女性の出産・育児退職と在宅ワーク

JILPT主任研究員 神谷 隆之

在宅ワークへの期待

育児休業制度を中核とする様々な仕事と家庭(特に育児)の両立支援策にもかかわらず、出産・育児に直面した女性が仕事を辞める傾向に大きな変化は見られない。退職に至る理由は多様なものと考えられるが、彼女たちの中に就業意欲が強い者も少なくない。

こうした中、90年代後半からの情報化の進展やインターネットの普及に伴い、家庭、特に育児と両立する就業形態として“在宅ワーク”に期待が高まっている。「自宅で、IT機器を用いて、自営(請負)の形態で、自分のサービスを提供して、報酬を受け取る」働き方である。通勤不要で、時間に制約されずに働ける点が大きなメリットとされる。

在宅ワークというワークスタイルが、様々な労働者に大きな可能性を与えるとの考えから実態調査を続けているが、ここでは出産・育児退職した女性にとっての在宅ワークの課題を整理してみる。

育児との両立の実態

まず、自宅で働くことは、本当に育児と両立するのだろうか。出産・育児退職を理由とする女性在宅ワーカーは大きく2つのタイプに分かれる。第1は退職後あまりブランクをおかずに、勤務経験(システム系、デザイン系、ライティング系など)を活かして開始するタイプ、第2は数年後、少しは子供に手が掛からなくなったが、なお出勤は難しい時期に、主に入力系の仕事から開始するタイプである。

そもそも第2タイプのワーカーが存在すること自体が、在宅ワークでも幼児の子育てと仕事の両立は容易ではないことを示している。また第1タイプでも、手段を尽くしての保育園入園や、時にはベビーシッターを利用する事例がみられるなど、雇用勤務継続と比較して、両立の苦労や負担は決して小さくはない。

時間を自分の裁量で決められるとはいえ、現実の就業時間帯は、育児や家事から解放される午後8時以降から深夜にわたることも少なくない。特に末子が3歳以下の時期には過半数のワーカーがその時間帯に働いている。この場合“両立”とは、休息や睡眠の時間を削っての就業の色彩が濃いとみられる。在宅ワーカーにとっても、社会的な育児支援は不可欠なのである。

職業キャリアの視点

出産・育児で退職した女性に限らないが、自営業という性格上、在宅ワーカーが直面する大きな問題は「仕事の確保難」と「単価の安さ」である。これらの解決も重要な課題であるが、同時に、出産・育児退職した女性在宅ワーカーにとって、長期的で、より根本的な問題は、職業キャリアの展望を描けない点にある。

在宅ワークが注目されたのは今回が初めてではなく、パソコンなどが世に出始めた80年代の半ばにも一度関心が高まった時期があった。その時は、「プログラマーに典型的にみられるように、技能水準が業界の技術変化についていけずに、多くがこの働き方から離れた」(法政大学諏訪康雄教授)とされる。今回のブームでは、在宅ワーカーの継続期間は長期化する傾向が確認できるものの、例えばSE経験者が不本意ながら入力系の仕事を行っているケースなども少なくない。今回こそ、在宅ワークを一時のブームで終わらせないため、女性在宅ワーカーのキャリア発展モデルの提示が今後の大きな研究課題となっている。

在宅ワークが浮き彫りにする課題

他方、「会社で働き続けたかった人たちを対象とし、インターネット上で会社員と同じような仕事が出来る」ことをキーコンセプトとする在宅ワーカー登録会社(有限会社 ワイズスタッフ)が発展している事例がみられることは、女性の雇用継続ニーズが高いことのアンチテーゼとも解釈できる。

雇用継続希望がありながら、なぜ出産・育児で退職する女性が減らないのかという問題を根本的に解明し、就業継続希望者に対して雇用形態も含めた選択肢を実質的に拡大させる方策を検討していくことが、在宅ワークへの期待から改めて読み取れる課題ともいえよう。こうした観点からは、育児期間中の短時間勤務の他に、雇用契約を継続しながら毎日ではなくとも必要に応じて在宅勤務を行うことができる制度の普及も効果的と考えられる。