従業員一人ひとりがキャリアを考え、業務課題に主体的にチャレンジできる機会を増やし、組織力の向上を目指す
 ――日置電機の「Hiチャレンジ制度」

企業・教育機関取材

電気計測器の開発、生産、販売・サービスを展開する日置電機(長野県上田市)は、社員の働きやすさ・やりがいを高めるキャリア制度の1つとして、2021年6月から新たに「Hiチャレンジ制度」の運用を開始した。会社が掲げる経営課題や従業員自身が感じる業務課題をテーマに設定し、ビジョンの達成に向けて、部署や部門を超えて従業員が主体的にチャレンジする機会を促進している。

<「Hiチャレンジ制度」の概要と導入の背景>

会社や従業員がテーマを提示する形式で、4つのカテゴリーを展開

「Hiチャレンジ制度」は、「誰もがソリューションクリエイターになる」「継続的な全社機能のイノベーションを起こす(新結合する)」ことの促進を目的に実施。新たな価値創造や課題解決につながる様々な公募テーマについて、パート従業員を含む全従業員を対象に、チャレンジする機会を提供している。

公募形式は、会社からテーマを提示して参加者を公募する「課題明示型」と、従業員本人が応募時にテーマを提案する「課題提案型」の2つがある。

「課題明示型」には、部署や部門の変更といった異動を伴って新たな役割に挑戦する「社内ジョブチェンジ」と、異動せず現状業務との兼務でプロジェクトに参加し、課題解決に取り組む「社内プロジェクト」が用意されている。いずれもテーマが決まり次第、随時公募を実施しており、現在は月に1、2件程のペースで提示している。

「課題提案型」には、現職にしばられず、経営視点で新規ビジネスを考え、その実現に取り組む「社内ベンチャー」と、現部署に所属したまま、前後工程や関係部署などで1週間~半年ほど課題解決に取り組む「社内インターン」がある。「社内ベンチャー」は、同社が提携する外部プログラムの開講時期と合わせて年2回程実施。一方、「社内インターン」は原則いつでも応募ができ、内容によって実施期間も柔軟に変更されている。

公募テーマの詳細は、いずれも「HiNET」という社内専用のインターネットに設けられた専用ページに掲載。各カテゴリーの内容や申し込み方法などが随時公開され、従業員は自分の取り組みたい分野や内容を調べて応募する仕組みとなっている。

自主的に成長できる人材を育成し組織の能力の最大化を目指す

これまでも同社では、個々人がチャレンジする機会を提供してきていたが、今回新たに「Hiチャレンジ制度」を導入した背景には、長期経営方針「ビジョン2030」の実現に向けた取り組みの1つとして、人材戦略を促進していることがあった。

「Hiチャレンジ制度」を運用するグループ人材戦略課では、「組織の能力を最大化するために、ベースとなる社内人材の育成やキャリア形成が重要である」と捉えていたが、「個の力、組織の力を最大化するうえで、自主自立の精神を持って本気で成長しようとする人材を育てたいと考えた時に、今までの仕組みのなかでは、キャリア形成に関する取り組みが足りないと考えた」と当時を振り返る。

こうした思いから、キャリア形成の機会の1つとして、「Hiチャレンジ制度」の運用を開始。そのほか、キャリア研修・キャリア面談も拡充し、経営者を含む全社員を対象に専門の外部講師が行う年代ごとの研修や、社内外キャリアコンサルタントや社内認定アドバイザーと相談する機会を制度化するなど、積極的に取り組んでいる。

<「Hiチャレンジ制度」の特徴>

部署・部門を超えたチャレンジの機会が増加

同社ではこれまで、所属する部署・部門内で新たな取り組みに挑戦する機会を提供することが多かったが、「Hiチャレンジ制度」では、部署・部門を超えたチャレンジの機会が多く提供されていることが特徴の1つとなっている。特に異動を伴う可能性の高い「社内ジョブチェンジ」や「社内ベンチャー」では、テーマにより、年度の途中で、今までとは違った部署・部門への異動や、職種が変更になることもあり得るという。

これまでに、「国内で営業部門を担当していた従業員が、海外のマーケティング部門に異動するケースや、製造部門から全く関連のない管理部門へ異動するケースがあった」といい、業種・職種にかかわらずチャレンジすることができる点が魅力となっている。

本人と送り出す組織、受け入れる組織の3者で打ち合わせを実施

また、従業員本人だけでなく、組織にとっても前向きな変化を促すため、送り出す組織、受け入れる組織、本人の3者で、事前に打ち合わせを実施している点もポイントだ。個々人の状況に合わせて、新業務の開始時期や必要な期間についても柔軟に対応している。

「テーマによって達成できる期間はさまざまなので、一律に定めずに、3者の打ち合わせのなかで決めている。本人と組織にとってこの取り組みがプラスとなるような形で進めていけるように内容を相談している」(グループ人材戦略課)。

