コロナ禍で職を失った女性などにIT教育。ライフデザインの講義と、行政・地元企業と連携して就労支援も
 ――青山学院大学による女性向けのITリカレント教育プログラム

企業・教育機関取材

青山学院大学社会情報学部では、2021年10月~2022年1月までの約3カ月間、約30人の女性を対象にITリカレント教育プログラムを実施した。コロナ禍で職を失ったり、ITスキルの習得に興味がある人などを対象に初等レベルのIT教育を施すことで、DX(デジタルトランスフォーメーション)を進める企業などへの就職につなげるのが狙い。ライフデザインの講義も必修にして、プログラム修了後も、受講者が「学び」と「キャリア」を主体的に考えられるような工夫を行った。

<プログラム実施の背景>

プログラムを運営する社会情報学部にもともとIT系教育の強み

プログラムの正式名称は、「女性向けのITリカレント教育プログラム ADPISA-F」(呼称:アドピサ・エフ)。神奈川県相模原市にキャンパスがある同大学の社会情報学部が運営事務局となって行った。

社会情報学部ではもともと、ADPISA(Aoyama Development Program for Information System Architect:青山・情報システムアーキテクト育成プログラム、呼称はアドピサ)という、ITを使ったビジネスシステムの設計ができる人を養成する社会人向けの教育プログラムを2019年から運営しており、IT系教育の強みを持っている。ただ、ADPISAは学習のスキルレベルが高いカリキュラムで、ADPISA-Fを実施する前は、初級レベルのコースは設けていなかった。

ちょうど文部科学省が、大学等を対象にリカレント教育プログラムを公募し、新たな能力を身に付け、自己のキャリアアップにつなげられるようなプログラムを採択して事業委託するという「就職・転職支援のための大学リカレント教育推進事業」を実施することを知ったこともあり、ADPISA-Fを設計して応募したところ、採択されることとなった。

新型コロナの打撃が大きかった業種で多く働く女性を対象に

なぜ、ADPISA-Fでは対象を「女性」としたのか。理由は、新型コロナウイルス感染の流行で大きな打撃を受けたのが医療・介護や小売など、女性が多く働く業種だったことをふまえたからだという。また、教育内容をIT系としたことについては、ADPISAの運営実績によってすでに、IT系教育の強みとノウハウがあったことに加え、昨今のDX(デジタルトランスフォーメーション)の進展とIT人材ニーズの拡大をふまえたからだと説明する。

なお、文科省の上記の委託事業が採択する教育プログラムは、失業者に加え転職希望者なども対象とし、職業に必要な知識の習得を目的とする【職業実践力育成コース】、主に失業者を対象とし求職者支援制度の職業訓練受講給付金の対象となる【職業訓練受講給付金対象コース】など、3つの区分が設定されている。ADPISA-Fは【職業訓練受講給付金対象コース】として採択されることになったが、ADPISAも【職業実践力育成コース】として採択を受けた。

<教育プログラムの具体的な内容>

授業時間数は250時間で、オンラインで実施

ADPISA-Fのプログラムはどのような内容なのか。定員は30人とし、対象を「高校卒業以上の就労経験のある女性」または「大学卒業以上の女性」とした。

授業の総時間数は250時間。2021年10月11日~2022年1月11日の期間で、オンラインと対面で実施した。受講者の授業料は無料(ただし、教材費5,000円程度は自己負担)。

2021年8月の1カ月を募集期間としたが、定員を大きく上回る約140人の応募があった。受講生の絞り込みは、就職の必要度や受講への熱意、修了できそうかなどの観点で行った。最終的な受講者は27人だったが、年齢構成をみると30代が11人、40代が7人、50代が5人、20代が4人で、30代~40代で約3分の2を占めた。申込時の就業状況は、無職が17人で、自営業・フリーランスが4人、正規雇用が3人、非正規雇用が3人という構成だった。航空や旅行業界で働いていた人も見られたという。

