International Satogaeri

主任研究員 渡邊 博顕

先日、フィリピンで調査をする機会があった。フィリピンは国民の 3 人に 1 人が海外に移住したいと希望しており、とりわけ中高所得層と 18 歳から 24 歳までの若年層で移住を希望する比率が高いという(日本経済新聞 12 月1日付朝刊)。

Satogaeriの後の不安

調査を終えて帰国する際のことである。搭乗ゲートを見ると、長い列ができているのだが、小さな子供連れの女性の姿が多いのに驚いた。

機内での私の席は通路側だったが、窓際とその隣に座っていた母娘もそんな中の 1 組だった。離陸後、3 歳になるという子供が何度もトイレに立ったこともあったのであろう、母親が気を遣って話しかけてきた。調査のための出張だったことを伝えると、調査の内容に興味を持ったのか、彼女自身のことを話してくれた。以前はエンターテイナーとして働いていたが、日本人男性と結婚して 4 年。年に 1、2 回は international satogaeri をするとのことだ。

彼女の周囲には、日本人と結婚し、日本で生活することを選んだ人が多いという。しかし、子供が保育園になじめなかったり、学校に入学してからも適応できず不登校になったりすることが多く、彼女も satogaeri を終えて日本に帰る機内では、子供がいつかイジメに遭うのではないかとの心配でいつも不安になるという。

労働供給の可能性と空洞化の懸念

法務省入国管理局の統計によれば、平成 16 年度の「興行」の在留資格によるフィリピン国籍者の外国人登録者数は約 5 万人となっている。では、日本で就労した人たちは、母国へ帰国した後、どのような仕事に就いているのであろうか。

今回、フィリピン調査ではいくつかの企業や学校から聞きとりを行った。そうした調査対象の中に、日本で働いていた経験を有する人が何人かいた。ある海外就労の仲介業者のオフィスでは、日本での就労経験者が 2 人働いていた。海外で働いた経験を有する人が、帰国後は海外で働く人の就労を仲介する立場になっていたのである。また、care giver を養成する学校での調査で会った学生も日本でエンターテイナーとして就労した経験があった。

今回の調査を実施する上でお世話になった C 先生によれば、日本でエンターテイナーとして就労経験を持つ人が、パラメディカルあるいはケアの分野の資格を取り、再び海外で就労する例は珍しいことではないという。日本での受入枠は未だ確定していない部分もあるのだが、もし日本で受け入れ方針がきちんと決まれば、彼(女)等は一番の問題である日本語の下地があるだけに、有力な労働力供給源になる可能性があること、特に、ケアの分野でその可能性が高いと C 先生は指摘した。

一方、フィリピンでは看護師の労働市場の「空洞化」がしばしば指摘されている。調査中の新聞にも、過去5年間に全国で 100 以上の民間病院が閉鎖したという記事が掲載された( The Philippine Star 、11 月 23日)。記事によれば、医師や看護師がより高い賃金を求めて海外で就労した結果、こうした状況に陥ったということである。専門的職業分野の労働者が海外で就労することは「頭脳流出」の象徴であり、将来必要とするマンパワーの喪失が懸念される。

送り出し国・受け入れ国という国レベルでの対応、個人レベルでの具体的な対応、これらにどう折り合いをつければいいのであろう?花見忠先生・桑原靖夫先生の著書にあるように、われわれにとって外国人労働者が「隣人」であるということは、彼(女)等にとってもわれわれが「隣人」であるということになる。日本人同士の近隣関係が希薄になっているといわれるが、はたして、われわれは外国人労働者にとって「よき隣人」になれるであろうか?

( 2005 年 12 月 21日掲載)