なお、公募時には、従業員が自主的に応募するほか、所属長の推薦を得たうえで応募する形式を取ることもある。送り出す組織が異動前から関わることで、「その人を温かく送り出そう、応援しようという文化が根付くようになる」といい、従業員を送り出すことをマイナスと捉えられないような工夫が施されている。

<取り組みの成果と効果>

幅広い年代の従業員が参加し、今後も希望者は増加する見込み

2021年6月の運用開始後、募集したテーマは延べ12テーマ。合計31人の応募のなかから、選考を通過した20人が現在プロジェクトに取り組んでいる。

年齢層は20~50歳台と幅広く、男女比や職種の偏りもない。参加者が最も多いのは「社内ジョブチェンジ」で、海外の販売会社や新工場の立ち上げなどの公募テーマで、数十人が活躍している。なかには、「英語ができないベテラン従業員が、英語は勉強中であるものの公募テーマを見て興味を持ち、申し込んできた」こともあるといい、年代にかかわらず、やる気のある従業員が積極的に参加している。

また、「所属長との面談を契機に自身のキャリアについて考えるようになった社員が、研修を受けてキャリアリカレントに興味をもち、Hiチャレンジ制度で公募していた類似テーマに応募する」など、ほかのキャリア制度での経験が、同制度の利用につながるケースもあったという。

今後も希望者は増加すると想定。グループ人材戦略課は、「昨年実施した全従業員対象のアンケートでは、同制度に興味がある従業員は60人にのぼった。テーマ次第では、参加者も今後どんどん増えていく可能性がある」と感じている。

挑戦や公募を通して自分自身のキャリアを見つめ直す機会に

それでは、同制度を実施して、どのような効果があったのだろうか。同課は、参加者が「挑戦を経験したことで、次の挑戦に向けたモチベーションが非常に高くなった」ことを指摘。また、応募したものの選考から漏れてしまった人も、「自身のキャリアを見つめ直す機会となったことで、現状の業務に新たに向き合うことができている」という。

「構想時には想定していなかった、意外な従業員から応募してもらえることもあった。機会が提供されることで、自分自身のキャリアについて今一度考えるようになるので、そこで改めて頑張ろうと思う人や、キャリア形成に対する意識が高くなる人が出てくる」

なお、チャレンジ後には、受け入れた組織から従業員に、取り組みに対するフィードバックを実施。チャレンジした従業員の次のステップを後押しし、戻った先での業務や次の挑戦にも積極的に取り組むモチベーションを維持することにも貢献している。

<今後の課題と展望>

部署・部門を超えて自立性・納得性を持った人事異動を推進

今後は、参加者が最も多い「社内ジョブチェンジ」を中心に、制度拡充や参加者拡大を目指す考えだ。同制度を活用することで、「人材が不足している部署や人事異動で抜けてしまった部署にやる気のある従業員が入り、自立性や納得性を持った人事異動が図れるのではないか」と感じているからだ。

「人手が減ることはマイナスなイメージとして捉えられがちだが、組織力向上のチャンスとも捉えられる。業務の厚みや幅を増やすだけでなく、部署や部門を超えて、新たな価値創造や課題解決を目指していきたい」

また、チャレンジした従業員の成功体験が、受け入れを行った部署・部門の従業員や、ほかの従業員に対して良い影響を与えているという。体験談を口コミなどで広め、「チャレンジした従業員だけでなく、まだ参加していない従業員も成長できるような形で運用できるよう心がけたい」と語る。

応募しやすい環境づくりや公募テーマ決定のプロセスなどの改善を目指す

その一方で、課題として、従業員が応募しやすい環境づくりを指摘。「自ら手を挙げてもらうということが重要なので、私たちが『手を挙げてください』と言うものではなく、しっかりと従業員が手を挙げやすい環境構築や空気づくりをしていくことが大事ではないか」と話す。

公募テーマを決めるプロセスや内容にも改善の余地があるという。現在は会議で検討・提起していく流れのなか、「テーマが上がってこないと手も挙げづらい」状況で時間がかかることから、例えば社員が所属部署・部門から簡単にテーマアップできるような形にするなど、「より簡単でスムーズにテーマ決めができる仕組みにしていきたい」考えだ。

ほかにも、既存のキャリア制度・キャリア研修との連携などを通して、キャリアの自立を伸ばしていくなど、従業員一人ひとりがキャリアを考える機会、主体的に選択できる機会を増やし、その転機をきっかけに個々人がより成長につなげていけるような制度運用を進めていく考えだ。

企業プロフィール

日置電機株式会社(HIOKI)新しいウィンドウ

本社・工場:
長野県上田市小泉81
資本金:
32億9,946万円
従業員数:
1,001人(2022年6月30日現在)
事業内容:
電気計測器の開発、生産、販売・サービス

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