正社員転換プログラムや無期雇用転換プログラムで、継続してキャリアを築き成長できる教育機会を促進
 ――川相商事の人材育成の取り組み

企業・教育機関取材

製造・物流業務の請負や人材派遣、BPO(間接業務の委託)などを行う川相商事(大阪府門真市)は、非正規社員の人材育成の取り組みとして、正社員への転換や、有期労働契約から無期労働契約への転換など、様々なキャリア形成を支援する制度・仕組みを実施。同社で継続して働き、よりハイレベルなキャリアを積みたいと考える社員が挑戦し、教育を受けられるような機会を促進している。

<取り組み開始の背景>

非正規社員の教育機会を充実させてステップアップする機会を

取り組みを始めた背景には、社長の川相政幸氏の「非正規社員の生活をより豊かにしたい」という思いがあった。人材派遣事業は、顧客の案件に合わせて従業員に募集をかけ、そのなかから採用された人が派遣される形式。人材育成部の宮脇和孝氏によると、「仕事の契約が終わると、雇用そのものも終了するケースが非常に多く、生活が困窮している社員が多く存在していた」という。

また、同社の従業員は半数以上を有期雇用の契約社員が占めている。そのなかには就職活動や前職の仕事がうまくいかずに不本意で非正規社員となった人もいたものの、同社でステップアップするための教育の機会がないことも課題だった。

「新入社員は初期教育でビジネスマナーや会社のことを学ぶケースが多いが、非正規職に就いた人は、これまでに初期教育の機会を逸していることが多かった」(宮脇氏)。

こうした状況を受けて、川相社長は、「社員への教育の機会を充実させることで、社員自身も幸せにもなることができ、会社としての特色も出せるのではないか」と思考。2009年から非正規社員の人材育成の強化に向けた取り組みを開始した。

<主な人材育成の取り組み>

正社員転換に向けた「創喜感働塾」で管理者・リーダー職を目指す

同社の特徴的な取り組みの1つが、2010年から実施している研修プログラム「創喜感働塾」だ。

有期雇用・無期雇用の社員が、請負事業場の管理者や工程のリーダーとなるために、正社員への転換を目的として受講する。6カ月間のプログラムで、現場での実習と、週に1度の本部での研修を通して、社員は製造に関する専門的な知識や安全配慮などの「テクニカルスキル」と、キャリアビジョン、ビジネスマナーなどの「ヒューマンスキル」を学ぶことができる。6カ月間の研修期間を終了し「卒塾」となった社員はその後、社長と面接試験を行い、そこで合格を得られれば、正社員に登用されるというシステムだ。

参加の条件は、本人が同プログラムの受講を希望していることと、所属部署の上長の推薦があること。宮脇氏は、「現場で将来、リーダー候補として期待されている社員や、本人が当社でステップアップしたキャリアを形成していきたいと考える人が参加している」と話す。

これまでに計74人が正社員への転換を果たしており、現在はそのうちの約40人が残って、管理者やリーダーを担当。なかには事業担当の総括責任者までステップアップした社員もいるという。年齢の制限も設けていないため、20代から40代を中心に、10代から50代の社員まで幅広く正社員に登用されている。

第一種衛生管理者試験への合格を要件に

「創喜感働塾」の特徴は、国家資格である「第一種衛生管理者」を受講期間中に受験し取得することを原則としている点だ。顧客のなかには、有機溶剤などの特殊な材料や危険物、重量物を取り扱うケースもあるので、業務に関連する分野全般の知識を一般的に幅広く学んでほしいという思いから、要件に入れている。

試験の難易度についても、「2、3カ月程しっかり勉強すれば合格できる資格というレベル感も適正」(宮脇氏)と感じている。なお、今までの経歴等で受験資格がない社員については、同社で作成する第一種衛生管理者試験と同等の試験を受けてもらい、その結果を判定の資料としている。

厳しいカリキュラムや、受講後にも多くの課題などが出ることから、参加する社員には根気よく取り組む姿勢が求められるが、宮脇氏によると「現場でリーダーとして頑張りたいという意欲と覚悟があるかというところは事前に確認している」といい、「それでもやりたいと思っている人たちが集まってくるという印象」だという。

「SS社員制度」プログラムを活用して無期雇用への転換も

また、同社はほかにも、有期雇用の社員を無期雇用に転換するプログラム「SS社員制度」を2015年から実施。労働契約法と労働者派遣法の改正の流れを受けて開設した制度で、年2回開催される社内検定講座および社内検定試験を受け、合格した社員をSS社員として、無期雇用に転換している。

試験は6科目から構成。工具の取り扱い方や業務効率などテクニカルに関する科目のほかに、健康・生活管理やコミュニケーションなどモラルに関する科目、企業理念を学ぶ科目が設定されており、「創喜感働塾」に比べて、各現場で共通する基本的な知識や汎用的なスキルを身につける側面が強い。同社には、手作業中心の現場や大型機械で製造を行う現場など、資格・内容によっても様々な形態の業務が存在するが、「現場で作業するにあたって必要なスキルは、どの現場でもおおむね対応できる内容のものではないか」(宮脇氏)と考えている。

対象は勤続半年以上の社員を原則としており、申し込む際には現場の推薦が必要。ただし、「創喜感働塾」と比べて難易度は易しめに設定されており、「講座をしっかり受けていれば試験も受かるように、あえてハードルを比較的低めに設定している」という。

これまでに計118人が合格してSS社員として無期雇用への転換を果たしており、現在もうち約9割の社員が継続して働いている。なかにはSS社員を経て、さらに創喜感働塾でステップアップする人もいるという。

