なぜ高学歴者ほど高収入なのか

研究員 大谷 剛

古くて新しい問題である。経済学や教育社会学の世界などにおいても実は、この問いに対する明確な答えは未だ見出されていない。ただ、教育水準の高い者ほど収入が高くなることを説明する理論はある。ここでは、その代表例として人的資本理論とシグナリング理論を紹介したい。なお、高学歴者ほど高収入であるということは、あくまで一般論なのであり、例外も存在することはいうまでもない。

教育を受けると生産性が向上

人的資本理論に従うと、教育を受けた者はその分生産性が高くなる。それゆえ、所得も高くなる。具体例を挙げて説明するならば、高卒と大卒を比較すると後者は前者と比較して、より多くを学んでいる ( ことになっている ) 。さらには、大学で学んだことが仕事において役立つので、彼らの所得は高卒の者と比較して高くなるといえる。つまり、大学で法律を学んだとすれば、それが仕事に役立つために、彼らの働きぶりは高卒の人に比べて勝ることとなる。それゆえ所得も高い、などと説明ができる。

しかしである。大学で学んだことが、仕事で役立つことはどの程度あるのだろうか。上のような例だと、なんとなく納得できる方もいるかもしれないが、例えば『哲学概論』で学んだことが仕事上おおいに役に立つと断言できる人はどれくらいいるだろうか ( もちろん、『哲学概論』の有用性の全てを否定するつもりは一切ない ) 。

教育水準の高さ=能力の高さ

そこで登場するのが、後者のシグナリング理論である。この理論に従うと、教育水準の高さはその人が兼ね備えている能力の高さを示すとされる。そして、高卒者と比較して大卒者の収入が高いという事態については、大卒者が大学で一生懸命勉強したからではなく、大卒者はそもそも高い能力を兼ね備えた人物であったために、よりよい仕事に就けたからだと説明する。これが事実であるとすれば、高い収入を得るためには自らが高い能力を持った人物であることを世間に証明できさえすればよいこととなる。換言すると、大学の合格通知書さえ手に入れることができれば、学問に専心する必要など全くなく、コンパ三昧の日々を送っていてもよいのである。

検証は極めて困難

ここで始めの問いに戻ろう。では、これら二つの理論のうち現実を上手く説明するのはいずれなのであろうか。これを検証するのが極めて難しい。というのは、両理論の説明プロセスこそ違えど、そこから導かれる結論は共に「高学歴者ほど高収入」というものだからである。「結果さえ判っていれば、プロセスなどどちらでもよいではないか」という意見もあるかもしれないが、実はそうでもない。厳密な議論は避けるが、人的資本理論が現実的であるならば、我が国全体の教育水準のレベルアップを図ることにより、国民生活をよりよいものにできる可能性が増すのに対して、シグナリング理論が現実的であれば、教育水準のレベルアップは人々の生活水準の向上には必ずしも直結しないことになるからである。

このような理由もあり、経済学者や教育社会学者らは、過去から現在に至るまで長らくこの問題に取り組んできた。そしてこれからもこの問題に挑戦しつづけるだろう。それゆえ、古くて新しい問題なのである。

( 2006年 7月 5日掲載)