インドネシアの最低賃金

国際研究部長 坂井澄雄

JILPTでは毎年『データブック国際労働比較』を発行している。これは各国の労働統計、労働政策をできる限り比較可能なように編集した書籍で、幸いにして好評を博している。

今年3月に発行予定の最新版でアジア諸国の最低賃金を担当したことから、幾つかの国の最低賃金を改めて調べた。その中から興味深い特徴を持っているインドネシアの今年の最賃の決定過程を紹介したい。

インドネシアの2010年の経済成長率は6.1%と好調であった。2011年も好況は続き成長率は前年に引き続き6%台と予測されている。これに伴い失業率も最新統計(昨年8月)で7.14%となり前年同期の7.87%から大きく改善、今後さらに低下傾向が続くと見込まれている。経済が好調で雇用情勢が改善すれば、当然ながら労働者は労働条件の改善、とりわけ賃金引き上げを期待する。

今回の好況で政府は先頭を切って前向きな姿勢をみせ、昨年8月に2011年予算案の発表に際してユドヨノ大統領は「国家公務員の賃金を10%引き上げる」と表明した。理由は経済成長で財政事情が好転したためという。この方針は12月下旬に一部具体化された。国軍に対する賃上げである。7月にさかのぼって対前年比で40%増の方針が国会で承認された。極めて大幅な引き上げである。

こうした情勢の中で民間労働者も大幅賃上げに期待を抱いた。インドネシアの場合、労働者の賃上げに最も広範な影響を及ぼすのは、最低賃金の動向である。そこで最賃が大幅に引き上げられるのではないかとの観測が現地紙にたびたび掲載された。

インドネシアの最賃は地域別に決められる。2000年までは中央政府の賃金委員会(政労使三者構成)の検討を経て、労働移住省が各地域の最賃額を定めていたが、現在では、決定権限を州知事に移管、州ごとの三者構成賃金委員会の検討に基づき州最賃が決められる。各州の事情により県、市レベルの最賃を同様の手続きで定めることができる。

法律によると、最賃は年1回、1月1日付で改定され、州最賃はその60日前、県・市最賃は40日前に改定案を策定すると定めている。最賃の定義は「勤続1年未満の単身労働者の月額賃金(残業手当など月により変動のある手当は含まない)」である。最賃額決定に際し考慮すべき点として、 (1)適正生活水準費(政府が州ごとに算出して公表)、 (2)消費者物価、 (3)企業の支払い能力、などを定めている。

ジャカルタ特別州の今年1月から適用される最賃は前年比15.38%増の月額129万ルピア(約1万1700円)と定められた。前年の4.50%引き上げと比較すると極めて大幅な引き上げである。

この最賃額決定過程は以前と比べ極めて変則的であった。州賃金委は11月初めに119万6000ルピア、7.00%増を労使合意の下に州知事に勧告した。ところが州政府は勧告案を1カ月近く検討した後、11月末になって勧告案を大幅に上回る15.38%引き上げの州知事令を公表した。

従来はジャカルタ特別州の最賃引き上げ額は全国各州の規範的役割を実質的に担っていると目されてきた。しかし今回、賃金委勧告を大幅に上回る知事令を決めたのはジャカルタ特別州のみで、他の州は概ね賃金委勧告に沿った最終決定(知事令)となっている。

ちなみに33州の最賃引き上げ率をみると、西パプア州が16.53%で最も高く、ジャカルタがこれに次ぎ、10%を超える州が10を数える。一方で5%以下の州が4州あり、ナングロ・アチェ・ダルサラーム州の3.85%が最も低い。

以上みたように、今回のインドネシアの最賃は2つの特徴がある。1つはジャカルタ特別州で労使合意を大幅に上回る引き上げが政治判断で行われたことだ。当然ながら使用者側は今回の措置に不満を募らせている。2つ目の特徴は州により引き上げ幅に大きな差があることだ。これは地域間の所得格差の拡大を意味する。

今後もインドネシアの最賃の動向を見守って行きたいと思っている。

(2011年3月25日掲載)