経済効率性と所得格差

JILPT主任研究員 松淵 厚樹

近年、低成長経済の下で、経済効率性を上げ、経済成長を維持するためには、所得格差を顕在化させることになっても悪平等を是正することが必要であるという議論がしばしばなされる。こうした議論は、1998年 6月の経済審議会報告において、「多様な知恵の時代にあっては、創造的価値の生産やリスクを取ることによる成功者と失敗者の間での所得格差は、公正な機会と失敗した場合の最低限の安全ネットと再挑戦の可能性の確保の下では是認されるものである」という形で打ち出され、翌 1999年 7月に閣議決定された経済計画「経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針」に盛り込まれて以降、よく耳にするようになったように感じられる。

高度成長期の所得格差の縮小とその後の格差の拡大

我が国のバブル崩壊に至るまでの経済状況を概観すると、昭和 30年代から昭和 40年代の高度成長期には、企業は激しい競争を行いながら国内外市場を拡大し、それを足がかりに成長を続けてきた。当然、こうした企業で働く従業員も激しい競争を行ってきた。この間、人々の所得も全体的に上昇し、併せて所得の平等化も進んだ。しかし、2回の石油危機による調整期を経て安定成長経済に移行した 1980年代には経済成長率も高度成長期の半分程度へと低下し、完全失業率も上昇傾向で推移した。所得格差の動きをジニ係数でみると、1980年代半ばに、それまでの格差縮小から拡大に転じ、その後は拡大傾向で推移している。

諸外国における所得格差の動き

欧州大陸諸国においては、我が国同様、経済が拡大する過程で失業率が低下し、所得格差が縮小する傾向が見られた。経済の拡大により経済効率性が上昇し、失業率の低下、格差の縮小がもたらされたと言えよう。そして、経済が停滞する局面では、失業率が上昇するとともに所得格差の拡大が見られる。

一方で、特に最近のアメリカやカナダ等における動きをみると、経済が拡大し失業率が低下する中で、所得格差の拡大が見られる。

このように、格差と経済成長率及び失業率の関係は、極く簡略化していえば、欧州大陸・日本型とアメリカ型という分類も可能であるかもしれないが、一概に言えるものではない。

経済効率性を確保していくために今後求められる対応は

諸外国の例を見ても、経済効率性を高めるためには所得格差の拡大が条件になっているというわけではなく、経済の拡大に伴う格差の動きは、それぞれの国の経済社会の在り方に関する考え方によっているといえるのではないだろうか。

グローバル経済化及び知識社会化が進展する中で経済効率を上げていくためには、優れた能力を持つ者の所得をより高めることにより、その者の勤労意欲をさらに高めていくことが必要な面もあろう。しかし、一方で、所得格差の拡大は、人々の勤労意識、階層や財・労働市場の分化にもつながり、社会経済の安定性を損ない、効率性を損なうことに繋がるという面もある。

したがって、今後、我が国の社会経済全体の効率性の向上や活性化を考える場合には、将来の我が国経済社会のあるべき方向性を明確にし、その中で、人々が、新たな変化に対応していくインセンティブを高めつつ、結果として所得等の格差が大きくなりすぎないような対応が必要となろう。

そのためには、変化が激しい中にあっても人々が自ら必要な能力を身に付けていくように、また、就業能力があるのに労働市場から退出することのないよう人々の就業参加意欲を向上させる、といった社会全体の効率性の向上に結びつくインセンティブの在り方を考えていくことが、より重要なことではないだろうか。