マネジメントスキルに焦点をあてて、8週間にわたり介護労働者をリスキリング
 ――小樽商科大学・さくらコミュニティサービスによる「介護ミドルマネジャー育成プログラム」

企業・教育機関取材

小樽商科大学ビジネススクール(専門職大学院)と、介護事業を展開するさくらCSホールディングスのさくらコミュニティサービス(北海道札幌市)は2021年10月から、介護経営を担うマネジメント人材を育成する教育プログラムを実施した。現役の介護従事者など30人が8週間にわたり、経営学やケアマネジメントなど組織マネジメントに必要な知識をオンラインで学んだ。日頃は現場で介護職務にあたっている受講者からは、「新しい視点を持ち、視野が広がった」などの感想が寄せられた。

<実施体制>

小樽商科大学のマネジメント教育、さくら社の介護教育のノウハウを融合

プログラム名は「介護ミドルマネジャー育成プログラム」で、文部科学省の「就職・転職支援のための大学リカレント教育推進事業」の委託事業として採択され、実施した。介護業界では、介護事業所の経営を担う人材に対するニーズは高いものの、経営を担う人材を育成する機関は多くない。そのため、介護業界の労働者だけでなく、介護業界と同じようにコミュニケーションスキルが求められる飲食や小売、宿泊業界の管理職経験者を主なターゲットに想定して、プログラムを設計した。

小樽商科大学ビジネススクール(専門職大学院)では以前から、北海道経済産業局、札幌商工会議所、北海道ヘルスケア産業振興協議会、小樽商工会議所の後援をうけ、履修証明プログラムの「ヘルスケア×マネジメントコース」を開講している。同コースは、医療や介護も含めた健康全般を対象とするもので、このなかの経営学などマネジメントに関する領域を同プログラムに活用した。

一方、介護に特化した経営や介護現場のサービスに精通しているわけではないことから、介護事業を展開しているさくらコミュニティサービスもプログラムに参画。同社は、サービス付き高齢者住宅の運営など介護・福祉サービス事業だけでなく、介護人材の派遣事業と、資格取得を支援する研修事業も手がけており、同プログラムのなかの、介護経営、ケアマネジメントなどに関する授業や、就職・転職活動の支援の部分では、同社が持つ知見を大いに活用した。

マネジメントの「学び」の不足をずっと課題と感じていた

プログラムの設立者である小樽商科大学ビジネススクール(専門職大学院)の藤原健祐准教授と、さくらコミュニティサービスの中元秀昭社長によると、プログラム設立の発端は、藤原氏の医療・介護専門職における経営学の体系的な学びの不足という課題意識と、中元氏が長年現場で抱いていた課題意識とが一致したことにあるという。中元氏は介護ビジネスでの経験から、マネジメントを学んだ介護人材が少ないことをずっと課題に感じており、藤原氏に自社と連携したより実践的なプログラム内容を提案したのだという。

「介護現場の人たちは、どちらかというと、ロジカルに物事を組み立てるというのは苦手で、情緒的に関わりたいという人たちが多い。マネジメントを学んだ人材を業界のなかで育てることに加え、他業界から来てもらうということも、もう1つの解決方法になるのではないかと考えた」(中元氏)。

<プログラムの概要と受講者>

授業は「経営学入門」をはじめ「ケアマネジメント実習」など8科目64時間

プログラムの内容をみると、総授業時間数は64時間。「経営学入門」「マネジメントの知識と思考法」「介護経営のビジョン」「介護福祉概論」「ケアマネジメント実習」などの8つの科目構成とした。修了要件は、8科目64時間を全て受講した人で、各科目の課題の提出状況と、最終考査の評価を総合的に判断することにした。

2021年6月から宣伝活動を始め、同年9月(1期分)、10月(2期分)、11月(3期分)と3回にわたってそれぞれ10人ずつ、計30人募集した。事前の問い合わせは約60件あり、実際の応募は38人だった。10月に1期を開講した(その後、2期、3期を、時期をずらして開講)。

宣伝活動では、ハローワークと協働してチラシを配布したり、業界紙などの媒体を使ってPRした。プログラムの内容は北海道新聞にも大きく取り上げられた。

受講者30人の属性をみると、年齢は多くが30代か40代で、男性がやや多かった。居住地は、多くが札幌市だったが、オンライン講義ということもあり、東京、大分、広島といった遠隔地からの受講もあった。

就業形態をみると、正規雇用で働いている人がほとんどを占めた。プログラムでは、介護以外の業界で働いている人もターゲットとして考えていたが、実際には介護業界で働いている人が多く、介護業界以外は数人だった。

意外だったのは、事業所のトップクラスからの応募もあった点だ。藤原氏は「今後、自分の従業員に受けさせたいとの考えもあって、ミドルマネジメントコースであるにもかかわらずトップが受講するということがあったのでは」とみる。

