社員のキャリア自律を促し、グループ会社を越えて多様な業務に挑戦できる機会を提供
 ――パーソルホールディングスの「ジョブトライアル」「キャリアチャレンジ制度」

企業・教育機関取材

労働者派遣事業・有料職業紹介事業等を実施するパーソルグループの各会社における経営計画・管理等の業務を行うパーソルホールディングス(東京・港区)は、希望する社員がグループ会社の境界を越えて多様な業務に挑戦する「ジョブトライアル」や「キャリアチャレンジ制度」を運営。挑戦できる業務の選択肢を広げ、社員一人ひとりが自律したキャリアを形成できる機会を推進している。

<「ジョブトライアル」「キャリアチャレンジ制度」の概要>

「ジョブトライアル」で現業と両立しながら別業務・職種に挑戦

「ジョブトライアル」は、2020年から実施しており、最大で月8時間×3カ月間、現業務と両立しながら、パーソルグループの別会社や別部署で業務体験ができる制度。公募は半期ごとに実施しており、社内ポータル・イントラネットに記載される募集ポジションのなかから、社員は体験してみたい業務に応募することができる。

ポジションは採用サポートや組織・システム開発、新規事業企画といった多様な選択肢を用意しており、オンラインで体験できる業務もあるため、現在の勤務エリアに影響されず、全国のグループ会社の業務に携わることができる。グループ内、2万人以上の社員が対象で、応募多数のポジションは抽選となるものの、半期ごとに50~100ポジションが用意され、100人以上が参加している。

参加者の約半数は、本業と異なる職種・業務を体験しているが、特にフロント職種(営業部門系)の社員がミドルバック職種(人事、経営企画、広報等の管理部門系)を体験するケースや、フロント職種から別会社のフロント職種に携わるケースが多いという。同制度を企画・運営する人事企画部は、「ミドルバック職種にいると、ある程度営業職の仕事内容も見えてくるが、フロント職種だけ続けていると、営業のマネジャー以外のキャリアが見えてこない面があるので、ほかの業務も体験してみたいと考える人が多いのではないか」とみている。

「キャリアチャレンジ制度」はグループの別会社・職種への異動を可能に

「キャリアチャレンジ制度」は、2017年より実施。通常の人事異動とは別に、社員が自発的に異動希望を出すことができる制度で、自社内のみならず、パーソルグループの別会社・部署への転籍も可能となっている。公募は「ジョブトライアル」と同様に半期ごとに実施。社員は社内ポータル・イントラネットに記載される募集ポジションのなかから興味のあるポジションに応募し、書類選考、面接を通過できた場合に異動することができる。

全てのグループ会社が同制度でポジションを公募することができ、毎年数十社が実際に公募に参加する。課長クラスまでの社員、2万人弱が対象で、毎年数百人の社員から応募があり、そのうち数十人の社員が選考を通過して実際に異動している。

異動後の給与・処遇は、「それぞれの会社の人事制度が異なるので、基本的には元の会社の処遇をスライドしている」(人事企画部)が、手当の違いなどにより、異動後に支給される給与には多少の差が生じるため、これまでの適用ルールや本人の合意等をふまえ、柔軟に調整している。また、社員を送り出す部署には業務の引き継ぎや代替要員の確保が必要となるため、異動時期の調整も実施。一般社員クラスの異動の場合は最大3カ月間、マネジャー・課長クラスでの異動の場合は最大6カ月間まで、送り出す部署と異動先で相談のうえ、対応している。

<取り組みの背景>

人事異動だけでなく、その手前でさまざまな業務を体験できる機会を創出

同社は2017年から、パーソルグループのなかで横断的なキャリア自律の取り組みをスタート。当時は経営統合後、ホールディングスの機能がまとまり始めた段階で、「人材の融合をパーソル内で進めていくことが目的にあった」(人事企画部)という。同年から「キャリアチャレンジ制度」の導入を開始したが、2、3年の運用を経て、選考を通過できる社員とできない社員の違いに着目するようになった。

「選考を通過できなかった社員の属性や、選考の状況を確認してみると、もう少しこの仕事のことを理解していれば受かったのではないか、自分自身のスキルや特性を理解したうえで、最初は今の業務に近いポジションから経験し、その先に自分がさらに進みたい方向を探したほうが良かったのではないかと考えるようになった」

いきなり人事異動に発展するのではなく、パーソルグループ内のさまざまな仕事を体験して、新たなスキルや学びを得る機会の重要性も認識したことで、2020年に「ジョブトライアル」を開始。異動を伴わないため「キャリアチャレンジ制度」に比べてハードルは低く、現在は別の会社・部署で得た経験・スキルを現業で還元する社員も多くなっている。

「ジョブトライアル」後に異動することも

その一方で、「ジョブトライアル」の体験後に「キャリアチャレンジ制度」を利用し、ジョブトライアルの体験先に異動する社員も少なからずいるという。人事企画部は「ほかの職場から学ぶことで、自分のキャリアを考えるきっかけにしたり、現在の業務に活かすことが制度の目的。自分で考えた結果、異動先の業務にチャレンジしたいと感じれば異動を希望することもできるし、経験を活かしながら今の部署で働き続ける選択をする、ということもキャリアを自律的に選択しているということにつながる」と話す。