ITの面白さを感じられるような工夫を講じる

プログラムの具体的な内容を眺めると、「女性向けライフデザイン科目群」(18時間)、「IT実践力強化科目群」(50時間)、「IT基礎科目群」(91時間)の各講座が必修で、それに加えて、講師が指定した科目を91時間受講する「IT職種対応科目群」がある。ITに関する専門講座では、IT教育に強みのあるアイ・ラーニング社が提供するオンライン講座や、eラーニング・サービスの『Udemy Business』(ユーデミービジネス)も活用した。

「IT実践力強化科目群」には、「楽しく学べるプログラミング入門」などの講座を用意。「ITを全く学んでいない人も対象にしているので、ITの面白さを感じさせる導入部分が必要なのではないかと考えた」(山口理栄・スーパーバイザー/社会情報学研究科ADPISA-Fプロジェクト教授)。直感的に使えるプログラミング言語を使って、自分でつくったプログラムが実際に動くかどうか検証するような授業を行ったという。

「IT基礎科目群」には、「情報システムの基礎」や「ネットワーク基礎とLAN構築実習」、「アルゴリズムとプログラミングの基礎」などの講座が並ぶ。「IT職種対応科目群」では、「Webデザイナー向け科目」「Javaプログラマー向け科目」「Pythonプログラマー向け科目」「システムエンジニア向け科目」「クラウドサーバー運用者向け科目」を用意した。

あわせて自分のライフをどうするかについても考えさせる

教育科目を見ていて目を引くのが、IT系教育群とは別に、「女性向けライフデザイン科目群」が設けられている点だ。その理由について、山口氏はこう説明する。

「女性のほうが男性よりも失業しやすかったり、非正規雇用が多いというのは日本の社会的な問題で、その背景や原因を理解しないといけない。明日、目が覚めたら社会が変わっているわけではないので、そういう理不尽な社会のなかで自分のライフを今後どうしていくのかということについて、わりと多くの人が考えなかったり、知らずに過ごしている。特に女性の場合は、自分の能力が足りないとか、自分が悪いとか、自分のせいだと思ってしまう人が多い。だけど実はそれは社会の問題であることがほとんど。私のコンサルタントとしての専門分野はこの領域なので、こうした状況に対して理解を深められるような授業を3回に分けて行った」

「女性向けライフデザイン科目群」の講義期間ではまた、専門家のチューターによる継続的なキャリアコンサルティングも実施した。3人のキャリアコンサルタントに依頼し、約3カ月のプログラム期間に、1人の受講生が同じキャリアコンサルタントに3回面談できるようにした。

キャリアコンサルタントとの面談を設けたことについて、「転職のときの面接の仕方に興味がある人もいれば、子育て責任でうまくいかず、退職したという人もいて、悩みが人によって異なることから個別の悩みを相談できるようにした」と山口氏。

また、「当然のことながら、250時間程度のプログラムでIT技術の専門家になれるわけではない。しかも、就職先で何が期待されるかというのは全く分からない。就職を優先することで、学んだことではないことをやらなければいけない場合もある。そういったときに、『自分で学べる』という人材になっておくことが必要で、だからプログラムの最後に、ライフやキャリアを一緒に考えることができる機会をつくった」と話した。

<教育プログラムで工夫したこと>

実際に働いている人が来て各IT職種の仕事を説明

IT系といっても、これから目指す職種を明確に決められない受講者も多かったことから、目指す職種の絞り込みでは「非常に丁寧なサポート」(山口氏)を行ったという。

まず、IT企業の新入社員研修レベルの講座に、10日以上を費やした。それが終わると、職種選択の助けとなるように、実際にさまざまな企業で働いている現役のIT技術者の人たちに来てもらって、自分がしている仕事がどういう内容かの説明をしてもらった。その後で、同大学の教員が、受講生全員と面談。やりたい仕事を細かく聞いて、それに応じた一人ひとり別の受講科目リストを作った。