<学習システム>

オンラインで、学業計画は期間中に自由に設計できるように

授業は、働きながら受講する人に配慮し、全てオンラインで完結可能な環境を構築。学習計画は、8週間の開講期間のなかで、自由に設計してもらう方式をとった。

同時双方向型のZoomでの授業を組み合わせることも考えたが、最終的には最終考査のプレゼンテーション以外は全てオンデマンド型のビデオ講座を見る授業とした。各受講者の学習状況をフォローできるよう、ラーニングマネジメントシステムを使って、公式な連絡や課題の提出ができるようにした。また、非公式な連絡や、受講者どうしの横のつながりも重要だと考え、フェイスブックでグルーピングするなどの工夫も行った。

実習はプログラムのために開発したVRを活用

特徴的なのは、VR(仮想現実)を使って実習を行ったこと。介護では実習で学ぶことが重要だが、コロナ禍で難しい状況だったこともあり、さくらコミュニティサービスがVRを使った介護技能実習システムを開発し、それを使って実習を行った。

同社には、研修事業で講師を仕事とする社員も豊富にいることから、そうした人材がVRの監修などにも協力。「VRでは、介護側の目線、利用者側の目線を体感できるように作成し、注意点がテロップで流れ、独学で学べるような内容に仕上げた」(中元氏)。

<就職支援>

受講者全員に対してキャリア面接を実施

当初は、講義期間の後半で、介護事業者10社程度を招いて就職説明会を開催することを予定していたが、受講者の多くが介護業界で働いている人だったことから実施しなかった。一方、キャリア面談は全員に対して行った。

キャリア面談では、「一人ひとりに、今後、いまの勤務先でどのようなキャリアを積んでいきたいのか、今、どういったところに課題があるのか、そういったことを当社の派遣事業部のキャリアコンサルタントが面談のなかで1人ずつ確認し、今後のキャリアのビジョンを明確にしていった」(中元氏)。

<プログラムを終えての評価>

オンデマンドだから隙間時間を活かして授業を受けられた

プログラムを終えた感想を聞くと、藤原氏は「全てオンデマンドでやったのは成功だった。やはり受講者からは、『オンデマンドだから受講した』という声が多かった」と話した。働いている人でも、オンデマンドなら自分の隙間時間を使って何とか全ての授業を受けることができるからだ。

ただ、コロナ禍の状況で業務が忙しい人もいて、受講期間を延長して対応したのが苦労した点だったという。また、平日の日中は、受講者は仕事をしているのですぐにコミュニケーションが取れず、メールの返信が次の日になるなど、コミュニケーションの面でも少し苦労したところがあったという。

「次の『学び』へのきっかけにしてほしい」

プログラムの評価について、藤原氏は、「最終考査で発表してもらったレポートの内容を見ると、学びはしっかり得られているなという印象はある」と話す。受講者からは、「新しい視点を得たことで視野が広がった」「経営分析の仕方が分かった」といった感想が寄せられた。

修了者には、小樽商科大学から修了証明が渡された。プログラムの修了が、現場ですぐに効果を発揮するとは言えないが、藤原氏は「こうした活動を広げていって、いずれ『学び』が現場のなかで評価されていくようなシステムにつながればいい」と強調する。

中元氏も「ここで完結するというよりは、まず、マネジメントに興味を持ってもらって、さらに小樽商科大学ビジネススクールに通うなど、次の勉強へのステップにしてほしい」と話す。

次はDX時代のミドルマネジャーのリカレント教育を実施

小樽商科大学では、文部科学省の「2021年度DX等成長分野を中心とした就職・転職支援のためのリカレント教育推進事業」(委託事業)のコースⅢ (重要分野のリカレントプログラムの開発・実施)に、再び「DX時代の次世代介護ミドルマネジャー育成プログラム」というリスキリングのためのコースを設計して申請。今年6月、同プログラムが採択されることが決まった。今度はDXを視点に加えて、ミドルマネジャークラスに必要な能力を形成するための教育を9月から実施する予定だ。

「マネジメントの視点を持ちつつ、デジタルの領域にも精通して、かつ、現場の介護の能力を持っているというような、そういうマルチタスクな人材が育成できるといいなと思っている」と藤原氏。中元氏も「各施設に1人、そういった人材が採用されるようになれば、介護事業所のDXも進んでいくのではないか。そこにつながる人材育成を、今後も小樽商科大学とやっていけたら」と話す。

組織プロフィール

さくらCSホールディングス株式会社新しいウィンドウ

設立:
2005年
所在地:
札幌市北区北40条西4丁目2-7 札幌N40ビル6F
事業内容:
各種介護サービス事業の提供/労働派遣事業/職業安定法による有料職業紹介事業/看護、介護者に対する研修事業/コンピュータソフトウェアの企画、設計、開発及び販売/保育所及び託児所の経営
グループ会社:
株式会社さくらコミュニティサービス、株式会社悠ライフなど

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