基調報告 女性の経済力強化は母子の貧困化を防止する

昨年4月に「子どもの貧困対策法」が成立して約1年が経ち、全国の中でも先進的な自治体から、子どもの貧困に対する取り組みが始まりつつあります。また、同年4月に生活困窮者自立支援制度がスタートしたという意味でも、この1年は画期的な時期だったと言えるでしょう。

貧困問題には、本日のテーマである母子世帯の問題が一つの重要な柱として入っています。

非正規が多い母子世帯の母親

まず、母子世帯の現状について整理しておきたいと思います。「平成23年度母子世帯等調査」によると、全国の「母子のみ世帯」は約75万6,000世帯ですが、その数は増加傾向にあり、21世紀中盤になると「母子のみ世帯」は一層珍しくない世帯タイプになっていく可能性があります。「母子のみ世帯」の母親の80%は就業しており、先進工業国の中では非常に高い就労率ですが、その働き方の実態は、パートやアルバイトといった非正規雇用が52%と、過半数が不安定雇用で働いています。「母子のみ世帯」の平均年間就労収入は181万円で、所得だけ見ると父子世帯(360万円)と比べて著しく低く、さらに、パート・アルバイトで働く母親の年収は僅か125万円(正規職は270万円)です。つまり、現在の日本では、母子世帯の母親が働いて生計を立てることは依然として極めて難しく、不利であること、そして働く母親の多くがパート・アルバイトといった不安定な仕事で自分と子どもの生計を支えているのが現状です。また、働いていない母親の9割は就業を希望しており、求職者が多いという点も特徴として挙げられます。

図1は世代・世帯類型別相対的貧困率を示したものです。勤労世代(20~64歳)の中では母子世帯の貧困率が著しく高く、子ども世代(20歳未満)も母子世帯で育つ子どもの貧困率が高くなっています。

図1 世代・世帯類型別相対的貧困率(平成19年、22年)

参考:配布資料3ページ(PDF:894KB)

母子世帯の母親の就業形態は非正規雇用が多いと前述しました。そこで、昭和60(1985)年から平成26(2014)年までの間に、非正規雇用化は男性と女性のどちらで進んだのかを改めて確認したいと思います(図2)。非正規雇用問題と言うと、何となく若い男性の顔を浮かべる傾向があるかと思いますが、非正規雇用化は女性の間で著しく進みました。1990年代頃から働く女性が非常に増え、女性の非正規雇用化の急増と一体化して進んだということが、日本の特徴だと思います。

図2 雇用者(役員を除く)の雇用形態別構成割合の推移(男女別)

参考:配布資料4ページ(PDF:894KB)

我が国の「ひとり親家庭就業支援施策」については、平成14(2002)年頃から現在まで、徐々に進化してきました。2014年には「母子及び父子並びに寡婦福祉法」と「児童扶養手当法」が改正され、支援体制の充実、就業支援および子育て・生活支援策の強化等が盛り込ました。2015年に施行された「子どもの貧困対策法」に従い、全国で最も早く取り組みが行われているのが、貧困家庭に育つ子どもたちの学習支援事業です。各地で学習支援活動が展開されていますが、ひとり親、特に母子世帯の経済的な強化がなく、学習支援事業だけをやっていても実効性に乏しいというのが実情です。

女性の貧困問題はなぜ起こるのか

女性の貧困・子どもの貧困対策については、家族政策が大変重要な位置を占めています。つまり、子どもだけが貧困に陥るわけではないので、子どもの貧困と女性の貧困は「セット」であると考えられます。では、女性の貧困は何故起こるのか。この数年、女性の貧困がマスメディアで取り上げられるようになりましたが、実はずっと以前から女性の貧困問題は存在し、今に始まったことではないのです。景気の良かった時代は、そうした問題にフタがされ、貧困な家庭で育った子どもでも、仕事の機会が豊富であれば、やがてどこかに吸収されていくだろうというような認識があったかと思います。余談になりますが、2013年と2014年に、日本学術会議の社会変動と若者問題分科会とJILPTとの共催で、「アンダークラス化する若年女性たち」というテーマで2回のフォーラムを開催しました(2013年7月13日開催報告2014年6月21日開催報告)。予想以上に反響が大きかったため、特に若い女性の貧困問題に本腰を入れて取り組むべきだという問題意識を持ち、フォーラムの内容を基に『下層化する女性たち』という本を昨年出版しました。こちらも予想に反して、半年間で4刷となり、これほど社会の関心が高いことを改めて認識しているところです。

そのシンポジウムの中でも確認されたことですが、第2次大戦以降の日本における家族のあり方、雇用制度、社会保障制度が仕組まれた前提条件と、現在の女性の貧困問題は極めて密接に関わっています。一家の大黒柱が安定した仕事と賃金を得ることで家族の生計が成り立つという「雇用レジ-ム型の生活保障」と、それに対応した社会保障制度(年金・医療・失業保障の3本柱)があれば基本的生活は成り立つという前提で今まで来ましたが、1990年代以降、家族の多様化が進み、若い女性たちは結婚できず、非正規雇用のまま働き続けなければならないという事態が進んでいます。子どもの養育・教育費は親の責任とされ、賃金からの支払いのみに委ねられた制度では、貧困な母子世帯は救済できないのです。

次に、家族政策と並んで重要な政策は、労働者に対する職業教育訓練と就職支援などの積極的労働政策ですが、その比重が小さく、必ずしも女性が現在置かれている状況に対応したものになっていないのではないかという点も、問題提起したいと思います。低学歴の不安定な若年労働者に対する施策は、男女問わず現在も極めて重要です。とりわけ、若い低学歴の女性に対する労働施策がより一層重要だと考えています。