<制度導入の効果と特徴>

体験した社員の視座の変化やモチベーション向上につながる

両制度の活用により、社員からはどのような評価が得られているのか。人事企画部は、経験した社員のコメントとして、「今まで本業では触れなかった情報やコミュニティに携わることによって、ものの見方や思考が変わった」ことをあげた。実際に、その社員の上長にもインタビューしたところ、体験を経て現業での活躍レベルが上がったり、発話の内容が変わったりしたという。

また、「社員が自身の強みを成長させよう、自分にはまだ伸びしろがあるから頑張ろうと考えるようになる」など、組織に対するモチベーションにも良い影響を与えている。体験者の離職率も減少傾向にあり、同部では「パーソルグループにいる意味や働きがいを感じるきっかけにはなっているのではないか」と感じている。

長期的キャリアを考えるシニア層の社員も増加

参加する年代も、当初の構想と違っており、はじめは「20代を中心とした若手社員が多く参加するのではないか」と考えていたものの、実際の参加年代をみると、「若手だけでなく、30代で次のキャリアや学びを経験したい、40代で今後の働き方を考えるために経験を積みたいという社員も多い」という。

若年層の社員の割合が高い同社では、これまで、シニア層の社員についてのキャリアの不安や行き詰まりに対する声はあまり聞こえてこなかった。しかし、近年ではそうした世代の社員も増加しており、「ジョブトライアル」や「キャリアチャレンジ制度」などを通して、パーソルでの今後のキャリアをどうしていくか、考える社員も増えているようだ。

<制度運用に向けた苦労や工夫>

人材異動がマイナスと捉えられないよう、奨励する風土醸成を

両制度の運用において、どのような点に苦労があったか尋ねると、人事企画部は「キャリアチャレンジ制度を全社に導入するときは、グループ会社内で人材異動が起きることに否定的な意見もあり、価値観がぶつかることもあった」と話す。自社で育成した人材が他社に行くことにマイナスのイメージを持つ会社もあったことから、「グループの社員は全社にとっての価値、財産と捉えるという意識」を、話し合いを重ねるなかで統一し、人材の異動を奨励する風土醸成に尽力していた。

制度設計についても苦労があったといい、「当社は人材派遣や転職サービスをはじめ、ITアウトソーシングなど幅広い業務を行っており、顧客により良い価値提供をすることが最も優先されるべき事項。社員のキャリア自律の機会を奪いすぎないよう意識しつつ、事業側の利益と両立させる方法を整備することが難しかった」と感じている。

ジョブトライアル時の情報を上長が共有することでトラブル防止に

工夫した点では、「ジョブトライアル」の申請にあたり、事前に社員と上長が話し合い、上長の許可を取るプロセスを組み込んでいる。参加中の勤怠や普段のマネジメントの責任も所属長に委ねており、「社員は1カ月単位で、ジョブトライアル中の月8時間の活動内容を上司に報告することで、上司も社員が何に携わっているのか把握してもらっている」(人事企画部)。

社員が途中で体調を崩したり、予期せぬ業務で離脱を余儀なくされる場合などがあれば、上司から人事本部に申し出て、ジョブトライアル自体を途中でストップさせることも、ルール上には設計。現状は大きなトラブルは発生せず順調に運用できているといい、社員の現業での評価が下がったり、残業が増えたりといったトラブルが起こらないよう、工夫されている。

<今後の課題>

キャリアに悩み行動を起こせていない社員でも活用しやすい施策運営を

今後の課題について尋ねたところ、人事企画部は「キャリアチャレンジ制度は現状、応募者数数百人のうち合格しているのが数十人で、残りは異動が実現していない状態であり、少なからずモチベーションが下がる面がある」と、選考を通過しなかった人材のモチベーションを指摘する。

また、現状では全社の対象人数に対して応募者が少ないことから、「行動してみたいけれど動けていない層や、異動先が決め切れてない層が多くいるのではないか」と指摘。例えば、社員が自分のキャリア意向やこれまでのキャリア遍歴を登録し、興味を持った組織から声をかけてもらうといった、呼び込み型の人事異動など、キャリアに悩む社員でも活用できるような施策を実施したい意向だ。

同社は、今後も、現在の制度だけにとどまらず、自律的な異動につながる仕組みを検討する意向だ。社員がパーソルグループ内で自分らしいキャリアについて考え行動できるよう、さまざまなフェーズに合わせた人事施策を推進していくとしている。

企業プロフィール

パーソルホールディングス株式会社新しいウィンドウ

本社事業所:
東京都港区南青山1-15-5
グループ会社数:
計134社(国内:39社 海外:95社)(2022年8月1日時点)
連結従業員数:
60,675人(2022年3月31日時点)
事業内容:
労働者派遣事業・有料職業紹介事業等の事業を行うグループ会社の経営計画・管理並びにそれに付帯する業務

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