経営戦略の変化と雇用の未来

JILPT研究員 立道 信吾

経営資源としての人材

現代の経営戦略論では、産業や市場構造の特性などを分析して、自社の立場を決め、競争優位を導くとする外部環境重視のM.Porterの競争戦略論と、個別企業の内部資源を競争優位の源泉と見るJ.Barneyらの資源重視の立場(Resource-based View:以下”RBV”)が大きな潮流となっている。

後者のRBVは、(1)経済的価値、(2)希少性、(3)模倣困難性、(4)非代替可能性を持つ企業内部の資源が競争優位の源泉であるとし、「人材」を重視している。価値が高くユニークで他人が真似したり代替がきかない人材が、競争優位の源泉だとRBVでは考える。

二つの戦略論の優劣を巡って、有名なPorter vs Barney論争が起こるが、論争の中で、インターネットの普及によって、情報の非対称性がなくなった世界では、持続的競争優位を確立することは困難であるという点が共通認識として指摘されている。単純に言えば、囲碁や将棋のような完全情報下のゲームにおいては、圧倒的な戦力の差がない限り、一方的な勝利は続かない。ここで言う”戦力”が、「人材」に当てはまる。優秀な人材を確保できれば、他社と同じ戦略であっても優位に立てるというのがRBVの主張だ。

人材の価値と希少性

RBVの立場に立つLepakとSnellは、人材を”価値”と”希少性”の二次元で4分類し、それぞれの象限に対応した人材確保の方法(雇用モード)を整理した(図表参照)。

図表 人材の価値と希少性の高さによる分類

コストの面から考えると、雇用期間や労働時間が限定されている非正社員を雇ったり、アウトソーシングや他社との提携によって必要な人材を調達することも重要だ。また、価値と希少性の高い人材(図中の第一象限の人材)をいかに確保するかが企業においてはコアになる戦力の優劣を決めることになる。

ただし、価値と希少性の高い人材を内部で育成するだけでは、競争優位の持続にいつかは限界がおとずれる。環境変化のスピードがあまりにも速ければ、内部での育成が間に合わない場合や、内部の人材ではどのような方法をとっても環境に適応できない場合もある。そうした場合には、高度な技術や知識を持つ専門家を外部の市場から雇い入れた方が、より競争力が高まる可能性があるからだ。

これまで日本の大企業は優秀な人材を確保するために、銘柄大学出身者などの優秀な学生を大学卒業と同時に採用し、OJTを中心とした教育を施しながら企業内で育成してきた。ところが最近のIT技術革新を中心とした激しいビジネス環境の変化の結果、人材の内部育成から、外部労働市場からの優秀な人材の獲得へと、企業は採用戦略を変化させつつある。特に、汎用的で標準化された知識・技術が生産のベースになっているソフトウェア産業ではその傾向が顕著である。

”スキルの空洞化”の懸念

makeからbuyへの人材確保の戦略の変化の結果、企業内で能力開発が行われない事態が一般化したとしたら、将来的には高度な技術・知識・スキルを持った人材は労働市場から枯渇することになる。

第二次世界大戦後、年功主義をゆるやかに継承する能力開発主義の時代を経て、日本の企業は企業内で人材を育成し、社会全体に供給してきた。そうした優秀な人材が、社会全体の潤滑油や原動力として機能してきたのだ。

新卒採用の中止や削減、中途採用へのシフトによって、日本は将来的に深刻な人材不足の時代、”スキル空洞化”の時代を迎える。少子高齢化に伴う量的な労働力供給の減少に加えて、こうした質的な面での供給の減少を意味する”スキル空洞化”が、やがて日本経済全体の地盤沈下を引き起こすきっかけになる可能性は極めて高い。