緊急コラム #014
新型コロナウイルス感染症が新規高卒就職に及ぼす影響を展望する─2009年から2010年の変化から─

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人材育成部門 主任研究員 堀 有喜衣

2020年6月19日(金曜)掲載

6月11日に、「令和3年3月新規高等学校卒業者の就職に係る採用選考開始期日等の変更について」(以下、就職活動の後ろ倒し)が発表された。新規高卒者の就職については、毎年開催される全国高等学校長協会、主要経済団体、文部科学省及び厚生労働省から構成される高等学校就職問題検討会議により採用選考開始期日が決められており、近年は9月16日が採用選考開始日となっていた。しかし新型コロナウイルス感染症による臨時休校により、通常なら遅くとも最終学年の春からスタートする就職指導ができなくなり、生徒の進路決定が多くの地域で遅れることになった。生徒の就職先の選択プロセスを充実させるため、就職活動の後ろ倒しに踏み切ったものであり、現実的な対応がなされたと言える。

他方で心配されるのが、高卒就職環境の悪化である。現時点ではまだ求人の受付ははじまったばかりであるが、本コラムでは、2008年の金融危機の経験から、就職が悪化していった2009年から2010年の変化をマクロデータから確認し、今後起こる可能性のある事象について展望してみたい。

金融危機の際も、つい数か月前と同じように新規高卒者は人手不足の状態にあった。経済危機はやや遅れて新規学卒就職に影響をもたらす。当時の就職内定率は、2008年が94.7%、2009年93.2%であったが、経済環境の変化が高卒就職を直撃し、2010年には 91.6%に低下した(文科省「高等学校卒業(予定)者の就職(内定)状況に関する調査」各年)。新規高卒者数にあまり変化がないにもかかわらず、高卒就職者数は2008年3月卒が206千人、2009年3月卒193千人、2010年3月卒168千人と減少していった。2009年から2010年のわずか1年で就職者数は12.9%減少している(『学校基本調査』各年)。

都道府県別にみると2009年3月卒業者の就職内定率下位5県は沖縄83.5%・北海道82.1%・大阪88.3%・高知89.4%・和歌山89.9%であるがいずれも9割に達しておらず、最も高い愛知県(98.1%)と、最も低い北海道との差は16%ほどだった。

雇用が悪化した翌2010年の就職内定率は、沖縄75.9%、北海道79.3%、大阪86.2%、高知86.2%、神奈川87.1%と減少した(表1)。他方でこの悪化した時期でも富山県と福井県は98.1%の水準を保っており、愛知県も95.7%の高水準を保った。雇用状況の悪化によって最大の地域差は16%から22.2%に広がった。

ところで2019年3月卒業者の就職内定率は最も低い沖縄県でも92.9%、高い愛知県は99.1%と、景気の良かった金融危機以前よりも全国的に水準が高く、地域差は小さい。前述のとおり金融危機前の好景気においては高卒就職の地域差は景気の悪化によってやや広がったが、今回はどうだろうか。今回の好景気はその地域差がより小さい状態からの変化であることが重要だろう。地域差縮小の背景には、地方でも求人が増加しただけでなく、少子化の影響で高卒者そのものが減少し、求職者が減っているという変化もあるものと思われるが、元の状況が全国的にきわめてよかったことを考えると、今回の景気変動による地域差はより大きくなる可能性がある。

表1 就職内定率下位・上位5県(2010年3月卒基準)

2009 2010 2019
下位5県2010 沖縄 83.5 75.9 92.9
北海道 82.1 79.3 98.0
大阪 88.3 86.2 95.2
高知 89.4 86.2 98.1
神奈川 90.0 87.1 95.4
2009 2010 2019
上位5県2010 富山 97.9 98.1 99.7
福井 98.0 98.1 99.9
新潟 96.5 97.9 99.5
石川 97.3 97.7 99.7
秋田 97.8 97.4 99.5
全国 93.2 91.6 98.2