このように、女性の生活保障の枠組みが非常に大きく変わってきました。これは家族と結婚制度の枠組みが、女性の生活保障としての力を失っているからだと言えるでしょう。今は非婚が珍しくありません。現在20歳代半ばの女性が50歳になる頃、約2割の女性は非婚状態のままだと推計されています。さらに、結婚しても子どもを持たない女性を含めると、4割が無子の状態になると推計されています。こうした中で、女性の生涯にわたる生活保障をどうやって組み立てていくのかが問われています。そして、その問題の先端にあるのが、シングルマザー問題であると整理してみたいと思います。

女性の労働参加と不安定雇用

女性の貧困化・下層化の背景を考えると、日本で女性の労働市場の参入が拡大した時期は、欧米諸国よりも遅かったわけですが、既に安定した雇用が少なくなっていく時代と重なっていました。学卒後に働く女性が非常に増え、既婚女性の再就職もさらに進んだ時期に、労働市場全体では非正規雇用化が進行していました。学卒時に非正規で就職する女性が珍しくないという現在の状況は、特に低学歴層で顕著です。そして2000年代に入ると、非婚化と経済格差が一体となって進み、これまでの均衡が崩れていきます。国としても2003年頃から若年者問題に取り組み始めましたが、女性の貧困は可視化されることなく、ほとんど認識されていなかったように思います。その後、2010年代に入ると、若年女性の問題に対する認識が徐々に進んできたという感じがしています。この間の若い世代の問題を見てみると、仕事と所得が不安定な若年男性が非常に増え、婚姻率は低下しています。

また、結婚しても破綻する例が後を絶ちません。例えば、DV相談の現場の話などを聞くと、そもそも結婚するだけの条件がない人たちが無理に結婚して破綻するケースが見られます。その時、多くの場合に暴力がつきまとっていくというようなことが言われています。そして今、子どもの6人に1人が貧困であるという現状に対して、適切な政策を発動しなければ、深刻な社会問題になるだろうと、ようやく公的に認識され、動き始めたというところです。

労働者としての女性の地位改善を

今日のシングルマザー問題で一番重要なのは、労働者としての女性の地位を改善することです。母子世帯の貧困を社会保障だけでカバーすることは非常に難しく、抜本的解決にならないからです。そのためには、第一に、ジェンダーや正規・非正規雇用の不当な格差を解消することが求められます。どのような就労であろうと、家庭を持ち、社会生活が営めることを労働条件の最低基準とすべきです。第二に、安定した雇用機会の創出が必要です。例えば、私の知人がマザーズハローワークに相談に行ったところ、非常に親切に応対してくれたけれど、求人票を探しても、長期にわたって生活が成り立つような良い仕事はなかったと言っていました。これが今の現実だろうと思います。

盛り上がらない女子生徒の就職

昨年のフォーラム(前述の「アンダークラス化する若年女性たち」)に登壇した白水崇真子さんという方は、定時制高校や普通高校などで問題を抱えている生徒の支援活動を長年やってこられた方です。彼女はその経験から、女子生徒の問題を次のように指摘されています。

「高校の進路指導部と協働して卒業年次生の就労支援をしたが、成功したのは男子生徒ばかりだった。男子生徒は、支援に当たって保護者の理解と協力も得やすかった。逆に、つまずきがちな女子生徒に対しては、親の意識が違う。『無理させなくてもいい』『家事をやってくれればいい、やってくれないと困る』と言い、進路未決定で卒業するケースもあった。つまり男子に比べ、家族の『就労・自立』への期待が薄いため『押し出し』が弱いのである」

その学校の先生によると、そうした生徒の家庭は、ほとんどが低所得で経済的課題を抱えているにもかかわらず、女子生徒の就職は盛り上がらないまま卒業式を迎えてしまうそうです。また、白水さんは次のことも指摘しています。

「成績などで評価された経験が少ない彼女たちは、概ね自尊感情も低く、就活への不安を抱えている。家族に必要とされることで自身の存在価値を見出し、『家事手伝い』として社会的に見えない存在になる。女子は家庭でも労働市場でも、あらゆる被害者になりやすい(略)」

図3は、ある首都圏の高校から提供されたデータです。「就職」と「未定」を見ると、男子に比べ、女子の方が就職率が低く未定の率が高い。これが偏差値が低いと言われている高校の実態です。この高校では生徒の9割の家庭は経済的に恵まれておらず、高校を卒業して働くことが非常に重要な意味を持つ状況にもかかわらず、女子生徒にはこうした現実があります。

図3 女子生徒の問題:ある首都圏高校の生徒の進路の内訳

参考:配布資料14ページ(PDF:894KB)

いま、日本で起きているシングルマザー問題や女性の貧困、子どもの貧困に関しては、すでに欧米諸国では多くの経験があり議論もされています。そうしたものを参考としながら、日本の問題を検討していく必要があるのではないかと思います。

プロフィール

宮本 みち子(みやもと・みちこ)

放送大学副学長

千葉大学教育学部教授を経て現職。労働政策審議会委員、社会保障審議会委員、一億総活躍国民会議議員、中央教育審議会臨時委員、等を歴任。主な著書・論文に、『若者が無縁化する』(筑摩書房、2012年)、『下層化する女性たち─仕事と家庭からの排除と貧困』(編著、勁草書房、2015年)、『すべての若者が生きられる未来を』(編著、岩波書店、2015年)『リスク社会のライフデザイン』(編著、放送大学教育振興会、2014年)、『二極化する若者と自立支援』(編著、明石書店、2012年)『若者が社会的弱者に転落する』(洋泉社、2002年)などがある。

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