「グローバリゼーション」雑感

国際研究部 調査役 野村かすみ

新年も明けたばかり大安吉日の日曜日、中国と日本の友人の結婚式に参加した。両家の一族が勢ぞろい、皆で二人を祝福して、とても陽気で楽しい会合だった。特に、中国の友人一家はこの15年ぐらいの間に、おばあちゃん、娘・息子、孫、ひ孫の4世代が日本へ移住してきた。孫やひ孫の世代は日本で教育を受け、日本で正規の職に就き、中国と日本の両方の文化を至極当たり前に受け入れている。

そんな楽しい会合の中、職業病なのか、「グローバル化」は着実に進んでいくというということを考えないではいられなかった。世間では日中間の政治的な難しい課題が報じられている。それでも国境を越え、普通に生活し、仕事をしている人々が日本にも中国にもいるという紛れもない事実がある。

今回は、たまたま中国と日本の友人の結婚式であったが、視野を少し広げると海外、特にアジアとの関係は経済的にも社会的にも日々身近なものとなっていることを実感する。サービス化や情報化の発展は、各国の距離を大きく縮めている。日本の国内と同時に海外を同じ目線で見ていないと取り残されてしまう懸念が高まる。

海外各国の労働政策や労使関係動向を調査する国際研究部では、2年前からアジアの労働動向ウォッチングを強化している。成長センター中国に追走するタイ、ミャンマー、カンボジア、ラオス、ベトナム、マレーシア、シンガポール、インドネシア、フィリピン、ブルネイ10か国は、ご存知のとおり2015年に地域統合を行う。アセアン統合が実現すれば、域内での経済やヒトとモノの流れをはじめ、産業の国際分業、移転の可能性も新たな局面を迎えることになるだろう。同時に労働分野での諸課題への注目も重要性を増すと考えられる。国連統計によればこの統合により、域内の予測人口は6億人強と、EUの5億人強を上回る。来年以降、大きな社会経済圏としてのアセアン地域が誕生する。アセアン統合後の影響を考えてみると、まず域内での産業内外での水平分業の進行やその下での企業の組織的、機能的構造への影響がある。そして、人々の働き方にも影響がでるかもしれない。各国の異なる法制度の調整、流動化するヒトやモノに関係する経済や慣行の調整、各国の利害の調整を今後どう進めていくのか、円滑な統合へ向けたさまざま課題が今後浮き彫りにされてくることだろう。

ところで、アセアン諸国の中でも注目している国のひとつに成長著しいインドネシアがある。人口2億4,400万人を有するこの国は、元々農業国で第一次産業の労働力人口が多い国であった。しかし、近年の労働力構成を中央統計局の年間統計で経時的にみると、明らかに第三次産業の就業者数が増加している。工業化という経済の段階的発展を通り越し、サービス経済化が急速度で進展している。インドネシアの経済成長は6%を超える勢いで、一人当たりGDPも2012年IMF統計によると3,498米ドルとシンガポール、マレーシア、タイに次いで高水準にあり、今後さらに伸張する可能性はアセアン諸国の中でも群を抜いている。労働市場をみても2005年10%を越えていた失業率は下降傾向、現在では6%を切っている。今後、産業構造の変化を睨んだ精緻な労働力政策とのマッチングを実現しなければ人手不足も懸念される状況である。このような急速な成長の中、国内の様々な部分では新旧の軋轢の発生が心配されている。

その例を労働分野での諸制度の変革から考えると、労働者への公正な処遇のために規則が整いつつある一方で、経済成長とのトレードオフの関係としての調整をどのように取るかという課題があるように思われる。たとえば、インドネシアには失業保険は未だ存在していないが、本年1月1日から大規模な公的社会保障機関(BPJS)が成立し、将来的に国民全体を対象とすることをめざした医療保険、年金など社会保障制度が構築された。この制度はさらに更新されることが予定されており、今後の行方が注目されるが、これは国内の格差の広がりを調整する大きな変革である。また、労働者の生活水準向上意識の高まりを背景に、処遇の改善要求は最低賃金の引上げを実現している。雇用契約との関係では、実質的な派遣労働である「アウトソーシング」は職種が限定される方向で規制が強化されている。

しかし、これらの措置は、経営者にとっては言うまでもなくコスト増加を招き経営を圧迫するものでもある。新たな制度や慣行の導入をめぐる労使の駆け引きは、各地で労働紛争や全国レベルのゼネストに発展しているが、このことはインドネシアへの投資をポテンシャルと捉えるかリスクと捉えるかという視点で注目されるところでもある。ちなみに首都ジャカルタの最低賃金引上率は2013年は43%、インフレ率が全国平均で4.3%程度なので大幅な引上げであり、2014年も更なる引上げが検討されていると聞く。

来年は大統領選挙があり成長政策を実現してきた現在のユドヨノ政権は任期満了で交代を余儀なくされる。次に誰が大統領になるのか、政策の行方に影響するものとして気になるところである。

インドネシアの労働状況を俯瞰すると、日本が過去に半世紀以上かけて経験し、適応してきた状況をわずかな期間のうちに経験しようとしているようにも見える。統合前のアセアン諸国はどこの国もインドネシア同様に成長のポテンシャルを有している。そして、それぞれに固有の課題も抱えている。

アセアン統合後のアジアの姿を想像することはなかなかに難しい。思うほどにはすぐには大きく変らないのかもしれない。しかし、各国地域の固有性をしっかり見極めつつ、ボーダーレスな動きにも注目して、近隣アジア諸国との関係を深めることが確かに求められている。これからのアジアの労働事情を調査するとき、今までとは少し違う視点で捉え、考えていかなければいけないかもしれない、などとぼんやり考える今日この頃である。

(2014年1月17日掲載)