関する研究』(JILPT労働政策研究報告書No.65、共著、2006年)、『外国人労働者問題の現状把握と今後の対応に関する研究』(JILPT労働政策研究報告書No.14、共著、2004年)、『非正規就労外国人労働者の雇用・就業に関する事例』(JILPT Discussion Paper 05-014、2005年)など。