労働教育の復活

統括研究員 濱口 桂一郎

さる2月27日、厚生労働省は「今後の労働関係法制度をめぐる教育のあり方に関する研究会」(座長:佐藤博樹東大教授)の報告を公表した。労働者自身が自らの権利を守っていく必要性が高まっているにもかかわらず、必要なものに必要な知識が十分に行き渡っていないという現状認識から、学校、職場、地域や家庭などが連携して取り組んでいくことを求めている。

この問題意識は、近年国民生活審議会や経済財政諮問会議労働市場改革専門調査会など、政府の各機関がそろって指摘してきたことでもある。その背景には、組合組織率の低下や非正規労働者の増加など労使関係の個別化が進む中で、さまざまな労働問題も労働者個人が対応しなければならなくなってきているにもかかわらず、そのための基盤整備が進んでいないことがある。

実は、本研究会は筆者がJILPTに来る直前に大臣官房付としてその立ち上げに関わったものであり、その後も全会議を傍聴させていただいた。地域で労働法教育に取り組むNPOや、行政の労働相談窓口の方々、そしてとりわけ高校の現場でアルバイターでもある生徒たちに労働法を伝えようとしている先生方からのヒアリングは大変興味深いものであり、是非厚生労働省のHPに掲載されている議事録を見ていただきたいと思う。また、学生・生徒や社会人を対象にした労働法知識の理解状況の調査結果もHP上に公開されている。

こうした動きは日本だけのものではない。日本同様に労使関係の個別化が進んでいるイギリスでも、労働党政権のスローガンである「職場の公正(Fairnessatwork)」政策の一環として個別紛争処理のあり方についての検討が進められる中で、職場の権利に対する労働者の知識の度合いが調査されている。

労働法に関する教育という点でいえば、実は終戦直後から半世紀前まで「労働教育」という言葉が存在した。労政局に労働教育課があり、使用者や労働者に対する労働法制や労使関係に関する教育活動が推進されたのである。地方でも様々な取り組みが行われた。その後、労使関係が安定化するとともに労働教育は行政課題から次第に薄れていき、1950年代末には労働教育課が廃止され、代わって設立された日本労働協会(JILPTの前身)が引き継いだが、現在は東京労働大学というきわめて高度な講座に特化している。

その一方で、パートやフリーターなど非正規労働者が激増し、労働者自身が自分の権利が侵害されていてもそのことに気がつかないという状況が拡大してきた。彼らに必要なのは労働法学や労働経済学のアカデミックな議論ではなく、もっとずっと基礎的な知識であろう。皮肉なことに、かつての大衆レベルの労働教育が再び必要とされる時代に戻ってきたということかも知れない。

今後、上記労働法教育に取り組むNPOや高校の先生方、そして企業や労働組合などがこの問題に取り組んでいくための様々な支援が求められる。とりわけ、生徒たちが学校教育段階で的確な労働法の知識を身につけて社会に出て行くことへの支援は重要である。教育関係者の奮起を期待したい。

(2009年3月27日掲載)