誰にでもできて、誰でもはできないこと

主任研究員  中村 良二

学生たちの生き残り戦略?

大学で講義をしていると、学生たちは今も昔もあまり変わらないのかと思うことが多い。たとえば、教室のほぼ最前列に陣取る、本当にマジメそうな学生は数名いるし、概して女性の成績は優秀であり、定期試験直前には出席率が急上昇する、ある程度の長さの文章を書かせると支離滅裂・・などである。ただ、とにかくマジメである。どうも、大学入学直後から就職試験に向けて準備を開始する学生も多いらしい。大学生だからこそ、のんびりものごとを考えてなどいられないのだろうか。競争は続く。皆意識しているのは「差異化」である。友人であり競争相手である同級生と比べ、何がセールス、アピール・ポイントになるのかを必死に考えている。情報収集して、資格取得へと走り出す学生が少なくない。

資格だけあっても・・・

そうした時、「どんなに難しい資格であっても、それを持つだけで一生食いっぱぐれのない資格などない!」と言うと、不思議そうな顔をしている。「考えてごらん。離婚訴訟で数十万の示談金を争うなら、新人弁護士に依頼するかもしれない。しかし、この特許訴訟で負けたらわが社は倒産という時には、新人ではなく、特許訴訟を何回も経験したベテランに必ず依頼する。きわめて大事な案件は、プロにしか任せられない!」。即座には納得できないものの、ひょっとするとそうかもしれないなという顔をしている。

資格取得に意味がないのではなく、資格はあくまでも入り口にしかすぎない。それが本人の財産となってプロと言われるためには、継続して経験を積んでいくしかない。

プロの決めごと・目標・報酬

プロフェッショナルとはどういうヒトたちなのか、脳科学の視点から明らかにする・・・そうしたテレビ番組を見ていたら、いくつかの実に興味深い話しが出ていた。

実にさまざまな領域にわたるプロフェッショナルは、それぞれ、いざ仕事となる時に、必ずまったく同じことをする習慣が共通していた。その人なりの「決めごと」があるのだという。特別なことではなく、外科医が手術前にある決まった場所で一人静かにコーヒーを飲むことであったりする。その「決めごと」によって、「ふつう」の自分と切り替え、自らを鼓舞してゆく。その瞬間で、仕事という大きなプレッシャーに立ち向かう時に、逆にそれをパワーにできるようにしていく。集中力を高めるための儀式でもあろう。

仕事への前向きの姿勢を持ち続けるためには、目標を持つことと、報酬が必要になるのだという。目標と言っても大げさなものではなく、要は「こうなれればいいなぁと思う先輩がいること」だそうである。困難な状況でも、その先輩の対処方法を予想して、なんとかクリアーしていく。具体的な方法というよりその精神を参考に、自分なりに考えてみるということであろうか。また、報酬といっても、目に見える金銭や昇格ばかりではなく、その仕事をすることによって「感謝されること、褒められること」も含まれている。

褒めて育てて、つなげてゆく

言うまでもなく、大多数の人が繰り返す毎日の仕事は、あまり変わり映えするものではない。その意味では、皆、少しずつ経験を積み重ねている訳であるが、ふつうの仕事人とプロは、どこでどのように分かれていくのだろうか。むろん、プロたる所以は生来の才能もあろうが、それ以上に、一つひとつの仕事に対する姿勢、その積み重ねなのだろうか。

今の若者は、仕事に対してもマジメである。頑張るぞと意気込む新人を、さらに仕事に引きずり込めるか?は、上司の腕しだいであろう。褒めてその気にさせる。圧倒的な経験の差で貶すだけでは、若者はついてこない。憧れの対象ともならない。わが身を振り返り、褒められたことなどほとんど記憶にないが、貴重な財産、微かな誇りとなっている経験はわずかながらある。できることなら、そのような気持ちも伝えたいものである。そのようなことはまずないだろうが、「あの人がいたから続けてこられた」と思われることが、生涯一度でもあれば、それはかけがえのない報酬なのかもしれない。

(2008年 11月7日掲載)