資料出所:文科省「高等学校卒業(予定)者の就職(内定)状況に関する調査」各年から筆者作成

就職内定率が高水準の都道府県に共通するのが、製造業の強さである。高卒就職者はそれほど地域を越えた移動をしないことから、彼ら彼女らの就職は地元の産業構造に大いに左右される。都道府県別にみると、就職内定率の低い沖縄と北海道は2009年・2010年・2019年の3時点にわたって製造業への高卒就職者割合が2割に達していない。そこで次に製造業就職者割合の推移をみてみよう。

2009年は85,282人が製造業に就職していたが、2010年には60,478人と24,804人減少し、高卒就職者に製造業就職者が占める割合は、2009年3月卒業者44.1%から2010年3月卒業者35.9%へ減少した。他方で今回打撃を受けている「宿泊業,飲食サービス業」「生活関連サービス業,娯楽業」はこの時期に高卒就職者は増加しており、減少した製造業求人の一部を補うかたちとなっていた。

なおこの時には製造業が強い都道府県でも、製造業への就職者割合は、愛知県は2009年63.0%から2010年52.7%、富山県でも60.3%から44.5%と急減した。

表2は、2019年3月卒製造業就職者割合上位5県について、3時点の製造業就職者割合の変化をみたものである。いずれも2009年から2010年にかけてかなり落ち込んだものの再び増加した都道府県が多いが、2009年に比べると滋賀県や愛知県、富山県はあまり戻っていない。この間、地元製造業の雇用吸収力が弱くなったのか、あるいは高校生の就職先の選好や高校就職指導の変化等、要因は複合的であろう。

表2 製造業就職者割合上位5県(2019年3月卒基準)

2009 2010 2019
滋賀 67.1% 56.0% 59.9%
愛知 63.0% 52.7% 58.6%
富山 60.3% 44.5% 57.5%
三重 57.7% 49.5% 57.3%
栃木 56.7% 47.4% 56.7%

資料出所:文科省「学校基本調査」各年から筆者作成

さて2019年3月卒業者は、求人全体に製造業求人が占める割合は減少しているにもかかわらず、全国で41.2%が製造業に就職している。2009年に比べて遜色ない水準にまで戻っているように見えるが、もし製造業の求人が減少した場合、製造業から他の産業にまで高校生の就職先が広がるだろうか。今回は飲食・宿泊は減少するだろうが、地元の小売・卸売や運輸における需要は高まるだろう。しかしいずれも量的にはそれほど高卒就職者が多い産業ではないため、もし製造業が求人を減らせば高卒就職環境は全体として悪化することに変化はないのではないか。

また高卒就職者の地域移動は主に製造業において生じているが、製造業の求人が減少した場合には遠方から採用する必要はなくなり、もともと地元に仕事の少ない地域の高校生が仕事を求めて移動するチャンスが減少してしまう。高卒就職者にとって製造業の求人動向は、広く影響を与えやすいのである。

では仮に就職環境が悪化した場合、就職希望者はどこにいくのか。未就職者になるか、過去にはよい求人がないことから就職から専門学校や大学進学に変更するケースが多くみられた。しかし金融危機の時とは違い入試も混乱している。いずれにしても今年の高校卒業生の進路選択は困難なものになるだろう。

以上のように、今回もまた経済危機からやや遅れて新規高卒就職者の就職環境が悪化するとすれば、金融危機前と比べて縮小した地域差がより大きなマグニチュードをもって再び拡大するかもしれないということ、また製造業の趨勢が高卒就職環境を左右するであろうことが推測される。政策的な支援としては、マッチングの改善に努めるとともに、新卒者向けの職業訓練の充実など、次に備えておくことがまず考えられるが、オンラインによる応募前職場見学や面接、スキルを身に着ける上で欠かせない職業訓練における実習が新型コロナウイルス感染症のため難しくなっていることをどう補うかなど、新しい対応を要することばかりである。この度の困難を新規高卒者が乗り切るためのいっそうの支援の拡充が求められる。

(注)本稿の主内容や意見は、執筆者個人の責任で発表するものであり、機構としての見解を示すものではありません。