ほかにも、パートタイムを除く全従業員を対象に職層ごとの研修や、業務に必要な資格取得の受講費用・受験費用の負担など、さまざまなキャリア形成に向けた取り組みを実施している。

<取り組みへの苦労と効果>

自社の社員に合った非正規社員向け研修を自前で考案

こうした人材育成の取り組みを運営するうえで、どのような苦労があったのか。宮脇氏に尋ねると、取り組みを開始した当初は他企業で非正規社員向けの教育を行っているところが少なかったことから、「全部一から自分たちでつくるよりほかなかった点」が最も苦労したところだと話す。ただし、現在は「一般的な研修を自社の社員に当てはめても、おそらくうまくいかなかったのではないか」と考えている。

「現場の社員の様子を見てみると、社会人の経験がなかったり、自己肯定感が高くない、チャレンジしてもどうにもならないと思う人が非常に多かった。彼らでも理解できるような研修や、受けたいなと思えるような研修をつくろうという思いで最初から動いていたので、その分、彼らに合った研修がつくれて、苦労はしたが効果を出せたのかなと感じている」

興味を持つ社員にターゲットを絞ることを計画

人材育成の取り組みを開始した2009年には、スタッフ育成プロジェクトを立ち上げ、有期雇用の社員に対して研修の受講を呼びかけたが、うまくいかなかった。「そもそも川相商事でキャリアをつくろうなんて考えていない人や、その日生きるための給料を稼ぐ仕事として認識している人が多かった。キャリア形成に対しての意識が薄い人に『研修を受けてほしい』と言っても、面倒くさいと構えられて、なかなか多くの人に受けてもらえなかった」という。この経験をふまえ、興味のある人にターゲットを絞って、集中的に研修することを計画し、始まったのが「創喜感働塾」だった。

現在は、卒塾生が職場に戻り活躍することで、ほかの社員へのロールモデルになっているという。「卒塾生の処遇が変わり、キャリアがステップアップしている姿を見る機会が増えることで、キャリア形成に対して意識を持ってチャレンジする人が増えてきた」と感じている。

長期的なキャリア形成を描けることで離職低下や社員のモチベーション維持にも影響

取り組みの効果は、現場の生産性にも表れているという。2017年頃からは、請負現場での粗利率が向上。この要因について同社は、各現場の管理者・リーダーが責任を持って職場運営にあたっていることや、長期的なキャリアを描ける会社となったことで離職率が低下したことなどを考えているが、「創喜感働塾」や「SS社員制度」の影響も大きく寄与しているとみる。

例えば、「創喜感働塾」の卒塾生は将来的に現場リーダーのポジションを担うことになるが、宮脇氏は「生産性向上には、リーダーの力量も大きく関わってくる。卒塾生のスキルが上がり、できる仕事もどんどん増えていけば、生産性も高まっていく」と指摘。育成にかかるコストよりも、メリットが大きいと感じている。

SS社員制度についても、長期的にその職場で活躍してもらえるという環境を整えたことによって、職場の人材の入れ替わりが減少し、生産性向上のほかにも、現場スタッフの一体感や社員のモチベーション向上に良い影響を与えている。

「請負の現場のリーダーが頑張ろうと努力しても、共に働く契約社員のモチベーションが低ければ、生産性向上にはつながらない。以前はそのような空気感が会社になかったが、SS社員制度などによって、現場の社員が一体となって、前へ進んでいるという感覚が出てきた。今はそれぞれの職場で、皆が協力体制をとって働けていると感じている」

「創喜感働塾」などで高いスキルを身につけることで、他企業への人材流出も懸念されるところだが、宮脇氏は特に心配していない。現在、現場でリーダーを担う社員も卒塾生であるケースが多く、実際に経験した社員が、新しい受講生を送り出す流れが受け継がれている。

「創喜感働塾では週に1度、本部での研修があるので、それにより現場には欠員が生じることになるが、現場は『リーダーとして迎え入れたいから行ってこい』と送り出してくれる。受講生も現場から推薦され、給料を受け取りながら学ぶ責任を受け止めており、卒塾後に当社でどのように働くかのキャリアイメージを持っている人がほとんど」

<今後の課題>

DX化への対応人材やシステムエンジニアの人材育成を推進

今後の課題として、宮脇氏は、「現在の委託業務のほとんどが、労働集約型の単純作業で、DXの波にさらされるのではないか」として、DX化に対応できる人材の育成を急務で進める必要性を感じている。

また、同社では2022年からシステムエンジニアの人材育成にも着手。システムエンジニアになりたい人材を採用し、日中に現場での業務をこなしつつ、業務終了後にオンラインでスキルを学ぶ研修を受講する内容となっている。宮脇氏は「将来的にシステムエンジニアの派遣やシステムを顧客に提供できるようになりたい」として、事業の展開を促進する考えを示した。

企業プロフィール

川相商事株式会社新しいウィンドウ

本社所在地:
大阪府門真市三ツ島5丁目6番24号
代表:
代表取締役社長 川相 政幸
資本金:
4,500万円
事業内容:
アウトソーシング事業/人材派遣事業・人材紹介事業/総合物流業(保管・流通加工・配送)/トランクルームBOX21事業
受賞等:
グッドキャリア企業アワード2017大賞(厚生労働大臣表彰)、障害者雇用に関する優良な事業主「もにす認定」(2021年)など

(以降も含め事例はすべて、奥田栄二、多和田知実が主にヒアリングを担当し、田中瑞穂、荒川創太が主に記事作成を担当した。)

2022年10月号 企業・教育機関取材の記事一覧