オンライン上で1日中、いつでも質問できる体制を用意

Udemy Businessという、自分のペースでオンラインで受講できるコースを活用したが、受講者どうしがコミュニケーションをとれるよう、あえて「自分のペースで、いつでも、何時間でも受けられる」という方法をとらなかった。

「毎日、オンラインで朝礼をやって、昼までそれぞれのカスタマイズした授業を受ける。昼になったらまた集まって、ちょっと情報交換して、午後またそれぞれの授業を受けて、夕方また夕礼みたいなのがあってそれで終わり。こうした毎日、Zoomに全員入るというやり方をした」(山口氏)。

また、Udemy Businessを使った授業では、毎日、質問を受ける専門の先生にいてもらう形にして、朝から夕方まで毎日、Zoomのブレイクアウトルームに入ってもらい、いつでも、講座を受けている途中でさえも、質問ができるようにした。この方式は受講生から好評を博した。

受講者の全員が「役に立つ」と回答

受講者が知識をきちんと習得できているかどうかについては、講座のなかで定期的に行う試験結果から事務局も把握することができるが、ほとんど合格レベルだったという。ただ、最終的にADPISA-Fを受講しても、修了証は大学から出るが、公的な資格が得られるわけではない。しかし、プログラムのなかで「IT業界では資格が大事だ」という話を現役の技術者から聞かされたことによって、修了時に、ITに関する基礎的な知識が証明できる国家試験である「ITパスポート」(iパス)に申し込む人も出てきたという。修了後4カ月半までの間にITパスポート8人、基本情報技術者2人、AWSクラウドプラクティショナー1人といった資格試験への合格も報告されている。

プログラムに対する受講者の満足度は上々だ。満足度調査を行ったところ、「大変役に立つ」と答えた人が80%、「役に立つ」が20%という結果となった。他の人に勧めるか聞くと、「ぜひ勧めたい」が92%を占めた。

就労支援では、地元企業や教員の企業ネットワークを通じて、会社説明会を実施した。修了時点で無職だった受講者のうち、3カ月後の時点で63%が、正規雇用、非正規雇用、自営などで就労を果たした。

<ADPISA-Fの後継プログラム>

今年度は社会人を対象にエントリーレベルのIT教育を実施

ADPISA-Fが好評だったことから、ADPISA事務局では2022年9月から、ADPISA-Fの後継プログラムである「ADPISA-E: Aoyama Development Program for Information Systems Architect(初級クラス)」(ADPISA-E)を開講する。ADPISA-Eでは、失業者を含むITを体系的に学んだことがない社会人を対象とし、IT未経験者がIT系職種で活躍できるための基礎的で実践的な知識を修得できる。

定員はADPISA-Fと同様、30人とするが、全員を女性とするのではなく、3分の2以上を女性とする。応募資格は高卒以上で就労経験のある人。2022年9月17日~2023年1月14日の期間で、オンライン(一部を除き)で実施する。修了すると、同大学発行の履修証明が得られ、「ITパスポート」や「基本情報技術者」、「AWS認定資格」などが受検できるレベルまでスキルアップできる。

ADPISA-Eの募集は8月に締め切ったが、今回もまた、70人を超える応募があった。ADPISA-Eでもスーパーバイザーを務める山口氏は「ITを基礎からインプットし情報システムアーキテクトとしての第一歩を踏み出す勇気を与えるとともに、学び方を学ぶことを通じて生涯学び続ける人材を育てる場にしたい」と同プログラムに対する期待を語る。

組織プロフィール

青山学院大学 社会情報学部附置リエゾンラボ

ADPISA(青山・情報システムアーキテクト 育成プログラム)事務局

adpisa-desk[at]si.aoyama.ac.jp ※[at]を@にご修正ください。

  • 神奈川県相模原市中央区淵野辺5-10-1

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